Tempo giusto(正しいテンポで)
フリーフォールなんて生易しいものじゃない。
葉っぱから振り落されたカメムシのような斜め四十五度の落下。
「お、おおおあっ!?」
地面が失われたことによる喪失感で叫びながら俺は――――
「!」
どおん、と後頭部から海へ突っ込んだ。
遠ざかる暗い水面。
鼻腔から立ち昇る泡。
瞬く間に鼻へ海水が入り込み、俺は為すすべなくもがいた。
皮膚に突き刺さる水の冷たさも呼吸を絶たれた苦しさに比べれば何でもない。
(やべっ……死ぬ死ぬ死ぬ死ぬっ……!!)
何の用意もなく水に落ちることの恐ろしさを俺は身を以って味わった。
頭なんて回らない。
何かを考えている場合じゃない。
とにかく空気。
空気だ。
(空気ッ……!!)
無音の海中から脱した俺は新鮮な空気を取り入れ、なおも手足をばたつかせる。
「ぼああっ!! あ、がはっ! はっ、はがっ!!」
水泳は決して苦手じゃなかった。
なのに俺は両手で海面を叩き、ただただ無様に呼吸を繰り返す。
もし誰かが近くにいたら間違いなく必死に抱き付いていただろう。
溺れた子供を助けようとして諸共に溺死する親がいることも納得できる。
「おおおおっっっ!!!!」
役者の声を思わせる明澄な怒号。
怒れる和尚が窓に張り付くキリコに正拳突きを食らわせるのが見えた。
ごっと頭蓋骨が背骨を離れ、サッカーボールのように海面へ叩きつけられる。
「和尚待って! そこでバラしたらパーツが海に落ちちゃう!」
鶚が止めなければ和尚は更なる一撃でキリコの全身をバラバラにしていただろう。
そうなれば海面に散らばった骨が俺の周囲に集まり――――後は考えたくない。
「や、しっしかし! こいつ……」
校舎の外壁に張り付いたキリコは頭部を失っても平然と動いていた。
奴は手を窓枠に引っ掛け、建物の中へ突っ込もうとしている。
首なし騎士を思わせる不死身の骸骨を前に鶚が悲鳴を上げた。
「カラスごめん! 籠城する!!」
「ちょ、待ちなさい鶚! 手を離しなさい! カラスが!」
ばたん、とドアが乱暴に閉じられる音。
キリコの骨盤が、大腿骨が、校舎の中へ入り込むのを見ながら俺は奥歯を噛む。
「くっ、そ……!」
ようやく呼吸を整えた俺は自ら用意したバリケードへ向かってひたすらに泳いだ。
階段のモップを飛び越え、和尚のロッカーを前に立ち往生する。
(余っ計なことしやがってあの脳筋!!)
がちゃがちゃ、こりりり、とキリコが部室のドアを破壊しようとする音が聞こえる。
机をどかし、椅子をどかした俺はロッカーの上に身を乗せ、回転しながら着地した。
「鶚! 和尚! 大丈夫か!?」
「大丈夫です! カラスこそ無事ですか?」
「ああ。大丈――――」
ぴたりとキリコが手を止める。
顔の無い骸骨は胸からこりりとこちらを向いた。
骨盤が、爪先が、最後に手が俺を向く。
「夫じゃなくなるかも……」
頭を吹っ飛ばしても平気なバケモノと一対一。
喧嘩もしたことのない俺は今すぐ逃げ出したい衝動で数歩後ずさる。
が、踏みとどまった。
勇気ではなく、興味で。
(……?)
疑問は感じていた。
あの特徴的な、こりり、こりりという音はどこから聞こえているのか、と。
歯が噛み合う音じゃない。
ちゃりちゃりという足音とも違う。
じゃあどこから聞こえていたのか。
「腹……?」
頭部を持たないキリコの全身像を視界に収めるべく、俺は自然と奴の肋骨に注意を向けていた。
よく見るとそれは人体とはかけ離れた構造をしている。
肋骨は確か内臓を守る骨組みだ。
真上から見ると背骨からU字状に伸びている。
そして正面から見た肋骨は第一ボタンを留めたマントのように上部が密着していて、臍へ向かうにつれて広がっているはずだ。
だがキリコの肋骨は違う。
奴らの肋骨は正面から見ると卵型になっており、最上部と最下段がぴったりと閉じている。
まるで木組みの鳥籠だ。
そして――――
(!?)
こりり、こりりり、と。
肋骨の中で人骨が踊っていた。
胃袋を思わせる肋骨の中で踊る骨。それがこの妙な音の正体らしい。
それにしたって音が奇妙だ。まだ何か俺の知らない要因があるのかも知れない。
腹に収まっている骨は長い腕や脚のそれだ。
(こいつらまさか人間の肉だけを剥いで骨をあそこに……?)
俺の思考はそこで中断された。
こり、こりり、と象牙色の化け物が動き始める。
顔無き顔に見つめられ、俺は陰嚢が収縮するほどの恐怖に襲われた。
首から下だけで動く人骨の違和感が恐怖を倍増させている。
(大丈夫だ。落ち着け、落ち着け……)
そう。
落ち着け。
こいつ一匹に手間取っているようだと、遅かれ早かれ俺は死ぬ。
金も、女も、メシも。
この世の楽しみを何一つ満喫できないまま死んでしまう。そんなのごめんだ。
俺は賢く立ち回ってみせる。
遠からず復興するこの国の目立たない場所で、こっそり甘い蜜を啜ってやる。
(そうだ。頭使え、頭を……)
キリコの特徴を思い出す。
まず鈍い。こいつは走らない。適正な距離を保てば不意は突かれない。
それに脆い。一撃で戦闘不能になる。
だがしぶとい。パーツが独立して動く。それに放置すると再構成する。
最後に力が強い。掴まれたら最後だ。
「……!」
硬く細い骨の感触がまだ肩に残っていた。
俺はそこに触れ、アドレナリンが滲みだすのを感じる。
さっき俺が助かったのは偶然だ。
掴む力と引っ張る力。この二つの配分をキリコが間違えたせいで、たまたま窓の外へ落下するだけで済んだ。
もし状況が少しでも違っていたら。
俺の肩から先が手羽先チキンみたいにもぎ取られていただろう。
こりり、こりりり、とキリコが数メートルまで距離を詰めた。
(考えろ。こいつの弱点は……!)
必要情報を集めた俺の脳みそが一つの結論をはじき出す。
「分かった……!」
俺は机を引っ掴み、問答無用で骸骨の腹ヘぶん投げた。
ボウリングのピンよりも鮮やかに、ぱかん、からから、と肋骨が四散する。
「よし!」
まず重さで散らす。そして――――
「おお、らっ!!」
椅子を掴んだ俺はパーツ毎に飛び散ってもなお人間の手を形成する骨目がけて振り下ろした。
このまま木っ端みじんにしてしまえば――――
「おっ!?」
がぼん、という硬質な感触で俺は知る。
手骨は砕けていない。ヒビが入ったかすら怪しい。
(人間の骨ってこんなに硬いのかよ……!)
作戦が台無しだ。
俺の力で骨が砕けないのであれば本当にキリコは殺せない。
殺せないなら――――
「こ、殺せないなら……」
――――どうしよう。
どうする。
どうするんだ?
「つ、お、あちょっ、待て待て待て待てっ!!!」
かたかたかたかた、と手首から先の骨が動き出す。
そのまま俺の足首に這い寄りかねない勢いだ。
「お、お前っ、このっ……おら!」
俺は咄嗟にバケツを掴んだ。
さっき和尚がロッカーからぶち撒けたものの一つだ。
そしてコップで虫を捕まえるようにして骨の掌にバケツを被せた。
がん、と靴で踏みつけ、骨に吠える。
「殺せないなら――――こ、こうしてやる!」
俺の目の前でからから、こりこり、と骨が集まっていく。
だがバケツの中の手骨はぴくりとも音を立てない。
完成した人体模型は頭蓋を持たず、手首を欠損していた。
(! 意外と理に適ってるかも知れないぞコレ……!)
キリコの攻撃手段は主に『掴む』と肉を裂く時の『噛む』だ。
つまり攻撃手段が両手のパーツと頭蓋骨に依存している。
今、奴は首から上が無い。片方の手も無い。
つまりもう片方の手を潰せば攻撃手段をほぼ失うことになる。
骨同士がくっついて槍になったりしたら終わりだが。
そんな器用さがこいつにあったらとっくに俺は死んでいる。
「おら、ビビってないで来い……!」
俺は両手を広げ、奴を煽る。
「マッチ棒パズルにしてやるよ!」
それを奴がどう受け止めたのかは分からない。
ただ、恐怖や怒りといった感情を持たないことは明らかだ。
欠いた腕も失った頭も気にせず、奴はよろよろと俺へ近づいて来る。
(!)
ひょいとドアから鶚が顔を出す。
彼女は手に持つスポーツバッグを示した。
どうやらさっきの攻防を覗き見ていたらしい。
(……挟み撃ちか)
俺は頷き、バケツに靴を乗せたままそろりそろりと後退する。
バケツの中ではじゃがじゃがと骨が雑音を奏でていた。
「ほら来い! こっちだ!」
両手で招くとキリコはこりこりと奇怪な音を立ててこちらへ。
鶚はアサシンを思わせる忍び足で背後に近づく。
スポーツバッグの紐部分を肩にかけ、彼女は椅子を手に取った。
(よし……! 今だ!)
大きく振りかぶり――――
(!?)
凍り付く。
キリコが一瞬で反転し、鶚へ向かって動き出していたからだ。
(なっ、何で!?)
たった今までこいつは俺を狙っていたのに。
距離か? 距離が近すぎたのか?
いや違う。
だってさっきは――――
「ぅくっ……!」
鶚は小柄な女子だ。
降り下ろそうとした椅子の勢いに引っ張られ、あっという間にキリコの射程に入ってしまう。
「鶚っ!!」
とっさに足を後方へ振り上げる。
地面と水平になるほどに。
「おらああっっ!!」
サッカーの才能なんてない。
ただ力任せに脚を振り、キリコを捕えたバケツを蹴っ飛ばす。
がああん、と派手な音と共に銀色の檻が飛び、背骨を強烈に打った。
がしゃごりり、と山積みの木炭が崩れるような音。
「鶚! 手首を!」
「分かってる!!」
鶚の動きは速い。
無数のパーツ群から正確に手形の骨を見つけてバッグを被せ、すすすす、と雑巾がけの逆回しのように後退する。
俺もまたジャケットを脱いで地面の手首を包み、きゅっと縛った。
「どうだ! これで手も足も――――」
足。
そうだ。
人間の足は構造上、その気になれば物を掴めるって話を聞いたことがする。
まして肉を失い、筋を失った自由な状態なら――――
「鶚!! ダメだ逃げろ!!」
はっと顔を上げた鶚の目の前に二対の足首が迫っていた。
それは猛禽の爪を思わせるほど屈曲し、彼女の顔面へ肉薄する。
「鶚っ……」
彼女の顔に浮かんだ恐怖は。
鳩子のそれとそっくりだった。
死の間際に感じる原初の恐怖は人間の顔を等しく歪める。
「……ッ!」
思わずぎゅっと目を閉じた俺が聞いたのは、がぼん、という短い音。
鶚の悲鳴が聞こえないことに恐る恐る目を開くと、ハロウィンのカボチャ飾りを手にした和尚がそれを地面に押し付けていた。
あの飾りは頭部から内部にかけてが空洞になっている。
「大丈夫ですか二人とも」
こりこり、と骨が騒がしく動き出す。
俺達はキリコの次の手を窺うべくじっとそれを凝視していた。
こりりり、と結合した骨の群体は両手首と両足首を失い、直立すら困難な状態だった。
奴は這うというより転がるような動きでなおも鶚に近づこうとする。
「この化け物!!」
和尚は勇敢にも、というか迂闊にも肋骨をがつんと掴むと、引きずるようにして廊下を駆け、そのままフルスイングした。
「海に、還りな、さァァいっっ!!!」
ぶおお、と宙を舞いながらキリコは無数のパーツと化した。
そしてぼしゃぼしゃと水中に没する。
一分。
三分。
五分。
しばらく待ったが、奴は浮かび上がって来なかった。
どさりと鶚が小さなナップザックを置く。
「ご飯と水は詰めた」
ヒーターが生きていたのは僥倖だった。
俺と和尚は上半身裸になって服を乾かし、鶚が部室にストックしていたタオルで体を拭く。
もうだいぶ体は冷えてしまっていたが何もしないよりマシだ。
このいかがわしいミリメシ研究会の部室はほぼ鶚の私室と化していた。
マンガや寝袋、非常食や菓子類、PCや充電器、着替えまで完備されている。
生活必需品に加えて雑多な品々をバッグに詰め、鶚は室内を見回す。
「あと何が要る? 服?」
「……ミリメシを美味しくいただくための白米、かな」
「ミリメシをバカにしてる?」
(それはお前の方だろ……)
鶚は羽飾りのついたジャケットを脱ぎ、ぴったりした黒いインナーを晒していた。
ぷるると揺れるほどの胸の質感に俺は小さくガッツポーズ。
たぶんノーブラだ。奇跡。
「物が多すぎてはいけない」
和尚は目を閉じ、静かにそう呟いた。
「人を救えなくなります」
「……」
すっと鶚が目を細める。
おそらく彼女はこう考えている。
自分の命より大事な命なんてない、と。
「和尚はこれからどうする気?」
「中央病院へ向かいます。キリコがあんな場所に現れたら一大事です」
なるほど確かに一大事だ。
だが弱い奴が死ぬのは仕方ないだろう。
「……透析患者も末期ガン患者も全員助け出すつもり?」
「もちろん」
事も無げに和尚は告げた。
穏やかな声音の奥に御影石を思わせる不動の意志を感じ、鶚が押し黙る。
「鶚は?」
「病院に行くならついていく」
「……?」
へえ、と俺は眉を上げた。
和尚に感化されて人助けだろうか。
「キリコのこと、少し調べたいから」
あ。
こいつ。
(病人とか怪我人で色々試すつもりか……)
俺はちらりと近くの段ボール箱を見やった。
そこには白骨の山が積まれている。
奇妙なことに俺たちが捕まえたキリコの破片は元の人骨に戻っていた。
筋肉で繋がっていない骨が手や脚を象れるわけがなく、バッグや衣服包んだキリコは数十の破片となってボロボロとこぼれた。
(本体を離れたから、って感じか?)
それにしても疑問は残る。
鶴宮の時はバラバラになったキリコが腕だけで平然と動いていた。
今回、バケツやバッグで捕まえると自立稼働ができなくなった。
マリオネットのように糸が伸びているのだろうか。そんなものは見えなかったが。
和尚が殴り飛ばした頭蓋骨も浮かんでいない。
あれはもはやキリコではなくただの『骨』だ。
(何かあるんだよな、何か)
その『何か』が分かればキリコへの対処法が見つかる。
鶚は俺の意図を察してか、口の端を持ち上げて微かに笑う。
「ああ、言い間違えた。病院『までは』付いて行ってもいいよ、私」
鶚の考えていることは分かる。
まず病院、あるいは人の多い場所へ向かう。
セキュリティに少しでも綻びがあればキリコを招き入れ、その習性を徹底的に調査する。
セキュリティが万全であればキリコの捕獲を提案し、公然とそれを調べ上げる。
後者の場合、避難している集団の恐怖を煽って生贄を作ればなお良い。
犯されそうになった、とか。殺されそうになった、とか。
長い避難生活で憔悴した人間は感情のはけ口を探しているはず。
その敵意をうまく誘導すれば、キリコが人間を襲うメカニズムをより実態に即して検分できるだろう。
そしてあわよくば。
鶚は足手まといになる人間を殺すはずだ。
島からの脱出手段が見つからない場合、水や食糧は奪い合うことになる。
暖を取る場所や安全な寝床も。
生きている人間は一人でも少ない方がいい。
「……私のこと」
唐突に鶚が俺に言葉を放る。
「悪者みたいな目で見るんだね」
幼い顔立ちの黒インナーは冷淡な表情でそう告げた。
言葉の裏には「この状況で保身の為に人を殺して何が悪い」という意思が透けて見える。
「別に」
「そう?」
「もちろん」
もっとも、鶚の生存戦略を和尚が黙って見ているとは思えない。
遅かれ早かれこの二人は衝突する。
鶚にとって最善の道はこのまま和尚と別れることだ。
行動を共にすれば間違いなく意思疎通に齟齬を来たす。
だが今ではなくていい。せめてキリコの習性についての確証が得られるまでは肉の盾として和尚が必要だ。
「では一旦病院まで行きましょう」
「そうだね」
二人はどことなく冷ややかな言葉を投げかけ合う。
心のどこかでは互いの相容れなさに気付いているのだろう。
(何て言うかな……)
ぽりぽりと俺は濡れた髪をかく。
(極端なんだよな、この二人)
みんな生かすとか、みんな殺すとか。
そんな極端な考えを持つ必要はない。
脚の折れた奴、点滴必須の奴はさよならだ。
投薬治療してる奴は別にいいし、ただ怪我をしただけの奴も生きていていい。
逆に健常者でも、女を片っ端から襲いそうな奴はNG。仕切り屋も鬱陶しい。ヒステリーを起こすタイプの女は論外だ。
冷静な判断ができるならたとえホームレスや援交教師でも連れて行っていい。
――――もちろん、金と権力を持ってる奴は別枠だが。
必要な奴は生かす。そうでない奴は死なす。それでいいんじゃないか?
要はバランスだ。
「あー……まずは船だな。うん」
俺は黙して語らない和尚と射殺すような視線の鶚の間に割って入り、努めて明るく振る舞った。
胃がきりきりするようだった。
「船が残っているのですか、カラス」
「いや、たぶん無いな。そもそも船系のサークルとか部活だからって後者に道具は置かないし」
「……ペットボトルでイカダでも作ってみる?」
「そんな時間はないだろ。何十本要るのかも分からないんだし」
だが考え方は間違っていない。
何はともあれ『浮かぶもの』が必要だ。
「でかいポリタンクとか、ビニールマットとか、無いかな。さっきのハロウィン飾りみたいなお椀の形でもいい」
「……」
鶚は真剣な表情でその案を吟味し始めた。
きっとどこかの部活がそんなものを
「オールはどうしますか、カラス」
「オールは要らないと思う。水深は1.5メートルぐらいだろ。そこのモップでもいい。ほら、川下りの船みたいに地面を押して――――」
ぱあんん、と近くでガラスの割れる音がした。
途端、俺たち三人は銃声を耳にした兵士のごとくその場に身を伏せる。
(キリコか!?)
俺は素早く二人と目配せする。
二人はバケツとバッグで武装していた。そこに躊躇や怯えは無い。
今の俺達三人ならキリコの一体ぐらいどうにかできる。
小さく頷き合った俺たちは音の出所を探った。
それはすぐに分かった。
ガラスがぼちゃぽちゃと海に落ちる音がミリメシ研究会の窓の向こうから聞こえたからだ。
キリコに襲撃された廊下側の窓ではなく、室内に設けられた窓だ。
口元に指を立てた鶚がゆっくりとカーテンを開く。
どっぱん、と何者かの身体が浅い海面で飛沫を上げるのが見えた。
(……! キリコじゃない!)
その背中に矢羽が生えていることに俺は息を呑んだ。
息を呑んだまま顔を上げ、『ソイツ』の姿を見てしまった。
巨大なガイコツの仮面を被った、黒衣の男の姿を。
ボウガンを手にしたそいつは向かいの建物の窓辺に近づき、退屈そうに海の死体を眺めていた。
だが俺の視線に気づくと。
――――当然のように銃口をこちらへ向けた。