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 顎を両の手の平に乗せ、美羽はホラー映画の中盤に見入る子供さながらの笑みを浮かべる。

 ――――可哀そうだけど、興奮する。

 彼女の顔面に張り付いているのはそんな感情だった。


「ふふっ。笑ってくださいよぉ」


 思い切りの悪い恋人にキスをねだるような甘ったるい声。

 ぞわりと背筋が粟立つ。


「あー……美羽ちゃん?」


 俺は視界の隅で鶚が動き出すのを認める。

 奴はでかいウォーターガンを手に、そろりそろりと美羽との距離を詰めていた。

 状況から察するに中身はアルコールか劇薬の類だろう。


 美羽に警告を発することもできた。

 危ない、避けて、と。

 それをするだけの理由はある。

 美羽は金持ちで気のいい女の子だし、鶚は油断ならないハンターだ。


 だが俺の本能がしきりに告げている。


 ――――今、本当に危険なのは鶚じゃなくて美羽の方だ。


「何か雰囲気……変わった、かな? はは……」


 蹲踞そんきょの姿勢を取る彼女は手を脚の間に挟み、スカートの中を見せないようにしている。


「どう変わったように見えます?」


「あー……ちょっと大人っぽくなった、かな?」


「大人にはまだなってませんよ」


「あ、そ、そう。いや一般的には高校生ってもう大人なんやで?」


「どこの方言ですか、それ」


 固い蕾がほころぶような自然な笑み。俺は思わず緊張を緩めそうになる。

 だが忘れてはいけない。この子はたった今、人を一人殺しているのだ。


 緩みかけた俺の頬が自然と引き攣る。


「カラスさん、そんな顔してましたっけ?」


「へ? い、いやあ俺こういう顔デスヨ? 何ていうか、ねえ。醤油みたいな色してるし」


「そうですか? 私の手を掴んでくれた時、すごくかっこ良かったですよ?」


 ああ、あの時か。

 それはまあ、必死にもなる。

 美羽は金持ちだと分かっていたし、まあ、身障者だったわけだし。


「気のせいじゃないかな。俺、弱きに媚びて強気にへつらうからねー……。……」


 へらりと俺が笑うも、美羽は笑みを寄こさなかった。

 じっ、と。

 俺の心を見透かすかのように鋭い視線を向けている。


(……)


 視界の隅で鶚がちらりと一瞥を寄こすのが見えた。

 ――――そのまま引きつけておいて。

 目だけで彼女はそう告げた。

 俺は視線を美羽から逸らさず、軽く首を傾げてみせる。


「からす。ばっと」


 俺の手から金属バットをもぎ取った梟雲は、ふう、ふう、と短く熱い呼吸を繰り返している。

 確認するまでもなく、彼女は鶚と美羽を睨んでいるのが分かった。


「とんできたらころす。どっちもころす」


「大丈夫だ、梟雲。大丈夫」


 殺される理由が無い。

 それに攻撃される理由も無い。

 そう自分を納得させようとしてはたと気づく。


 ――――それは抜角も同じだった、と。


 お花畑な考え方をしていると足元をすくわれる。


「美羽ちゃーん?」


「はい?」


「その脚、どうしたの」


 俺は自分でも気づかない内に険を含んだ声を上げていた。


「これですか? これは――――」


 美羽がキリコの脚を軽く伸ばした瞬間、鶚が動いた。


 一歩。

 二歩。

 三歩で最高速に。


「!」


 小柄な鶚はイタチを思わせる俊敏さで美羽との距離を3メートルにまで詰める。


 が、美羽はこれに反応して見せた。

 否、反応はテンポ遅れていたがキリコの脚力が回避不能という現実を覆したのだ。


 ぴょーん、と文字通り鶚の頭上数メートルの位置を美羽が跳ぶ。

 まさにノミの跳躍だ。


 あまりにも勢いよく跳んでしまったせいで抜角の時のように肩へ着地し、首をへし折ることはできなかった。

 だが数秒後、鶚は手のように動く中足骨と中足骨頭に捕まり、顔面を破壊されているだろう。

 哀れ顔面はチェリーパイだ。


 ――――鶚がフェイントを仕掛けていなかったら、そんな未来だっただろう。


「えっ」


 鶚は確かに全速力で美羽との距離を詰めていた。

 詰めてはいたが、銃口はまだ向けていなかった。


 カーキジャケットの外道女は右手で掴んだウォーターガンを左の脇から背後へ向けていた。

 さながら西部劇のガンマンのごとく。


 びゅううっと透明の液体が噴き出し、ほぼ正確に美羽の着地点を直撃した。

 酒を浴びたキリコの脚は大腿を離れ、がしゃんと少女が尻もちをつく。


「ひゃっ!?」


 めきき、がしゃん、と骸骨の絨毯が派手な音を立てる。

 白い砂埃も舞っていた。


「からす。もうふね、ない」


「ああ。……ああ」


「からす。はやくいこう。あいつがくる」


 ああ、と俺はうわごとのように繰り返した。


 脳内で誰かが囁く。

 ――――このまま放っておけば美羽は鶚に殺される。それはいいのか、と。


 梟雲は助けて、美羽は見殺しにするのか。

 どっちも俺と同じ人殺しだ。違うのは距離と危険性。

 俺はキリコを押しのけて梟雲を助けた。

 鶚を押しのけて美羽を助けることはしないのか。


「……」


 鶚が猛禽の瞳でちらりとこちらを見ていた。

 邪魔したら殺す、と彼女の目はそう告げている。


「ぁ」


 俺はカラカラの喉から言葉を絞り出しかけ――――



「鶚ッ!!! 逃げろっっ!!!」



 咄嗟にそう叫んでいた。

 鶚は一瞬で側転を決め、振り下ろされるキリコの脚をかろうじて回避する。


「痛いなぁ、もう」


 美羽は。

 元通りの脚を手に入れて立ち上がっていた。


 ――――パーツだけ外したのか……!


 酒が直撃する瞬間、キリコは彼女の魅惑の布まで脱出を果たしたのだ。

 致命的なアルコールの射撃を受けたのは切り離された脚の骨だけ。

 さっきのでかいキリコと同じ芸当だ。


「ここには骨がたくさんありますから、スペアなんていくらでもあるんですよ、鶚ちゃん?」


 くすくすと忍び笑い、美羽が軽く膝を折る。

 それは人間とは逆向き、つまりフラミンゴと同じ逆関節だ。

 彼女の脚を支えているのは筋肉でも関節でもなくキリコなのだから、それぐらい造作もないのだろう。


「こんなこともできます。ゾアを本来の形で操れば」


(ゾア? ……燕と同じ……)


 かちゃ、かちゃかちゃ、と。

 銀食器が触れ合うような音と共に骸骨の破片が美羽に集まっていく。

 脚は二本から六本に増え、俺の知る幸薄い少女はケンタウロスともアラクネともつかぬ異形への転身を果たす。

 しかもその脚は虫や蟹、畜生といった生物の不便なものではない。

 それぞれが五指を持ち、おそらく今まで隠れていたキリコという液体生物の力によって自在に物体を掴み、引きずり回し、破壊することができる。


「私、鶚ちゃんとは友達になれない気がします」


 にっこりと美羽が微笑む。


「気づいてますか? あなた多分、この島の誰よりも心が荒み切って――――」


「気が合うね」


 鶚は一歩も引かずそう告げた。


「私も……男に媚を売る女って嫌いだから」


「そうですか」


「そうなの」


 じゃあ、と美羽の顔面に蛇を思わせる笑みが浮かんだ。



「死んだら一番屈辱的なパーツにしてあげます」



 梟雲が俺の肩を揺さぶる。


「からす! あれはいけない!」


 はっと我に返る。

 鬼畜女の頂上決戦なんか眺めている場合じゃない。


 キリコは水に浮くのだ。


 少なくとも体重40キロはあるはずの女子高生に限ってありえないことではあるが。

 もし。

 もし、美羽が水の上を歩くことができたら?


 ――――俺達は絶対に逃げられない。


「からす! はやく!」


 梟雲に押し出されるようにして俺は電灯を離れ、泳ぎ始める。

 もう荷袋がどうとか金持ちがどうとか言ってる場合じゃない。

 アレは異常だ。

 切鴇美羽は以前の彼女ではない。


 泳ぎ出して数秒としない内に骨の山を踏みしだく音、鶚の咆哮、美羽の悲鳴が聞こえて来た。

 だがすぐにそれは小石の山が崩れるような音にかき消される。

 骨が崩れ、また積まれる。

 骨が崩れ、また積まれる。

 賽の河原のように。


 だが嗤ったのは美羽だ。


「あははっ! すごーい……!」


 できれば深夜3時のベッドで聞いてみたい台詞を背に、俺はひたすら平泳ぎを続ける。

 目的地なんてどこでもいい。

 とにかく陸だ。

 陸に上がらなければ追いつかれて殺される。


「! おっぱいがしんだ!」


「マジかっ!?」


「しんでなかった! きょう、まちがえた」


 慌てて振り向いた俺は、しかしその状況に気づけたことを梟雲に感謝した。

 鶚は追い詰められていた。

 たった一人で美羽を相手取ることなど到底不可能だったのだ。


 が、奴は俺達の位置を確認すると予想外の行動に出た。


「っ!!」


 赤いボールのようなものが宙を舞う。

 美羽はそれを目で追い、顔に飛沫を浴びて悲鳴を上げた。


「きゃぁあああっっっ!!」


 顔を押さえた美羽の痛がり様は尋常ではなかった。

 もしかすると唐辛子エキスでも仕込まれていたのかもしれない。だとすれば塗炭の苦しみに襲われているだろう。

 鶚は慎重だった。

 手を振り、脚を振って暴れる美羽から距離を取り、俺達の方を見やる。


「!」


 鶚は瞬く間に整形外科内部へ消えた。

 がちゃん、ときっちり鉄扉も閉じられている。


「からす! はやく!」


 俺たちは既に建物から十数メートルは離れていた。

 そして角を曲がり、完全に美羽の視界から身を隠す。


「クソ、船が……」


 キリコの力で破壊されてしまっては修復は絶望的だ。

 あの船は諦めて別の脱出手段を探すしかない。


「だいじょうぶ。きょうがいる」


「……ああ。そうだな。分かってるよ」


 ちゃぷりと水を掻き、辺りを見回す。

 通りを一本隔てただけだというのに見慣れない景色だ。


(クソ。キリコが来なければあのマンションが安全なのに……)


 いや、そうでもない。

 生者と違って死者に襲われる心配はないが、死体はキリコを呼び寄せる。

 安住の地は無人の場所しかありえない。


 一旦教会に戻るべきだ。

 美羽の異変についても考えなければ――――


「からす! ふね!」


「何!? 船があったのか?」


「ちがう! あれ!」


 梟雲が指差したのはすぐ後方だった。


「きょうたちのふね! おっぱいがのってる!」


 言葉の通りだった。

 俺達が乗り捨てた発泡スチロールのイカダを操り、崖定鶚がこちらに迫って来ていた。


 櫂を操るスピードは梟雲より更に早く、無駄がない。

 ひと掻きで進めるところまで進み、ぐっと腰を入れたひと掻きで更に前へ。

 熟練のスケーターのようでもあった。


「か……ら……す……!!」


 体重が軽いせいでもあるだろう。

 ずぶ濡れの鶚は見る見る内にこちらへ肉薄する。


「ハァ、悪いけど、囮よろしく」


「はあ? ふざけんなっ!」


「あの子何かおかしい。見て」



「ふふっ。鶚ちゃん待ってー!」



 無邪気な声と共に美羽が宙に身を躍らせた。


 建物のベランダを、書店の庇を、駐車場の屋根を。

 子供が雲梯を渡るように。

 水揚げされたタコが這い回るように。

 縦横無尽に、そして自由に移動していた。


 六本脚は触れるものすべてを掴み、時に跳び、一切止まることなく迫る。

 俺たちがいるのはただの道路だ。逃げも隠れもできやしない。


「うっ……!」


 美羽の動きはもはや人間のそれではなかった。

 いや、そもそも――――


「あの子、疲れないみたい」


「疲れない?」


「キリコの部分、筋肉がついてないでしょ。動いてるのは透明の部分だけだから本人は全然疲れないんだと思う」


「いや、だって……どうやって動かしてるんだよ、あの透明の奴を」


「知らない。それにキリコに襲われないみたい。散らばったキリコが人の形を取ってもあの子だけは狙わなかった」


「マジか。意味分からねえ……」


「原理はカラスが聞いといて。生きて合流できたら教えて」


 もう美羽は十メートルの位置まで迫っている。

 あと数分足らずで追いつかれてしまうだろう。


「あー! カラスさんも見ーつけた。ふふっ」


 少女は器用にスカートを押さえたまま立体的な軌道で俺達に迫る。


「ねえ、一緒においでよ! 私と一緒にカフーのところに!」


「じゃ、後はよろしく」


 鶚の奴はすううっと俺たちを通り過ぎて行こうとした。

 ――――が、そうは問屋が卸さない。


「まて!」


「うええっ!?」


 鶚は十分に距離を取っていたが、梟雲の運動能力と金属バットのリーチがその想定を上回った。

 強烈な片手突きを食らったイカダは揺さぶられ、乗り手はどぼんと水没した。


「からす! きょうがやる! ふねをおして!」


「ぷあっ、あぶふっ!?」


 浮かび上がった鶚の頭部を更に踏みつけ、バットを手にした梟雲がイカダにひょいと乗る。

 哀れ鶚は再び海中へ。

 ずぷんとイカダは多少沈むも、ドクロ仮面はしっかりと体重を乗せていた。


「押すぞ! いいか!」


「うん!」


 ひゅん、ひゅん、と。

 金属バットの柄を握った梟雲は手首のスナップだけでそれを剣のごとく振る。

 ビームぐらいなら弾き返してしまいそうだ。


「あら」


 家屋の壁に張り付いた美羽が小首を傾げる。

 彼女は今、コウモリのように逆さまになっており、スカートはいよいよ危ないところまでめくれてしまっている。

 真っ白な骸骨脚がなければ脳内メモリに永久保存しておきたいところだ。


「邪魔するんですか?」


「する。おまえ、からすになにかわるいことする」


「ふふっ。悪い事なんて何もしませんよ。……でも私が何もしないと、皆さんはもうあと何日もせずに海の底ですよ?」


「じゃあ何する気か教えろ、よっ!」


 片手でイカダに捕まり、俺は片手で無理やり櫂を操る。

 ぐいと地面を押し、美羽の方を向いたまま後方へイカダを進める。


「それは来てからのお楽しみです。ヒントは私とキリコの関係」


 ぐおんと一気に距離を詰めた美羽の脚が梟雲へ。

 黒髪の戦士は軽い所作でバットを振り、脚を一本、二本と打ち払う。

 ぎ、ぎん、と硬質な衝突音。


「うっ」


 呻いたのは美羽だ。

 思わぬ障害の存在で空中でたたらを踏んだ彼女は、流木を一つ踏んでまた壁に張り付く。


「からす。もっとおして」


「おう!」


 ぐいと櫂で地面を押す。

 更にイカダが進み、限界まで慣性に乗ったところでまた地面を押す。

 こちらの様子を窺う美羽との間に数メートルの距離が生まれ、彼女は眉を寄せていた。


「ふっ!」


 スカートはしっかり押さえつつもタコのように脚を広げた美羽が迫る。

 顔面に張り付いて卵を産み付ける敵性宇宙人を思わせる動きだった。

 が、これも梟雲は冷静に見切り、いなす。


 がぎん、ぎいん、と細く硬い骨が打ち払われ、美羽は悔しそうに壁面に取りつく。


「ぷぁっ!」


 水面に顔を出した鶚が俺に並んで泳ぐ。


「ふうっ!!」


 今度は手近な壁面に二本脚で張り付いたまま、四本脚が四方向から梟雲に迫った。

 梟雲はすかさずワイシャツを脱ぎ去ると、軽く振り回してキリコ脚を絡め取る。


「ひゃっ!?」


 思いがけない動きにバランスを崩し、美羽が海中へ没した。

 いくら脚がキリコであろうと、上半身の美羽はただの女子高生だ。

 そして今の動きを見るに彼女は水に浮くことはできないらしい。


「おまえ、あしにふりまわされてる」


 梟雲は大して呼吸を乱してもいなかった。

 軽くバットを振って宙に円を描くと、浮上する美羽の顔へと向ける。


「おまえよわい。からす、さわらせない」


「っ」


 かああっと美羽が真っ赤になって涙ぐむ。

 びしょ濡れとなった少女は浮かぶ六本脚で巧みに泳ぎ、壁面にたどり着く。

 濡れたセーラー服から雫をこぼし、彼女は忌々しそうに梟雲を見ていた。


「むぅ……」


 睨み合う美羽と梟雲。

 そして――――



 びりりりりっ、という甲高い音が大気を切り裂いた。

 俺と鶚は辺りを見回し、音の出所を探る。



「カフー? っ……」


 美羽が弾かれたように家屋を這い上がり、高い場所から辺りを見回している。

 その間にもイカダは進み、彼女との距離はぐんぐん開いていく。


「……」


 切鴇美羽は最後に一度だけこちらを見やると、ひらりと家屋の向こうへ姿を消した。


「ふう。助かっ」


 一息ついた鶚の髪がぐしゃりと乱暴に捕まれる。


「あいたっ!!?」


 ざぶっとハマチか何かのように水揚げされた鶚の首を梟雲が締め上げる。

 小柄な鶚はあっさりと宙へと持ち上げられ、そのままぎりぎりと梟雲の腕力で呼吸を止められる。


「おまえもあぶない。しね」


「キョウ。やめろ」


「ぁ、カ……!」


 見る見るうちに鶚の顔が変色し、足をめちゃくちゃにばたつかせる。


「からす。これ、だめ。あぶないのはころす」


「キョウ!」


 俺が一喝すると、梟雲は横目でちらりと俺を見た。


 俺の怒声に怯えた様子はない。

 彼女はただ俺の生存にとって最適な行為をやろうとしている。

 それを止められたことに疑問を抱いているようだった。

 これが正解なのに、どうして? と。


「船は無いんだ。そいつの知恵と情報がいる」


「いらない。きょう、つよい。からすはかしこい」


 ああ、と俺はいささか気の抜けた溜息をつく。


「俺はお前より賢いかも知れないけど、そいつは俺よりずっと賢いんだよ。だから……まだ殺すな」


 ばっと梟雲が手を離すと鶚はイカダにうずくまり、これ以上ない程激しくむせ込んだ。

 うええっ、うええっと酸素を取り入れる様子はかつて津波に飲まれた時の俺のようだ。


「捕まえる?」


「ああ。頼む」


 んひ、と小さく笑った梟雲は先ほど振るったシャツで鶚の両腕をぐるぐる巻きにした。


「きょう、捕まえた」



 荷物を失い、船を失い、助けるべき金持ちすらある意味では失った俺が、その日唯一手にしたもの。

 それは崖定鶚だった。



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