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砂の鎖  作者: 籔田 枕
7/7

『11月8日(日)

 今日は丹沢湖に行った。家にいたくない。梓も気まずいし父もうるさい。

 気分がはずんで芥川の本を1冊丸々読み終わってしまった。自由は山嶺の空気に似ている。』


 歩は原付オートバイのキーを回した。セルを回すと、キュルルという小気味良い音の後エンジンが掛かりだす。単気筒たんきとうのエンジンがドコドコドコと力強くも躍動感のあるリズムを刻む。暖かな日に照らされて車体がシルヴァーに輝いている。歩は恍惚として光に見入っていたが、おもむろにスタンドを蹴った。一般のバイクよりも幅広のタイヤがアスファルトに着地すると、金色のサスペンションがカシュンと縮んで歩への衝撃を和らげるのだ。ショルダーバッグの中には原付免許の財布と文庫本のみ。それ以外の荷物は無粋である。

 「ZZズィーツー」は父のお気に入りのバイクの一つだ。ガス規制だかで生産終了になってからも人気は冷めやらず、車体価格は現在でも、中古ですら15万円ほどするらしく、これは50ccクラスのスクーターとしては異例である。

 例に漏れず走行愛好者である父は、歩の中学生の時分にこれを贖ってきた。それから3年間は己の二輪愛をとくとくと歩に語って聞かせたものである。


「こいつはな、人気があるから、駅なんかに停めてきたらダメだ」


「ん?」


「ん? 本当だぞ。ワルガキがイタズラするんだよ、鍵穴にさ、ガムとか詰め込んで使えなくするんだ。タイヤをナイフでプシュっと、刺したりとかさ。本当」


「へー」


「いや本当だって。しかもアレ、タイヤ改造してあってさ、普通12インチなんだけど――インチ知ってる? インチ」


「……いや」


「何だよ、そんなんも知らねえの? こう、タイヤがあんべ? 地面があんべ? で、こう、タイヤが地面に着く時に、幅が狭いと、接地面が小さくなって、ハンドル切った時にゆらゆらゆらゆら安定しないワケよ。逆に広ければ面積が広くて、タイヤがナナメになっても安定。常識だで。なあ。常識」

 父は両手をタイヤと地面に見立てて熱く説明する。

 その間歩は、「~べ」という語尾は神奈川弁だったなと、心ここに在らずで聞いていた。頼んでいない説明の結びに、彼が必ず皮肉を言ってくるのが経験から察知していたからだ。

 常識を教えるのは親の役目であり、それがどれくらい正しいかは世間が判断する。親が子どもと向き合うのを怠れば怠る程、それこそ幅の狭いタイヤの様に、次第にふらふらと道路からはみ出していくものである。

 そんな当たり前の道理もわからないのかと、歩の原付オートバイは憤るようにエンジンを唸らせて前の車にくっついている。国道255号線を北上するスピードメーターは60kmを指し、とっくに警告ランプが点滅している。完全に交通法違反であるが、それでも後続車に譲らないのは、他でもない父に「大きい道路でチンタラ走ってると、逆に危ねえ」との『常識』を教わったからだ。後ろの車、混乱しているだろうなと、気の毒に思いながらも、周りの流れに合わせつつ籠場インターから国道246号線に西へ合流する。

 その合流ぎわ、後ろからやたらと煽ってくるトラックに出くわした。フロントバンパーや電飾に軽いデコレーションを施したトラックは、アクセルフルスロットルのオートバイの後ろ2m程まで迫り、かと思えば離れ、轢くぞ、邪魔だぞと責める。

 それでも頑なに譲らない歩にしびれを切らしたのか、歩の真後ろでけたたましいクラクションを鳴らした。

 パーーーーーーーッ!

 歩は肩をすくめて、よろける様に脇へ逸れた。その横を怒り肩に通り過ぎるトラックを見送りながら、歩は背中を丸めた。そのあとは一度も車道に出ることなく、とぼとぼと走って他の車に抜かされていった。

 

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