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砂の鎖  作者: 籔田 枕
6/7

『11月7日(土)

 今日はキーマカレーを作ってみた。

 自分の中では上手く出来たと思ったのだが、みんなはマズイと言っていた。肉が取り出せなかったからだ。しかもどうやら隠し味のカボチャが要らなかった様である。

 残りの処理は全部僕だ。ココロが折れそうである。』


 部屋の引手のドアがけたたましく開けられた。そして母は鶏の様に朝を告げる。


「ほらっ、起きなよ、7時過ぎてるよ!」


 そのまま窓のカーテンを勢いよく開く。しゃっ、という小気味良い音と同時に、歩の顔にも光が当てられる。歩はすごすごと布団の中に潜ったのだが、3枚重ねのかけ布団を上から順番に剥がされていく。


「歩! 起きなよ!」


「うん」


「休みだからって昼まで寝てるんじゃないよ!」


「うーん」

 最後の布団を剥かれる段になって、歩は屈辱と寒さに耐えられないと判断して「ああ!」と強く言いながら跳ね起きた。

 どうやら梓は既に半身はんみ起きて母の狙いから外れていたらしい。だからいつも攻撃されるのは決まって歩である。

 ダメ押しとばかりに、残りの1枚もひっぺがされた。蒸れたパジャマに冬の寒風が侵入はいってくる。埃が舞っているのが鼻につく。時計の時刻は6時35分を指していた。「7時過ぎてる」と言うには母は鯖を読みすぎだ。歩はこうしていつも通り不快な朝を迎える。


「今日、おばさん遅くなるから。晩御飯、牛丼買ってきて」


「ああ」


「大盛3つでも、特盛2つで梓は大盛だよね、それにしてもいいし」


「わかったって」

 自分のことをおばさんと呼ぶ母の服は余所行きになっていた。千円札を1枚、歩に手渡す。


「お釣りは返してね、おばさんお金無いんだから。よろしくね、じゃ!」

 歩が声を荒げる前に、母は飛ぶ様に出かけていった。少しだけ開けられた窓から、部屋中の埃が我先に出ていくのを、歩は見るともなく眺めていた。

 母の「遅くなる」というのは大抵、少ない友人たちとの飲み会である。夜の9時頃に楽しく帰ってきては、倒れる様に眠ってしまう。そういう酒代にその日1日分の給料が使われるだろうことは、アルバイト経験のない歩にも容易に想像でき、「お金がない」としきりにこぼす母の愚痴を日頃から白々しく聞くのであった。


「遅れる、ねェ。こういう酒をめればえらい簡単なのに」

 冷蔵庫の中を見て歩は独り言を漏らす。野菜室には缶ビールが隠す様にあるが、冷蔵室には何もない。あるのは食欲の失せるような古くなった漬物ばかりである。ビールの数に反比例する様に夕飯のおかずの量が減るのだ。18歳の歩には甚だ理解できない世界が広がっている。


 さて夕飯は牛丼で決定だが、母は朝飯と昼飯には特に触れていなかった。そして冷蔵庫はこの通りビールがごろりと覗くだけ。見たところ炊飯ジャーも空だった。水洗いすらされていない。つまり、飯抜きである。

 しかし、歩は電子レンジ横にニンジンが置いてあるのを見つけた。そしてパントースター後ろにタマネギを発見すると、立て続けに電子レンジ後ろでピーマンを、野菜室にジャガイモ、果ては冷蔵庫引き出しからカレールーを手に入れた。

 ノーヒント脱出ゲームをクリアした歩は早速カレー作りに乗り出した。こう見えて料理は結構得意な方である。台所で一人、ルパン三世のテーマでも歌い出したい気分であった。


「あっ肉がない」

 水を沸かし野菜を切ったところで材料の抜けに気が付いた。キーマカレーなら本来挽き肉が望ましいが母のことである。期待してはならない。


「げえっ」

 冷凍庫を開けた歩は思わず仰け反った。

 冷凍庫の中は死屍累々、いつのだか判らない凍った食パンが敷き詰められ、その下にはこれまた消費期限の大幅に切れた肉団子のパックがぎゅうぎゅう詰めになっている。おそらく梓がカメにやる為のエサなのであろうが、それにしてもこれでは祖母の家と同じではないか。

 臭い牛乳、傷んだ卵、腐った肉にカビの生えたパン、ゴキブリの死んでいる冷蔵庫内でかろうじて食せる物が納豆やヤクルト等の発酵食品のみ、買っては腐らせ買っては腐らせ、まるで地層の様に奥の方からカビていく始末である。

 厄介この上ない癖を目の前にした歩は、しばらく固まったまま、やがてそっと元にした。思えば挽き肉の発掘を諦めたのが最大の反省点であった。

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