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砂の鎖  作者: 籔田 枕
4/7

 『11月 5日(木)

 フラれた。3ヶ月とほぼ1年……明日で4年だった。

 不思議と怒りが沸いて来ない。ただ純粋に何でだろうという好奇心だけがある。

 聞いてみたら、「もう嫌いになったから」と言っていた。だからそれはなぜと聞いたら、「知らない」と言っていた。知らないということはないだろう自分のことなんだからと聞いたら、「もう話しかけないで」と言っていた。分からない。何を言ってるのか全然分からないが、ロクな答えが返って来なかったし、話しかけるなと言われたら直しようがないじゃないか。ワケが分からない。僕の、何が嫌いなんだ? 誰か説明しろよ。

 進路希望アンケートもまだ出してない。』


「お前、変わったよ」

 彼女の友達――もとい僕の親友のSは僕にそう言った。黒いメガネの奥に、限りなく冷たく見える様に努めた目をこちらに向けて。

 その日は、彼女らは朝礼前からそういう雰囲気を前面に押し出していた。極力話しかけない。僕から挨拶してきたら、冷たくあしらう。そういう風に事前に打ち合わせしておいたのがハッキリ分かる程、態度が違った。特に話好きのSなどはいつも、


「おはよー」と言えば、


「おはよー、歩、聞いてくれよ昨日さ、妹に殴られちゃったよ、それがさ、帰って、『お疲れ様ー、先風呂行く?』って、軽く肩揉んだらさ、『触んないでよ!』ってさ、殴られちゃったー。やっぱ揉んだのがいけなかったかなー。あはは、妹ももう中学生だからさ、そういうのにはやっぱビンカンになってるのかね」

 などと愚にも付かぬ世間話を聞いてもいないのに語りだす程である。だのに今日に限ってはその人懐っこさは消え失せ、おう、と言ったきり黙ってしまった。拍子抜けして振り返ると、Sは他の連中とカードゲーム談議に夢中になっているらしかった。時々「調子に乗るなよ」と高らかに笑っていた。

 彼女の態度も、どうやら徹してこちらを無視する様に決め込んでいた。おはようと言ってもしかめっ面のまま、うん、と言って時代遅れのガラケーを触っていた。ガラケーではスマホの様にゲーム出来ないだろうから、無理するなよとも思ったが、こちらは黙っておいた。

 彼女の金魚のフンの女友達は、相変わらず不快な笑顔をニタニタと湛えながら、「まだ気づかないの? まだ気づかないんだ……。愚鈍だね」と言った風にチラチラと目を泳がせていた。が、いつも通り触れずにおいた。

 さてここまで来れば誰でも雲行きが怪しいのは察せられるだろうが、いかんせん心当たりがない。僕は授業をよそに考え詰めたが、やはり見当が付かない。あるのは漠然とした別れの予感と、純粋な好奇心と、くだんの「本人に考えさせる為に敢えて答えを言わない」やり方への白々しさばかりである。

 ただ1点、僕は授業中に持っていたシャーペンをいつのまにか折っていたことは気が付いた。

 下校する段になって、SはSの取り巻きと机を合わせてカードゲームを始めた。その時にもしきりに「調子に乗るなよ」と叫んでいたことから、それが彼の最近の口癖だということと、同時に僕に対する最後通告だということも理解出来た。しかし調子に乗るなと言われても、僕に自覚が無い。

 調子に乗る=必要以上にはしゃぐ、または波に乗る、ということになるが、性格上前者は無いので後者であろう。確かに現文のテストだけは毎度満点を取っている自負があり、返却の際にクラスに向けてお辞儀するパフォーマンスをすることもある。そういう意味では波に乗っていると言えるが、それが気に食わないと感じるならそれは嫉妬である。

 この様にひとりではいつまでも閃かないので、真摯に聞いてみた。すると呆れた様に「はあ?」と睨みつけたあと、再び俯いてボロのケータイに目を落とした。

 恐らく、「あんたからしたら普通でしょうけど、こっちからしたら調子に乗ってるのよ」といった「サービス業にありがちな、個人差ある感受性による価値観の違い」を掲げてくるのかと構えていたのだが……。

 僕はこの芝居に思わず笑ってしまった。一体どんな発見があるのかと、原因が明らかになった暁にはその日のうちに克服して見せようと、なみなみと決意していた瀬戸際で、この物腰である。僕は人生で初めて女性の、その綺麗な顔をブッ飛ばしてやりたいと思った。彼女とはそれきりになった。

 別れの言葉をきちんと交わさずにおいたのは、彼女の作戦であろう。前から彼女のケータイのメール受信BOXには、復縁を迫るオトコたちのおぞましいまでの履歴が並んでいた。おおかた頃合いを見て、まだ僕に気のある意思を見せる魂胆であろうが、あいにく「便利なオトコたちのひとり」になってやる気はない。

 僕はいつからか「怒る」と呼ばれる感情を忘れてしまった。母の子宮に置いてきた、と言い換えても良い。演じることは出来る。「感情に任せて、相手に罵詈雑言を浴びせ掛ければ、怒るになる」という理屈の理解もしている。

 しかし、いざ「ここは怒りたい」「今怒らなければ、相手の為にならない」と思った時に挿入される、「感情に任せて、相手に罵詈雑言を浴びせ掛ける」場面を想像した時分――ペシミスト特有の刹那せつなには、既にだるような悟りが怒りを静めるのである。

 非常に分かり辛いので、僕の人生では――少なくともこの日記の中では、「注意する、叱る」のことを「叱る」と呼び、「感情に任せて、相手に罵詈雑言を浴びせ掛ける」ことを「おこる」と呼ぶことにする。……

 進路希望アンケートもまだ出していない。

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