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光の黒翼  作者: 雪凪 ゆう
1_光の黒翼 - 2625年神無月
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第四幕の二 手ほどき その一

ここまで考えなしに書いてたのでエピソードを整理しつつ書くことに。

各幕のエピソード配分間違えた事に後悔orz




 いきなり盗賊団を捕縛してきたという快挙を、裾を汚した風もなく成し遂げてしまった八雲は、その後数日にわたって仲介所に顔を出すこともなかった。

 当面の生活費の余裕ができたのもあるのか、貨幣の大体の価値を冬夜が教えると、自分の稼ぎで本を買っては読み、不要な本は売る生活をしていた。

 一日夕べまで働けば、冬夜の稼ぎで二人分賄う事はできるし、八雲も現在の世界に興味はあるだろうと何も言わなかった。

 少し気になったのが「現代仮名遣いは判るのか?」ということだったが、どうやら辞書も何冊か購入しているようだった。

 冬夜はここ数日、同じ様な生活を送っていた。

 朝目を覚まし、冷たい空気に息詰まりそうな中、八雲の寝息を聞きながら起き上がる。

 食料調達等に必要な小銭を自室に置いて外に出ると、宿屋で作ってもらった携帯食を食べながら仲介所へ。

 夕方までに終わる仕事を探し、余裕があれば明日明後日の分も見繕う。

 仕事が終わった後に部屋に戻って八雲が本に夢中になっているのを確認すると、一旦風呂に入ってから宿屋に洗濯を依頼し、八雲と合流して夕食。

 夕食から帰ったら、持ち帰った少量の酒を自室で飲みながら幾つか八雲と会話をし、また本に夢中になってるのを確認しながら、明日のために先に寝る。

 一人の時は数日拘束される仕事なども普通に請けていたが、八雲の存在が一日を規則正しいものになっている。

 それが一日を平坦なものにもしていたが、平和なものにもしていた。

 外の世界を案内する、という当初の目的から若干外れている気がするが、八雲は特に気に留めていないようだった。

 そもそも地盤を固めないと案内どころではないので、八雲の落ち着きは当たり前かもしれない。

 ただでさえ、自分の生活で必死な懐事情なのだ。

 冬夜にとっては、八雲の存在は保険として非常に心強い。

 では、八雲にとって冬夜は?

 現状で冬夜が八雲の役に立てることといえば、社会的な信用だろう。

 先日危うく破綻しかけたが、それでも賞金稼ぎの登録から何年も経っている。

 後ろ盾のない八雲にとっては、冬夜の存在は良い隠れ蓑になる。

 仲介所の受付にいた女性からは、何度か八雲の様子を聞かれているが、盗賊退治で下手を打って療養中と答えている。

 階級が低かろうと、長年やっている人間の言葉は信用されやすいものだ。

 そんな生活が、一週間ほど続いた日の事だった。

「さて、大体情報も得た事だし、行動に移りましょうか」

 いつもの夕食後の会話の時間。

 本来なら流れで本を読みふけるはずの八雲が、そんな言葉を紡いだ。

「情報? いつもとっかえひっかえ読んでいた本のことか?」

 冬夜の言葉に、八雲が驚きの顔を見せる。

 適当に読んでいるとでも思っていたのか、と冬夜が訝しげに八雲を見つめると、八雲は唇に手を当ててくすくすと笑った。

「術具の原理について。術具の金額についてあたしたちは以前話をしていたけれど、術具が霊術行使の触媒ならば、あたしが触媒になればいい話だと思ったのよ」

 八雲が傍らに積んだ本を指でなぜる。

 冬夜が本の題を確認したときは、この国の歴史についてだった。

 飽くまでも自分の興味のついで、という事だろうか。

「それにしても、霊術の歴史を読んでみたら存外面白かった。たまにあたしみたいな規格外のが出るけれど、女性ばかり。術具の開発に傾倒しているのはほとんどが男性。感覚的になんとなく存在するのが気になるのが男心ってやつなのかしらね」

「幽霊の正体見たり枯れ尾花、ってやつだな。得体の知れないものが一番怖い」

「女心のように?」

 畳敷きの上で三歩ほど離れて座っている中、八雲が含み笑いをしながら一歩間を詰める。

 こちらから一歩近寄れば、触れられるとばかりに。

 軽く酒の入った冬夜の鼓動が大きく鳴ったが、その様子を見た八雲が楽しそうにころころと笑った。

「そんなに声を出してまで笑うことかよ」

 酒も手伝って、冬夜はひどく不快な表情を八雲に向けた。

 こんなに子供の様に感情を向けるのも、随分久しい。

 酒を飲んだとしても、他人とではなく一人で飲むことが多いからだろうか。

 多人数で臨む依頼には、冬夜の居場所はなかった。

 大抵そういうときは戦力を求められ、冬夜にそれはない。

 それでいて一人前に分け前はもらっていくわけだから、自然と冬夜の方から参加することはなくなった。

「いやー、こんなに他の人と一緒にいるのは本当に久しぶりだから、堪忍してね?」

 悪びれもなく言う八雲のその姿に、すっかり毒気を抜かれてしまう。

 八雲は冗談や適当なこともよく言うが、この言葉に嘘は全く感じられなかった。

 何故あんなところに住んでいたのかと思うほど、会話が好きなのだろうと思われた。

 いや、最初に会った頃の発言の通り、どうしても離れざるを得ない理由があったのだろう。

 冬夜が生きてきた時間より十倍ほどの時間をあの場所で過ごす程には。

「ああ、ちょっと笑いすぎたわ。ごめんね」

 そんなことを言いながら、八雲は冬夜に寄りかかり、背を逸らして冬夜に顔を向けた。

 肩に頭が乗らず冬夜の二の腕くらいに八雲のうなじが来るため、顔がとても近い。

 ああだめだ、瞳が揺れるのを見られた。

 冬夜は八雲が喜ぶと解りつつ顔を背けてしまう。

 しかし、酒を一口含んで気を取り直すと、脳天にげんこつをくれてやった。

 八雲が四つん這いになった状態でこちらを振り向き「あいたぁ」と抗議の目線をくれるのをよそに、もう一度酒を含む。

 今日はやたら酒が進む日だ。

 いつもならもう切り上げて寝ているなと思いつつ、竹の水筒から追加の酒を注ぎ足した。

 それから数度、冬夜が酒を口に運んだとき、八雲が口を開いた。

「て、かして?」

 冬夜がその言葉を「手、貸して?」だと気づくのに、数瞬を必要とした。

 今日はもう随分深く酔っているらしい。

 そして言われるがまま素直に左手を出して、冬夜は気がついた。

 ああ、今日はよくからかわれるなと思ったら、これが本題だったのか、と。

「うーん、ええっと……人の考案した霊術を使うのって存外難しいなぁ」

 冬夜の手のひらを見つめながら唸りつつ小首を傾げる八雲の姿を見て、冬夜は寝返りの打てない乳児を思い出した。

 なるほど確かにそういうものなのかと、冬夜は不思議と納得してしまった。

 これを理論的にまとめたいと思う気持ちも、男だから思うことなのだろうか。

 それとも、女性を中心とした十二分に能力のある術士は、不自由しないから必要性を感じなかったのか。

「こう、こんな……? あ、繋がったみたい」

 端から見れば単に互いの手のひらを合わせているようにしか見えないだろう。

 しかし、冬夜は初めて感じる違和感に戸惑っていた。

 手のひらから腕の中を通って体の中まで、何か糸のようなものが走っていて、それが八雲の方に引っ張られているように感じる。

 冬夜の鼓動が、一際高く鳴った。

「なんか、暫く使ってなかった筋肉の筋を伸ばしてるような痺れが走るねー……あたしにも影響あるみたい。ああ、ここまで使えるのか……いえ、ここまで使ったら危険なのかな?」

 八雲がなにやら独り言を言っているが、それが何となく解るような気がするほど、冬夜にも意識の変化があった。

 今まで自分に出来なかったことが出来るようになった瞬間の、何故出来なかったのかが思い出せなくなるような感覚。

「新鮮で面白いけれど、これ以上やると危険な気がするわ」

 八雲がそう言うと、急に冬夜に走っていた痺れが止んだ。

 手のひらが離されても、引っ張られていた様な疼きが残っていた。

「……なんだか、不思議だな」

「うん?」

「これが、八雲の言っていた『見方』って奴か。なんだかよく解らんものが解ったような変な気分だが……。これで霊術を見れば何かが解るかもしれないんだろうか」

「多分ね」

 八雲は一言返したあと「あたしは物心ついたときから接してたから」と付け加えた。

 冬夜は自分が飲んでいた酒を八雲に渡すと、水差しから水を空の器に入れ、酔いを覚ますように飲み干した。

 それから八雲の方に向き直ると、少しくすぐったそうに笑った。

「変な夢でも見た気分だ」

「甘い夢の間違いじゃなくて?」

「あるいはそうかもしれない」

 まだ足りないかとばかりに、冬夜はまた水を注いで飲む。

 十分に水を飲んでいるはずなのに、やはりまだ酔いが覚めないようで、ゆらゆらとした酩酊感が冬夜を包んだ。

 今日はもう、随分深く酔っているらしかった。




 如何に前日飲み過ぎたからと言って、仕事は休んではくれない。

 冷たい空気に意識を何度か吸い込まれそうになりながら、がんがん割れるような頭を抑えつつ、冬夜は布団から抜け出した。

 昨夜の事が夢のように思えるが、今は目の前に積まれている仕事を片付けることが先決だ。

 やはり酔うならほろ酔いに限る、と独りごちながら、部屋を後にした。

「お、昨日はやらかしたのか」

 仕事を正式に請ける手続きをするために仲介所に寄ると、体つきの良い男が話しかけてきた。

「んん、やらかした……まあ、やらかしたんだろうな」

 同じような仕事を続けて請けていると、短期的な「同僚」ができる。

 お互いの能力が同じくらいで、仕事が重なることが度重なるからだ。

 この顔見知りというのは結構重要なときがあり、その伝から変わった仕事にありつけることもある。

「お前がそんな様子で来るのは初めてだな。なんか気分の良いことでも起きたか」

「丁度、飲んでるときにな。それを肴にちょいと進みすぎた」

「それはめでたいんだか災難だったか。そんな様子じゃ嗜んでた酒は飲み干す勢いだったんだろうな」

「いい酒だったから飲み干す様な真似はしなかったが、若干もったいない飲み方だったな」

 水をもらって席に着いた冬夜はそんなことを言いながら頭を押さえる。

 愉快そうな笑いを辺りに響かせた後、男は別の人間に呼ばれて席を外した。

 その人間も、見知った顔だ。

 そろそろ仕事が始まる。

「昨日の続きは、溜まってる仕事を片付けてからだな」

 いつもなら安心の種である大量の仕事の予約が、このときばかりは恨めしかった。




 予約していた仕事を片付けるのに、更に数日を要した。

 最近は「豊作」で、八雲との「平和な生活」のために仕事を多めに予約していたのも手伝って、消化するのも一手間だった。

「お疲れさま」

 部屋に帰ると、八雲が出迎えてくれた。

 それほどに冬夜は疲れ切っていたのだが、汚れた体ですぐに横になるわけにも行かず、八雲には生返事をし、朝の内に用意していた浴衣をつかむと風呂へ直行した。

「暫く休むか……」

 漸く休める状態になると、冬夜は布団へ突っ伏した。

「まあ、何かあればあたしが稼いでくるわよ」

 八雲が側に寄り、冬夜の頭を撫でる。

 俺は子供か、と手をはねのける力もなく、なすがままになっていた。

 深酒からの休みなしの労働の日々は、それほどに冬夜から力を奪っていた。

 普段しないこととはいえ、まだ鍛えが足りないと冬夜は自戒するしかない。

 冬夜の今のところの武器は、この肉体以外にないのだから。

「新しいおもちゃを前にしての日々は大変だったでしょうに。それだけあなたも子供じゃないってことかしら」

「俺の信用力も二倍になったからな。下げ幅も大きい」

「そんなものは最初だけよ。譲ってもらった信用はあたしの力で上下するものだわ。それこそ、あたしの方の振れ幅があなたの二倍よ」

「それでも、その途端に下げたんじゃ名折れだからな」

「折れるほどの名も持ち合わせてないのに?」

「俺の中では大事な名だよ」

 口先だけのじゃれ合いに疲れた冬夜は、これで終わりだと言わんばかりに、投げ遣りに返した。

 八雲も承知しているようで、口先では「投げ遣りねぇ」と言っているが、別に起こった様子も見せなかった。

 とにかく力が抜けて仕方ないので、冬夜はそのまま布団の中に潜り込み、そのまま力尽きた。

「まだ、ご飯も食べてないのに」

 八雲の投げかけた声は、冬夜には届かなかった。




 その日は妙に暖かい朝だった。

 単に起きた時刻が遅いのかと思ったが、空が曇っていたので合点がいった。

 この季節にはあまりない、少し湿った空気が頬を撫でる。

 昨夜、帰ってからの記憶がほとんどないが、夜の間には雨が降っていたのだろう。

 日中が晴れだと暖かいが、夜が晴れだと何故か寒くなる。

 大地にとっては雲が毛布の代わりなのだろうか。

「……寒い」

「お前は一体いつ起きてるんだ」

「何時に起きようが、寒いときは寒いわよ。そんなこと言われても、部屋を寒くしていい理由にはならない」

 布団の中から抗議する八雲にため息をつき、窓を閉じた。

「どのみち、部屋が寒いことには変わりないぞ」

「寒くしたのは誰よ」

 基本的には、部屋を暖かくする手段はない。

 防災と排煙の関係から、部屋に囲炉裏は置けない。

 暖を取るには、出入り口近くの大部屋にある囲炉裏まで行くしかない。

「うぅ、あたし、赤い力は苦手だから簡単に暖めるのは難しいのよね。青い力寄りでその手の力を使うとこの部屋が暖まる代わりに周りの部屋が凍ってしまう」

 暖かさを他から奪うと言うことだろうか、物騒な術だなと思ったが、特に口にはしなかった。

 おそらく、八雲が暖かさを願って出来たのがその術なのだろう。

 自ら自粛しているということは、ここが満足できるまで暖めたら周りは相当寒くなるのだろう。

 もしかしたら、色々誤魔化すための前提条件も込みなのかもしれない。

「ああ、そうだ」

 八雲が、今思い出したかのように呟いた。

「あなたの霊術だけど、あたしとは違う様子だったから、もしかしたら赤い力に適性があるのかも」

「黒い力を持っていないだけじゃないのか?」

「直感だから、そこまではなんとも」

 布団にくるまってカタツムリとなった八雲が、なんとも間抜けな声で答える。

 本来あの術はその辺を知るための術なのだと冬夜は思っているのだが、それが判る前にやめたのは八雲の力が意図しない形で暴発しそうだったからなのだろう。

 八雲は黒い力を禁忌として扱っているようだが、単にその性質だけが問題なのではなく、八雲が段違いにその力を持っているからなのだろう。

 巨大な力が制御を失った先に何が起こるかは、天災が希ではないこの国の人間ならば深く考えずとも判る。

「というわけだから、この状況をなんとかしてちょうだい」

「無茶言うな」

「なんとかー」

「ほう、ならば俺の肌で暖めてやろうか? 子供の頃から体温は他の奴より高いぞ」

「えー」

 笑えない冗談辺りまで言った気がするのだが、まるで動じない姿を見ると、どうやら単にごねたいだけのようだ。

「先に下りて白湯でも持ってきてやるよ」

「わーい」

 八雲は子供に成り切ることにしたらしく、幾百年生きたとは思えぬほど恥も外聞もなかった。

 冬夜は渋々といった体で階下に降りていく。

 ただ、八雲に返せないものがあると思っていた冬夜からすれば、こういったことでも頼ってもらえるのは正直嬉しかった。

 宿屋の受付で白湯と冷や水をもらい、すぐさまきびすを返す。

 冬夜だって寒いものは寒い。

 むしろ温々できるなら自分もしたい。

 そんなことを思いながら冬夜が部屋に戻ると、ちょうど八雲が紬に腕を通しているところだった。

「部屋に女性がいるときは気を遣うものです」

「いや、わざとだろう、絶対」

「上着を着てから飲んで暖まりたかったのよ。後で着替えたら上着を着るときにまた寒い思いしなきゃならないでしょう」

「じゃあ文句言わずさっさと着替え終えろ」

 八雲と会ってからこっち、何度かそういった場面に出くわしたことがあるが、八雲が本当に動揺したところを見たことがない。

 そういったことに無頓着なのか安心しきっているのか、定かではないが、冬夜としては特に慌てることでもないということで納得している。

 八雲は動じない冬夜にむっとしながらも、手早く身支度を済ませた。

 やはり言葉だけでなく、八雲にとっても寒いものは寒いようだ。

 その間に冬夜が白湯を冷や水で割って適度な暖かさにした物を作る。

 その途端、身支度を済ませた八雲がそれを手にとって少しすする。

「うん。暖かい」

「そりゃ良かった」

 そう言いながら冬夜は自分の分も作り、口をつける。

 舌が火傷しない程度のちょっと熱めの白湯が、じんわりと染みいる。

 ちなみに白湯を調節したのに使ったちゃぶ台は八雲が出した物で、布団も脇に片付けたのも八雲である。

 素直ではないが、八雲の根っこは善人だ。

「金銭的には余裕あるし、今日のお昼にでも霊術の指導をしてあげるわ。あたしに可能な範囲でね」

 冬夜と八雲は、それぞれ自分で稼いだ分を自分で持っている。

 一旦混ぜてしまうと、どちらかが管理し絶対的優位に立つか、合意が成立するまで論議しないともめる原因になりやすくなる。

 混ぜるのはいつでもできる。

 ただ、それを早計にしてしまうほど、またその必要性があるほど、二人は愚かではなかった。

 もし必要があってまとめるときは、おそらく冬夜が管理することになるだろう。

 基本的に自活出来てしまう八雲の金銭感覚だと、「管理」という言葉の意味を再考しないといけなくなる。

「ああ、頼む」

 白湯を少しずつ飲む時間が静かに過ぎる。

 他の部屋や、外が段々と騒がしくなっていくのをただ聞くのも楽しい。

 たまにこういった休日を過ごすことは、一人の頃からの冬夜の楽しみだった。

 いつ終わるかも知れないぎりぎりの生活の中でも、たまには息抜きがないと何のための人生か解らない。

 勿論、本などを買ったり、ただ町に繰り出して情報収集するのも大切だ。

 だが、「何もしない一日」が時に、心に大きな安寧をもたらすことがある。

 それが結果的に半日しか取れなかったとしても、効果は大きいのだ。

 二度ほど白湯の代わりを冬夜が取りに行き、その度に静かな時間を堪能する。

 これを茶などで行うことを「喫茶」と言うらしいが、別に白湯でも十分な幸福を得られる。

 別に、貧乏くさい訳じゃなく、風味がないことがより良いのだ。

 と、そんなことを適当に考えている内に段々と外の騒ぎが大きくなっていく。

 周りの部屋の住人も、大方出払ったか外に出たのだろう。

 いつしか、外の音以外はほとんど消え、静まりかえっていた。

「そろそろかなぁ」

「こうやって静かに時が流れるままに過ごすのを『座禅を組む』というらしい」

「それは寺でやる奴でしょう? じっとして動いちゃいけないやつ」

「結果だけ考えれば寺で仰々しくやるのも、いま俺たちがやってるのも大差ないさ」

「まあそうだけれど、そう言っちゃ寺の坊さん達が泣くわよ」

「生憎と僧侶に知り合いはいない」

「それは大層残念ね。さ、行きましょ」

 八雲にずっと主導権を握られているが、そう流されるまま過ごすのも悪くない。

 特に、昨日まで散々働き通しだったのだから、たまにはいいだろう。

 部屋に鍵をかけ、宿屋の受付に挨拶してから八雲の気の向くままに外を歩く。

 冬夜には何をするのか見当もつかないので、ただ素直に八雲の後について歩いていた。

 出歩く頃合いで日が差してきた。

 今日は少し暖かい日になるだろう。

 先を歩く八雲の髪が、日差しを受けてきらきらと輝いていた。





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