◇獄炎の目覚め◆
“はぐれ精霊”。それは人間と精霊に仇なす存在。
人間を傷付けその血肉を喰らった異形の精霊。今目の前にいる“はぐれ精霊”は、中位火精霊の実力を持っている。
「そうか、確かに“はぐれ精霊”なら、こんなんするのは納得出来る」
李斗はこの後どうするかを頭の中で考えていた。李斗が1人なら逃げることも可能だが、今は朱鳥と華を抱えている状態だ。しかも相手は精霊。どういう理屈かは解らないが、相手は地球にいるにも関わらず精霊の力が使えている。対して李斗は精霊の力は使えない。つまり、
「不利すぎるな、この状況……」
しばらく“はぐれ精霊”と睨み合いが続く。すると、突然窓ガラスが割れて破片が落ちて音を立てた。
それに気を取られた“はぐれ精霊”の隙を付いて李斗は、割れた窓ガラスの先に見えた陸上部用のマットに向けて、華を投げ飛ばした。華の体は放物線を描き、無事マットに着地する。
これで少なくともリスクは減った。李斗は朱鳥も同じくマットに投げ飛ばそうとモーションに移った瞬間、反射的に体を屈めた。すると先程まで李斗の頭があった場所をバスケットボールサイズの火炎球が通過していき、図書室の壁に直撃した。あの時屈んでいなかったら、李斗の頭は消し飛んでいたであろう。
「くそ……!逃げるしか出来ねえのが腹立つ!!」
李斗は朱鳥をおんぶからお姫さまだっこに移行して廊下を駆け抜けた。まず朱鳥を安全なところへ避難させないと。ひたすら走っていると、背中に激痛がはしった。
「があっ……!?」
思わず転けそうになるが、足で踏ん張り阻止する。
背中を見ると、先程の火炎球が直撃していた。大火傷の部類に入るほど。衣服も焼け焦げていた。
「朱鳥ちゃんをおんぶから変えてよかった……」
痛みに耐えながら再び廊下を走る。それを嘲笑うように、“はぐれ精霊”の笑いと共に火炎球がバンバン飛んでくる。李斗は勘で何とかかわすが、それでも肩や足などを掠めて走るスピードも遅くなってきた。
「っ……!くそ……」
「君は何で燃えないの?何で何で何で何で?」
「燃えて、たまるかよアホが!!」
李斗は抵抗と言わんばかりに、いつの間にか距離が縮まっていた“はぐれ精霊”の顔面を後ろ蹴りで蹴り飛ばした。怯んだ隙に走って距離を取るが、“はぐれ精霊”の怒りに触れたらしく、距離を一瞬で詰められた。
「なっ……!?」
「このクソ餓鬼があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
李斗は朱鳥を反射的に投げた。固い床に申し訳無いと思ったが、あのままだったら朱鳥は死んでいた。
“はぐれ精霊”は李斗の首を掴んで持ち上げ、床に叩き付けた。
「がはっ!!」
床に蜘蛛の巣状に亀裂が入り、李斗の口から血の塊が吐き出される。
「死ねえぇぇぇぇ!!」
“はぐれ精霊”の手から放たれた火炎が李斗の全身を覆い隠した。普通の人間なら確実に死んでいるだろう。“はぐれ精霊”は李斗を放置し、朱鳥の方へと近付いた。殺すつもりだ。そして血肉を喰らい、また力を得るために。
この時、“はぐれ精霊”気付いていなかった。周りの炎が勢いを無くしている事に。それが、李斗の仕業と言うことに。
炎はまるで吸い込まれるように李斗の体へと吸収されていく。いつの間にか、火の勢いがかなり強かった図書室は殆ど鎮火されている状態だ。そこで“はぐれ精霊”は初めて気付いた。
「お前、何した?」
「……どういう理屈かは分かんねえが、やっと戻れそうだ」
李斗は痛む体をお越すと、朱鳥の元に一瞬で近付き抱き寄せて、“はぐれ精霊”から離れた。その体からは、赤い陽炎が上っている。
「死ねよ……餓鬼があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
激昂した“はぐれ精霊”が天井に火炎球を無数に放ち、瓦礫を李斗向けて落下させた。しかし李斗は、乱れず騒がず、落ち着いていた。
「こんなんで俺を殺せるかよ」
次の瞬間、李斗の体が紅蓮の炎に包まれた。それは“はぐれ精霊”が放った炎では無く、李斗自身が発生させたものだ。溢れる炎はやがて消え失せそこにいたのは、李斗では無かった。
満月のような金の瞳。
漆黒の髪から生えた双角。身長はゆうに2メートルを越える巨体。そして、全身から放たれる、圧倒的存在感。【精霊界】最強、四大精霊の一角を担う、“獄炎精霊イフリート”の姿がそこにあった。