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99・一番下

 と、そんなことやってる中一人冷静なゼノアは落ちた破片のもとへと近づき、それをまじまじと観察する。

 そして、ふむと鼻を鳴らしながら口を開く。

「どうやら相当なようだな」

「え?」

 自分のパンチ力のこと?

 確かにこれだけ見るとすごいよね。市内のゲーセンでは平均142のところ135しか出せないポンコツなのにね。

 と、思っていたら違うらしく、彼は地面を指さしながら話を続ける。

「これ、見てみろ。これほどの量の溶岩が出ているとは。相当な力で殴った証拠だろう」

 どれ。と壁の向こうを覗くと……うっわ。地面が大惨事。

 ペットボトルひっくり返したくらいの量の溶岩がそこに広がっていた。

 それを見て思わず右手を見る。大丈夫? 溶けてない?

 よかった、なんともない。

 まったく、誰だよ板の上にしか溶岩が出てこないとか言ったの。

 ねぇシルバちゃん。

「想定より先生の力が強かったようですね」

 いや、そんな自分のせいみたいに言われても。

「しかし勢いがあったおかげで前面に溶岩が飛び出たようだな。むしろこれなら安心だ」

 どこがだいお姫様。言ってみろや。

「しかし……お前、もしかして打撃格闘はあまり得意じゃないのか?」

 自分がいろいろ言いたいのを飲み込みながら可憐な少女たちを眺めていると、ふと王子様が破片を足でつつきながら自分に問いかけてきた。

 うん? 自分は打撃格闘どころか戦闘がそもそもお察しですぞ?

「うん」

「へぇ……なるほど」

 なにがなるほどなのか。

「……兄上はなにを言っているんですか? ナルミも、適当言うな。お前これほどの力をもっておきながら格闘が得意じゃないとか、誰が信じるか」

 お姫様があきれ顔で突っかかる。

 が、王子様は平然と半笑いを浮かべながら彼女を見るのだ。

「……ふっ、未熟だな」

「むっ!」

 あ、おいお姫様挑発すんな。面倒くさいんだから。

「今のナルミは力は強いが、それだけだ。真の格闘家の拳は余計な破壊をしない。見たことがないわけじゃないだろう? 真の達人の拳なら岩を破壊せず、穴をあけるだけに留まるはずだ」

「む、むぅ……確かに」

 お、おぉ……お姫様が丸め込まれた。

「気を悪くするなよナルミ。お前を悪く言うつもりはない。それにたとえ打撃が得意ではなくても、お前の拳はすでに十分戦力だ」

 お? あ、いやそこは、別にまったく気にしてないですが。

「もっと言えばお前は投げを重んじる珍しいスタイルを使うだろう? どこの暗殺術科はわからないがあのような投げがある時点でお前は格闘家としては一流だ。気にすることはないさ」

 いえ、まって。暗殺術って何?

「でも、どうだな。今度お前も打撃格闘を一緒に学ばないか? いい師がいるんだ。少々、意外な人物かもしれないがな」

 いやいやいや。いらないいらない。

「別にい――」

「まぁ何にしてもだ。これでナルミが一人になってもなんとかできる武器が手に入ったんだ。少しは安心だな」

 聞いて?

 というか本当にそう思うのかい王子様。割とこの武器綱渡りだぞ?

 まったくもう。やっぱり『耐火』の性能をつけなきゃいけないじゃないのさ。

 こんなん抱えて一人で侵入とか、すっごい怖いんですけど。

 ……ん? そいや自分、すっかり忘れてたけど自分が潜入してる間にお姫様らがどこで何をすんのか、自分全く把握していないぞ。

 おい、致命的じゃないかこれ。

 気付いてよかった。

「ところで姫様たちはどこで何をやる予定なんすか? 自分は自分の分の予定しか知らないから、教えてください」

 本当に、なぜ出撃直前になって司令塔の位置を聞くのかね。

 そんなポンコツ君である自分の質問に答えてくれたのは、お姫様ではなくシルバちゃんであった。 

「私たちは飛龍の上にて戦況を確認しながら指示を出す。ゼノアは隊を引き連れ前線へ。兄様はその下で魔獣が出た時の対処に当たっていただく予定です」

 あー、飛龍か。

 確かにそれなら空の上だしある程度……逆に相手も飛べる魔獣とか出てきたら逃げ場なくならんかそれ。

 ……いや、近衛隊を信じよう。

 きっと彼女らなら皆無事に――

「まぁある程度以上に策は考えているし、問題はないだろう。大丈夫、策は完璧だ」

 ……。

 お前、それ、お前、えー。

 一気に胡散臭くなったぞ。

「そう言う事言っちゃう?」

「うん? どう言う意味だ?」

 あ、気付いらっしゃらない。

 これは、えっと……素直に失敗フラグ建てるんじゃねぇよって言った方がいいのかな?

 正直目の前でここまで特大でわかりやすい旗おっ建てる人初めて見たから戸惑ってる。

 もっと言えば、そう。彼女は知略に長けた『机上の姫騎士』でしたっけ?

 何か一波乱起きるぞ。

「なにか心配事でも?」

 あ、いえ、そうね、全体的にね。

「あんま調子乗ってると痛い目見るわよ」

「心配はない。私にはゼノアや、仲間たちがいる。そしてなにより、お前がいる。負ける要因がない。それにいざとなれば魔獣なんてお前ならちょちょいっと倒せるのだろう? 問題ない」

 ……まぁ、なんか、調子がいいというかなんというか。

 全力で旗を増殖させるのやめてほしい。

 確かにこういう鼓舞になり得る言葉が必要な時かもわからんからやめろとも言えないが。

 あと自分を過大評価するな。

「そうですよ。私や兄様など、魔獣への有効手となるカードは用意してあります。対策は万全です」

 ついでにシルバちゃんも絶好調に旗建設に勤しむな。

「かつて私たちは何度か魔獣を退けたことがあります。姫様の頭脳と、私たちの力があれば何も恐れることはない。私たちがそろえば、不可能はないんです」

 君は、あれやね。お姫様を信頼してるのね。

「……まぁ、犠牲がないわけではない、ですが」

 ……うん、なんというか、うん。

「策士策に溺れる、なんてことにならなきゃいいけども」

「……それは、どういう意味だ?」

 まぁ当然食いつくわよね。

「策を弄する者ほど策を巡らせ過ぎて転けやすいってはなし」

「大丈夫だ。あらゆるパターンを考えている」

 いやいやいや。

「想定外というものは想定していないから想定外なわけで。人の頭って案外適当よ? 一度完璧だと思ってしまたらそれが破られたときに大変なことになる」

 なんだろう珍しくまじめなこと言ってる気がするな。

 でもここで何とか彼女らの意識を変えなければ後悔する気がするの。

「おそらくその作戦は優秀なものなのだろう。ある程度、序盤の内はその通りに動くのだろう。でも少しでも高いところにいれば落ちるのは簡単さ。なまじ優位に立てば人は驕り足元が疎かになる。それは敵にとっての最高の狙い目さ」

「私にそんな驕りはありえ――」

「その発言が驕りだと言うんだよ」

 顔を近づけ睨みつける。

 まぁこの優しい瞳では迫力はないが、真剣さは伝わるだろう。

「足元を掬われたらあとはただ落ちるだけだ。お姫様は想定してないだろうな、想定外が発生するなんてそんな状況。だからこそ致命的なんだ。想定外こそが最も恐るべき敵なのだ」

 自分は知ってる。完璧な作戦を考えてそれがだめだった時に絶望する人たちをディスプレイの向こうで何人も見た。

 ま、言うは易し行うは難しですがね。自分も実践できるかと言われたら疑問符が付く。

 というかできない。8:2の体力差で圧倒的に優位に立って『これは勝てるべ』と思ってた時にいきなりデンジャータイム発生して一気にひっくり返されるとか、よくある話よ。

 だが自分に心当たりがあるのだからといって放置するわけにもいきますまい。時には己を棚の上に設置することも大事なのだ。

「し、しかし私の今回の――」

「くどい。人に完璧などありはしない。必要なのは想定外が発生するという可能性を想定することと、覚悟だ。これがないものが一度崩れたらブレーキがきかずただただ底辺まで落ちるだけだぞ。途中でブレーキをかけることは至難だ」

「しかし――」

「しかしもかかしもあるか。まずその高慢に滑車つけたような考えを改めろ。想定外に蹴飛ばされたらあとは坂道を転がり落ちるだけだぞ」

 これだけ言っても彼女は納得していないのか、どこかもの言いたげな顔をしている。

 もっと言えばその横ではシルバちゃんもムッと不機嫌な顔をしているあたり、どうにも慢心はお姫様だけではなく全体に及んでいるようだ。

 しょうがない、別の切り口で行くか。

「……君らさ、いっちゃん下まで転がり落ちても、まだなにか残ってるかなんてこと思っとらんよな」

「……え?」

「一番下まで落ちたらな、なんにも残らんぞ。なんにもないから底辺なんだ。なんも残らず、全てを失う。仲間も、家族も、己の未来も。お姫様の自信過剰な傲慢が招く、最悪の最高がそれだ」

 自分は言いながらいろんなゲームや漫画の記憶を思い出す。

 まっさかこれらの知識がこんな形で役立つとは思いもせんかったよ。

 やっぱりサブカルチャーはいいシミュレーションツールよな。

 なお現代社会では使いようがない模様。

「驕りこそ、油断こそが全ての崩壊を招くんだ。驕りを捨て、想定外を許容するんだ。慌てふためき冷静さを失った時こそ、敗北へと転がる第一歩だ。あとはなにもしなくても勝手に落ちる。想定外の呼び水から想定内の事象も掬い切れず、やがて全ては瓦解する。その後あなたの目の前には、いったいなにが残るというんだい?」

「それは……」

 言葉に詰まるお姫様。

 まぁ、これだけ言えば当然かもね。

 でもここまで言ったら彼女は大丈夫だろう。少なくとも警戒はしてくれるはずだ。

 が、まさかまさかのシルバちゃんがいまだ納得しがたい表情をしているのはどうしよう。

 彼女の方が説得に時間がかかるとは思わなかった。普段は素直なのに。

「……ねぇシルバちゃん。君も同じだよ?」

 自分はお姫様から視線をそらし、彼女に向いてさずそう言った。

 突然の言葉にびっくりしたのだろう。そのまんま驚いた表情で目を見張っている。

「……え? そ、それは、どういう意味ですか?」

 しかし戸惑いつつもシルバちゃんは冷静だ。

 冷静に自分の言葉を理解しようとしている。

「そのままの意味よ。自分が見るに君らは安心しきってる風に見える。それはお姫様の策とやらのおかげかもしれないし、君ら自身の経験と強さからくる裏付けかもしれない。が、決してこれは消化試合じゃないんだよ? 何が起こるかわからんし、どうなるかもわからないんだ。みんな等しく召される可能性があるんだよ」

 皆が黙って聞き入っている。

「大げさに言うとだが、どうにも自分には君が、君らがその『策』とやらに盲信し、過信し、視野を狭めているように見受けられる。これは盤上のゲームじゃないんだ。ルール無用のデスマッチ、最後に勝ってりゃそれでよかろうな世界なの。後から敗者がピーチク文句言っても遅いのよ。だからその『策』とやらで勝手にルール作るのだけはやめてね? これだけはありえないだろうという線引きはしたらいかれん。もう一度言うがこれは盤上じゃない。二歩しようが飛車二枚使おうが雀牌使おうが勝てばいいのさ。だから相手の起こす『想定外』な、君の策の外にあるルール違反が起きる覚悟はしておく必要はあると思うんだ。そのルール違反を見つけた時点で、それを許容するルールを作るんだ。そうすれば、何をすべきか見えてくる」

 ……さて。ここまで言っておきながらセルフで一つ言わせてもらおう。

 お前なに偉そうに語ってんねやトーシロが。

 とは思いつつもなんかみんな聞き入ってくれちゃってるのでこのまま走り切っちゃいましょう。

 ここまでやって尻切れトンボは格好悪いからね。

 まぁわけわけわかめな例えで必死こいて説明しようとしているあたりもう遅いかもしれないけどねー。

「想定外に焦るなとは言わんさ。それこそ無理な話だ。だけど想定外を許容する覚悟は持とうぜ。これはお姫様だけではなくシルバちゃんやゼノア、王子様や、近衛隊みんなにも言えることさ。もちろん自分にもね。そして許容したうえでなすべきことをすればきっと結果はいい方向に転がるさ」

 いい事言った。

 自分今すっごいいい事言った。

 最後赤点とった時の自分が先生に言われた言葉の流用そのまんまに近いけどいい事言った。

 なかなかいい言葉だと思うよ。『想定外を許容しろ』ってのは。

 なおその後追試で無事合格点には届いたが、そのときの英語の評定は5段階中2だった。ちくしょうめ。

 ま、それは置いといて。

「ま、そう言う事。自信もいいけど驕ったらいかんという話です。でもまぁなんかあったらできる範囲でフォローしたるから、そこはご安心を。ね、お姫様」

 再びお姫様に向き直りこやかに微笑む。

 するとどうだ、お姫様は若干呆れたような表情を……おんやぁ?

「……おまえはあれだろう。城に潜入するんだから私たちのフォローなんてできないだろう?」

 ……。

「そうだったね」

 すっかり忘れてた。

「忘れてたのか」

 あぁ、もっと呆れられた。

「まぁその気の抜けた感じがナルミらしいといえばらしいけどな」

 はっはっは。

 これ貶されてんのかな?

 と、思っているとだ。いつの間にやらお姫様が真剣な眼差しをこちらに向けてくるではないか。

「……ナルミ」

「え? あ、はい」

 なんでしょうか。

「……必ず、生きて帰って来いよ」

 ……それは強い意志の奥に、どこか不安が混じったような、そんな声。

 彼女も彼女なりに、きっと自分を心配してくれてるのだろう。

「わ、私とも、約束です!」

 お姫様の言葉の直後、にシルバちゃんもそう言った。

 そこには芯の通った強さと、信頼にも似たものを感じることができる。

「じゃあ俺も」

「そうだな、俺とも約束だ」

 男どもは男どもで、もう。

 芸人みたいなノリで言いながらまっすぐとした瞳しおってからに。

 もうっ。

「……ええ。必ず」

 今ここに、自分はこれ以上の言葉は用意できない。

 だけどなんだろうね。なんとしても帰ってこなきゃっていう、決意のようなものが胸にこみ上げてきた気がしたんだ。

 最初っから死ぬ気なんて毛ほどもないけどね。

「約束だ」

「無事に帰ってきたら、パーティーです」

「ははは。それは楽しみだ。おいしいものいっぱい食べたいな」

 これはますます生きて帰らなきゃね。

「ちなみに事前に食べたいもののリクエストがあれば用意させることもできるぞ」

「私は先生がいればそれで」

「だな。ナルミがいればいい」

 オチをつけるな吸血鬼ども。


 と、きれいに、きれい? きれいに終わったと自分は思ったのだが、胴もそう思ってる人ばかりではないようで。

「……一番下まで落ちたら後はなんにも残らない、か。あなたはいったい、何を見てきたのかしら。ねぇ、ハセガワナルミさん」

 そんな風に一人不穏な言葉をつぶやくシャドさんの言葉も、自分には聞こえていなかったりする。


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