98・鉄拳制裁
シルバちゃんとお姫様、そしてシャドさんはいつも通りの格好いつも通りの調子でそこに立っている。
なんだろう。準備してる、という割には何も違いが……あ、よく見たら姫様も自分がシルバちゃんにあげたヘアピンをしてる。
黒い方をシルバちゃん。白い方をお姫様。当初の予想どおりシェアしてるね。
まぁシルバちゃん視点だと強奪された、といった方が正しいのかもわからんが。
でもそれだけでは準備とは言われんよな。
「どうしたお前ら。準備は終わったのか?」
そうひとり納得していると王子様が彼女らに声をかけた。
その目はどこか『それなら俺をパシリに使うなよ』と債権者に言っているような気がした。
「いえ、少し時間がかかりそうでして、ナルミの出発までに間に合いそうになかったのでどうせならと先にこっちに来ました。さすがに、死地のようなところに送ろうとしているのに何も言わないというのもどうかと思いまして」
あらそうなの?
うれしいこと言ってくれるじゃないの。
でもそれでいいの?
「それ、間に合うんですか?」
「問題ない。そのためにこいつがいる」
そう彼女が指さすのはにこやかな顔したシャドさんである。
「うふふふふ、ご安心ください。わたくしがきっちりご用意をいたしますわ」
そうか。何の用意はわからんがまかした。
……ちょいとばかし不安だがな。
そう思いながら彼女らを観察しているとだ。シルバちゃんがじっとりと己の兄を見つめ、責めるように口を開くのだ。
「……お兄様。今から一人で潜入しようという先生の血を吸ってどうする気ですか。殺す気ですか?」
お、いいぞシルバちゃん言ったれ言ったれ。
今日の君は血を吸ってないからブーメランは刺さってないぞ。
もっとこの不届き者に言ってやってくださいな。
「大丈夫だろ、これくらいなら」
「そんなわけないでしょう。少しは先生の負担も考えたらどうですか」
……でもトータルの摂取量で言ったら、いえ、なんでもないです。
「まぁナルミは頑丈だし、少しくらい血が減っても大丈夫だろう。普段シルバが血を吸っているうえであのポテンシャルだからな、問題はないはずだ」
そしてお姫様の無慈悲な言葉のナイフが突き刺さる。
「それは……うー」
ほら、シルバちゃんがすごい複雑な、微妙な表情をしている。
まるでなにか言いたいけど言えないのを我慢しているような、子供が屁理屈をして痛い反撃を受けたときのような顔をしているぞ。
……この空気どうしよう。
「まぁ、それはいいとしてだ。ところでナルミ、調子はどうだ?」
ん? あ、おう。
自分に飛んでくるとは思わなかったから油断していた。
「全然大丈夫ですよ。ただ気分が欝々としているだけで」
しょーじきね、行きたくない。
だって人死にとか、殺したり殺されたりとか、嫌じゃん。
その自分の気持ちを汲み取ったのだろう。彼女は少しだけ目を伏せ、悲しそうに口を開く。
「気持ちはわかる。お前に負担ばかりかけさせて悪いとも思っている。だが、すべてにケリをつけ、大団円のハッピーエンドで幕を降ろすにはお前の力が必要なんだ。改めて、頼むぞ」
……いやそんな真剣な眼差ししないでくださいな。
反応に困る。
というか最近ほんとこの手のイベント多すぎひん?
「もちろん」
「無理は、するなよ」
いきなり優しいね君。どしたん。
「まぁ心配しなくてもお前なら何があっても大丈夫だろうがな。もしかしたら一人で城を落としたりとかしてくれたりするかもしれないし。そうなると私たちも非常に楽だ。できるならやっておけ」
ごめんいつも通りだったわ。。
……しかしなぁ。こんな小さな女の子らを戦場に出さないかんというのが心苦しい。
「……君らも、ムチャすんじゃないよ」
知り合いの、それも女の子がけがをしたり最悪お亡くなりになられたりは、非常に精神衛生に悪い。
できれば彼女らには何もせずにお家に帰ってもらいたいところだが、そうもいかないのが悲しいところ。
「あぁ、わかっている」
そうか。いつになく真剣なその表情なら大丈夫だろう。たぶん。
「大丈夫ですよ。私が姫様をお護りします」
ははは。頼もしいなシルバちゃん。
「案ずるな」
「おまえが前線にでない分の手柄も俺がもらってやるよ」
ごめん。君ら二人には言ってたつもりなかったんだ。
でも君らがそう勇ましいこと言ってくれるとうれしいよ。期待してるよ英雄さん。
「うふふふふ。わたくしも、ハセガワ様にいただいたものをさっそく使う機会が得られそうで、楽しみですわ」
スゥ君? じゃなかったシャドさん?
発言が怖いのとあとそれやたらと使うなと言うたよな?
まったくもうこいつらは。
……あ、貰い物といえばだ。
「そいやさシルバちゃん。これどうもありがとね」
そう言って自分は先程もらったグローブを取り出す。
貰ったものにはきちんとお礼をするのが礼儀ってやつよ。
「あ、いえそれは、いえ、それほどでもありません」
そうなの? こういうのの相場とかわからんから自分、言葉のうわ面だけ真に受けるよ?
「むしろこちらこそ申し訳ありません。片方しかご用意できずに」
「あ、いや全然さ。両方なきゃ意味ないもんでもないし、平気平気」
そんな気にすんなって。
というか、うん。自分すっかり忘れてたし。
「ちなみにどうでした?」
「え?」
なにが?
「使い心地です。一応用意できる最高のものを使って作ってもらったのですが、やはり一度きちんと装備して癖を確かめないといけません。まさかまだ装備していとか?」
え? あー。
あー。
「……質問なんだけど、これ、溶岩に指溶かされたりしない?」
「するわけないだろう。どんな間抜けな装備だ」
お姫様の無慈悲な突っ込みこわい。
「それに関しては対策してあります。具体的に言うと溶岩は宝珠を延ばした板上でしか活動しないです。だからそれで壁を殴ってもその部分と同じ長方形の形の焦げができるだけ。まぁ勢いと力によって多少の違いはありますが、おおむね制御はできます。布地にも魔法陣は編み込んであるはずですので、問題はないです」
なるほど、そういうことか。
「ちなみ成形と同時に力を集中させたことでそこにかかる熱量が上がっていますので、その点はご注意を」
……ただでさえ溶岩だというのにさらに熱くなるのか。こわい。
「で、どうだ? 装備してみないのか?」
そう言いながら横から期待したような目でこちらを見るお姫様。
なんか怖いが。そう言われると断り辛い。
「あ、うん。してみます」
そして自分は恐る恐ると手袋を履くと……お、おぉ。
「ぴったりフィットですな」
怖いくらいちょうどいい。
まるで自分のために誂えたような……あ、誂えたのか。
……いつ手の形測ったんだろう。
いや、近衛隊の制服用意された時の方がドン引きしたけどさ。こう、自分の知らない自分のステータスを誰かが把握してるって、なんか怖くない?
「よかった」
自分の不安をよそに安堵の息を吐くシルバちゃん。
まぁ、ここで装備できないってなったら事だからね。
決戦前はなるだけ手札を増やしておきたいものなのだ。
「そうだ。何なら一度ここで試しに使ってみたらどうだ?」
手を叩きいい事思いついた、とでも言いたげな顔をするのはお姫様である。
試すって、これを?
「……ゼノアあたりを殴ればいい?」
「シャレにならないからやめてくれ」
ほんとにやりゃしないよ。
「うーん。それでもいいんだが……」
いいのかよ。
「どうせなら、あー、兄様。壁を一枚お願いします」
「ん? あぁ」
そして王子様を顎で使うという。
こいつらが妹に甘いだけなのか、それとも彼女が実質的な権力者だからなのか。判断が付きにくいね。
と、思ってる間に王子様が魔法で、というか精霊ちゃんをつかって自分の身長くらいある岩の壁をつくってくれた。
ちょうど縦に畳が立ってるような感じだ。
……殴れと?
「さぁ、はやく」
いや、そんなキラキラした目で見られてもですねお嬢さん。
「本気?」
「もちろん」
……これ、ガチの岩ですぜ譲さん。
「こんなの殴ったら痛いじゃない」
「先生。もし拳を痛めるのであればおやめになった方が……」
シルバちゃんは優しいなぁ。
よし、ここは彼女の意見を尊重して――
「砦の壁を拳で破壊しといて痛いとか拳を痛めるとか、今更だぞ」
……それもそうか。
確かに言われてみたらそうだな。うん。
どうしよう反論が思いつかないくらい納得してしまった。
「……危ないから下がってくださいな」
自分はそう言って岩畳に近付きこぶしを握る。
まぁでも、自分もこの装備の威力がどれだけかということに興味がないといったらうそになるし、いい機会かもしれない。
何せ初めて手にしたマジックアイテムだ。うん。やってみよう。
という事で自分は岩の畳に向き直り……そうね、適当にナックルパートに当てる感じで。
パンチングの自信はあまりないが、まぁ行けるでしょう。
「いっくよー」
そーれ、と猪木な鉄拳制裁をイメージしながら壁を殴る。
するとどうだ。岩の壁はそのまま破片を散らして割れたではないか。
「……まぁ、なんだ。ちょっと予想できてたな」
「あ、やっぱりか? 俺もだ。結構頑丈に作ったんだがな」
そこのやんごとなき兄妹たちうるさいです。
「先生。拳、大丈夫ですか?」
対してシルバちゃんは優しいね。
でも不用意に自分の手を触ろうとせんでくれるかな? これ君がくれた溶岩で今たぶんすごく熱くなってるから。
というか自分が避けなかったら触ってたん違うかこれ。
「……」
……うん?
「……おい、こら、やめろ」
意地でも触ろうとするんじゃない。猫か。
「……何やってるんだお前ら」
知らんよ。と言うか止めてよお姫様。




