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97・返済

「あー、嫌だ嫌だ」

 憂鬱な一日が始まる。

 目を覚まし、歯を磨き、服を着替えてご飯を食べる。

 いつも何も考えずにしている行動が、どうしてこうもモチベーション如何でこんなに気だるくなるんだろうね。

 どうにかこの現象を誰か解明して新たな戦術魔法として確立してもらいたい。敵のモチベーションをダダ下がりにして降伏させることができれば万々歳じゃないか。これほど平和で気の抜けた兵器もそうあるまい。

 これが実現すれば今日自分が一人で敵陣に潜入するなんて愉快なイベント発生しないと思うんだ。

 ……あー。嫌だ嫌だ。

 そう思いながら地べたに座りケツに土をつけつつパンをもぐもぐする自分であった。

「よう」

「隣、いいか?」

 二つ目のパンを半分くらい食べたところだろうか。不意に横から男性の声が聞こえてきた。

 見るとそれは完全武装状態のゼノアと王子様である。

 ……王子様はまだまぁ、普通の軽鎧という見慣れはしないが状況から言えばわかる格好だからいい。

 なぜ剣を三本も差してるのか、しかも背中にハルバード背負ってるのかとかいろいろ言いたいが、これが彼の本気スタイルだというのなら文句も言えん。

 が、ゼノア。お前それ、何人の勇者葬り去った魔王の格好だ?

 暗い赤色のマントを羽織り、真紅と黒の入り混じった刺々しい鎧を着こんだその姿はもはや悪のそれである。

 しかし背負うのは斧と鉈というのがアンバランスというか、カッコイイ剣を持とうぜ?  武器だけ野盗や蛮族のそれだぞ。

「どうかしたか?」

 あ、まじまじと見過ぎた。

 どうやら王子様がいぶかしんでいるようだ。

 対してゼノアはじぃっと自分を見つめている。ヤダ怖い。

「……二人ともすごいかっこしてるね」

 とりあえず適当にに口から出たのは素直な感想である。

 しかしそれを聞いて二人は自分をまじまじと見つめ、そして互いに顔を見合わせる。

 なんね、おい。

「お前に言われたくない」

「その格好で言うか」

 ……まぁ、うん。

 確かにね、そらぁ真っ赤なジャージにゴーグル帽子に黄色い合羽とくればそうくるわな。

 見事に頭にブーメランが突き刺さりました。

「……動きやすいんだもん」

 そう言ってパンを齧る。文句は言わせん。

 考えてもみろ。学ランなんか着て運動ができるか。

 今後いろいろ汗かくことが予見できるのなら、動きやすい格好をしてしかるべきだろう。

 だがしかし鎧甲冑の類なんて着たことないからむしろ足枷にしかならないし、支給された執事服も似たり寄ったりの理由で却下だ。

 と、このような消去法でモノを考えていくと動きやすく着慣れた衣装、つまり学校支給のジャージが選出されるわけなんですね。

 ……なぜ合羽を着ているのか、についてはお姫様の命令だからあきらめた。むやみと頭を見せるな、だって。

 黄色に赤って組み合わせの方が目立つ気がするのは自分がおかしいのだろうか?

 ……あとすごく関係ないけど自分が着替えを行うタイミングでこう、いつの間にか紅い鎧が近くにいるんだよね。

 まうそもそもからして入らないんだからそろそろ諦めてほしい。

「動きやすい、と言う意味では俺たちも同じだ。防御と動きやすさ、そして付随効果を考慮して最高の性能を発揮できるものを着ているつもりだ」

 王子様が言いながら隣に座る。

 付随効果か。まぁ、RPGライクに考えればそうよね。

 自分もよくやる。

 でも、よくよく考えたらここの人たちはリアルでステータス上の数値と付随効果とどっちを取るかで頭を悩ますなんてことしてるんだろうか?

「……なかなかいい素材だな」

 ……勝手に腕をさわさわしないでください。

「どれ」

 そしてお前はなぜ太ももをまさぐるのかなゼノア君よ。

 下半身はやめろ。

 というかいつの間に隣にいる。

「変な手つきでいじらないでください」

 しかしそんな自分の願い虚しく、彼らにやめる様子はない。

 左右から、男のごつい手つきでいやらしくいじり倒されるのだ。

「伸縮性の高い布だな」

「ああ。布、というか織物、編み物の類だな。しかしなかなか頑丈そうだ」

 ……あの、なんですかこれ。

「胸にあるのは、見覚えがある。確かお前の名前か? だがその上の文様はなんだ? 刺繍のようだが、見たことがない」

 胸をつつくな。

「この前を留めているものはどういう構造になっている? 金属のようだが、どうなっているのだ?」

 チャックを下ろすな。

「襟や袖もしっかりしてるな」

「うまくいけば似たようなものを生産することも――」

「あの、そろそろやめてください」

 その言葉で、やっと彼らは手を引っ込める。不満そうな顔をしながら。

 まったくもう。お前らは男をいじって楽しいのか。

「もう。おとなしくご飯を食べましょうよ」

 パンの最後のひとかけを口に放り込む。

 何なのだこいつらは。戦の直前にしてはあまりにゆる――

「それでは、少しいただこう」

 ……その言葉と共に、ゼノアは大きな手でもって自分の襟を開き首筋へと口をつける。

 そうだったね。自分が朝ごはんだったね。

「……男がそうやって抱き着いてる様は気持ちいいものではないな」

 そう思うなら止めようぜ王子様。

 パンなんて齧ってのんきしてないでさぁ。

 ……おいそれ自分の持ってたやつじゃねぇだろうな。

「しかし、こうやって客観的に見ると俺が血を吸われてる時も似たような光景なんだよな」

 あ、あなたも被害者でしたか。

 それは、うん。ご愁傷さま。

 と、自分が同情の念を抱いていた時だ。王子様はふいに何かを思い出したような顔をしたのは。

 彼は直後になにか、小さな箱を取り出し自分に差し出してきた。

「そうだ忘れてた。ナルミ、これ」

「ん?」

 出されるままに思わず受け取ってしまったが、何なのだろうこれは。

「なんすかこれ」

「溶岩竜のグローブだそうだ。まだ右しかできてないが、無いよりましだろうからとお嬢がお前に渡すようにって、今朝言ってきた」

 あぁ、なんかいってたなそういうの。

 箱を開けるとなるほど。ワインレッドな色をした指空きグローブの右だけがそこにあった。

 紫を帯びた暗い赤色の革で作られたそのグローブにはこの前魔法の道具屋さんで見た溶岩流の宝珠だか宝玉だかというアイテムと同じく、内部で溶岩が渦巻いているいくつかのプレートが付いており、拳だろうと裏拳だろうと殴るととても痛そうだ。手首にはベルトがついていて装備する側の事も考えている親切ぶり。

 恐らくだが、あの時買ったあれはまさしくこのプレートへ加工されたのだろう。

 ……自分の記憶では文字通り丸い玉だったと記憶していたのだが、どうやったらこんなプレート状にできたんだろう。

 あと、これは……。

「ねぇ王子様。素朴な疑問なんだけどさ」

「ん? どした?」

「これ履いて殴ったらどうなるの?」

「そりゃあ溶岩竜の宝珠を使ったんだから、その力に見合った量の溶岩を纏うことになるだろう」

 だよねだよね。

「……穴あきグローブって、指溶けない?」

「……」

 おい、目を逸らすな。

「俺はお嬢に頼まれただけだ。何も知らん」

 別に責めてるつもりはないさ。

「大丈夫だろう。恐らく布地の方に防護の魔法陣か何かが編み込まれているんだと思うぞ。俺も似たようなの持っているがそうだった」

 あ、お兄さんお食事終わり――

「あむ」

 終わってませんね。こんにゃろ。

 ……あれ? そう言えば、今日はシルバちゃんに会ってないや。いつもは呼んでなくても捕食しにやってくるのに。

 今日はいつもより早起きをしてしまったから寝てる間に食べられたとかもないだろうし、うーん。

「そういやシルバちゃんは?」

 こういう時は知ってそうな人に聞くに限る。それが一番早いのだ。

「あぁ、お嬢ならエリザと一緒にいるぞ。いろいろ準備が必要だという事だ」

 あー、まぁね。そういやそうだね。

 ことが事だから準備も入念にせんといかれんのか。

 君らは準備が終わってるようだけど、念入りに下準備したであろう格好してるしね。

 それとおんなじだね。

「……しかし、お嬢か」

 と、ひとり納得していると王子様が遠い目をしてつぶやくのだ。

 ん? どしたん王子様。恋か?

「なぁナルミ。ものは一つ相談なんだが」

「はぁ」

 気のない返事をしてしまったが、自分を見つめる王子様の瞳は真剣で、まっすぐな決意が込められたものだった。

「お前のその服。生産することは可能か? 何でできている?」

 ……え? ジャージ?

 ごめん予想外すぎて反応に困る。

 えっと、たぶん合成繊維の、ポリ100パーだと思うけど……。

「ポリエステル100パーセントだと思い、ます。量産は、ちょっと自分作り方を知らないので」

「……そうか」

 うわ。目に見えてしょげだした。

「どしたんですか、いきなり」

「いや……それを俺主導で生産して売れば、うまくいけば金が入るだろ?」

 あ、読めた。

「そうなればお嬢への借金も一気に返済することができるんだ」

 そーらきた。

「……もう、お嬢の影におびえながら暮らすのは嫌なんだ」

 いや、そんな彼女を恐怖の大魔王みたいに。

「……王子様は本当にシルバちゃんには頭が上がらないのね」

「あぁ、勝てる要素がない。はぁ……どっかに一獲千金のもうけ話は落ちてないものか」

 ねぇよ。

「俺としては、ナルミの物品の一つでも作ることができたら売れるとは思うがな。ごちそうさま」

 あ、とうとう離れた。

「まぁ、今は考えても仕方のない事だ。後でゆっくり考えよう」

「やけに乗り気ね。ゼノアももしかして彼女に借金が?」

「いや、特産品が増え輸出が増えたら国が潤う。単純な話だ」

 あ、こっちはまともだったか。

 そんなことをしていると、不意に後ろから声をかけられた。

「のんきだな、お前ら」

 声の方向を振り向くと、そこには呆れた表情のお姫様とシルバちゃんと、あとシャドさんが立っていた。


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