96・揉ませてやる
どれだけ旅をしてきただろう。長かったような、しかし短かったような。
まぁ何にせよなんだかんだでここまで来ました。敵さんの本拠地である、この国の首都らしいところである。
しかしまぁ何というか、一国の首都ったら普通、もっとこう、賑わってて、明るくて、活気があるものだろうて。
たとえ今が戦時中とはいえ、そこはこの国の心臓なのだ。そこに人は生き、ご飯を食べて眠り夢見て明日を迎える。それが本来あるべき姿なのだ。
……が、これはなんというかかんというか。
「あれは人が住んでいるんかね」
少しだけ小高い丘の上。遠目に見えるは大きな街。
家々は崩れ人の生気がまるでないこの街こそがここ帝国の首都である。
本来は活気で満ちた豊かな街だったそうだが、今や魔獣が闊歩し死と災厄の渦巻く狂気の街と化しているらしい。
そしてその外観は先程思わず自分が呟いてしまった通り、正直パッと見では半分廃墟で人のいる気配がない。夜に侵入したくはない雰囲気だ。
そんな街を見下ろしながら、自分は一人でボケっと座っていた。
いや、正確には街ではない。自分はその奥にそびえるお城を目にして考え込んでいた。
そのお城は街が廃墟なのとは対照的にとてもきれいで美しく、まるで街の命を吸っているかのような印象さえ受け取れる。
ともいうのもだ、ここま来たという事は当然として近く自分たちの軍とあちらの街とで戦闘が行われるわけで。それが明日の予定のわけで。
つまりは自分が単独であのお城に侵入するのも明日って訳ですよ。あーやだやだ。
なにせ自分の働きがすべてを左右すると言っても過言ではないのだ。そう言うのは主人公たちにやらせればいいと思うんだ。
ほら、テトラ君なんか影薄いんだから適任だよ。ああいうのにこの仕事任せばいいのに。
……まぁ、ここまで来たら腹くくるしかないがね。一回了承しちゃったし。
それになんだかんだ自分がやる方がいいだろうなと言うのはわかってるしね。うぬぼれに聞こえるかもだが、割合万能チックな能力持ってるからなんでもこなせる。
ホント、神様様様だよ。
と、いうことで自分はなるだけお城の情報を得るためここにいるのであります。
なおお姫様とか王子様とかは向うにある大きなテントの中にいる。作戦会議してる。
メンバーはまずお姫様。そしてゼノアに王子様以下各隊の隊長格が数名。そして特別ゲストとして敵本拠地の地理に詳しいファミアスさんと娘のアニスさん、そしてカノンさんの三人が座っております。
あとは各近衛のメンバーが適当に護衛のように立ってる感じかな。
敵の将校が参加する作戦会議なんて初めて見たよ。
あ、ちなみに妖怪エロガッパ事ファミアスさんはついこの間転送の魔法で部隊丸ごと、とはいかないが有志を引き連れ国を取り戻すために駆けつけてきてくれた。
あとこの時転送魔法を構築したシルバちゃんにより再びお弁当と化したことはいい思い出だ。
ん? あぁ、自分は参加せんでもいいの。だってほら、彼らは明日正面から切り込むグループだからね。関係ないとは言わんが多分いても役には立たないし。と言うか魔獣云々の知識がない以上、トンチンカンなこと言って場をかき乱す未来しか見えない。
だから自分はあとで決定事項だけ教えてもらえればそれでいいのさ。
それに今はこうやって見える範囲の情報を手に入れてた方がよさげだからねぇ。お姫様にそう言うと『それもそうだな』と言われたし。
そんな事を思いながら、自分はじっくりお城の方を見るのである。
お城は西を背にして台地の上に作られており、とても侵入しにくそうな形をしている。
ひらがなの『く』の字型の台地の真ん中にお城があり、東に街がある感じ、と言ったら説明しやすいかな。
つまり東からは街が壁になり西からは山が壁になって侵入者を阻む、と言う寸法だ。
同じく南北からは西と同じく崖のぼりをした後にさらにこちらは山道を登らないかんからもっと侵入者は入ってこれない。
絶対に侵入をさせない、そんな気概が見える立地だ。
そして今回の侵入者たる自分は西からの山登りを行うことに相成りました。
……やだなぁ。
「ここにいたか」
特に何も考えるでもなく、ただ見ていただけの自分の背後から太いオッサンの声が響いてきた。
見るとそこには筋骨隆々のエロおやじの姿が。
「会議終わったん?」
「あぁ。しっかりワシが直々に我が国を落とす術を教えてやったわ」
はっはっはと豪快にうおっさん。聞いてる方からしたら割合笑えん冗談だぞ。
「……隣、いいか?」
「どうぞ」
自分の許可を得て彼はどっしりとした臀部を地面へとつけ腰を下す。
そしてしっかりと目の前の街を睨みながら、彼は小さくつぶやくのだ。
「よもや、こんな形でここに戻ってくるとはな」
それは悲しそうな色をしながらも、どこか決意に満ちた表情に見て取れる。
……しっかしこのおっさん、こっちに転送された直後、自分に対しての第一声が『どうだ? ワシの娘の乳はデカかっただろう。気に入ったか』とか言い出してたのに何今更真面目な顔してるんでしょうね。人の耳元で、小声で、ささやくようにふざけたこと抜かしおって。
全くもう、そのおかげで直後にあった父と娘の感動の対面が自分の中でだけ台無しだったよ。
『父上!』
『おぉ! アニス!』
とか言って互いに抱き合うという感動的な場面。お姫さまなんて若干涙浮かべてたのにさ、自分だけは脳内で『うむ、やはり娘の乳はでかいな!』とか考えてるんだろうなーとしか思えなかったんだもん。
あと二人きりの時に『いつでも襲っていいんだぞ』とか言うのはやめていただきたい。『お前なら無理やり組み伏せることも可能だろう』とか、馬鹿か。
その筋肉は美しいが内面がもうただの妖怪エロガッパである。健全な精神は健全な肉体に宿るのではなかったのか。
「……どうかしたか?」
おっと、冷めた目で見過ぎた。
「いえ、良い筋肉だなって思いまして」
とりあえずごまかす。
でも嘘は言っていないぞ。その丸太のような腕もどっしりとした胴も力強い脚も非常に上質な筋肉であることが見て取れる。
正直自分の持ってるボディビルDVDコレクションに勝るとも劣らない筋肉だ。
自分としてこのおっさんのポイントは首、というか僧帽筋だね。がっちりとした僧帽筋に包まれた首は正しく大木のような安定感と重厚感を持ち男らしい首筋を演出する。
……ほんと、筋肉だけは美しいのな。
「ん? そうか? まぁ、これでも鍛えてるからな」
ひげ面を歪ませ嬉しそうにするエロおやじ。
やはり男は筋肉を褒められたれ嬉しくなる生き物なのか。
「なんならどうだ、今度一緒に鍛えるか?」
あ、それは勘弁マジ勘弁。
「いらないっす」
「……そうか」
落ち込むなおっさん。どうせ普段は兵士さんしごいて鍛えてるんだろう? それで満足せい。
……で、なーんでこのおっさんはここに来てるんよ。何しに来たん。
「ほんで、なんか用っすか?」
「なんだ、用がなければ来てはいけなかったのか?」
「そうじゃ無いっすけど」
そうじゃ無いけど面倒くさそう。
「ならばいいではないか。まあしいて言えば、主と話がしたかった、といった所だな」
そのセリフかわいい女の子に言われたかった。
ひげ面筋肉マッチョの野太いオッサンボイスには言われたくなかった。
「そう言えば、ここに来る途中不審な者と出会ったという話を聞いた」
おん? あぁ、あの二人組。
結局結論出ずに要警戒リストに入れられただけで終わった彼らね。
「心当たりでも?」
「ない!」
力強く断言するね。
「聞いた限りではその身なりも風貌も全く知らない奴らだ」
「さようですか」
ま、アニスさんとかも似たようなこと言ってたし、仕方がない――
「しかし引っかかるところはある」
「おん?」
え? なんかあるの?
「儂らの仲間に一人、とても卑怯で卑劣な外道がおってな」
……お、おう。
随分私怨のこもった声ですな。
「見てくれの特徴など奴にとっては造作もなく偽造できるものだ。もしかしたら、奴が何かやってるのではないかと思ってな。例えば、王位継承者たる王子を連れて亡命を行っている、とかな」
ほう。なるほろそれは説得力がありそうだ。
「だがそうしたらいろいろ辻褄が合わない。もしそうだとしたら逃げずに保護されればいい。それにそもそも王子が城から消えたのは儂が主と戦うよりもっと前だ。今この時期にこんなところをウロウロしている意味が分からん」
あー、王子様、そうか。消えたのか。まぁ逃げ出したのなら正しい判断だとは思うよ?
自分は何も言わん。
……でもごめん、別方面でちょっと言わせて?
「一応言わせてもらいますけど、あなた達はこう、成り行きで保護されてるからそういう風に思えるかもですが、一応自分たちはあなた方から見たら敵軍ですからね? 普通保護してもらえるなんて発想よりも前に捕まったら殺されるくらいまで思いませんかね?」
「……あぁ、なるほど。そう言えばお前敵だったな」
おい。お前この国の四天王的なのの一人だろ? しっかりせぇや。
という自分のメッセージを込めた視線をオッサンに送っていると、かれは恥ずかしそうにはにかみながらこちらに白い歯を見せるのだ。
「だがまぁ、主らはもう我らの仲間だ。儂はそう思ってる」
……まぁ、うん。
ごめんちょっと恥ずかしいこといきなり言わんといて。
しかしおっさんはその言葉の後、特に何かを喋るでもなくじっと街の方を見つめて黙り込んでしまった。
どしたん? やっぱりあなたも恥ずかしくなったん?
「……つくづく、不思議な奴らだ」
あ、やっと喋った。かれこれ二分くらい沈黙が続いて焦ったぞ。
で、なにが不思議なん? 自分この世界で魔法以上に不思議なものに出会った記憶がないんだが。
あとそのニヒルな笑みやめない? ぶきみ。
「主の国の者どもは、なぜこうも関係のない我らが国の為に命を張るのだろうな」
フッと笑みを零しながら彼は続ける。
「なぜ我らが国の為に戦うのか。そう問うたら主の姫は『国など関係なく、私は苦しんでいるものを救いたい』と答え、王子は『救いを求める者を救うのが、俺の信じる正義だ』と言った。魔獣と言う災厄と対峙してだ。人の身には過ぎた禍を前にして、己が正義のために立ち上がる。彼らはいったいなぜ、そこまで命を懸けて正義を貫こうとするのだろうか」
……まぁ、あいつらは主人公みたいなもんだしね。
「それが彼らですからね」
「……そうか」
それで納得したのか、おっさんはそう呟くと再びじぃっと街を見る。
……なんなんだろう、このイベント。
最近この手のものが多すぎて困る。
「……なぁ、ナルミよ。主に今一度聞きたいことがある」
おう名前で呼ぶとは一気に距離詰めて馴れ馴れしくなってきたな。で、なんね。
「はい、なんでしょ」
「ナルミ、主はなぜ我らの国の為に戦うのだ?」
……んっ、んー。
そこ自分に聞いちゃう?
え、えっと、自分が戦う理由? 知らんよ。お姫様についてきたらこうなったんだから。
あとは、あと、そう! 自分の近くで誰かが死ぬとか嫌じゃん。
つまり己の精神衛生保全のため。罪悪感を持たないため。気に入らない結果を起こさないため。つまりはある種のエゴイズム。
せっかく自称神様から万能能力貰ったんだ、大団円を目指して頑張ってもいいじゃん。
それが自分の戦う理由です。
つまりだ。
「誰が死ぬとか嫌じゃん。そう言うの気に入らない」
現状は集約した上でかっこつけるとこの言葉に尽きるね。
今後はわからんが。
……ん? そう言えばなぜ戦うかって、大本で言えばそっちの国が宣戦布告してきたからじゃ……まぁ、いいや。
「気に入らない、か……主は強いな」
お、なんか好感度が上がったっぽい。
で、本当になにこの扱いにくいイベント。そろそろ自分逃げ出したくなっちゃうんだけ――
「主は、強い。本当に強く、どこまでも、優しいな……」
……うん? なんでおっさん涙声?
お、おい。どうしたおま、え、ちょ、本当に涙が零れ、えぇ?
そう自分が困惑していると、おっさんはこちらへと身体を向けて、自分の目を見て言葉を続ける。
「主には、感謝してもし足りない。我らの命を救ってくれたこと、希望の灯をともしてくれたこと、そして何より、我が娘を、アニスを、すぐって、ぐふっ……ありがとう、ほんどうに、あのごを……」
「わ、わかったから。落ち着き、な? ほ、ほら、ハッカ飴やるから、な?」
「騎士とじて、将として、そしで、ひとりの父として、貴殿に心よりの礼をいばじてもらう」
ほんにこのおっさんは、泣き虫か。
気持ちはわかるが、男の涙はそう見せるもんじゃないぞ?
「わぁったから。な? ほら、ハッカ飴食べて、落ち着いてくださいな」
「ぐずっ……あんがと……」
鼻をすすりながらその大きな手でハッカ飴を受け取るおっさん。
このセリフと動作をかわいい女の子がやったら萌えるんだがなぁ。
「……うむ?」
ん? どしたおっさん。
「なんじゃこれは。吐息が冷たくなったぞ」
あぁ……ハッカ飴食べたのね。
そういやこっちにはハッカとかミントってないんだろうか。
「ふぅむ……この飴はなんだ? 凍てつくような冷たさがある。何かの魔法薬でも混ぜたのか?」
「いやいや、そう言うのじゃないっすよ。ただのハッカっていう植物の汁、だと思う」
たぶん。
「ふむ、しかしこれは、氷結属性の魔術の威力が向上したりはしないのか? しそうな気がするんだが」
いやいやいや。
「さすがにそれはないと思いますが」
「そうか? 少し、試してみよう」
無駄だと思うけどなぁ。
と、思う自分をよそにおっさんはそこらに落ちてる適当な石へ向かって魔法を放つのだった。
「凍てつく礫よ、射ち貫け。アイシクルアロー」
……が、何も起こらない。
少しの沈黙の後、おっさんはこちらを向いて真面目な顔で言うのである。
「……服従の呪印がされてるの忘れてた」
おい。
「呪印の作用で腕が痛い」
おい。
「大丈夫ですか?」
まったく、いいおっさんが恥ずかしい呪文吐き出したうえで自爆してたら世話ないよ。
「あぁ、これくらいなら大丈夫だ。心配には及ばん」
そう言って彼は黙りこくり、遠くを見つめて飴を転がす。
……こう、いきなり無言になられると不安になるよね。
とりあえず自分もこの空気から逃げるためにハッカ飴を食べよう。
……うん。おいし。
それからしばらく沈黙が続いた。
具体的に言えばハッカ飴が三分の二くらいまで減るくらいの時間沈黙が支配していた。
その間自分たちは特になんも考えるでもなく、ただ二人でぼぅっとしてる。
そして戦の前夜というのにこういう空気はいかがなものか、と思ったのとほぼ同時くらいにだ。
「ナルミ」
「はいはい。なんす、おう?」
気付けば大きくて筋肉質な手が自分の頭に乗っていた。
それは固く、ごつごつしているがとても優しく温かい。
「死ぬなよ」
とても短く、端的な言葉だ。
しかし同時にそれはとても重く、染み渡るような言葉でもある。
「必ず、戻ってこい」
胸に何か、締め付けられるような違和感を感じた。
……いや、原因はわかっている。
今自分はとても不安なのだ。
みんなが危険にさらされるという事、明日大勢が死ぬという事。
そして何より、自分がその渦中にいることに。
明日の自分の働きが、みんなの未来を左右するといっても過言ではない。
そんなもの本当はお断りさ。
断って、投げ出して、全部見捨てて逃げ出したい。
でもそれで後悔しながら生きていくなんて、後ろ指さされながら生きていくなんて精神衛生的に悪い事、自分はしたくない。
だから自分は覚悟を決めた。
不本意ながら自分の後ろにゃ神様がいるんだ。何とかなるさ、と言いながら、自分は腹をくくったのだ。
だが、これはいかん。
こんな風に、まるで不安がってる子供を勇気づける父親のようなことをされたら、うん。
不安が決壊して涙出てきそう。
というかちょっと出た。
「……うん」
今にも泣きそうな自分はそう小さくつぶやいて、ばれないように堪えることしかできな――
「きちんと生きて戻ってきたらアニスの乳を揉ませてやる」
「……」
……こぉんのおやじはぁ。
「ふっ!」
「ぐぉぇ!?」
はっはっは、みぞおちへの肘鉄砲は痛かろう。
死にゃあせん。自分をもてあそんだ罰だ。
感動を返せエロガッパ。
「下らんこと言うんじゃありません」
「ぐぉっほ! ぐぇっほ! ……わ、わかった。すまない」
「まったくもう。わかればい――」
「ふ、太ももと尻もつけよう」
……今からでもこの国滅ぼす方に加勢しようかってお姫様に打診しようかなぁ。




