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95・卑猥

 出会った彼らについてざっくり話す。

 容姿の特徴、言動、何を行っていたかなどを自分とシルバちゃんとムー君、そして遠くで聞いていたシャドさんの四人で説明する。

 途中で魔獣の処理をしに行っていた王子様が終了の報告をして寝床に戻ってくるイベントをはさみながらも、自分たちは伝えられるだけをつたえていった。

「……なるほど。特徴はわかりました。が結論から申しますとその特徴に合致する人物に心当たりはありません」

 そしてその結果返ってきたのはアニスさんのこの言葉であった。それと同時に彼女の仲間の他のみんなが続いて頷く。

 どうやら彼女らを呼んだのは、言い方はあれだが無駄だったようだ。

「そうよねぇ……お髭がもじゃもじゃの死んだ爬虫類みたいな目をしたお爺さんと礼儀正しい端正な青年……あたしたち知り合いで思い当たる人はいないわねぇ。魔獣に追われて逃げ切れるなぁんてことできる人がいたら印象に残っているはずだけどぉ、まぁったく思いつかないわぁ……」

 ……なんで言いながら自分を眺めるんですかねカノンさん。

「……ナルミさん以外に思いつかないわぁ」

 なぜ言い直した。

「ナルミの場合逃げずに真っ正面から潰していかないか?」

 お姫様のその評価もどうなのかと。

「そう言えばねぇ。さっすがエリザちゃん。なでなでしてあげる」

「やめろー!」

 仲良いね君たち。

「……まぁあの方は置いといて、シルバ殿、シャーリス殿。改めて確認をしたい」

 のんきなカノンさんに比べてアニスさんは真面目だなぁ。

 なおシャーリスとはムー君の事だ。ムー・シャーリス。そんな名前だったね。

「まず彼の者たちの種族は不明と」

「ああ。取り立てて目立った特徴はなかった。」

「アナライズの魔法を使おうとしたらすぐにレジストされたから私もさっぱりです」

 シルバちゃんの言うアナライズの魔法とやらはいったい何ぞや。と言う疑問は胸に閉まっておこう。

 ま、たぶんよくある敵の特徴とかそう言うのを調べる魔法でしょ? あれだ、考古学専攻の大学生がつかうものしりだ。

「使っていた獲物は?」

「少年は剣を一振り、これくらいの長さでした」

 シルバちゃんが手でもって表現する。なんかかわいい。

「老人の方は曲剣を二振り腰につけてたな。丁度シルバが言ってるのと同じくらいのものを」

「特徴らしい特徴はないか……」

 頭を掻いて考えふけるアニスさん。

「私たちの事をそれなりに知っているが私たちは知らない存在か……不気味だ」

 そうね、そこは怖いところよね。

 少年はアニスさんを、ご老人はカノンさんをよく知っている風な口ぶりだった。

 しからばそれはすなわち彼女らも知っているだろうとは思ったのだがね。まぁ、もしかしたら有名人故に知られていただけという事も……いや、それにしたら馴れ馴れしすぎるか。

「……姿を偽っている可能性は?」

「だとしたらなおさら私たちでは誰なのか判別できない。直接見たならいざ知らず、伝聞では手も足も出ない」

 シルバちゃんの疑問はあっさりと否定された。

 そうか、確かに変装とかしてる可能性があったのか。

「確かにそうですが、しかし姿を偽ることできてその上魔獣から逃げきれるとなれば、対象が絞られてくるのではないでしょうか? その条件に合う人物のお心当たりはございませんか?」

 本当にシルバちゃんってたまに鋭いよね。 

 いやむしろこっちが素なのか?

「変装ができる猛者、か……」

 アニスさんはそう呟いて考えふけるように窓の外、大きく見える月を見る。

 その瞳はどこか寂し気で、そして悲しそうなものであった。

 で、そんな彼女の後ろでは彼女の仲間四人のうち二人が船を漕いで……おいこら捕虜。自由か。

 確かにこんな時間に呼び出したからおねむなのはわかるけど、にしたってのんきが過ぎるでしょうよ。

「くっ、この!」

「あぁん」

「悩ましい声を出すな! まったく……」

 ごめん。うちのボスも大概のんきだから何も言えられんわ。

 ……でもそれ以上に君のところのお偉いさんがはっちゃけてるのどうにかならんかね。お姫様に蹴られて床に転がってるぞ。

「しかし心当たりがない、か。となると、うぅむ。気になるな」

「まぁいいんじゃなぁい? 敵じゃぁないかもなんでしょぉう?」

「敵かもしれないから警戒してるんだ」

 転がったままのカノンさんの言葉にお姫様が答える。

 まぁ確かにそうだけどね。

「敵かもしれない、か……」

 と、そこでカノンさんはよいしょと起き上がり、じぃっとお姫様を見つめだす。その目は深く濁って……あ、これだめな時の目だ。

「……どうした?」

「……うーん。まぁ、正直に言うとぉ、心当たりがまぁったくないっていう訳じゃぁないのよねぇ」

 うん? 

「どういうことだ?」

「強くてぇ、変装ができてぇ、とぉっても素敵な男性を私は知ってるわぁ」

 お、これはもしや答えに行き着く可能性が。

「もう死んじゃったけど」

 ……その、なんだ。あの、ひ、瞳を濁らさないで。

「だから今日の事はなぁんにもしらなぁい。死んじゃった人はぁ、もうこの世界にいるはずないからぁ、ぜぇったい彼じゃないもの」

「……本当に死んだのか?」

 お姫様お願いそこぶっこまないで。

「本当よぉ。だぁって、あたしが最初に手にかけた人が彼だもの」

 ……おぉう。

「今でも覚えてるわぁ。あたしが魔獣へと浸食され変化していく中でぇ、彼だけがあたしを助けようとしてくれた。そしてあたしはぁ、彼のおなかを引き裂いたの。だからもう彼はいない。あの人は、臓物を飛び出させて死んじゃったから」

 あ。あのその……えぐいんですが。

「そんなわけでぇ、あたしはなぁんも知らないのぉ」

 彼女は最後にそう、にっこりとした笑みを浮かべて朗らかに言う。これ以上はもう触れない方がよさそうだ。

「……悪かったな」

 これにはさすがのお姫様も感じるものがあったのか、バツが悪そうにそう言って顔を逸らす。

「いいのよべつにぃ。エリザちゃんはまぁったく悪くないもの」

「……」

 そんな目で自分を見るな。

「……」

 シルバちゃんも見るな。

「……まぁそれは置いといて、仮にその、あれです。カノン様の言う人物だとしたら一緒にいる少年もまぁ心当たりがない訳じゃないのですが、どうにも、それもなんというか、うん。違うよなぁ」

 必死に話題を逸らそうとしてか、歯切れ悪くアニスさんがそう口を開く。だがまぁどうにも方向転換はできていなさそうだ。

「……うん、ないな。あいつはそんな敬語使って他人を敬ったりしないし魔獣に立ち向かうなんてできない根性なしだ」

 ……ひどい言われようである。

「というか副隊長を想ってる人なんていっぱいいるからそれだけの情報じゃあねぇ。逆に私はこことあたりが多すぎるわよ」

「隙あらば揉みたいと思ってる人なんていっぱいいるものね」

 おい部下二人。おい。

「……」

「いたっ!」

「おごっ!」

 かわいそうに。アニスさんのげんこつにより彼女の部下沈んでいった。とうとう全員沈黙したな。

「い、いたい」

「バカぢからエルフ……」

 あ、生きてた。

「潰すぞ」

「「ごめんなさい」」

 でも死にそう。

「……ほんとアニスはどぉやってそこまでそれを育てたのかしらぁ?」

 なぜカノンさんはそう自ら死地に飛び込むのか。

「好きで育った訳じゃないですよ」

 おい、アニスさんが初めて会った時以来の凄い顔してるぞ。

「全部母のせいですよ。母が無駄にでかいからうつったんです」

 ……なるほど。だからエロガッパはそこに執着してるんだな。己がそれを好きだから。

「あなたのお母さんも大概だからねぇ」

「そうです。私はなりたくてなったわけじゃない。母の血が私を――」

「迷信だぞ」

 ……お姫様?

 どしたの急にそんな、え? あの、目に生気が……。

「親にあるからって子供にも引き継がれるなんて、迷信だぞ」

「……どうしたのエリザちゃん。そんないきなり――」

「だから育てる方法を早く教えろ」

 ……そこにいるのは、どうあがいてもスレンダーなお姫様でした。

 なんだろうこれ。この空気どうしたらいいんだろう。

「早く」

「え、えっと……も、申し訳ない。わたしはその、本当に心当たりがなく――」

「……嘘をついていないだろうな?」

 お前どっからそんなドスの利いた声出した?

「ち、誓って。誓ってついていない」

「……チッ」

 まさかお姫様にこんな恐怖することになるとは思わなんだ。

「でもねエリザちゃん。女の子の魅力はぁ、けぇっしてそれだけじゃないのよぉ?」

「そ、そうですよ! こんなものあったところで邪魔になるだけです!」

 そしてあれだな。これはそろそろ男性陣は退場した方がいい流れではないだろうか。

 ねぇムー君、リム副隊長。もう正座やめていいよね?

「それにほら! 今のシャーリス殿みたく男性からやたらと卑猥な視線で見られるだけでいい事なんてないですよ!」

「ッ!」

 おい。ムー君お前。今から目逸らしても遅いぞ。

「ムー」

「あ、いえ、その副隊長。これは違うんです」

「だからムーは未熟なんだよ。そう言うのは僕みたいにばれないように見なきゃ」

「ばれないように見てたのね? あとで終わったらお話ししましょうか」

 ……上司がこれならしゃーないか。グッバイリム副隊長。嫁さんの近くでそういう話する方が悪い。

「……むぅ。確かに誰彼構わず見られたいわけではないからなぁ」

「そうですよ。これだけで人気が出るというのもつらいものです」

 しみじみと、アニスさんの言葉ははまさしく心底からの物だったのだろう。

 その言葉の端々から苦労の色が見て取れる。

 まぁオヤジがアレだしな。しゃーないか。

「……でもそうねぇ。そうだ! この際だからここにいる男性にどういう女性がいいか聞いてみましょう!」

 カノンさん? さもいい事思いついた風にキラーパスを剛速球で飛ばすのやめてください。

「僕は自分のお嫁さんがいちばんかなぁ!」

 しらじらしく言うね既婚者。でももう遅いと思うぞ?

「……」

 ごめん全然喜んでるわ。尻尾は正直みたいだね。残像見えそう。

「まぁ素敵。じゃぁあなたは?」

「……俺は、愛のある女性が好きですね」

「……はっ。浮気騎士ムーがよく言うな」

 おいなんんか不名誉な二つ名がお姫様の口からこぼれたぞ。

 なんと言うか吐き捨てるように言われるあたりもうね。

「肉欲の獣とかこの前言われてましたね」

 シルバちゃんもひどい。

「ひどいときには槍の勇者なんて皮肉を込めて言われてますわ」

 意味はわかるがそれを女子の前で言うのはいかんぞシャドさん。

 しかしもうこれは、うん。

 たぶんもう治らんよな。

「それ、俺初めて聞いたんですが」

「まぁ陰口だからな」

 どんまい。

 で、これはこの流れで行くと……。

「じゃぁ、ナルミさんはぁ?」

 ほらきた。

 でも自分は正直には答えんぞ。もうあんな目に、かつての世界のような目で見られたくないのだ。

「……女の子はみんなかわいいよ」

「せめて感情をこめて言え」

 んなこと言うたっても。

 というか、そうだ。そもそもこれ逃げ道あるじゃん。

「ねぇ、そういう話もいいけどさ。結局もうあの二人組の話は終わったの?」

 よっしゃよっしゃ。これで話は戻って……あれ? なんか空気が変だぞ?

「……言いたいことはわかるけど、ナルミさんは真面目ねぇ」

 おい結構どストレートに『空気読めや』と言われた気がするんだが。

 ……これは選択肢ミスったでやんすかね?

「そうですね。確かに先生の言う通りです」

 お、シルバちゃんが乗ってくれた。

「姫様。もう話すことがないなら終わりにしましょう」

「えー。もうちょっといいじゃないか」

 シルバちゃんの主張にぶー垂れるお姫様。なんかかわいい。

「それになんだ? お前はナルミの言葉に――」

「もう空が明るくなり始めてます。それにすでに四人も寝ているんです。いい加減寝させてください」

 あ、そういや君本来この時間寝てたものね。

「……ごめんなさい」

「わかればいいの」

 笑顔が怖いなぁ。




 と、そんなことやってさぁもうお開きだという空気になると、当然と自分のお仕置きが終わるのである。

 つまりはやっと立ち上がれる。いやぁよかおごぉ!?

 立ち上がろうとした矢先、自分は盛大な音と共に前に倒れた。

 あぁ感じる。全員の視線が自分に向いているのを感じる。

 でも今はそれどころじゃない。

 あ、足が……正座しすぎて足が痺れた。

「セ、先生!」

「ナルミ! 大丈夫か!?」

 優しい優しいシルバちゃんとお姫様。

 彼女たちは自分に駆けより、そしてその手を伸ばして助けようとしてくれる。

 だが、今はやめて。割とマジで。

「ま、ちょ、やめ……あ、足が、ね?」

「足がどうかしましたか!?」

「やはり魔獣との戦闘には何かしらのデメリットが出てくるのか!?」

 ち、ちがう。いや確かにそれに近いけど。戦闘して怒られたからこうなったのだとすればそうなのだけど。

「エリザちゃん! 何か用意すればいいお薬とかある!?」

「調べない事には何もわからん! すぐ調べるから待ってろ!」

 あ、大ごとになりそう。

「ちがうから、これは――」

「先生……くっ! 失礼します!」

 威勢よく、しかし繊細で丁寧にシルバちゃんは自分の脚を――

「のっ!?」

 痺れた足を触られる、あの何とも言えない独特な感覚が体に走る。

「や、やめて……」

「先生……」

 そんな悲痛そうな顔しないで。

「あの、足、が痺れただけだから……放置してれば、治るから……」

 ……あぁ、お願いだからみんなそんな顔で見ない――

「このっ、人騒がせが」

「にゃぁ!」

 お姫様ひどい!  そんなさわさわと触るなんて!

「ナルミさんって、戦闘以外だとどこか抜けててかわいいわよねぇ。母性本能をくすぐられるというかぁ……ふふっ」

「……私は戦闘時の凛々しい姿の方が好きなんですけどね。今の姿はなんというか……うん」

 うるさいぞそこのふたきゃん!?

「も、もうやめてください……」

 と言うか触る手の本数が増えてるんですが。たぶん三人くらいに触られてるんですが。

「……人間が私たちの手で悶え苦しむのはなんか、いいな」

 このドエス!

「なぁシルバ」

「そ、そう、ね」

 シルバちゃんまで……あと一人はわかる。シャドさんだろ。

「お、お前ら憶えておけよ……」

 結局、痺れがとれて三人にお説教し終える頃には朝日が昇っていましたとさ。


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