92・お疲れモード
「じゃあ失礼して」
自分はその場に腰を落ち着け、ついでに余った串を火の近くに刺して温める。
こうなりゃここで食ってやる。
「お、まだあんのか」
「だめ。これ自分らの」
絶対触んなよオッサン。さすがにキレるぞ。
「手、出すなよ」
「わかったよ。さすがにそこまで卑しくはねぇよ」
ホントかなぁ?
「ほんとにわかったらいいんだけども。君らも食うべ?」
大丈夫。串はまだ三本ある。一人一本いけるはずだ。
「……先生」
なにシルバちゃんその目。
「順応早すぎませんか?」
ムー君も何呆れたように自分を見てくれてるのか。
「臨機応変に対応できると言ってもらいたい」
「儂らが出るまで残るのは予想できたが、一緒に飯囲むとは思わなかったぜ、先生。なかなか豪胆だな」
黙れオッサン。
「……まぁ、先生がいるなら大丈夫でしょう」
自分としては微妙な空気の中でシルバちゃんがそう言って近づき、そして自分の隣に腰を下ろす。
お洋服大丈夫? 汚れない?
「はぁ。まぁ確かにそうかもしれないが……まったく」
それに続くようにして今度はムー君が寄ってきて、反対側に座ってきた。
そう、ちょうど二人に自分が挟まれる形になったのだ。
「でも警戒はしとけよ?」
「わかってるわよ」
自分をはさんでのやり取りはちょっと……困る。
……あ、お肉いい感じかな? 一回焼いてるから温まりさえすればいいから、もうそろそろかな?
「……先生はお肉が好きなんですか?」
え? それは違うよシルバちゃん。
「お肉だけじゃないさ。お魚だろうがお野菜だろうが自分はおいしいものが好きなの」
「なるほど……実は今度魚料理の店と鶏肉料理の店のどちらかにお誘いしようと思っていたのですが、どちらがよろしいでしょうか?」
あ、そうね、うーん……それなら肉、いやでもお魚でも天ぷらやフライなら出来立てのが食べれるならそれもいいし――
「それなら肉がいいだろう」
なんでムー君が答えるんですかね。
「魚料理って、この前副隊長が言ってたあそこだろ? 名前忘れたが大通りの」
「ええ、そうだけど……私は先生に聞いてるのよ?」
「先生は下戸だ。あそこはワインと魚料理をメインにしているからあまり好ましくはないだろう」
あ、それならお肉の方がいいです。
「あ、そうだった……申し訳ありません、すっかり失念していました……」
そんなに恐縮せんでもいいのに、見ててかわいそうになるくらい彼女は申し訳なさそうに言う。
「いんにゃ、別にいいさ」
と言うかお酒飲めないって君に話したっけ?
「なんだ坊主、お前下戸ってことは酒飲めねぇのか?」
あ、変なのが食いついてきた。
「お前それは、人生の半分以上損してるぜ」
お酒が半分の人生って何さ。
「いいんですよ。おいしいの食べれれば自分はそれで。食道楽ってやつです」
と言うか真面目に飲んだことがないのが正しい。
……まぁ何回か数えるほどはあるけどさ。一度新年にじいちゃん家でお神酒を人舐め頂いた時とか、水と間違って飲んだ時とか。
その上で結論から言うとあんな苦いの飲めなくていい。
甘いカクテルは興味あるけどね。
「ふーん……お前、さては不味い酒しか飲んだことねぇ口だな? 今度うまい酒やる――」
「いらない」
「いや、絶対――」
「いらない」
この流れはたぶんあとでゲテモノが来るタイプだから全力で断らせてもらう。アルコール度数が超絶高いのとか。
と言うかご老人。あなた他人に何か上げることできるだけ資産あるの?
「……そうか」
あ、なんか素直にしょんぼりされるとちょっと罪悪感。
でも本気でいらないので気にはしない。
「ま、自分は何度も言うようにおいしければ何でもいいさ」
さて、そろそろ肉がいい感じかな、と。
自分が串を手に取り一口齧ると同時、シルバちゃんがちょっと困ったように口を開いた。
「おいしいお店、と一言で言われましても。でも元料理人の先生を満足させることができるお店と言うと、中々ないものなんですよね」
……いや、自分そんな、街の喫茶店レベルよ?
と言うかその話シルバちゃんにしたっけ?
「え? 先生って料理人だったのか?」
「この前シャドが言ってたじゃない」
あ、スゥ君経由か。
まぁそれならいいか。おいしい。
「……すまん、覚えてない」
「姫様が先生に何か作らせよう、とか騒いでいたあの時よ」
……逆に街の喫茶店が王族にお料理出すとか自殺ものなんですがそれは。
「自分そんなすごい料理人ってわけじゃないからね? というか普通のそこらへんにある――」
「先生の凄くないは信用できないです」
……え? なにその変な信用の無さ。
「あ、あの、おいしいお店なら、王都にもありますよ?」
おん? それは本当か少年。
「王都のちょっとはずれにある店で、いろいろな料理を出してくれるお店なんですが、その、大きなベーコンを焼いてくれて、それがとってもおいしいんです」
お、いいねベーコン。
「ほ、他にも果物のはちみつ漬けや、甘いパンケーキなんかも置いてあって、女性の人気も高いお店です。僕も、何度か、あいつに連れて行ってもらって、その、すごくおいしいんです!」
先程までとは違う、たどたどしくもきらきらとした顔で彼は必死に自分へ説明する。
相当そのお店が好きなんだろうな。
「……なるほど。女子が多いのか」
おいそこのタラシ。別のとこに反応して目ぇ光らすな。
「果物のはちみつ漬け……」
お、でもなんかシルバちゃんの琴線に――
「先生の血を絡めて……アリね」
なしだバカチン。
「先生は、甘いモノは大丈夫でしょうか?」
そしてこいつ現地で搾りたてこしらえる気だ。
「甘いものは好きだけど血ぃ垂らしながらは食べたくないかな」
「大丈夫ですよ。ちゃんとそこら辺は考えてあります」
え、何を?
「あと、ちょっと高いですが、クリームを使った――」
「おい」
少年が語りつづけようとしたところで、ご老人が強めに止める。
見ると彼は少年を睨んでおり、また少年はそれを見て何かに気付いたのかはっとしたように口を紡ぐ。
「……すまん」
いや、なぜ謝るのかな少年。
「悪かったな、水を差して。でももう無いものの話をしても、辛いだけだ」
ご老人がそう呟くように言うと、重い空気があたりに流れる。
あー、これは、あー。
そういや魔獣が云々王都にどうのと、あー。
どうしようこの空気。
「……今、帝都は魔獣で溢れている。儂らはそこから逃げてきたんだ。たくさんの人々が死ぬのを見ながらな」
なぜ空気の重量を上げる。
「そう言う意味では、お前たちはまさしく希望なり得るかもしれんな」
いや、そんないい笑顔されましても。
「……これから、まっすぐ帝都に向かうのか?」
「まぁ、一応そのつもりです」
そういうルート辿ってるしね。
……あれ? ならなんで彼らは自分らと直交するルートで――
「……どれだけ犠牲が出るかもわからん。何が起こるのかもわからん。それでもお前たちは戦うのか? 何のために?」
「……もう、これ以上の犠牲なんか出させませんよ。何かを失って悲しむ人を出したくない。それだけです」
「何も失わない覚悟。それこそが俺らの決意であり、戦う理由だ。人の命と、未来を護り拓くために俺たちがいる。これが理由では不服か?」
……なぜ君らが答えるのかな? ねぇシルバちゃん、ムー君。
これ明らかに自分に向けられた言葉だったべさ。
そして地味にかっこいいこと言うというね。
「くくく……だ、そうだ。よかったな、こいつらなら救ってくれるかもしれん」
笑いながらご老人は少年へ視線を向ける。
少年は何か言いたげな、しかしそれが言葉にならないかのようなむつかしい表情でシルバちゃんとムー君を交互に見やり、最後に自分へと目を向ける。
……なんね。この空気で自分にコメント求めんなよ?
「……結構、時間が経ったな」
と、そんなことをしているとご老人がそう呟き空を眺めだした。すると肩に何かが……ん?
な、なに? どしたんシルバちゃん。そんな自分にしなだれるようによっかかってきて。
ちょっとドキッとしちゃったじゃないか。
「シルバちゃん、大丈夫?」
「い、え。これ、は……眠気が……」
あー、まぁ寝てるとこ叩き起こされた形になるものね。その上でこんな風にたき火に当たって座るだけとなれば……あ、お肉。
しょうがないなぁ。寝たら寝たで自分が処理しよう。
「疲れたんだろう。ゆっくりお休み」
そう言って頭を撫でる。
すると彼女は必死に睡魔と戦ってるのだろう。仲良く手をつなぎそうな瞼を抑え、夢の世界へ堕ちまいと耐えている。
「く、ちが、これ、は……すみ、ません……」
「謝らなくていいさ。あとのことはやっとくから」
お肉の処理とかな。
「……もうし、わけ、ありま、せ……あと、は、おねがい、しま……」
その言葉を最後に彼女は小さく寝息を立てる。
前髪を風に揺らし月光に照らされたその顔は、まさしく美少女と呼ぶに相応しいものだ。
そんな彼女の前が見に、安物であろうと自分のあげたヘアピンが輝いているのを見るとちょいとうれしくなる。
まったく、かわいらしい寝顔しよって……ん?
ぱたりと、何かが太ももに乗る。
見るとそこにはムー君の顔が……おい。
「ムー君?」
「……んごっ」
だめだこいつも完全に寝てやがる。
まったく二人して同時にとは、よっぽど疲れがたまってたのかな。
でもさっきあれだけカッコよく決めておきながら寝落ちって、何だろうすごく間抜け。
「……なんだ、寝たのか?」
ん?おう
「寝てるところを叩き起こしちゃいましたからね。疲れもあって限界だったんでしょう」
しかしいくらムー君とはいえ膝枕はなぁ。
正直シルバちゃんは歓迎だが、男はちょっちね。
「……お前は疲れてないのか?」
え? 自分?
「まぁそんな倒れるほどは疲れとらんのですよ」
「……そうか」
うーん……なんか、ご老人の様子が変ですな。
なんというか先程までより若干挙動不審と言うか、心配げというか……あ、あぁ。
なるほど。そう言えば気絶してるとはいえ魔獣が転がってる近くで二人がのんきに寝こけ始めたら空心配にもなりますか。
お疲れモードだったとしても呑気が過ぎる、と言いたいのか。
たしかに近衛としてはだめかも……あれ? 起こしてやった方がいいのか?
……まぁ、今回は自分が叩き起こしたみたいなもんだし、寝かしといてやろう。
なぁに。いざとなれば彼らくらい護れる。そういうクソみたいに便利な能力を持ってるのだ。なんかあったら精神衛生に影響ない範囲で何でもしてやるさ。
「まぁまぁ、そんなに気にしなくても大丈夫ですよ。魔獣だろうと何だろうと、何かがあれば自分がしっかり対処しますから。この子たちは何があっても傷つけさせないさ。ねぇ?」
シルバちゃんの頭を撫でながらそう言って、二人の方に目を向ける。
あ、今自分凄くかっこいいこと言っ……ん?
おいどうした二人とも。顔が引きつってるぞ。
「……さすが、魔獣を一人でしかも一方的になぶり殺した男は言う事が違うねぇ」
なにがだ。
「よく覚えておけよ、一瞬だけ感じたあれこそ本物の殺気だ。感情も慈悲も闘志もない、純粋な殺意だ」
おいこらどういうこった。何がどうしたというのだ。
「……う、うん」
「これほどの極上の殺気はそう体験できねぇぞ。これに比べたらそこらのチンピラ何ぞ鼻くそみたいなもん」
だからおいそんなもん出した覚えねぇぞ。
「獲物を狩る狼に感情はいらねぇんだ。ただ静かに、獲物を委縮させ喉元に食らいつけばいい。確かな殺気はこういう武器になるってことだ」
狼さんその武器しまって忍び足してた方が狩りの成功率上がりそう。
「で、でもぼ、僕たち、こ、これ生きて、帰れるの? これ、あなたが――」
「帰る家なんてとっくに無くなったろうが。それに、余計なこと言うな」
唐突にサラッと重い話ブッこんでくるのやめようか。
「誰もあなた方を傷つけなんかせんよ。何勝手に深読みしてるんですか」
「……ほ、ほんと?」
なぜ少年はそんなに疑うのか。
「ほんとさ。別に何ら危害を加えられたわけではない。せいぜいお肉を取られたくらいだ」
「う、ん……わかった」
若干ふるえてますが大丈夫ですかな?
……あ、お肉。よかったまだ焦げてない。
「……睡眠魔法については目を瞑る、ってことか」
確保確……ん? なんか言った?
「……そうだな。坊主の言葉を信用しよう」
自分いつ信用失ったのか。まったく謎なのだが。
「ま、しかし魔獣を一方的に嬲り殺せる坊主がこの国を救うために戦ってくれるとあれば、くくく……できるかもな。この国が完全に滅びる前に、生き返らせることが」
あ、露骨に話題逸らしにいったでやんす。
まぁいいんですがね。
でもその言葉には若干の誤解がありまっす。
「あー、すんません。あれまだ生きてます」
あ、お肉あったかい。おいしい。
「は?」
「え?」
二人の素っ頓狂な声がこだまする。
すごい目をまんまるく見開いてやがる。
「おいおい、どういうことだ? あんなの生かしておく意味ねぇだろ。冗談きついぜ」
うわ、ご老人が自分を警戒した目で見てる。
でもこれには理由があるのですよ。
「あの魔獣、人が変異させられたものかもしれないじゃないですか。それに大丈夫ですよ。七日は起きません」
そう答えた直後、沈黙が流れる。自分と彼との間で視線が行きかい、火の燃える音だけが聞こえてくる。
「本当にお前と敵対することにならなくてよかったぜ。今の儂じゃ敗けないにしても勝てる自信がねぇ」
が、それも数秒の事で、ご老人が口を開き沈黙を打ち破った。
「敵対する要素がないじゃないですか」
さすがに肉とられたくらいでそれはない。
しかしこの肉やっぱり最初っから塩ふっといたらおいしいじゃん。ムー君は何をやっていたのか。
「……やはり、な」
おん? なにが? 肉と塩の話か?
「……一つ、疑問なのだが」
「はぁ、なんでしょうか」
なんでしょ。そんな真面目な顔して。
ついこっちもお肉を飲み下して真面目な顔をしてしまう――
「それ、嬢ちゃんたちの賭けはどうなるんだ?」
「そこまで責任持たれんぜ」
くっそどうでもいいわ。




