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91・串肉

「加勢に来ました!」

「敵はどこにいますか!?」

 ムー君が槍を構え、シルバちゃんが剣を抜いて自分の前に躍り出る。

 が、しかしそこには敵などいるはずもなく、微妙な空気が流れるだけだ。

「……敵は?」

「そこに転がってる」

 ムー君の問いにご老人が答える。

 彼が指さす先にはもちろん気絶した猫ちゃんの姿が。

「……私の勝ち」

 無言の時間が数秒流れた後、シルバちゃんが剣を納めながらムー君に手を差し出す。

 するとどうだ。ムー君はしぶしぶと財布を取り出しコインを数枚彼女へ手渡した。

「先生、早すぎます」

 なぜ自分が文句を言われる。

「お門違いの文句はやめなさい。先生が出てる時点でこうなることは判っていたでしょう?」

 だから何の話だ。

「そもそも最初に賭けようなんて言ったのはそっちじゃない。敵が生きてるかどうか賭けようなんて、先生をバカにしてるわ。報いよ」

「本来俺がそっちに賭けるはずだった」

「提案者に選択権はないわよ」

「君らは何をやっているんだ」

 こいつらはまったく。のんきか。

「先生、これでまたおいしいモノ食べに行きましょう」

 お、そうだな財布担当。

「まったくおのれらは……」

「で、彼らは誰ですか?」

「先生の言っていた魔獣と交戦していた人、ですかね」

 軽くなったお財布をしまいながらムー君が問い、中身の増えたお財布の紐を縛りながらシルバちゃんがそう答える。

 二人とも口調こそ穏やかだがそこには明らかに警戒している空気が漂っている。

 しかしスゥ君すごいな。あれ聞こえたんか。

「もうちょっと闘気を抑えとけ坊主。そこの嬢ちゃんもだ。戦場では相手に悟らせないことが肝心だ。闘気を読む敵が現れたら死ぬぜ? それに、底が知れる」

 二人の言葉をご老人は柳に風と半笑いで受け流す。

 死に体のくせにほんと余裕だな。

 と言うか何こいついきなり少年漫画ライクなこと言いだすのか。

「儂らはあの魔獣に狙われていた旅人だ。随分長いこと奴と追いかけっこしてたんだが、とうとう今日捕まってな。死にかけてたところをそこの坊主に助けられた。ま、俺はまだ死にかけだけどな」

 そう言って彼は傷をさらけて二人に見せる。が、どうも反応は冷ややかだ。

「……ただの旅人が魔獣に狙われる。信じるとでも?」

「事実なんだからしょうがない」

 ムー君が睨みを利かせるも、ご老人はまったく意に介していないのか笑っている。

 むしろ後ろの少年の方がビビってるんじゃないか?

「ではなぜ狙われることになったのですか?」

 シルバちゃんが前に出る。その目は明らかな疑いを持った目で、じっとりと二人を射抜いている。

「知らん。けしかけてる奴に聞け」

「なるほど、けしかけてる人がいるのですね」

 シルバちゃんってたまに鋭いよな。

「たぶんな」

「……まともに答える気はなさそうね」

 そうか? 諦めんの早すぎない?

「……一応聞くが、なぜこんなところに?」

 お、選手交代。ムー君がご老人に質問を投げかける。

「さっきから言ってるが俺たちは魔獣に狙われていた。あの魔獣は月が出ている晩のある時間にだけ現れ俺たちを中心に結界を張り中に取り込まれた人種族相手に『狩り』をする。だからうかつに人のいる集落に入れなくてな。こうやって荒野をさまよっていたわけだ」

 なるほどね。

 つまり他人を巻き込まないよう、人のいないところをウロウロしていたらたまたま自分たちの近くに――

「なるほど、ではなぜこの場所に? 人を巻き込むまいとしていたのなら、なぜ俺たちの近くに? こんなに近づくよりももっと遠くの時点で、あの野営の影は見えたはずだ。なぜここまで近づいた?」

 ムー君もたまに鋭いね。

「お前らの横を通り抜けようとしたんだよ。おれらの目的地はあっちだ」

 ご老人が指さすのはまったく明後日の方向。ちょうど自分たちの進行方向と直角になるくらいの別の方向だ。

「さすがに何回も襲われたら結界の範囲も把握できている。特に問題ないだろうと判断して通り抜けようとしていただけだ」

「……」

 この二人まだ疑ってんな。

 正直ここでこの事の真偽を確かめるのは不可能だと自分は思うね。

 あっちも証明しようがないし、こっちも答えがわからない。所詮水掛け論さ。

 なら適当に話を打ち切った方が時間も無駄にならずに済むという訳よ。

 でもその前に気になることが。

「あなた達を狙ってる魔獣ってのはあれだけ?」

「あぁ、他にいないはずだ。儂らが認識しているのは、だがな」

 そっかー。ならいいや。不安の残る言い方だが。

「じゃあいいや。危機は去ったしこれでおしまい。めでたしめでたしという事で一応この方は怪我人だ。お姫様に頼んで治療なりを施してあげましょう」

「しかし先生、彼らは明らかに怪しいです。姫様のもとへ連れて行くのは反対です」

「このタイミングでに魔獣とともにここにいる。明らかにおかしいです」

 わぁお。疑いの眼差し。

「気持ちはわかるけどもねぇ……」

「……先生、ねぇ」

 ん? なんねご老人。

「そんな柄か?」

 うっさい。自分だって気にしてんだ。

 そもそも何の先生なのか、何を教えたという実績もないのにこう呼び名だけ定着しちゃってホントつらいの。

「純粋な疑問なんだが、動きも素人に近いお前がなにを教えれるんだ?」

 心に刃物突き刺すのホントやめてくれません?

「ま、闘気の隠し方は一流だが、さっきも言ったように技は荒い。教えるにしても下地があれでは――」

「黙れ」

 ……気が付いたらシルバちゃんが抜刀し、その切っ先をご老人に向けていた。

 後ろの少年がすごく情けない顔で泣きそうにしている。

「私の先生を侮辱するな」

「迷いが見えるぜ。殺気出してるつもりなら修業が足りねぇ」

 やめて煽らないで後が怖い。

「そこの坊主もだ。お前ら腕っぷしには自信あるようだが、それ以外がついてきていないぜ」

 全方位に喧嘩売るのやめようか。

「ちょ、ちょっとそれ以上は――」

 ほら、少年もすっごい戸惑ってるというかシルバちゃんの気迫に押されてかすごいことになってるぞ。視線がこっちとそっち、すごい勢いで行き来してる。

「……いっそ楽になりますか?」

 ほらぁ! うちの吸血鬼ちゃんがスイッチ入って構えだしたぁ!

「……わかった、謝ろう」

 さすがにまずいと判断したのかご老人が降参と手を挙げる。

 が、シルバちゃんはその刃を納める気はないようで……うぅん。

「ほれ、剣しまいなさい」

「……」

 ちらりと目だけで抗議される。

 いや、そんな目で見られても……もうっ。

「後で血ぃ飲ませてあげるから、今は我慢して。ね?」

 自分がそう言って彼女の頭を軽くなでるように掴む。無論彼女が言う事聞かずにご老人に襲い掛かった時にアイアンクローして止めるためだ。他意はない。

 しかしシルバちゃんはしぶしぶと言った様子ではあるが彼を睨みながら剣を納めてくれた。聞き分けが良くて助かるよ。

 しかしホント君はこういうときはゼノアの妹よな。

「いい子だ」

 頭から手を放して彼女の前に出る。

 これ以上暴走されたらたまらん。

「あっ……」

「……随分慕われてるな」

 ん? あぁ、まぁなぜかはわからんがね。

 自分もホント不思議だよ。なぜ自分が先生先生と慕われてるのか。

「だから何であなたはいつもいつも空気を読まないで」

「……読んだつもりだったんだがなぁ」

 そして泣きそうな顔の少年に叩かれるご老人。

 舌禍を地で行くタイプか。

「ま、いいや。そんなことより治療がどうのという話だが、儂らは別にそんなのいらねぇよ」

 ……いやいらないってあなた。

「いっくらポーション飲んだとしてもその傷なら治療した方がいいでしょ」

「だから、治療はしてるんだって。治癒魔法が使えないわけじゃねえんだからよ」

 ……あー、そっか。

 そういえばそうだね。包帯巻くだけが治療じゃないか。

「一応、彼の言ってることは本当です。かなり高度な回復魔術の形跡がありますので、しばらくすれば動けるくらいには回復するでしょう」

 しかもムー君のお墨付きときたもんだ。

 それなら大丈夫かな。

「ま、そんなわけで心配はいらねぇよ。肉食って酒飲めば治る」

 なるほどねぇ。

 しかし残念、自分にはあなたにあげられるお肉なんて持って――

「だから坊主。ほれ」

「……ん?」

 何ぞこの手。

「肉。持ってんだろ? パンにしっかり匂いが染みてたぜ。酒があればなおいい」

 ……。

「……図々しい」

 すごいシルバちゃん自分の心を代弁してくれてる。

「この儂を救うと思って、ほら。この骨まで達した傷を治すには肉がないといけないんだ」

 ……いや、でも、え、うん。

 さ、さすがにこう、この状態の老人の頼みとなれば、聞いた方が――

「何ならそこの嬢ちゃんが酌でもしてくれたらもっといい。ちとガキ臭いが、まぁいいだろう」

 ……。

「無駄口叩けるなら大丈夫そうだね」

 なんかこれ見捨ててもいい気がしてきた。

「……闘気通り越して殺気出すんじゃねぇよ、坊主」

 知るか。出した覚えないわ。

「ま、わかったよ。ふざけんのはやめよう」

 お。これふざけてたのか。

 状況わかってんのか?

「そういう訳で儂らはしばらく休んでからまた出る。手間かけさせて悪かったな坊主。今度落ち着いたら埋め合わせしよう」

 期待してないです。

 しかし……はぁ。

「……ほれ」

「お?」

 自分はお肉の刺さった串を二本取り出しご老人に手渡す。

「さっさと食べてとっとと元気になってくださいな」

 まぁさすがにね。これで元気になるなら仕方がない。

 ここで見捨てるほど自分も鬼畜ではないですしね。

 ……あ、なんで串肉二本とも渡しちゃったんだろう。

「そうか、悪いな」

 ほらぁ! がっつり食いおってからに!

「だから――」

「……やはり温めないといまいちだな」

 そう言って彼は一言二言呟くと近場の地面に火を……聞けや。

「もっとねぇか?」

 ……こいつ。

「……ほら」

 追加で四本。彼に手渡す。

「うむ」

 するとご老人は串を地面に刺し肉を温める。

 ……あ、いいにおい。自分もおなかすいてきた。

「……うむ。やはり温かいと違うな」

 おい、オッサンそれ何秒炙った?

 30秒も経ってねぇぞ。ほとんど温まってねぇじゃねえか。

 あとだからなんで新品に真っ先に口つけるのさ。

 と言うかお前、全部って……。

「……そんな目で見るな。わかったよ、ほら。あとはやるよ」

「あ、ありが、と……」

 ご老人は手に持った串を火の近くに再び刺しそのまま少年に促すと、その場に寝そべり転がった。

 ……結局全部に手つけおってからに。

「……ふーん」

 で、シルバちゃんはなに物知り顔で彼らを見てるのかね。

「ま、あんがとよ。これだけ食えばしばらくすりゃあ動けるようになる」

 そうか、それはよかった。

 さて、それではそろそろ帰るとするか。

「それじゃあ早く元気になってくださいね」

「まぁ早くどこかに行けるようになってくれないと俺らも動けませんし」

 そうそう。ムー君もこういって……え? なんで?

「……このまま帰っちゃだめなの?」

「さすがに素性不明の不審者が、それも魔獣に狙われていたなどと言う者を近場に放置はできません」

 ……えー。

 自分戻ってなんか食べてさっさと寝るつもりだったのに。

「そうか、じゃあ座れや。話くらいしようじゃないか」

 起き上がったご老人がバッシバッシと地面をたたく。

 あ、逃げらんないやこれ。

「あ、その……なんか、ごめんなさい。こいつ、こんなんで」

 少年はいい子だなぁ。若干空気だが。

 でもパンとお肉を両手に持ちながら言ってもなんか間抜けだぞ。

 ……とりあえず、座るか。


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