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9・間違った使い方

 一対全員の護衛訓練。

 自分を『試す』という目的のもと企画されたその非常に不吉で恐ろしい響きの謎訓練の開催は、結局明日の午前中ということになった。

 何せ急で色々な人物の都合がつかなかったことと、そもそも西の空が茜色に染まり始めてしまったという問題から先送りにされたのだ。

 ……ところでこの世界って陽が沈む方が西で合ってんのかな?

 まあぁいい。そんな訳で自分はその訓練の概要も聞かされぬまま、リム副隊長にとある一室へと案内された。

 そこは所詮来客用に寝室として使われているお部屋で、少し豪華で、ちょっと煌びやかな寝室なんだと。

 なんでも自分が来たのが急すぎて、まだ自室の用意ができてないからここで寝てね、とのこと。

 そして案内を終え扉の前でそそくさと忙しそうにこの場を離脱するリム副隊長を見ながら、ビジネスホテルに泊まるつもりが同じ値段でスイートルームに泊まれる事になったような、そんなちょっとした棚ぼた感を味わいながら扉を開けた。

「やぁ、元気? 9時間ぶりくらいかな?」

 そして閉めた。

 なんだ、凄く疫病神臭い疫病神が悠々とベッドに腰掛けてたような気がするんだが、気のせいか? 誰だ棚ぼたとか言った奴。

 心臓がバクバク鳴るのを感じながら、今度は慎重に、警戒しながら扉を開けて中を覗く。

 するとどうだ、そこには机とベッドといくつかの調度品のある少し豪華で、ちょっと煌びやかなだけの一室があった。

 問題のありそうなものは、なにもない。

 きっとそう、何か一日に色々ありすぎて疲れただけ――

「ばぁ!!」

「ふいぁ――!!」

 気がつけば宙に舞っていた。悲鳴をあげる暇もなく、クルクルと放物線を描いてベッドに頭から着地していた。いてぇ。

 なんだ、なにが起こった? 自分の見た限りではドアの上からひっくり返った自称女神様が降ってきて、掴まれて投げられたような気が……。

「……なにやってる」

「サプラーイズ」

 扉の方に目をやると、まさに扉の上に張り付いてひっくり返ってる疫病神がいた。服も髪も何もかもが、重力ガン無視してるから違和感が半端ない。

 奴は楽しそうに笑いながらそのままの体制で扉を閉める。

「実は今回私は君に大事なお話しをするためにきたの」

 ニコニコ笑顔のまま、奴は猫のようにクルリと回って着地する。

 対して自分は、ひっくり返った状態から座った状態へと持ち直して奴を睨む。

「大事な話なら最初にいっぺんに言えよ」

「そうもいかない。実は今回君に関わる、非常にめんどくさくて困った問題が発生したものでね」

 その声色はどこかふざけたようで、しかし真剣な色味を滲ませたものだった。

 少しだけ緊張して汗が出る。

 自分に関わる困った問題? 魔王関係に関わった事とか? はたまた勇者云々についてとか?

 思い当たる節がありすぎて当惑している自分に、自称女神は一歩一歩とゆっくり近づき、まるで子供を諭すような優しい声で語りだす。

「私は君を評価している。与えた能力の使い方が想像以上によくできているからね。物の名前を変更する、君のつけた能力名は『F(ファンクション)12』だっけ? 君は非常にその能力に対する馴染みがいい。昔の私ほどに扱いきれてると言って良い。正直あそこまでの情報しかない状態だったらもっと駄目駄目かなと思ったんだけど、いや、さすが私。私が見込んだだけはある」

「自画自賛はいいから本題を――」

「そんなに慌てないの。短期は損気、よ」

 奴は微笑み、細く華奢な手でやさしく自分の頬を撫でる。

「でもね、君の能力は非常に強力で汎用性の高いものだけど、反面使い方を誤るととても面倒な事になるの。もちろん制約もあるわ。でもそこまで答えを教えるのはさすがにズルいから自分で模索して。覚えておいて欲しいのは今のところただ一つ――」

 目の前にいる自称女神のそれはどこか妖艶で、それでいて神秘的な、あざといまでに可愛らしい。

 思わずドキリと、本性を知っていながらもいいもいわれぬ感情が――

「よく考えてから名前を付けなさいこのバカチンが!!」

「うぼぇ!?」

 一転、顔面に食い込む細い指。所詮それはアイアンクロー、万力の如き力が自分の頭蓋に悲鳴をあげさせ痛い痛い痛い痛い! や、やめて! もげる!!

「ちょ!? な!? え!? 痛い!? いたたたたたやめて取れる顔面剥げる!!」

「君はアレだ、詰めが非常に甘いんだ。故に君は罪を犯した」

 先程までとは違う怒気を含んだ静かな声が、地獄のそこから這い出るような声が鼓膜を揺らす。

 なんだ!? 自分がいったいナニをしたというのか!?

 自称とは言え胡散臭いとは言え神様に罰せられるような事しとらんぞ!?

 と言うかこれ! 外れないホントにガチの万力並みに固いんですがこの細腕!!

「君はさっき、自らの『影』を名前を変えて『蠢く影』にしたよね?」

「し、したけどそれたたたた!」

「でさ、君一つ忘れてるようだけど、君の影ってなんだったっけ?」

 い、意味がわからん! 『影』は『影』でそれ以外の何もの……あ! ちょっと待て影って確か、たしか――

「……む、『無限収納できる」

「イグザクトリィ」

 言葉と共に音がする。それは『ゴキッ!』という自分の内側で何かが擦れ砕けるような……ぎゃぁぁぁぁ!!

「そう、君は『無限収納できる影』を『蠢く影』に名前を変えた。しかもその『蠢く影』に収納能力を付けずに。すると、どうなると思う?」

 ちょ、知らないわかんないなんでもいいから助けてください!!

「あ、ががが……」

「正解は時空の狭間に飛び出て漂う事になるのでした。そして――私がそれを回収するために奔走するハメになったのよ!!」

「べっ!?」

 何かが潰れる音がする。あぁ、そうか自分は頭をクラッシュされてお亡くなるのか。

 頬を伝う暖かななにかは涙か血かはたまた自分の脳漿か。

 さようなら父さん母さん、さようなら部活の仲間達、さようならゼノアとかお姫様とか、さようなら皆……。

「ま、そんな訳で今後は気をつけるよーに!」

「あ、あぁ……ん? あれ?」

 気づいた時には頭は解放され、潰れたはずの頭部も元通り。

 なんだ、物凄く生きてる実感がしないんだがこれは自分生きてるのか?

 ちなみに頬を伝う暖かな何かは涙だったようだ。

「……死んでない」

「当たり前でしょ。わざわざ連れてきたのにこんなことでロストするなんてバカらしいしょ」

「頭クラッシュされてない?」

「ないわよ。ただの『アイアンクロー』。まぁそこに『非破壊』と『擬似破壊音発生』という情報を追加したね。これも能力の応用」

 ……そんなウインクされてもこの状況で萌えられる訳ねぇだろ。死ぬかと思ったんだから。

 あぁ……なんか頭蓋骨がどこかズレてかみ合ってない気がする。

「とりあえず、すっごい大変だったんだからね! 広大な時空の狭間を東奔西走して集めて回って……まったく! きちんと管理しときなさいよ!!」

 うるせぇ。知った事か。

 と言いたいが言えるはずもなくもうあんな思いはいやなので従うことにします。

「はい、ごめんなさい気をつけます」

「うむ。ちなみに私は昔同じような事を5回やらかして先代に首をもがれた事があるから、君も気をつけるよーに」

 ……お前5回もやってんなら自分を怒る資格なくないか?

 いや、ないわけではないけど1回目でこれって中々どうよ。

 あと首をもぐって……あ、こいつならやりそうだからもうこんなことやらないようにしよ。

「あ、ちなみに荷物は全部君の影に放り込んだから。よかったね、『蠢く影』を解除する時無意識に前の状態に戻しといて。ここでただの『影』にまで戻していたらオシオキメニューがもう一品増えていたところだよ」

 ……その不敵な笑いをやめてください。お願いします。

「うふふふふ。そんな訳で用事も済んだし私帰るね」

 あ、よかったここに来た理由それだけか。

 こいつほどお茶漬けを出したいと思う客人を自分は知らないからな。

 そんな訳で奴はヒョコヒョコと扉に――

「あ、そうだメインの目的忘れてた」

「帰れ」

 あ、つい口から気持ちが出てしまった。どんまいどんまい。

 悪いとは思わないがな。

「今君さ、中々面白い事になってるらしいじゃん。勇者認定されて、お姫様の護衛になって、それで明日一対いっぱいで戦うんでしょ?」

「……不本意ながらそういうことになっているね」

 ほんと、なんでそんなことになったんだか。

 ……あ、そういや勇者という単語で思い出したけど、こいつにセタさんやら勇者やら魔王やらについても後で聞いとこ。

「うん。で、それに関してなんだけど、一つ『クエスト』を発令しようと思うの」

 ま、簡単なものだけど。と言ってニヒヒと笑う自称女神。本性が本性じゃなけりゃ素直に萌えてやれるんだがな。

「それではクエスト。『今回の訓練に勝利せよ』報酬はスタンプ3つね」

 それは無理だと思う。

 だって自分素人だし、相手プロだし。しかも一対複数ってなかなかに難しいと思うの。と言うか無理ゲーだと思うの。

 後『スタンプ』って意味わからん。なんだそれ。

 そんな気持ちが顔に出ていたのだろうか、奴は少しこちらを伺うと少し得意げに――

「なに、スタンプ4つがいいって? さすがにそこまでサービスはできないよ」

 違うわい。

「ま、とにもかくにもがんばってね。あと今後は私の迷惑を考えて能力を使うように。じゃね、オーバー」

「あ、ちょ」

 声をかける間もなく奴は扉の向こうに消えていき、自分がそれを追いかけ扉を開けたときには既に忽然と消えていた。

 ……まったく、結局聞きたかったことを聞く暇もなく、得られた情報は何もないではないか。

 何か損した気分。『スタンプ』とか意味わからない単語も出てきたし。

 しかし『クエスト』ねぇ。報酬云々はともかく、今回の件を鑑みるに是が非でも成功させなくてはまた頭をひどい目に合わされるんではないだろうか。

 ……ちょっと、いや本気でがんばろう。




 ……そして、あれだな。

 何で自分はアレの本性があんなんだと知っていながら少しでもトキメいてしまったのだろう。

 自分はもしかしたら内面より外見を重視してしまうタイプの人間かもしれない。

 いや、それにしたってあれは……自分、幼女趣味、じゃないよねさすがに。


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