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88・自分の仕事



 どうにも進軍を続けてあと一歩と言うところまで、つまりはもうすぐ敵さんの首都までやってくるよ、と言うところまでやってきたあたりでの話だ。

 実に何事もなく、平和な夜。

 今が戦時中でここが全線であるなどとは微塵も感じられない空の、月明かりのもと自分は、屋根の上で一人ぼうっと体育座りをして空を眺めていた。

 ……いや、別に何か黄昏ているとか、反省させられてるとかではないですよ。

 ほら、夜勤よ夜勤。自分これでも近衛隊の一人だから。やんごとなきお姫様を護衛せんといかんのですわ。

 と、いう訳で自分は屋根の上でぼうっと警戒をしているわけであります。

 決してカノンさんと戦ったあの時のようにお姫様に影を送り付けてそれだけでいいやと思っている訳と違うぞ。

 ……まぁそんな訳で、特に問題もないでしょう。

 影が勝手にお姫様を護ってくれる上、今日の夜勤は自分とミミリィ隊長だ。

 正直あの人の防御抜いて影の出番がくるなんて想像できないのよね。

 いやぁ、安心安心。

 ねぇもう寝ていい?

 正直、やることないってホントに暇よ?

 みんな寝ちゃって数人見張りの兵士がうろついてるのと所々でたき火が燃えてる以外はなにもない夜の静寂の中、やることったらそらもう天体観測くらいしかないじゃないか。

 確かに街の灯り何ぞというものとは無縁のこの場所において、空は恐ろしいほどに高く、月は明るく、そして星は瞬いている。下手なプラネタリウムよりかは見ごたえ充分だろう。

 が、しいかしこっちの世界の星座なんて自分にとってはわからんのだ。なんかもうそれだけで面白さ半減じゃないか。

 あーあ。ひま。

 自分はそう思い、地平の向こうへ視線を移す。

 それがいけなかったのだろう。

「……おん?」

 明るく仄蒼い月明かりに照らされて、そこに一つの影が見えた気がした。

 人のような、そうでないような影がふと、その向こうに見えた気がしたのだ。

 ……なにかはわからん。もしかしたら野生動物の類かもしれんし、見間違いかもしれない。

 でもこう、個人的に何回も平和が続くと、それをぶち壊すイベントが唐突に起きる気がしてならないんだよね。

 これはあくまで勘だがね。

 そんなわけて、っと。

「ミミリィ隊長起きてます?」

 まずは上長へ報告だ。

「ん? ええ、どうかしました?」

 ひそひそ声で問いながら自分が窓から静かに侵入すると、ミミリィ隊長は本を閉じこちらを……本読んでたんか。

「よくこの暗い中本なんて読めますね」

 いくら今日は月が明るいとはいえ、馬車の中なら相当暗いぞ。

「ははは、これは点字ですよ」

 あ、なるほど。それは夜目関係なく読めるか。意外な特技だ。

 あと月明かりに照らされ本を片手に佇む犬耳メイドってなかなか……いや、考えないどこ。

「点字が読めるんですか」

「まぁ、こういう事は多いですから。夜でも暇をつぶせる趣味を持つ必要がありまして」

 ……あー、そうね。

 現代っ子はゲームやタブレット光らせようって気になるが、こっちの世界の人はそちらに走るのか。

 なるほろなー。

「で、どうかしましたか?」

 え? どうかってなに……鳥頭か!

「そうだ、ミミリィ隊長鼻効きますよね? 妙なにおいとか、ありませんか?」

「なにかありました?」

 ここで即座に盾へと手を伸ばすあたりさすがだと思う。

「変な影が見えた気がしました。あくまで気がしただけですが」

 言葉を聞きつつ彼女は窓から顔を出し、目を光らせながら鼻を鳴らす。

 さすが狼、と言った面構えだ。

「……いえ、特に変なにおいは感じないわ。どちらの方角から?」

「あっちです」

 指を指すもそこには影などなく、ただ草と木の疎らに生えた荒れ地のような大地が続くばかりだ。

「風上ですね。何かあるのなら臭いはこちらに届いてるはずですが……」

 あ、そんじゃあやっぱり勘違いかな?

 だとしたら読書の邪魔しちゃって、悪い事したかな。

「自分の早合点ですかね、これ」

「いえ、何もないないというのはそれはそれでおかしいです。勘違いなら獣などがそこにいる可能性は高い。しかしそれらのにおいすらないということは考えられるのは二つ。草木が揺れるのを勘違いした場合か――」

「完全に存在を消せる手練れの場合か、だね」

 ドッキーンとした。

 意図しない方向から声が聞こえるのホントやめていただきたい。

 いるならいるといってくださいよリム副隊長。と言うか音もなく背後に立つな。

 驚きすぎて体ビクッてなったわ。

「ははは、そんな驚かないでよ」

「いやぁ、いつからそこに?」

「お嫁さんが窓から入って来た別の男と逢瀬をかわそうとしていたらさすがに止めるさ」

 ……。

「ち、ちがいますからね? 自分、は神にいやあのクソみたいな神様には誓いませんがそれ以外のお天道様やら仏さまに誓ってそのような不道徳は――」

「わかってるよそんなこと。問題は、ナルミ君が見た影だ」

 ほ、ほんとう? 許された?

「それでナルミ君。悪いけど責任もって見に行ってくれないかな?」

 ……許された?

「自分が、ですか?」

「うん。現状ナルミ君は僕たちにとっての最高戦力だ。しかし近衛騎士としては、残念ながら経験が足りない。君は一人の闘士としてはこの上なく有能だが、しかし息の合った連携を行うのはむつかしい。これは君の経験不足からくるものもあるが、同時に僕たちが君との連携を把握しきれておらず足を引っ張ってしまうかもしれないことからくる懸念だ。そう言う意味では君は、一人で戦うのが最適なんだ」

 言いたいことはわかるがそれなら時たまやってる戦闘訓練はなんだったんだろうか?

「それに対して僕たちはこれでも姫様を護る近衛騎士隊のツートップだ。みんなの実力、連携方法なんでも知ってる。残っていざと言うときの事に備えるには僕たちの方が適任だ」

 ……まぁ、納得はできる。

「気を悪くしてしまったのなら謝るよ。でも、これは副隊長としての隊員に対するフラットな見解だ。そこは理解してね。それじゃあ、お願いできるかい?」

 ……いや行くのは全然やぶさかじゃないですよ。

 というか、なんでそんな言い訳染みたことを言うのか。

 別に『お前見た言うたんやから確認してこいやー』の一言でいいのに。

 自分そんなことでプライド傷ついたりは全然しとりませんのよ?

 いやむしろ……うん。

 妥当すぎてぐぅの音も出ねぇや。

 賛成賛成。確認行ってきます。

 ちょっち怖いけど。

「承りました、それでは確認に向かいます」

「さっすが。話が早い」

 話が早いも何もこれ乗らなきゃ嘘だら。

「それじゃ、いってきま――」

 と窓枠に足をかけ、いつでも飛び出せる体制になったところでふと、とある疑問が心に浮かんだ。

 そういやこれが本当に危険な生物だったら、それをどうやって知らせればいいのだろう。

 逃げて教える?

 追っかけられたら情報と同時に敵が来るべな。

 のろし?

 悠長。

 大声を張る……一番現実的だが、戦闘が開始されたとして、それと同時に声を出すことに気をやってしまったら混乱しそう。

 と言うか声張って果たしてそれで届くのかと言う問題もある。

 ……よし、わからない時は

「……何もなければそのまま帰ってきますが何かあったらそれと分かる合図が欲しいですね」

 上司に丸投げ。

「問題ないよ。スゥがいる」

 あら予想外の回答。

 しかしなるほど、兎さんは耳がいいから……寝てるんじゃないですかね?

「寝てないっすか?」

「起こせばいいよ」

 身もふたもないなリム副隊長や。

「まぁそこは先生が気にするところではないです。それは私たちが気付かなければならないところです」

「そういうこと。前線の負担を減らすのも、後方にいる僕らの役割さ」

 ……なんだろう。今初めてミミリィ隊長とリム副隊長の二人が正当な意味でかっこいいと思えた。

「ま、そういうことでいってらっしゃい。気を付けてね」

「……はい、行ってきます」

「ご無事で」

 その言葉を聞いて、自分は外へと降り立った。

 目指すはあの、何かがあったと思わしきポイントだ。

 まぁなんというか、こうなったら彼らの負担を減らすのもまた、自分の仕事よな。

 よーし、敵さんだったら張り切って落とすぞー。


「あ、リム気付け薬頂戴」

「はい」

「……これ、一番キツイのじゃないの」

「スゥだし大丈夫」

「……そうね、スゥだし原液でも大丈夫よね」

 ……なんか馬車の中から退院の処刑法を話し合ってる声が聞こえる気がするが、気にしてはいけない。

 自分は何にも聞いてないぞぉ。


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