87・男の愛
さすがに騙されんぞ。
「……ただ一人とか、一途っぽいこと言う割にはいろんな女の子に絨毯爆撃チックに告白しとるらしいやないけ」
「チャンスは多くないといけませんからね。とりあえずいけそうな女の子にはアタックをかけます」
ドヤるな。
「しかしどれもこれも不発に終わるんですよ。みんな逃げるように去っていく」
そんでヘコむな。
というか、お前、あれやろ。口説くのももちろん平民なんだべ?
近衛騎士で英雄な君にいきなり口説かれたら、相手側困惑するべさ。
一度君もすでに騎士の立場にいるという事に気づこうか。
……あれ? でもこれなら女子側からすると、逆玉のチャンスなわけで、むしろ入れ食いになるんじゃないかな?
なんでこいつこんなに逃げられんの?
「……ほんとに逃げられてんの?」
「ええ。みんな反応が微妙で……たとえ良い雰囲気になったと思っても、将来の話をすると皆微妙な反応をして去っていくんですよね」
そら逆玉狙いの女子からしたらわざわざ平民になろうという君は地雷以外の何物でもないからな。
「まぁやはり過去が過去だと、避けられてしまうのかもしれませんね」
いや、君の過去については自分ようけわからんし、何ともかんとも。
「しかしそれを除けばいい条件だと思うんですが……何が原因なんでしょう?」
知るか。たぶん原因は同居と隠居だろうて。
「告白の仕方でない?」
適当ほざきつつパンをかじり。
そういやこいつはずっと追いかけっこしてたんなら飯くってないのではないか?
まぁ同情はするが、自分のモノはあげないからな。
「……これ」
と、思っていると彼は何かを取り出し自分に差し出してきた。
それは簡素な封筒である。
……なんね。
「なにこれ」
「ラブレターです」
……。
「寄るな」
「あなたにではない!」
ほんとう?
じゃあなんで自分に渡すの。
「じゃあなに。ほかに自分に渡す理由言うてみぃよ」
「あなたに俺の告白の内容がどうか見てもらいたいんです」
えー?
なんで自分がそんな他人の茨へ突っ込むようなことをしなならんのさ。
……まぁ、言い出しっぺというか、告白の仕方が云々言ったのは自分だけどさぁ。
「……うそだったらノーザンライトボムな」
そう言いながら恐る恐ると手紙を受け取る。
が、ここで大事なことを思い出した。
「そういや自分、文字読まれんのよな」
「……そうでしたね」
いやぁ、残念だなぁ。文字さえ読まれれば自分も審査できてたのになぁ。
と、心にもない事を思いながら自分は彼にラブなレターを返すのであっ――
「仕方がないですね。ちょっと恥ずかしいですが、俺が読み上げるので感想を聞かせてください」
まって。
「やめろ。断固としてやめるんだ」
「しかしそうしないと評価をしてもらうことができないじゃないですか」
君はなぜそうまでして告白の練度を高めようとするのか。
そしてだ。自分はこの話のオチが読めるぞ。
だからその便箋の封を開けるのを今すぐやめるんだ。
「冷静に考えろ。この状況でそんなもの読み上げて、その様子を第三者に見られたらどうとらえられる?」
自分は彼の肩を掴み、必死になって訴える。
するとどうだ、彼は……あ、ごめんね強く掴み過ぎた。
彼もようやっと事の重大さに気付いたのか、ゆっくりと便箋の封を元に戻してくれた。
それを確認して自分も手を放す。
この様子も傍目からはなかなかになかなかだからね。
「……それは、遠慮したい話ですね」
「理解してくれたようで助かる」
まぁったく。こんなことになるとはもう。
「まぁどうしても意見が聞きたいってなら、適当にいつもしている口説き文句を誤解されないように、誤解されないように自分に説明してくださいな」
誤解されないように。ここ重要。
「そうですね……『俺のそばで君の陽だまりのような笑顔をしていてほしい』とか『君の星のような瞳で俺を見つめてくれないか』とかですかね」
……お前素面でようけそんなこと言えるわね。
というか武骨で硬派な見た目のくせに軟派なことを……ん?
あ、そうか! わかったぞ!
「君、女の子に告白しすぎてただのタラシと思われてるんと違うか?」
「え?」
「君が口説くのは女の子みんなにやるそう言うポーズだと思われとるんじゃないかって話」
「え? いや、そ、そんなこと……」
うわめっちゃ動揺しとる。
きっとそんな事露とも思っとらんかったんだな。
でもたぶん間違ってはいないと思うの。
「そ、そう言えば俺が告白した女子がしばらくした後に『あの節操なし様また別の女の子口説いていたわ』って言ってたのって、もしかして……」
ビンゴじゃねえか。
まったくもうこいつは。
というかたぶん、こいつの場合あまり相手を知らないのに告白してるんじゃないだろうか。
やっぱりもっと相手の事を知ってから……なんで自分はこんなにまじめに考えてるんでしょうかね。
「そもそもだ。そんな告白を乱発するよか、近場の仲のいい女子とかおらんの? 例えばあの、この前一緒にご飯食べてた時の魔女ちゃんとか」
君が告白すんならあれが一番目が高そうだぞ?
たぶんあれツンデレだから苦労するかもだが、割といけるんちがう?
下手に告白しまくるよか、なあいい子の方が断然いいでしょうが。
ちゅーかあれにたったと告白しろよ。痴女はようわからんが魔女っ子はツンデレだしシスターは恋に恋する感じだし、この二人なら確実にオーケーもらえるだろうて。
「あいつらは俺の事を男としてみてませんよ。ただの仲間、家族みたいなもんです」
……そっかぁ、鈍感さんかぁ。
タチ悪いな。
「まぁ、そうか」
魔女っ子ちゃんもかわいそうに。
想い人が気持ちに気付いてくれず、いろんな女の子にアクションをかける。
これだけ聞くと最低な男だね。
「それに俺、一度あいつに告白したんですよ。昔あいつらとパーティー組んでいた時に。ちょうど俺が近衛隊に勧誘された直後くらいに。見事に振られましたけど」
……それたぶんツンデレのツンの部分が出んだと思う。
ついでに言えばそのあと君が近衛隊に入ったことで後悔とかそういうので彼女はだいぶ絶望したんじゃないかな?
ツンデレキャラによくある光景だね。
「『私まで口説くつもり? バッカじゃないの?』って言われました」
やっぱりあの子はツンデレで、お前はタラシか。
というかその頃からか。
「あいつにはずっと支えられっぱなしでしたから、できれば一緒にいたかったんですがね。まぁ今の関係が壊れるより、この方がいいかもしれません」
それ、一番ダメなタイプだと思うのだが……いや、何も言うまい。
恋愛経験とかそう言うのは自分全くないからね。
「それによく考えたらあいつ怖いし」
やっぱ君最低だわ。
「そっか」
しかしそこはスルーする自分は優しい人間。
だって下手に藪を突っついても大蛇とこんにちはするかも――
「まぁできれば俺も、あいつを仲間としてではなく、共に歩む家族として両親の墓前で紹介できればと思ったこともありますが、脈はなさそうですので」
……ん?
「ご両親の墓前? って、え?」
「え? あ、そうか、すいません。ついうっかり先生がなにも知らないという事を忘れてました。俺の故郷、だいぶ昔に俺を残して滅んでいるんですよ」
……へ、蛇が、蛇が出おった。
「ちょうど俺がこいつを、この『氷帝の槍』と呼ばれる槍を手に入れたと同時くらいに、俺の村は襲われたんです。銀色のフードを被った男と、一匹の魔獣に」
ごめん平然と語り進めないで!
「そ、その、ごめんね? 自分、その、気が回らなくて、あの、ほんにごめんな?」
「別にそこまで気にしなくてもいいですよ。もう過ぎた話です」
そう自嘲気味に笑う表情は、どっからどう見ても大丈夫ではないのだが。
「あの、あ、あれだ。こ、こんどおいしいモノ食べさせたるからな? カルツォーネなんかどうだ。葡萄酒に合うらしいぞ」
「ははは、いいですね。それではそれはそれで、この戦が終わったらいただきましょう」
彼はそう言って笑う。
しかし目の奥が悲しい表情をしているようで自分つらい。
「……こいつを手に入れたのは、ある日、オヤジと共に街へ出た帰りのことです」
だからぁ!
「帰路にある山の、森の近くで、声が聞こえたんだ。それがはじまりだった」
「声?」
あ、つい反応を……いいやいもう!
好きなだけ語れ!
全部受け止めてやる!
「ああ。それは言葉ではない、しかしはっきりと俺を呼んでいるとわかる声だ。そして俺はそのまま、まるで誘われるかのように馬車から身を乗り出したのを最後に意識を失った」
「ほう」
口調については突っ込まん。彼の素が出てきているのだろう。
「そして気づいたら目の前にこいつがいた」
そう言いながら彼が背負った槍を抜き、自分に見せつけるように前に出す。
「どこから入ったのか、どうやって入ったのかはわからないが、俺はある氷に囲われた洞穴の中にいた。そこにはただこいつだけがまっすぐと刺さっていた。そして、俺はこいつを『氷帝の槍』手に入れた。それからだ、俺の人生はこいつと出会ってから、すべてが変わった。俺は俺の運命のために戦わなければいけなくなった」
あー、そうか。伝説の武器的な何かか。
己にふさわしい主を見つけて云々ってやつか。
……なんか今脳裏に紅色の金属塊が横切ったような気がするが、気にしないでおこう。
「なるほどね。武器に選ばれたってやつか」
「よほど、力のある魔装具なのね」
だよなぁ。絶対伝説クラスだもんなぁ。
主人公に呼びかけて自らを振るわせる槍とか、絶対弱いはずがない。
……あれ? 今、腐食の槍という、どうしようもなくくだらない単語が頭に浮かんだぞ?
「そしてそれか二日かけて俺が村へ戻ると、そこには先程話した、銀色のフードの男と、一匹の魔獣、『音喰い蛙』がいた。まさに村を襲っているときに出くわしたんだ。そして俺はこいつを持って戦って……まぁ、結論から言うと魔獣の片目を潰し、撃退することができた」
おお、勇者の最初の戦いっぽい。
「単独での魔獣の撃退。さすが英雄、といったところね」
「俺だけの力じゃない。村人たちの、家族の力だ。だがその結果オヤジは片腕だけ残して魔獣に喰われ、お袋は首を刈り取られて死に、残ったのは俺と、数人だけ。村人のほとんどは死んだ」
……ごめん。勇者っぽいとか言って本当ごめん。
「それから俺たちは村を離れ、それぞれで生きて今に至る、という話だ」
なるほどねぇ。
……こういうの聞くのは酷かもだけど、気になるから聞いていい? いいよね?
「その銀色のフードの男っていうのはどうなったの?」
「え? あぁ、一昨年捕まえて、教会に処刑されました」
あっけらかんといいよるね。
「そしてそのおかげで俺は英雄となった。皮肉な話です」
そう言う彼の表情は、懐かしさと悲しさの混じったような、何とも言えない表情だった。
「なるほど。噂では聞いていたけど苦労しているのね」
「本当に――」
……ん?
なんか、そういえば、一人多い気がするぞ?
自分がそう思い横へ視線を滑らすと、何とも見慣れないメイドさんの姿がそこにはあった。
……あ。
「まぁ、な。でも今では仲間たちがいる。寂しくはないさ」
え、いや、あの……。
「だが、もう、俺は仲間を失いたくはない」
ムー君? 熱くんってるとこ悪いが、こっち見て?
「近衛隊も、姫様も、そして先生も、俺はもう失いたくない。もう、失うことはしたくない。だから先生、次の戦い、必らず勝利しましょう。勝利して、誰もかけることなく、カルツオーネとやらを食べましょう」
うんそのRPGでよくあるのいきなりな決意表明はいいとして、とりあえず落ち着いて周りを見ようか。
「……ムー君」
「必ず、全員で生き残りましょう」
あこれ関係ない事言えないわ。
そんな空気だ。
「おうよ」
示し合わせたように二人でコツンと拳をぶつけ――
「何があっても」
「絶対に、です」
……四人でコツンと拳をぶつける。
男の友情プラスアルファ、ここに誕生。ってか?
メイドさん増殖しとるがな。
もういいよね。
「……ねぇムー君。さっきから気になってたこと言っていい?」
「なんですか?」
あ、この顔全く気付いてねぇや。
「彼女」
自分がそう言いながらピッと親指で指す先には、もちろん見慣れぬ二人のメイドさんが。
「……あ」
「大丈夫。私はあなたを政治利用なんてしないわ」
「わ、私は別に、農業とかも大丈夫、です……」
だいぶ前から話聞いてたんですね。
「チッ!」
あ、逃げた。
こうして、ムー君はメイドさんに追いかけられてどこかに消えてしまいましたとさ。
「……元気だなぁ」
「本当ですわね」
ん?
……あぁ、スゥ君。もといシャドさんか。
だから何で君は女装しとるか。
というかおのれはここで何をしとるか。
「ムー様も本当に困ったものですわ」
……スゥ君のですわ口調、いや、何も言わん。
「常に女の子のお尻を追いかけるくせにいざ追われると逃げ惑う。私には訳が分からないです」
ほんとにね。
「あんなに元気に性欲有り余ってるのなら、素直に適当な女の子を食べればいいのに。ムー様ほどの英雄なら、一夜の遊びであろうとも喜んで受け入れる方も多いでしょうに」
……ノーコメント。
「ねぇ? どう思いますハセガワ様」
話を振るな。
「んー、それになんなら、私がお相手してあげてもいいのですが」
……。
そうやって頬を染めるな唇に人差し指を持ってくなあざとい仕草をするな。
「寄るな」
「……冗談ですよ」
本当かぁ?
「ところでハセガワ様。これ、なんだと思います?」
うん?
呼ばれてそちらの方を見ると、シャドさんが一枚の紙をひらひらと……なにそれ?
「しらん」
「ムー様の便箋の中身ですわ」
……えー。
「あの方は毎回似たような内容しか書かないので、こうやってチェックを入れる必要があるのですわ」
「それ、世間一般では余計なお世話って言わない?」
「ふふふふふ。そうかもしれませんね」
というか人のそう言う手紙を読むのって、さすがにお兄さんもどうかと思――
「はい、どうぞ」
「うん?」
手紙を手渡され、思わず受け取ってしまった。
なに? どういうこと?
「たぶんもうそろそろバレる頃合いですので、差し上げますわ」
「いらないいらない」
なんでこんなものもらわないかれんのじゃ。
返すよこんなん。
「では、ごきげんよう」
しかし突き返そうとする自分をひょいとかわし、彼はそそくさとどこかへ行ってしまった。
そして残るは男の愛を綴った一枚の手紙のみである。
……ちょっとだけなら、読んでもいいかな?




