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86・舅姑と同居

 平和だ。

 カノンさん撃破から先、この旅路は実に平和なモノであった。

 というのも、監視者たる彼女がリタイアしてこちら側についたことで敵に居場所を知られることもなくなったのだ

 また帝都外で活動していた魔獣は彼女だけであったためいつ襲われるか、という心配もなくなった。

 それどころかこの国では割と有名人な彼女たちが同行してくれていることで、たまにある村とかの集落に感謝される始末。

 人の目ってああやって活力が戻るんだね。死にかけた顔の人たち希望を見出すその様はなかなかに見ものだよ。

 あとはそう、メイドさんが増えたおかげで軍の男どもが鼻の下伸ばしてる。

 士気向上もいいが、そう言うピクニック気分はどうなんだろう。別に今の何もない時くらいはいいけどさ。

 まぁ、問題はゼロじゃあないんだけどもね。

 つまり何が言いたいかと言えば、万事平和に行軍できるという訳だ。


 ……そう、行軍だけならな。


 そう思いながら自分は馬車の下に隠れているムー君を眺めるのであった。

 ……せめて平和に、ご飯を食べる時くらい平和に過ごしたかったな。

「……なにしとん」

 パンを抱えながらしゃがみ、目線を合わせて声をかける。

 さすがに仲間がこんな間抜け晒していたらスルーできないからね。

 と言うかお前、潜り込むだけならまだしもそのうえで馬車に張り付くってなかなか頑張るね。しかも背負ってる槍のせいで隠れきれていないという。

 そんな蒼い顔するほど頑張るくらいならやめときゃいいのに。

「か、彼女たちは……近くに、いませんか?」

 だからそんな死にそうな声するくらいだったら普通に……いや、いいや。

 で、彼女らね。うん。

 自分はあたりをそれとなーく見回して、近くに『彼女たち』がいないことを確認する。

 ……まぁいないのは知ってたけどさ。

 いたら即寄ってくるもん。自分の行動が怪しいのもそうだが、なにより君が隠れていないという。

 というかあれだ、これで昼休憩終わって動き出したらどうするつもりだったんだろうこいつ。

「……いーひんね」

「よかっ、ぐぇ!?」

 いきなり落ちるな。ビビる。

「つつつ……脱力しすぎた」

 背中をさすりながらムー君が這い出して来た。

 お前仮にもお姫様の従者的なポジションで執事っぽい格好してるんだから、もっと、こう、身なりに気ぃ使おうや。さすがにその土まみれの格好はないと思うぞ。

 とは思うが口には出さない自分は優しい子。

 彼も彼なりに苦労しとるからね。

「……また?」

「はい、先程追われて、気付いたらここに」

 気付いたら馬車の下に張り付いてたって、なかなか凄いこと言うね。

 しかしまぁ、状況が状況だからねぇ。

 傍目から言えば、なかなか羨ましい状況だと自分思うよ?

「モテる男は大変だねぇ」

 そう言いながらパンを齧る。硬い。湿り気のある乾パンみたいな、ありきたりな味だ。

 ……で、なんで彼がこんなことになっているかと言うと、ひとえに彼の活躍と人徳の賜物である。

 単刀直入に言えば、彼がアニスさんの部下のメイドさんを救ってフラグが建ったのだ。

 もっと詳しく言えば、魔獣状態のカノンさんの攻撃に晒された彼女たちを助けて護って甘い言葉を言ったらしい。

 彼女たちを狙い迫りくる無数の蔦を寸でのところで捌ききり、もはやこれまでとあきらめかけていた彼女たちに彼は言ったのだ。『安心しろ。お前たちの事は傷つけさせない』と。

 はたして彼はその言葉の通り彼女たちを護り、最終的には抱え上げて安全なところまで連れて行ってくれた。

 そして、その後ムー君『安心しろ。あの人は絶対に救って見せる』と言って王子様たちと共にカノン様を救うために歩みを進めるのであった。

 と、いったことがあったらしいよ。アニスさんの部下の一人が言ってたのを盗み聞いた。

 ……決して本意ではない。たまたま自分がご飯食べてる近くでガールズトークし始めたあいつらが悪い。

 そんなわけで、見事二人のメイドさんの心を射止めたムー君は追われる立場になったのでありました。

 と言うかそのうちの一人の、やたら表現の激しい人に追われてるっぽい。

 もう一人は引っ込み思案気味な子らしく、あまりグイグイといけない性格らしいね。

 しかもたまに勇気を出したらグイグイ行く方のメイドさんに負けて涙を流すという。そんな悲しい光景を自分も二回ほど目撃した。

 しかし、いやぁ、見事な吊り橋だなぁ。

 ……ちなみに言うが、ムー君やお姫様曰く、彼女らを救ったのは彼だけではなく、あの王子様の近衛にいるドワーフのオッサンもいたという話だ。

 が、そんなオッサンにはフラグが建っている様子もないあたり、世の中はやっぱり顔面なのか。

 確かになぁ、あのオッサン、ちょい悪おやじって感じで悪くはないが、確実にムー君ほど女受けしそうな顔じゃないからなぁ。

 ……そしてその二人に負ける自分のにこやかな菩薩顔。

 あ、なんか腹立ってきた。

「がんば」

「……そんな他人事みたいに」

「他人事だもん」

 おうその抗議する目やめぇや。

 もとはと言えば、君がフラグをちゃんと建設しよったからいかれんのだぞ?

 そういうのは、もっと慎重にやらなきゃ。

 ……というか、吊り橋云々は置いといて、なんで彼はそんなに彼女らを拒絶するのか。

 自分は基本的に『元の世界に戻り辛くなるから』って理由でそう言うのは……いやまぁ、そう言う相手いないけどさ。一番進んでる関係でもレストランとお客みたいな関係だけどさ。

 ともかくとして、彼に女子を拒否する理由はないはずだ。

 むしろ若い男ならよっしゃこいやとなる気がするんだ。

 なんでだろ。

「もういっそ、好意をそのまま受け止めてしまえばいいのに。拒む理由なんかあるの?」

「貴族とか、騎士とかそう言うのは煩わしくて嫌いなんです」

 ……あー、そういや前に言ってたねそう言う事。

 理由は知らないが。

「なんで?」

「俺は、もとはただの農民だったという話しをしましたっけ?」

 え? そなの?

 最初っから騎士の家出身とか、そう言うのかと思った。

 雰囲気が武人のそれだも……第一印象が武人のそれだったもん。

「うんにゃ」

「ふむ」

 自分の答えを聞き、彼は自分の目をまっすぐ見つめてくる。

「せっかくですので話しましょうか」

 そしてそう言って彼は腕を組み、馬車に寄りかかりながら語り……待って。

 別に語るのはいいけどさ、お前それ、今ここをメイドさんに見つかったら速捕獲だぞ?

「俺は元々ある山間部の小さな農村の出身でして」

 あ、こいつ気付いてねぇや。

 さっきまで必死こいて隠れてた理由もう忘れてやがる。

「まぁ出身とはいえ、親が誰かどこで生まれたかはわからないんですが。ある日森の中に落ちていた赤子。それが俺でした」

 そんでサラッと流すように重い設定を吐き出さないでくれるかな?

 対処に困る。

「ですが特に不自由もなく、実の子としてオヤジとお袋には育ててもらいまして、故郷は非常に思い出深い場所なのです。なのでいつかは故郷のあった場所に戻って暮らしたいと思っているんです。ですので結婚するなら一緒に畑を耕してくれるような女子がいい。そんなの騎士や貴族では無理でしょう?」

 なるほどね。

 つまり現代風に訳すると『結婚後ど田舎で舅姑と同居し農家を手伝ってくれるような嫁を探している』という事か。

 ……うん。

「……なぜ宮仕えからそっちに行こうとするのか。お姫様付きの近衛騎士なんて、親御さんも鼻が高いだろうに。もう充分故郷に錦は飾っとるん違う?」

「……英雄なんて柄じゃないんですよ、俺は」

 気持ちはすごくわかるけどもさ。そんな遠い目をしないでくれるか。

 すごく不安になる。

「あともう5回くらい政治利用されかけたので、貴族やら騎士やらの女子というものに不信感しかないんですよね。モノを知らない平民の出の英雄なんて、奴らにとってはただの道具ですよ。もう懲りました」

 あ、そらそうなるわ。

 というかそれは切実だ。自分でもそんな体験があったらそう言う人たちを避けようとするわ。

 でも『懲りた』って物言いからたぶんこいつ昔はそう言うのにも平気で告ってたんだろうなぁ。

「それに、俺はどこまで行っても『平民』なんです。確かに騎士の称号を賜り、英雄だといれはしていますが、騎士の誇りとかそういう物は持ち合わせていない。そんな俺と結婚したら、その娘がかわいそうじゃないですか。俺は平民並みに笑い、愉しみ、手を取り合って生きていける人と結ばれたいんです。ただ一人の女性と二人、平穏で変哲のない日常を過ごしたいんです」

 そう言いながら空を眺める彼の瞳は、どこか物悲しいモノであった。

 ……ムー君。


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