85・はっずい
よくある展開ではここでゼノアの背後から一発ズドンと大きいのが来る気がするんだが。
「どうしたナルミ、そんなにきょろきょろして」
「いや、シルバちゃんが近くにいないかなって」
「……空恐ろしいこと言うな」
「やめてくれ、まだ俺は死にたくない」
「死ぬならまだいいですよ。むかしやった」
……身震いするくらいなら話さなきゃよかったのに。プレイリードッグかお前ら。
と言うかそうだ、考えてみりゃ彼女にもまだ希望はあるよな。
「しかしお前は彼女がちいさこい言うが、そもそも彼女はまだ15くらいと違わんかったか? ならまだ絶賛成長期じゃん。伸びる伸びる」
そうさ、そのくらいの年齢はまだまだ伸びる。忌々しいほど伸びる。
なぜそう言えるのかっていうと、それはまだ自分が伸びているからだ。
この前の健康診断時点で去年より2センチ伸びてたもん。早く止まってほしい。
「ここ二年成長が止まってるから問題なんだがな」
……さすがにそこまではフォローできないっすなぁ。
「むぐむぐ。お嬢も大変だな、兄貴に身長全部吸い取られて」
「まぁ、世の中努力だけではどうにもならないこともありますからね。あち、はふ、ほっ」
そしておのれらはなにをやっとるか。
「おい、お肉。自分も食う」
「勝手にとって食えばいいじゃないか」
なるほど、至極まっとうな意見ですな王子様。
では早速と自分は近場の串を一つとり、淀むことなく口へと運ぶ。
齧ったとたんに広がる脂と肉汁。それにとろける濃厚な旨味。程よく抑えられた獣臭さがワイルドな野生の香りを醸し出し、柔らかく弾力のある肉質はフワフワと柔らかな歯ごたえを作り出す。
実に良い。これが野生の肉なのか。それすら疑いたくなるほど余計なf臭みのない食べやすいお肉である。
なにより柔らかく、噛めば噛むほどに溢れる脂と肉汁が何とも言い難い感動を呼ぶ。
味としては豚に近いだろう。こってり濃厚な脂としっかりした肉の味。それが焚火焼きのバーベキューというアウトドアな環境と実に合う。
外で食べるならこういうお肉。それを体現したようないい肉である。
これはなかなかの高得点。正直野生のエゾシカとか、そういう固くて獣臭い肉を若干想像してたからこれはいい意味で裏切られた。
……でも残念ながらただ一つ問題がある。はっきり言って今のこの評価をひっくり返さざるを得ない、そう言う大きな問題が。
おい誰か塩をよこせ塩を。塩味をよこせ。
「……塩とか、調味料無いの?」
「あぁ、それならここに」
ムー君がそう言いながら白い顆粒の入った小瓶を手渡してきた。
まったくもう。あるなら最初っから振っとけよ。
「もう。ありがと」
受け取りふたを開け、中の塩を適当に振りかける。
そして齧るとまさに肉。これだよこれこれ。こういうシンプルなのが一番いいんだ。
「はぁ、おいしい。毎日でも食べたい」
「それがお前の血を毎日吸いたいと思う俺やシルバの気持ちだ」
……わぁったから。そんな串持ってドヤ顔すんな。
あ、そう言えばシルバちゃんと言えばだ。
「そう言えばさ、シルバちゃんって『歌姫』言われてたけど、あれは何なの?」
アニスさんがやたら連呼してたから気にはなっていたが、聞くタイミングを逃した感が強かったのでここで聞いてみる。
それに答えてくれるのはもちろん彼女のお兄様であるゼノア……じゃなくて、意外なことに王子様だった。なおゼノアは肉を口に入れていたので喋れなかった模様。
「ん? あぁ、お嬢な。あいつは特殊な魔法を使うんだ。その際の詠唱が歌うようであるから『歌姫』と呼ばれている」
へー、そうなん。
特殊な魔法、って言うのはあれか。この前カノンさんと戦った時のアレとかかな。
確か魔獣ピンポイントでメタ張ってる魔法だっけ? あの時も確かに歌ってるように聞こえたものね。
「……んぐ、んっ。ちなみにあいつの使う魔術は古代魔法や原始魔術と呼ばれるもので、言葉の通り遥か昔に開発された魔法であり、そのほとんどが今は失われて久しいものだ。しかしだからと言って使えないものではない。原始ゆえにリソースやデメリットを度外視しているゆえにその効果は極めて高いものが多い。また失われた理由としてはいろいろあるが、そも最も多いものでは使用するのに適性が……むぐっ」
「わかったから。そう言う話はまた今度にしてくれ、な? お前話し出すと長いんだから」
「むぐ、むごぅ……」
暴走し始めるゼノアと、彼の口に肉を突っ込んで止める王子様。さっすが王子様、ゼノアの扱いを心得ている。
……真剣な瞳をして冷汗垂らして、よほどのトラウマがあるらしい。
「……もぐ。しかしだ、シルバが歌姫と呼ばれる所以としてはまず原初に呪文はそのまま歌であり祈りであり、それゆえあいつの呪文は――」
「そう言えばナルミ、お嬢の二つ名をしらないってことは、そうか、フィーの二つ名も知らないのか」
露骨な話題逸らしが来ましたね。まぁ仕方がないっちゃ仕方がないけども。
しかし……あいつになんかあるの?
「うんにゃ、しらない」
「フィーの二つ名は『舞姫』だ。『舞姫フィリア』と『歌姫シルバ』の二人は有名でな。特にかつて二人が邪竜を打ち倒した話なんかは戯曲になるほどの人気ぶりだ」
……なにやらかしてんのあいつら。
さて、そんな話をしていると、大量の酒瓶を抱えたドワーフのおっさんが戻って来た。
実にホクホク顔である。
なお視界の隅に不満そうな怖い顔をしている吸血鬼の顔面があるが、自分はなんも見ていない。しらないぞぉ。
「ほっほっほ。大量にくすねてきてやったわ」
「でかした」
なにがでかしたじゃ王子様。くすねちゃいかんだろうに。
が、そんな抗議を腐っても王子様にいう訳にもいかず、自分は言葉を飲み込みただジットリと酒瓶を眺めるにとどめておいた。
するとだ。ドワーフさんは自分らを一瞥すると少し悲しそうな顔を――
「しかし持ってき過ぎたかのう? いつもの調子で持って来たんじゃが、考えてみたらちと多いぞ」
「まぁ何とかなるだろう」
いや、二人分はならねぇよ。返せよ。
自分知らんからな。何とかなる言うたんだからゼノア、お前が飲み干せよ。
まったくもう。
さて、そうこうしているうちにドワーフさんはこちらに近寄ってきて――
「しかしワシの席がないのう」
あ、そういやそうだね。自分が占領しちゃってたね。
じゃあこれ自分が避けた方がいいのかな? と思うと同時に、王子様の声が響いた。
「あぁ、そういやそうだったな。ノーム、頼んだ」
彼がそう言うと同時に、地面の誰もいない空間からボコッと座るのにちょうどいい岩が生えてきた。
なるほど、お前が作ってたのか。
さて、ドワーフさんはその岩にどっこいしょと腰をおろすと、持ってきた酒の一本を開け、それをみんなのグラスやジョッキに……あ、まって。
「ごめんなさい、自分、お酒呑めないの。誰かお水頂戴」
「なんじゃ、つれないのう」
危ない危ない。
お気持ちは嬉しいが、苦いのは苦手なんでさ。すまないね。
「じゃあ先生、貸してください」
ムー君の言葉に従いジョッキを渡すと、彼は一言二言呟いてそれを自分に返してくれた。
その中には氷入りのなみなみとした透明な水が。やったぁ。
「ほんっと魔法ってすごいよね」
心からの称賛である。
が、自分以外の人たちは顔を見合わせ苦笑い。
「ははは。先生にはかないませんよ」
おいそれどういう意味だ?
「なにがじゃ」
「まともな魔法じゃ魔獣は斃せない。しかし先生はこともなげに魔獣を斃したんです。どちらがすごいかは、明白でしょう」
……いや、そういう話じゃねえよ。
自分はもっとこう、生活において便利だよねとかそういう意味で使ったの。決して戦闘にのみ焦点を当ててるわけではない。
電子レンジ褒めたら鉄砲の方が攻撃力高いよって言われてるのと大差ない状態だぞ。
が、そんな自分はどうやらここではマイノリティなようでして。
「こんなもの、魔獣の攻撃をすべて受けて平然としてられるお主ほどじゃないわ」
「なぁ? しかもあの局面であいつを助けようと手を抜いてな」
「その前だって事もなげに魔獣を何匹も倒してたし、お前にはかなわないよ」
……わぁい。こうやって評価って上がっていくんだ。
これは、何とか誤解を解かなくては。
「あ、あのねぇ君た――」
「ま、それは置いといて、だ」
ねぇ聞いて。確かに自分押しに弱いけどさ、そうやって言葉にかぶせてまで押さえつけなくてもいいと思うの。
いや、タイミング的に魔が悪かっただけかもわからんけどさ。
「せっかくナルミが目覚めたんだ。ここらで一つ、乾杯と行こうか」
王子様の音頭にあわせ、皆が手持ちの酒を目線の高さに掲げる。
え? あ、おお。ありがとう。
これがいわゆる快気祝いってやつ? いや悪いね。
そう思いながら自分も皆と同じく水の入ったジョッキを上げる。若干気恥ずかしさから顔がにやけるのは許してください。
そしてそんなみんなの様子を確認してか、王子様はどこか真剣な、そしていつもとは違う厳かな声でこう続けた。
「……では、先の戦いでの勝利を祝し、そして、近い我らの決戦への誓いを込めて、我ら盟友の盃を交わそう。新たな仲間への祝福と、そして我らの正義へ」
その言葉と同時にカツンと、ジョッキのぶつかる音がする。
……え、なにこれ。なんでみんな無言なの? なんでみんな真面目な顔なの?
思わず自分も合せて何も言わないでジョッキぶつけちゃったけど、いいの?
と言うか勝手に快気祝いだと思ってた自分って……はっずかしい!
そしてこれってどういう状況!?
「……お前たち。この戦、なにがあろうと絶対に勝つぞ」
「当然じゃな。このような悪行、見逃していたら騎士の名折れじゃ」
「言われなくとも叩き潰すさ。徹底的に、チリも残さん」
「仰せのままに」
王子様の言葉に呼応して、他の三人が決意を表す。
……これは、そうか。あれですな、決意を示して鼓舞しようという集まりですな。
という事は自分の快気祝いではなかったわけか。はっはっは。
あー、はっずい。




