84・厚底なんだよ
逃げよう。
改めてろくでもない事考えてる時特有の顔面をしているお姫様を眺めて思った感想がそれである。
きっとこの娘の事だ、このままいたら色々天才的発想により自分に火の粉が降りかかること間違いなしだろう。
あとこのキャピキャピした空気とシルバちゃんから発せられるマニア特有のオーラが撹拌されてるこの空間から早々に離れたい。
ということで自分はひっそりとこの場を離れ、一人フラフラ出歩くのだ。
まぁどこへ行く当てもないが、とりあえずこの場にとどまるよりかは面倒なことにはならないだろう。
そうだな、どこへいこう。
あ、そうだ、おなかすいた。
考えてみたら自分は三日も寝こけてたのだ。お腹がすいて当然だ。
そういやさっきご飯作ってたよね。そっちいこそっち。
そんな訳で、お腹ぺこりんな自分はご飯を求めさまようのだった。
気付けば陽もだいぶ傾き、もうすぐ夜が近いという事がうかがい知れる。さて、今日の晩ごはんはなんじゃろな。
あぁ、もう何も考えず、今日は平和にごはん食べて一日が終わればいいな。
……とか思っていたのだが、それはどうやら間違いだったようで。
「ようナルミ。暇だよな」
逃げ出して30秒。王子様に背中を叩かれて肩に手を置かれるまでにかかった時間である。
いやん。なんかこっちはこっちでろくでもない事になりそうな気配。
「暇じゃないっす」
肩にかかる手を優しくハエを追い払うように払うも、彼は一向に気にする様子もなく今度はより密着して肩を……やめろ、重い。身長差考えろ。半分ぶら下がってるじゃねぇか。
「お? この王子様を差し置いて、なんの用事があるんだ?」
くんのこいつは。いい笑顔しながら権力振りかざしおってからに。
しかし自分はそんなものに屈しない。なぜなら自分は――
「せっかく一国の王子様が食事に誘ってやろうって言うのに、つれない奴だ」
……。
「ま、普段の行いからお前が警戒すのもわかるが――」
「いく」
ごはん食べる。
まるで餌につられる犬のようだ。
が、それはそれこれはこれ。さすがに王子様とはいえ、ご飯を食べてる間に殴りかかってきたりはしまい。
というか考えてみたら、こいつがする悪い事って自分に戦闘を挑む以外あんまないな。うん。
なのでこのご飯は安全なのだ。
そうに違いない。きっとそうだ。
というかご飯食べてる最中になんかしてきたらぶん殴る。
そんな事を考えながら王子様の後をついていくと、そこは野営地の端の、人気のない場所。すでにゼノアとムー君、そしてドワーフのおっさんがスタンバっていた。
焚火を囲い適当に座り酒を煽る彼らの姿は、どうにも権力者とか要人の護衛とかには全く見えない。
一応都合のいい岩を椅子代わりにしてるけどさぁ、もうちょっと何とかならんかったのかねぇ。酒瓶をいくつも置いて、モロに飲み会のそれじゃねぇか。
と言うかその岩本当都合よすぎないか? 人数分そんな座りやすそうな岩ってなかなかないぞ。
「お、おお。ナルミ、起きたか。調子はどうだ?」
しかしそんな自分の気持ちなんてつゆ知らず、ゼノアが赤い液体が入ったグラスを傾けながらこっちを見る。
岩に座りながらワイングラスってお前。いや、いいけども。
と言うかそれはワイン? 血液? どっちなの?
「特に変わった様子もなさそうで安心しましたよ。さすがに死ぬとは思いませんでしたが、ちょっと心配にはなりました」
次いで肩を竦めながらムー君が言う。彼は柔和に微笑むと、勢いよく木製のジョッキを煽り喉を鳴らした。
「本当、心配したんだぞ。まさか代償を払うような事をやってるなんて思わなくってな。すまんな、俺がふがいないばっかりに。今回はお前にひどく迷惑をかけた」
再び王子様に肩を叩かれる。その声は心からの反省と、それと同時に安心しきった親し気なものだ。
ふぅむ。どうやら皆には色々心労をかけてしまったようで、なんか申し訳ない気持ちになる。
というか本当申し訳ない。だって今回寝こけてた理由あの戦闘じゃないもん。
自称神様から謎な武器を頂いた結果だもん。
……でもそんな事正直に言ったら面倒くさいことになるんだろうし、適当に話を合わせとこ。
「まぁ、寝てるだけだし問題はありゃしません。むしろその間の食費が減っていい感じじゃない?」
「いいワケあるかこのたわけが」
「あたっ」
ケケケと笑っておどけていると、ドワーフのおっさんに脛を蹴られた。なにをするだ。
……と、抗議できる立場じゃないから困る。逆だったら自分もそうするわ。
彼はムー君と同じく木製のジョッキを傾けながら、懇々と自分に説教を垂れるのである。
「全く、無駄な心配させおって。怪我や火傷などなら妹姫様の魔法で何とかなるが、原因が何ともならないならどうしようもなかろうに。種族の特性ならそうだと先に言え。それをお主は人の気も知らずにおちゃらけおって。まあ、お主の事だからどうせ死なないとは思ってはいたが、何もできないという事は残された者にとってどれだけ辛い事かよく考えるといい……酒取ってくる」
そして言うだけ言ってジョッキの中身をすべて開けると、空であろう瓶を持ってのっしのっしと人のいる方へと消えていった。
お、おう。その、なんだ。ごめんなさい。
「なんか、心配かけちゃったみたいでごめんなさい」
去りゆくドワーフさんの背中を見ながら、残った三人に言葉をかける。
が、内心理不尽感でいっぱいだ。
だって自分も想定外の睡眠時間だったんだもん。全部外部介入のせいだもん。
「まぁ大丈夫ですよ。前も戦闘後に何日か眠り続けてたし、人間ってそういう種族なんですよね?」
そしてムー君に変な勘違いされてる。
「違う。それは違うぞ。今回と前回は、たまたま睡眠を長くとらなくちゃいけない事象が被さっただけで、本当は違うぞ」
「違うんですか?」
「え? 違うのか?」
「そうなんじゃないのか?」
……あれ? なんで王子様とゼノアも不思議そうな顔をしとるんよ。
あ、ちょっと待って。そういやさっきドワーフさんも種族の特性云々って……。
「……ハイ質問。もしかして戦闘直後に睡眠をとるのが人間の特性だっていう話、いろんなところに広まってたりする?」
「多分いまこの野営地にいる全員が知ってるかと」
おずおずとムー君が答えてくれた。そっかー、うん。全員かぁ。
……まぁ、いいや。
「まぁ、別にそう言う特性は特にないから、うん。まぁ、気付いたら訂正しといて」
特に悪い噂って訳でもないし、放置してても問題ないよね。
これが女の子無理やり襲ってなになにした、とかそう言うのなら死に物狂いで訂正するが、疲れると寝ます、ってだけの噂なら実害はない。
訂正はするが、積極的に動く必要もないだろう。聞かれたときに否定する程度でいいや。
……というかこんなしょうもない事どうでもいいや。
それより考えてみたら、もっと重大なことを忘れていた。
「ところでさ王子様。そんな事より聞きたいんだけど」
「ん? え? あ、ど、どうした?」
おい何三人でひそひそやってんだ? まさかもっとしょうもない噂を……まぁいい。聞かんとこ。
そんな事より、いまはこっちのが大事なのだ。
自分の中の悪魔が、今にも暴れ出しそうなのだ。
「おなかすいた。ご飯まだ?」
その悪魔、名を腹の虫と言う。
「……焼きましょうか」
呆れたような、脱力したような声でムー君はそう言うと、彼は近くに置いていた茶色い革袋から大きな肉塊を取り出し……おにく!
「昼間に捕まえた魔物の肉です。こういうときにこういうのにありつけるのは、やはり護衛業の役得なところですね」
彼は笑いながら豚肉にも似たそれをナイフで適当に切り取って、どこからか取り出したのかはしらないがいつの間にか持っていた長い串にいくつか刺して焚火に当たるように地面に突き刺す。ごめんおにくに目が行き過ぎてほんとにどっからだしたかわかんない。
しかしこの光景は、そうまるで鮎を焼く時のそれのように、きりたんぽを焼く時のようにお肉をじっくり火にかけ焼いていくのだ。
かぐわしい脂の焼ける匂い。濃厚な肉の香り。
おにく。
「ねぇ、塩胡椒しないの?」
「落ち着け。座れ」
王子様に腕を引っ張られ彼の隣、先程までドワーフさんが座っていたところに座らされる。尻が割れる。
抗議の意味を込めて王子様に視線を向けると同時に、彼は呆れたようなため息をついた。
「全く。魔獣に立ち向かう時の凛々しいお前はどこへ行ったんだか」
「そんなもの最初っからいませんよ」
尻をさすりながら口を尖らる。
凛々しいってあんた、何を見ていたのやら。割とマジで。
そう思っていると王子様が一つの木製のジョッキをこちらに……なに?
「ほら」
「お、おう」
あ、思わず受け取ってしまった。
これは、嫌な予感がする。
その予想を裏付けるように、王子様はごそごそと酒瓶を――
「何を呑む? いまここには……げ、もしかして全部」
「ないですよ。だから取りに行ったんです」
勝った。やったぜ。
「ちっ、あの野郎。すまないナルミ、酒がなかった」
「いやいいっすよ、自分お酒呑めない質なので。水さえあればそれでいいです」
というか水がこの世で一番おいしい飲み物だと思うの。
アルコールはだめだ。苦い。
そして今はアルコールより水より何より、お肉の方が重要なのだ。
そんな訳でじぃっとお肉を見ていたのがいけなかったのだろう。ゼノアが怖い顔を愉快そうに歪めて、笑いながら言うのである。
「ずっと肉を眺めているな。まったく、食欲に忠実な奴め」
……。
「お前にだけは言われたくない」
「うん? どういうことだ?」
いや、不思議そうな顔すんなよ。わかれよ。
「お前一日一回自分の首筋に噛みついておきながら、よく言うよ」
毎日毎日食欲に従い自分を襲う野獣のくせに。おまえら兄妹のおかげで自分は普段何もない時はずっと『再生者』のになることを強いられているんだからな。じゃなきゃ今頃死んどるわ。
そんな気持ちの念を込め、ゼノアをじぃっと見つめてみる。
するとどうだ、彼はバツが悪そうに目を逸らして――
「……だっておいしいんだもん」
……いや、うん、あれだ。その顔面で『おいしいんだもん』って、あれだ。
変な方向に破壊力抜群だな。すっごい背筋が寒くなって来た。
「あとお前だけじゃない。エリザにもやってる」
それ言い訳になると思うの? よりたちが悪くなっただけじゃない?
「それにそれを言うならシルバだってやってるじゃないか」
そしてこの矛先逸らしである。
こいつはもう。
「……女の子に襲われるのと男に襲われるのでは気持ち的なモノが違う」
「たしかに」
「これが襲ってきたら怖いよな」
残り二人が自分に同調してくれた。
よかった。あまりに平然とこいつが襲って来るから、この世界じゃアレが平常なのかなって少し心配し疑ってたが、そうじゃなかったようだ。
と、ここで少しだけ間が空いた。
なんてことはない、会話の間にある息継ぎのような間だ。
そしてパチパチと焚火が鳴く音が数回聞こえたあたりでゼノアがくっそ真面目な顔で自分を――
「つまりお前はシルバを女性として意識しているという事か」
……んっんー。
なぜそう、いや、うん、あの……。
「こ、子供はね、対象外です」
子供子供。そうなのだ、あの娘は子供なのだそうなのだ。
まぁ、女性と思ってないという訳ではないですがねぇ。
正直あの娘からたまに感じる柔らかさ……って、何をば言うとるか自分は。
「……そうか」
まぁしかし、ゼノアは納得したようなので良しとしよう。
若干釈然としない顔面しとるがな。
「やはり問題は身長か」
ちゃうわい。
いや、確かに自分の胸くらいしかないという身長差はどうにもアレだけども、そこは大した問題と違うぞ。
「いや、そう言う訳じゃ――」
「どうせお前の事だ、あのシルバの履いてる靴の秘密も知ってるんだろう?」
聞けや。神妙な面すんなや。
あと靴の秘密ってお前、話の流れからもうそれほとんど答え言うとるしょや。
「実はな、あいつの厚底ブーツ、厚底なんだよ」
そしてお前もなかなかにポンコツだな。
そこらへん兄妹よな。
「ちなみにこれくらいの厚さがある」
そう言って彼が指で示すのは……おい、10センチはあるぞ。まったく気づかなかったが。
「これがなかったら正直、エリザより低いんだよな。家にいるときは一日一回はこっそりと健気に身長を測ってて……ふふふ、いつまでも子供だ」
しみじみと語りながら彼はグラスに残った酒を煽る。
「あぁ、子供と言えばお嬢、あの都市で人形遊びが趣味悪しく、いっつも人形持ち歩いてるんだよな」
「ええ、たまに一人で遊んでますね。夜中に一人で人形と語り合ってる様はなかなか不気味です」
おのれら二人も言いたい放題だな。
……これどこかでシルバちゃん聞いとらんよな?




