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83・血塗れの業

 どいうこと? 質問の意図がわからんぞ。

「まぁ……そのはずですが」

 普通っちゃ普通だよ。そのはずだ。

「んー? こいつはいつもこんな感じだぞ。まぁ疑う気持ちもわかるがな。こーんなにいっつも無駄にニコニコして、なのにわかりやすいほど表情がコロコロ変わるやつはそういないからな」

 お姫さまよ、それは貶してると取ってよろしいか?

 というか自分そんなに表情変わる? ニコニコは目元が笑ってるように見えるらしいからわかるが、そんな言われる程自分は表情筋鍛えてたのかな?

「……で、それがどうかしたのか?」

「いえ……ただ、あの時と雰囲気が違うなと思いまして」

 アニスさんの歯切れが悪い。

 あの時って、どの時だろう。

 そんな疑問がわく自分とは裏腹に、どうやらカノンさんは彼女の言いたいことがなんなのか、思い当たる節があったようで、自分が脳みそを捻る間もなく声を上げた。

「そうよねぇ。ナルミさんってぇ、戦ってる時とぜぇんぜん雰囲気が違うわよねぇ」

 そしてその言葉に自分は全く心当たりがない訳で。

 え? なにそれどゆこと?

「まぁ、そういうことです」

 どうやらカノンさんの言葉は正解だったようだ。

 しかしますます心当たりがない。

 ……あ、でもようけ考えたら戦闘と言う非常事態に緊張していたから固かった、とかそう言うものかな。だとしたら納得。

 で、なんでそんな歯切れ悪いん? 別に怒られるような内容じゃ――

「確かにねぇ……あの時のナルミさんは飄々としながらも凛々しくて、かぁっこよくて素敵だったわぁ……あ、でも今も今のかっこよさも凛々しさもお休みしてる自然体のあなたも好きよぉ」

 ……なーるほど。つまりはそういうことか。

 喧嘩売っとんのか。

「まぁ、その……今は、その、寡黙なのに表情だけがコロコロと変わるアンバランスさがなんというか、慣れないので」

 表情がコロコロって、自分そんな表情豊かなつもりはないんだがなぁ。

 いや、人並みには顔面の筋肉動くけどもさ。

 そして寡黙なつもりは微塵もないんだが。人なりにコメントは残してるつもり――

「……なんというか、もっと男らしく、力強い言動の方だと思ってたのに……はぁ」

 じゃかぁしいわ! 小声でも聞こえてんだかんな!

「そうなのか? 正直私は戦闘を行っているナルミをそこまで近くで見たことがないからあまりわからん。どうなんだシルバ」

 そんでなぜそこでシルバちゃんに話を振るよお姫様。

「そうですね。先生は真剣になると、いうなれば笑顔の中に鋭さを隠したような、獲物を狩る狩人の瞳を笑みの中に潜ませたような、そんな表情に切り替わりますのでそのせいかと。風に揺れる若木のような柔らかさのなかにあるあの表情は先生が本気で戦いに挑む時にしか見られないものです。どこまでも優い穏やかな夜のような深い笑みの中で、まるで研ぎ澄まされ命を刈ろうと鈍色に煌めく刃のような冷たさが内包されたあの表情を見ると、今の篝火のように暖かく表情豊かなどこまでも人らしい先生の姿は違和感があるのかもしれませんね」

 ない。ぜったいそんな顔してない。

 確実にそんな表情筋の動きを自分の顔面はしていないと断言できる。

 あとお前どんだけ自分の表情について語っとるんじゃ。

「今でもたまに、思い出します。白い歯を見せながらスコップを振るう先生の笑顔が、まるで息もかかりそうなほどに近付いてきたあの光景を思い出すと、なんというか、言葉にできないものが背筋に這い登るような、本能を直接引きずり出されるような、そんな気持ちになるんです」

 あ、はいその節は誠に申し訳ありませんでした。

「ふむ。シルバが言うならそうなんだろうな」

 そしてなにその判断基準。

「でもぉ、どっちのナルミさんもかっこいいわよねぇ。今のかわいいナルミさんとぉ、あの時の凛々しいナルミさん。どっちも素敵よぉ。食べちゃいたい」

 お前もちょっと黙ろうかハロウィン女。

「……わたしはあの時みたいな。凛々しいほうが好きなのだが」

 アニスさんまで、おまえもまったくなにをいうか。小声なら拾われないと思ったか。ばっちり聞こえたわ。

 というかこの流れに持ってきた元凶考えてみたらお前じゃ……うん?

 今なんつったんこのひと。

 目を伏せ、そっぽを向くその姿はまるで恥ずかしさをごまかす乙女のようじゃァないか。

 ……これは、もしかしてフラグが建っちゃったってやつでやんすか?

 え、なにそれ困るんだけど。

 というかこのタイミングって吊り橋――

「……」

 おい何自分の顔面じっくり見よって。

「……はぁ」

 おいなんねその溜息。

「はぁ、このままずっとトゥインバルのお姫様のところいようかしら。お姫様はかわいいし、良い匂いだし」

「やめろー!」

 そしてあっちはあっちで気づいたら変なことになっとるし。

 こら、気持ちはわかるがシルバちゃんを盾にしない。生贄っていうんだぞそう言うのは。

 まぁったく、カノンさんも調子に乗ってふざけてからに。

 ……マジじゃないわよね?

 と、思いながら彼女らの奇行を観察していると、不意にカノンさんはこちらへと顔を向け、実にいい笑顔を自分へと向けてきた

「ふふふ。それに、あなたもいるし、ねぇ?」

 ……うん?

「正直ね、あたしもたまに思い出すの。あの時ナルミさんに倒される直前の光景を思い出して、ドキドキするの。何かこみ上げるものが胸の奥から湧き出てくるの。恋かしら?」

 ……それって吊り橋――

「それは幻覚ですよ」

 ……。

「気のせいです」

 いやにはっきり言うねシルバちゃん。

「そうかしらぁ? もしかしたら、こういうのを『運命』っていうのかもしれないわよぉ?」

「言わないです」

 ……まぁ、自分の言いたいことを代弁してくれるのはありがたいんですけどねぇお嬢さん。なぜにそこまで頑なに否定するのかね。

「あららぁ? もしかしてぇ、歌姫ちゃんはあたしとナルミさんがお近づきになるのが嫌なのぉ?」

 確かに。なんというか、ここまでくると自分が女子にモテることにジェラシー的なモノを感じてるように思え――

「あなたはいつまで夢見る乙女でいるつもりですか?」

 ……さ、さすがにそれは暴言がすぎないかな?

 確かにどんなに若く見積もっても20代な女性が高校生口説くのはいろいろアレだけどもさ。

「この際言っておきますが私はあなた方を信用しきっていません。姫様のご決断ですので仲間になることに異は唱えませんが、それでもあなたはもとは敵なのです。それが命を救われたからってすぐにこちらに寝返ってきて、先生と仲良くなりたいなんて信用できるはずがありません。何を企んでるのかもわからないようなそんな存在に、先生の血の一滴たりとも渡すわけにはいきません。しかもそれが先生を傷つけようとした本人だとしたら特に」

 あ、はい給食如きが自惚れてすいませんでした歌姫様。

 ……今更ながら歌姫ってなんの事だろう。

 とか思っているとお姫様が実に神妙な顔をして一言。

「そう言えば盗賊の時も今回も、お前はシルバを護っていたな」

 黙れその頭についた二本の尻尾を玉結びにするぞ。

「……へぇ。『歌姫』さまが、ねぇ」

「なるほど、そういうことか」

 ちゃう。そこのお二人も、お姫様も入れて三人とも誤解している。

 彼女はただ食糧庫が盗まれることを……いや、本当にそうか? 今までも彼女は自分に気のある――

「でもぉ、そんなこと言われてもぉ、あの状況、あの場所で、今にも死にそうなときに『護ってあげる』なんて言われたら、抱かれたくもなっちゃうわよぉ?」

 おいカノンさん。おい。

 最初の話に立ち戻るな。

 というか自分そんなこと言ったか?

 そんな疑問を呈するより早く、今度はアニスさんが口を開いた。

「しかし、カノン様の言葉もわからなくもない」

 ふぇ!?

「歌姫。あの状況で、私と一緒にいたお前ならわかるだろう? 護ってくれるナルミ様の大きな背中を。さらにその時私は魔獣に侵され人として生きていけなくなるかもしれないという絶望の淵から助けられたのだ。あの時の鼓動の音は、今でも耳に残っている。あの凛々しく力強い姿を」

 ……お、おう。

 や、やっぱりこれフラグが建って――

「……はぁ。あの凛々しさが片鱗でも残っていたら」

 あ、これ折れてますわ。

 すでにバッキバキにへし折れてますわ。

「……まぁわからなくもないですが、それはさすがにそれだけで恋愛感情を抱くのはは安直過ぎませんか?」

 冷めた視線のシルバちゃん。自分知ってる、これ憐憫っていうんだ。

 が、そんな視線もものともせずに今度はカノンさんが畳みかける。

「あらぁ、でもそれがいいんじゃない。あたしはブラッディ・カルマの小説のような体験をしたのよぉ? 真っ暗な絶望と言う闇に沈む中で、暖かくて優しい手を差し伸べられる。女の子なら一度は憧れるシチュエーションじゃない」

 わからなくもない。よく聞くからねそう言う話は。

 ……しかし血塗れの業って、すごい名前してるねその小説家さん。

「というかわたしの場合はほとんど追体験に近いものというか、護られながら『紅の砂』の一篇を思い出したわ。強大な魔獣にたった一人立ち向かう砂の騎士の姿が、まさにナルミ様に重なったというか……正直あのブラッディの詩的で繊細な表現がただの比喩ではないと思い知った……平時ではまるでちがうが」

 おい最後。小声聞こえとんぞ乳娘。

「そうね。どんなに強い女にもある心の弱さと、護られたいという願望。終わった後で考えれば、それらを芸術的に大胆に表したブラッディ・カルマの作品群はまさにあの時のあたしたちそのものだったのかもしれないわねぇ」

 あ、なんかファン特有の世界が構築されかけてる。正直扱い辛いんだよなこういうの。

「……あれはそういう描写じゃないでしょ。どうやったらそうとらえられるんだろう」

 そしてシルバちゃんも結構なファンなのね。どうやら二人の作品のとらえ方に疑問を感じているようだが。

 しかし顔が赤いぞ。もしかして実は結構過激な内容の本だったりしないよな?

 ……なんかこのままいったら読者同士の論争に発展しそうな気がするな。

「優しく大きな背中で悠然と魔獣に立ち向かう様は、正しく砂の騎士のそれ、いや、それ以上だったわ。あの時は」

 だからお前。

「それを言うならあたしも『深緑』の、狩人のように最後まであたしを信じてくれてぇ、絶望と狂気に囚われたあたしを救い出してくれてぇ……はぁ、こういうのを夢見心地というのかしら」

 ……なんというか、二人とも相当だね。うん。

 しかしそうやって自分をヨイショしてくれるのはいいけども、いやあんまいくないが、いやそれは置いといて。

 やっぱり二人が言うような『救ってくれたからトキメイた』とか、そういうのはちょいと違うんじゃないかと時運は思うの。

「……君ら吊り橋効果って知ってるか?」

「何だそれは」

 いや、お姫様が食いついても……あ、ここにいる全員そんなの知らないって顔面してる。

 まったくおどれらは。

「例えばの話、今にも崩れそうな吊り橋を渡ってたとしよう。もちろん怖くて心臓ドキドキしてるよね? そこを誰かに助けられたとして、そのとき人の脳みそは恐怖によるドキドキと恋によるドキドキを錯覚するのよ。それが吊り橋効果。危機的状況からの恋のカラクリ」

 ちなみに自分は吊り橋効果について否定的だ。創作の類だとなんだかんだうまくいってるのが多いが、現実はそうはいかない。

 吊り橋効果こそ、どーあがいても失敗する恋愛のスタート地点ですよ。

 自分はね、経験はないけど見たことあるの。だから確信持って言える。

 飲酒運転のトラックに轢かれそうな女子を横から攫って助けてあげた友達がいたんだよ。

 彼と彼女はその後付き合ってだんだん性格の不一致からすれ違いが生じ、最終的には『あの時はかっこよかったんだけど、ごめんなさい。このまま友達に戻る方が二人とも平和だと思うの』って言われたのを知ってるから、間違いない。

 というかそうだ、現にここに吊り橋効果から高速回復して冷静に冷めた女の子がいるじゃないか。

 あの時はかっこよかったけど、普段はちょっと。というまさに典型な冷め方の人がいるじゃないか。

 ねーアニスさん?

 吊り橋効果は所詮錯覚。恋愛はやっぱり長く付き合って性格が合うと確信した相手じゃなきゃね。

 そんなこと言ってるから彼女いたことないんだよねー。知ってる知ってる。

「という事で、あなたの自分へのそう言う感情は全くの的外れな錯覚なのです。さぁ、忘れようか。そんなもの抱えて人生突き進むと後悔すんぞ」

 そう言って自分は手をパンパンと叩き、彼女らの方へ目を向け――

「……吊り橋って、怖いか?」

「それは姫さまみたいに最初っから飛ぶことのできる人の感想です」

 ……ウチのお姫様とメイドさんは平和だなぁ。

「でもそこから始まる恋もあるかもしれないじゃぁない? たとえそれが錯覚だとしてもぉ、きっかけにはなるわ」

 いいとこしか見ないで始める恋愛が成功すると思うか? 期待と言うバネは時間が経てば経つほど大きく反発するもんだぞ?

 と、言おうとした矢先である。いつの間にか登場人物が二倍に増えてた。

「それにそれが錯覚だろうも一種の憧れよね。魔獣の魔の手から恐怖に震えるその身をサッと護ってもらう……」

「そして安全なところまできて『もう心配いらないぞ』って言いながらそっと頬に伝う涙をひとぬぐい」

「しかもしかも! そのあともずっと動けないのに魔獣と戦いながらも護ってくれて!」

「最後は、魔獣を打ち倒し、お話しの中の、お姫様を護る、騎士みたいに、微笑みながら『怪我はないかい、お嬢様』って」

 ……なんか増えた。メイドさんが四人ほど増えた。やばいぞこれこれ以上新キャラ増えると訳わからんことになる。というかなってる。

 誰やねんこいつら。

「なにこれ」

「アニスの部下だな。さっきもいただろう」

 ……あー、いたねそう言えば。うん。お姫様はよく覚えとるね。自分も予想はついたけどさ。

 ……ごめん嘘。すっぽ抜けてた。

 で、彼女らは何の話をしているんだろう。もしかそれ自分か? 自分の事なのか?

 さっすがにそんなかっこいいことした記憶は微塵もないのだが。

「……いや、さすがにそこまではされてないぞ? というか、この人は確かに凛々しかったがもっと不気味なくらいに飄々としてた」

「ねぇ? ナルミさんって不気味なくらいずっと笑顔で格好つけようとはしてなかったわよね? 芝居がかってたけど」

 お前ら舐めとんのか。

 しかしそんなアニスさんとカノンさんの言葉に対し、四人は少しだけニヤニヤしながら一斉に本を取り出した。

「違うわよ。これは、これ」

 青い表紙に三日月の浮かぶ夜空のようなものが描かれた本を持ち、四人は嬉しそうに笑っている。

 なんなんだろう。そんなにいいものなのかな?

「なんだそれは」

 しかしアニスさんもなにかはわからないようで、素直な疑問を口に――

「ブラッディ・カルマの最新作『猛き三日月』です。最近発表されたばかりなんですって」

「持ってる人から借りた」

「こんな状態じゃなければウチの国にも入って来たのにね」

「こればっかりは仕方がないわよ。でも知らない人とも盛り上がれたし良しとしましょう」

 ……なじんでるな。

 と、呆れている自分をよそに、アニスさんとカノンさんは焦ったような、嬉しいハプニングに出会ったような声を出しながら彼女たちに駆け寄った。

「ちょ、待って聞いていない」

「あたしもぉ、よみたぁい」

「ダメです。まだ私たちは読み切っていないんですから」

「読みたいのなら、持ってる人を探して借りてください」

 そんな事をしながら、敵兵メイドチームはやんややんやとその小説の話に花を咲かせていった。

 そしてそんな彼女らの姿を見ながら、お姫様は満足そうにつぶやくのだ。

「ま、なににせよだ。これはいわば金銀桂馬に飛車が手に入った感じだな」

「将棋じゃないんだから」

 思わずツッコミが口を突く。が、彼女に気にした様子は感じられない。

「ふふふ。我ながらうまいたとえだ」

 あ、こいつ聞いてすらいねぇ。

「……あぁ、そうだ。将棋と言えば、もう一つ重要な駒があったな」

 お姫様はそう言って、悪戯っぽい、というかまさに悪だくみを考えている顔をしながらくるりと身体を翻し、自分に向き直り口を開いた。

「どうせここまできたら歩と角行も仲間に引き込んでしまおう」

「それはどういう意味っすか?」

 ふっふっふ、とお姫様が不敵に笑う。

「ん~? 簡単な話だ。ファミアル・コーデァと、それと一緒にいた兵たちも仲間に引き込もうじゃぁないか」

 ……おいこれ以上混沌を深めるな。


「……だからそれは、そこの解釈は……もうっ!」

 そしてシルバちゃん、顔赤くしてまで怒るくらいなら一回あいつらに突っ込んだ方がいいんじゃない?

 そんなところで地団駄踏んでないでさぁ。

「そんな難解な表現じゃないでしょ……はぁ。何をどうとらえてそんな解釈になるのよ」

 あ、うんごめん。別の宗教戦争発生しそうだからやっぱそのままでいてください。

「……小説なんてしょせん他人の妄想だろうに、なんでこいつらはそんなものに夢中になってるのやら」

 そんでお姫様はドライだねぇ。


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