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81・そうゆう理由で


 うん。まぁ本物だとして、と言うかたぶんここまで来たら本物なのだろうね。

 目も白目が戻ってるし、肌色髪色その他諸々変わりすぎて気付かんかったわ。確かに顔面の造詣と骨格は変わらない……ごめん、そこをじっくり観察できるほど余裕なかったから何とも言えない。というかそこ憶えてたらさすがに気付いてたよね。

 それにしても正式名称長いな。一回で完璧に覚えられること少なそう。

「せいかぁい! それで、あなたに助けてもらった女、それがあたし」

 ずいっと、自分の方に一歩近づくカノンさん。

「まったくぅ。三日も昏睡してるなんて、心配したんだから。女の子を不安がらせたらだめよぉ?」

 言いながら胸を人差し指でつんつんされた。なんだこいつ、キャラが把握しにくいな。

 あと同時にアニスさんが苦い顔をしてこちらを見てるのも気になる。決して睨んではいないのだが、なんだろう、背筋に嫌なものを感じる。

 ……まぁそんな事はどうでもいい。問題は、なぜこいつらがここにいるかだ。

「ねぇお姫様や。こいつらここにいていいの? 一応敵よ?」

「それは――」

「それは大丈夫。あたしもアニスも、ほぅら」

 そう言って彼女が見せるのは己の手の甲。そこには紫色に輝く魔法陣のようなモノが浮き出ていた。

 なんねこれ。

「これを見て。服従の呪印があるでしょ?」

 でしょ? と言われましても、そうなのねとしか。

「うふふ……するつもりなんてなぁんにもないけど。これのおかげで魔法はそもそも使えないし、武器を奪い抵抗しようとも逃げ出そうとも制裁が加えられる。ここまでされたら抵抗したくてもできないわぁ」

 なるほど、いつでも起爆できる爆弾を抱えさせてるから自由にしていいよ。でも変なことしたらすぐ爆破すっからな。っていうようなモノか。

 ごめん、意味わからん例えはやめよう。

「だからぁ、従ってさえいればある程度の自由は認められてるの」

「ということだ」

 やれやれと言ったふうにお姫様が肩をすくめる。

 ええのんかそれで。割合むちゃくちゃな理論展開してる気がするのだが。

「……そう言うのって、それがあるから自由にしていいってもんじゃないでしょう。なるだけ逃げられないように縛りに縛るための物の一つでしょうよ」

「そうです。ほら、先生の言う通りです」

 シルバちゃんが自分の言葉に賛成をして声を上げる。

 しかし、最終決定権を持つお姫様は顔色一つ変えずに言い放つのだ。

「しかし、彼女たちも被害者だ。カノンは罠に嵌められ望まぬままに魔獣となって操られた。アニスは主を人質に取られ、また精神干渉を駆けられた上に嘘の情報で心を揺らされ刃を向けた。どちらも被害者であり、真に倒すべき敵ではない」

 真面目な顔しとりますが、それ理由になっとりませんがな。

「本気で言っとります?」

「本気だが、問題あるか?」

「ないと思うか?」

 ……あ、敬語。

 いや、そんなことよりもだ。

「彼女らが何だろうと、今ここで自由にする理由にはなりませんよ。彼女らは敵だ。殺せまでは言わんが、こちらに干渉できない位置まで遠ざけるのがモアベター。不安要素はなるだけ発生させない方がいい。言ってる意味、わからん訳じゃないでしょう?」

 じっと彼女の顔を見つめる。しかし全く表情は変わらな……あ、目ぇ逸らしやがった。やっぱりだめじゃねぇか。

「……だって、かわいそうじゃないか」

 いや、そう言う感情はこういう場では命取りなんじゃないんですかい?

 そう突っ込もうとしたところで、自分とお姫様の間に細い腕が割入って来た。

「それについてはぁ、あたしたちの方からお願いしたの」

 割入るように飛び出してきたカノンさん。ついでにアニスさんも近づいてきた。

 その様子に、シルバちゃんが警戒を強めお姫様をいつでも護れるように移動する。仕事熱心だね。

 だが、そんなシルバちゃんお姫様コンビなんて全く意に介そうともせず、カノンさんは見上げるように自分の目を見て話を続ける。

「さっきもトゥインバルのお姫様が言ったように、あたしたちは利用されたの。本来は護るべき国を、あたし達の手で壊させられたの。それがあたしには悔しくて、悲しくて、どぉしようもなく腹立たしいの。だから、あたし達はお願いしたの。あたし達を仲間に入れてって。あなた達と一緒に、裏切り者を誅してこの国を救うお手伝いをさせてって」

 それははっきりとした意思の籠った強い瞳。同時に彼女が言うように、その奥には怒りと後悔、そして殺意が渦巻くものだった。

 しかしだからと言ってそう言われようとも、自分にとっちゃ知らんがなとしか言われない訳で。

 いや、だってねぇ? んなこと言われても自分にどうせいっちゅう話ですよ。

「わたしも、同じだ。わたし達を裏切り、姫を奪い、民を蹂躙するあいつを許せない。そして今奴を倒すことができる希望はあなた達だけだ。わたしは、あなた達という希望の為に、どんな協力でも惜しむつもりはない。いや、わたしだけではない。わたしと共にいた四人の仲間達も、皆同じ気持ちだ」

 そしてアニスさんも似たような顔してるしさぁ。

 なんなのこの人たち。

「御大層になんやかやと言うとるけど、それとこれとは話は別でしょうよ」

「しかしもうそう思っているのは少数派よぉ」

 どういう意味? と言葉を発する前にカノンさんが明後日の方向を指さした。

 その方向を見ると、一人の長身グラマラスなメイドさんがいそいそとお料理をしている光景が。

 ……あんな人うちにいたっけ?

「あれはわたしの隊の一人、グレイラ・アール・ブラッドレイ。今は食料班の手伝いをしている」

 へぇ、アニスさんの隊の。

 まぁ結構な大人数で移動してるからね。お料理を作る手は多いに越したことは……待って。

「は?」

「他のメンバーも諸々の仕事を手伝わせてもらっている。わたしもついさっき洗濯がおわったところだしな」

「あたしもぉ、いぃっぱいお薬作って来たのよぉ。おねぇさん本気出しちゃった」

 いや、平然と言うとりますが大問題ですからな?

「ということで、あたしたちはもうこの軍のみぃんなに仲間として認められているの」

「おいお姫様。どういうことだ?」

 自分の言葉に、アニスさんの後ろに隠れてしまっているお姫様の声が答える。

「まぁこの大人数での行軍だからな。料理にしろ何にしろ、手は多いに越したことはない」

 じゃかましいわ。自分の考えとほぼ同じこといいよってからに。

 確かに平時ならそうかもしれんが、相手は敵よ? 鍋に毒の一つも盛られたらどうすんよ。

「だからってなんであんな、さすがにないぞ。何やってるんよこれ」

「一応全員服従の呪印は付けている。下手なことはするまい」

 そうかいそうかい。

「あのねぇ、これはそう言う――」

「逆に聞くが、お前はこいつらが裏切るような奴だと思うか?」

 いや、そんなまっすぐな瞳向けられても。と言うかそこの二人もなに神妙な顔つきを……もう!

 確かに彼女たちの境遇はかわいそうだと思う。でもそれとこれとは話が別です。

「裏切る以前に信用できる要素がない」

「でもあなたはこの前、私に歌姫を託したじゃないですか」

 そう言うのはアニスさんだ。彼女もまっすぐ自分の目を捉えて訴える。

 いや、でもあんたそもそも歌姫って、あ、あぁ、シルバちゃんか。でも言うたってもねぇアニスさん。

「あの時とは状況が違う」

 あんときゃ彼女は満身創痍で、君以外に近くにだぁれもいなかった。そんで自分はカノンさんの攻撃を凌がにゃならんかったんよ。

 つまり、消去法ってやつですな。

「でも、あの時あなたはわたしを信じてくれた。なら今一度、私を信じてください」

 彼女は己の胸に手を当て、しっかり自分の目を見つめてくる。

 が、響かんぞ。

「……そう言うなら自分を納得させる理屈の一つも並べなさいな。こういうのこそ、感情を抜きにして論理的に説明することが必要だと思うんだけど」

「くっ、で、でも……」

「でももなにもない」

「でも、だけど……」

 ……いや、そんな涙目になられても。

「まったく。アニスってば本当こういうのに弱いんだからぁ」

 そんな泣きかけの彼女との間に入って来たのはカノンさんである。彼女はニコニコ笑顔を浮かべながらこちらに振り向き、愉快そうに口を開いた。

「ねぇナルミさん。逆に考えてみましょう」

「逆?」

「そう。あたしたちがあなた達を裏切る必要性。メリットがあるか。裏切られ、国を滅ぼされかけているあたしたちがせっかくの希望を捨て、敵に手を貸すその意図を。そんなことする意味、ないんじゃないかしら」

 あぁ、知ってるよこの眼。自信に満ちた、そう言う眼だ。

 きっとこの人この意見に絶対的な自信を持ってるんだろうなぁ。

 でも考えてみるとそうかも。彼女らからすればすでに国が内側から蝕まれているのだし、そう言う考えをしたら確かにそうだという気がしてきた。

 ……あ、なんかいきなりフッと疑問が浮かんできたでやんす。

「……自分ら裏切ったらアニスさんの仕えるお姫様助けるよって言われたら、揺れない?」

 アニスさんに視線を向けて投げかける。

 彼女の口ぶりから予想するに、お姫様は敵さんの手中にあって、それを助けるために自分を襲ったんだと思うんだ。

 そんな彼女が再びお姫様をダシにされたらどうなるか……ま、ゲーム漫画じゃよくある話よ。

 ……ようけ考えたら自分、彼女らが何をどうして自分に向かってきたのか全く知らないのな。

 多分寝こけてる間にお姫様たちは聞いたんだろうとは思うんだが……まぁ、今はいいや。後で聞こう。

 そんな事よりだ。彼女は自分の言葉を聞いてあからさまに動揺をするではないか。

「え? それは……」

 揺れたぁ。とっても揺れたぁ。

 目を伏せ、表情に影を落とすアニスさん。やっぱりこりゃぁダメじゃ――

「……いや、それは、ありえません」

 自分が諦めたと同時くらいに、彼女はキッと睨むように自分を見つめる。

 彼女の意志と、決意とが混在したまっすぐな瞳が自分を射抜く。うむ、良い眼をしている。多分。

 「もうそんな甘言に惑わされるようなことはあり得ません。あの時の、あなたを襲った時のわたしは、冷静じゃなかった。あいつらが約束を守るはずがないのに、ただ、己への怒りと不甲斐なさをぶつける相手がほしかっただけだった。あの方を護るべき存在であったはずなのに、逆に護られ、おめおめと生き延びてしまった己の惨めさを、ごまかしたかっただけだった。でももう、そんな愚は繰り返さない。姫様がその身を捧げて生きながらえたこの命、それはあの方の願いの為に使うべきものだと私は気づいたんだ。囚われる直前、最後にあの方が仰った願い。『民を護る』という事こそがわたしに課せられた使命なんだ。そのためにならわたしは、あなたたちの為に戦いたい」

 ……まぁなんとRPGっぽいセリフ。よくあるよくある。

 ちょっと予想してたけどさ、ガチじゃんこの人。

 これ仲間になるの断ったらなんか、自分が空気読めてない的な雰囲気にならない?

「……それに、姫様もお覚悟はできているはずだ。あの方は、そういう方だ。最も姫様とてそうやすやすとやられるような方ではない。彼女自身も魔術に覚えはあるし、傍には隊長も彼女の使い魔もいる。捕らわれの身とは言えど、そうやすやすと死ぬような方ではない。むしろ普段は抜け道から勝手に城を抜け出したりするお転婆具合だ。ちょうどいいおとなしさになっているかもしれないな」

 ……いや君微笑んでるけど割とそれ、えぇ。なんかごめん。

「ま、という事だ。どうだナルミ、これでもこいつらを信用できないというのか?」

 バッシンバッシンと背中を叩かれる。お姫様はお姫様なんだからもっとお淑やかにだなぁ。お前も一回捕まってちょうどいいおとなしさになって帰ってきてくれないかね。

「あいつの目を見ればわかるだろう。あの護ろうという強い意志と、敵を斃そうという固い決意が」

 いや、素人が意志とか決意とか目だけでわかるはずなかろう。いままでのは全部雰囲気よ、雰囲気。

 でもまぁ、言いたいことはわかる。

 と思いながら自分はカノンさんを指さすのであった。

「……こっちは?」

 彼女、具体的な話何もしてないんだが。

「あらぁ? あたしぃ?」

 指をさされたカノンさんは、気分を害した様子もなく自分を見て……あ、なんだコレこいつ、瞳が濁ってやがる。

「あたしが、あいつに手を貸すぅ? うふふふふふ……ぜぇったいやぁだ。なぁんでこのあたしを魔獣なんていう汚らわしいものに堕とし、奴隷のように使役して、自分の国を蹂躙させた相手を手伝わなきゃぁならないのぉ? あたしはぁ、あいつをぉ、焼いてぇ、融かしてぇ、徹底的にぃ、殺したいのよぉ? いぃや、殺すだけじゃぁないわぁ。ぜぇんぜん足りない。もっと、もぉっと苦しんでぇ、絶望してぇ、生きたまぁんま深淵のぉ、底の底まで沈めてあげなきゃ。だからぁ、あたしは裏切らない。あなたたちと一緒にぃ、あの裏切り者をぉ、窯にこべりつく焦げになるまでぇ、いきたまぁんま蕩かしたいのぉ。心の奥まで冒し尽くしたいのぉ」

 ……うっわいい笑顔。そうゆう理由で仲間になるタイプか。

 まぁ、うん。よくあるよくある。

「……はぁ。わぁったよもう」

 とりあえずここはこれ以上突っ込んだら火傷しそうなので引いておこう。

 とくにカノンさんは闇が深すぎる。

「あらぁ? 納得してくれたのぉ?」

「ま、二人ともよくある話だし、そう言う事もあるよねってことで。それにそもそも全決定権はお姫様にあり、自分にゃなーんの権限もない。首突っ込むだけ無駄だったって話さ」

 肩を竦めながら自分が言うと、目の前の二人は嬉しそうな顔をする。

 ……言って気付いた。ホントにそうじゃん。

 なんで自分はお姫様の決定に異を唱えまくったのかね。反逆かな?

 とか考えてるとお姫様が再び背中をポンと叩く。今度は優しい、柔らかな衝撃だ。

「ま、お前が納得したならそれでいいが、私からも一つ聞かせてくれないか?」

 ん? あぁ、どうぞどうぞ。

 今の会話でもしかしたらお姫様が彼女らの不審な点を見つけたのかもしれない。そうなれば、不安の芽は早々に――

「お前は、なぜそんなに人を疑うのだ?」

 ……ん?

 なんで自分を見つめてるのかなぁお姫様は。

「なぜそんなに裏切られることを恐れている? もう少し人を信じてもいいんじゃないか?」

 いやいやいや。

「……それ自分に言うとります?」

「他に誰がいる」

 いやいやいやいやいやいや。

「普通ですって普通。敵が味方になーんて都合のいい話、そうあるもんじゃありませんぜ。しいて言うなら経験則」

 何せゲームや漫画でそこらのシミュレーションはばっちりだからね。とは言わず、そこまで少し焦りながら答えるがお姫様は若干疑わし気な目をして離さない。

「……ふぅん。経験則、な」

 あ、なんかこれ、やらかしちゃった感がありまする。

「それならお前はどんな経験を――」

「姫様!」

 お姫様が言葉を続けている途中、シルバちゃんが彼女の肩を掴んでそれを遮る。

「先生の過去を、そうやって聞くのはよくありません。ただ気になったから聞くというだけでは、先生の重荷を増やすだけです。それじゃあさっき姫様のおっしゃったこととはまるで真逆じゃないですか。それに過去に何があったとしても、先生は先生なんです」

 お、おぉ。なかなかの気迫だ。

 なんというか、うん。すまんな、過去が重いとかじゃなく、ただこっちの常識を把握しきってないから線引きができないだけで、ホントすまんな。

「……す、すまん」

 シルバちゃんの勢いに押され、意気消沈するお姫様。

 なんだかんだ、こいつはシルバちゃんに弱いのな。

「人間もぉ、あたしたちと同じで過去にはいろいろあるのねぇ」

 とかやってるうちにカノンさんが異様に近づいてきた。と言うか前見たらほぼほぼ密着しとった。

 なんねこいつ。

 と言うか人間って、あぁ、そうか今頭何も隠してないし、そもそも彼女にはばれてたな。

 多分アニスさんも知ってんだろうな。まったく、人間の何が珍しいんだか。

 で、どしたんよ。

「うふふ……そういう影のあるミステリアスな男性って、好きよぉ?」

 そう言いながら彼女は優しく自分の首筋を撫で……あ、ヤな予感。

 さぁ考えよう。錬金術師が珍しい生き物を手にしたらどうしますか。

 碌な答えが出てこなさそうだな。

「あ、あんがと……」

 とりあえず手を払いながらそう答える。

 これ、どうやって逃げよ――

「ふふ、かわい。おねぇさんの魅力に、ドキドキしたぁ?」

 言って彼女は胸元を若干はだけさせ……別方向でヤバいのきた!

「ねぇ、どう? あたし、助けてくれたあなたになら、好きにされてもいいのよ?」

 えーなにこれどういうこと? これ、え、えー?

 予想は外れたが、どちらにしろろくでもない事には変わりないね。


書き溜めを切り崩してる感

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