80・晒されてそう
若干汚い表現閲覧注意
「くっ……」
「あ、起きましたか?」
目が覚めると視界がぐらぐらと揺らぎ、耳鳴りと、胸の奥から何ともいえない感覚がこみ上げてくる。所詮重度の車酔いによっての症状に似たそれである。
「先生?」
しかも、心なしか頭も痛い気がするし、転がってるはずなのにフラフラするような感覚がある。きっと変な野郎と邂逅したからだろう。そうに違いない。
「ん? どうしたシルバ」
というかこれがあのあいつが言っていた『鮪包丁が君の物に云々』の影響か? 割合冗談抜きできついんですが。
「いえ、先生が起きたようでして」
しかし本当どうしよう。起き上がるのも億劫だ。どうせ平衡感覚もしばらく回復しないだろうし、このまま転がってるのもいいかもしれない。
「やっとか……様子はどうだ? 丸三日寝てたんだ、異常がないといいが」
そう思いながら自分は目をつむり、もう一度寝る体制へと――
「……まだ、わかりません。先生も半覚醒状態ですので、意識がはっきりするまではもう少しかかるかと」
……あ、やばい。
「そうか……なら今はゆっくりさせておこう」
なんかくる。
「そう、ですね……え? きゃ!?」
「うおっ!?」
自分は猛然と起き上がり、そのまま開いていた窓へと足をかけて外へと飛び出した。
突然の事に何事かと自分を注視する視線が集まるが、気にしてはいられない。
今、自分は猛烈に吐きそうなのだ。
というかごめんもう無理。吐く。
「うぉえぇぇぇぇぇぇ」
そんな訳で、自分はそのまま馬車の近くでうずくまってえずいてしまう。
しかしお腹の中身はどうやら空っぽのようで、いくら吐けども出てくるものは胃液ばかり。
一応、馬車の下の誰にも迷惑のかからないところでやっているが、こうも地面を溶かしまくのはいい行動だとは言えないな。
「せ、先生!?」
「ナルミ!? どうした!?」
逆流性食道炎に王手をかける自分に駆け寄る可憐な少女の影が二つ。チラリと視線を向けるといつもの格好をしたシルバちゃんとお姫様が心配そうな瞳を向けていた。
だいじょうぶだよ。と言おうと口を開けようとしたところで再び胃酸が食道を刺激する。
「おろろろろろ」
あぁ、つらいすっぱい喉がイガイガする。
だれか、水、水を……シルバちゃん!
「きゃ!?」
「み、みず……」
自分は彼女の肩を掴み、必死の形相で懇願する。
多少マズくて混ざり物が入っていてもいい。今は何でもいいから水をくれ。
「み、水ですか? えっと、その……」
「ほら、ナルミ」
しかし彼女はテンパるだけで水を出してはくれず、代わりにお姫様からお声が――
「水だ」
……宙に水の塊が浮いていた。しかしこの際文句は言ってられないので、自分はそれに口をつけて啜ることにした。
あぁ、冷たくておいしい良い水だ。
「……人が水を飲むさまを正面から見ると、なかなかに気持ち悪いな」
やかましぃわ。
さて、こうして最悪の寝起きを体験した自分は何度かうがいを行った後、やっとこさまともに動けるようになったのだ。気付いたら平衡感覚も戻ってたしね。
ただ食道に違和感があるので、さすがに万全とは言えないな。
「体調は大丈夫か? 無理はするなよ、なにせ三日も眠り続けていたんだ。問題があるならすぐに言え」
そしてそうなったら当然こういう言葉が飛んでくるわけである。
本気で心配してくれてるようでうれしいよお姫様。
というか三日って……まぁ、十中八九鮪包丁のせいだろうなぁ。
「やはり、この前の戦闘で何かしらの代償が発生したのですか?」
シルバちゃんもどうも。
でも馬鹿正直に『神様にいじめられていました』なんて言おうものならそれこそアレだしなぁ。
というか神様云々はよほどじゃない限り隠す必要があるよね。信用云々とか関係なく。
「……胸糞悪い夢を見ただけさ」
苦々しい顔をしながらそう答える。決して嘘は言っていない。
「……そうか」
「……わかりました」
お姫様とシルバちゃんはそれだけ言うと、何かを察したような顔を……ごめんなにを察したの? もっとかるーくとらえてくれると思ったのだが
「でも先生。何か辛いことがあったら、遠慮なく申してくださいね」
え? なにが?
「お前は私たちの仲間だ。なにかあったら、支えてやるからな」
だから何のこと?
「先生の過去も、苦しみも、今は何も聞きません。理解することすらできないかもしれない。でも、それでも、私たちは先生と共に歩んでいきたいんです」
「そういうことだ。あまり重荷を背負い込むな。少しくらいなら、肩代わりできるかもしれないぞ」
……なんかこいつら、内容はわからんがとんでもない勘違いしてる雰囲気あるぞ。
「……あの、ふたり――」
「そうだ。丁度いいからこのままあいつらに会いにいこう」
話聞いて。
……いや、まぁどうせこんなんすぐ忘れるだろうし、いいか。
で、誰に会いに行くんだって?
「会いにって、誰に?」
「……私は反対です」
ものすごーく嫌そうな顔でシルバちゃんが苦虫をかみつぶす。
何かあったの?
「……まぁ、そういうな。それにあいつらは今は何もできん。まぁ、とりあえず行こうか」
だから誰のところによ。
「だから――」
「その心配はないわよぉ。来ちゃったから」
……なんでこの世界の人たちは人の話を聞かないのか。
で、誰が来たんですかね?
自分が振り向くとそこには二人の女性がいた。
一人は大きな乳を携えた、メイド服のエルフっぽい女性であるアニスさん。
「あ、よっす元気?」
「……はい、その、おかげさまで」
あら、嫌われたのかな? 初対面時より他人行儀だし、なんだかそっぽ向かれちゃったし。
自分なんかしたっけ? こういうの、結構気にするタイプなんだよね。
あ、でも考えてみたら色々したわ。スカートたくし上げられたらそら引いたりもするか。
……まぁ、とりあえずそっちはいいや。
で、その横にいるもう一人は眠そうな目をした長い髪の女性。緑の髪に紫の瞳を持つ彼女は、血の気が感じられないほどに白い肌に古ぼけた安物のローブのような服を着てそこににこやかに立っていた。
あ、言うまでもなく自分基準で美人さんです。うん、この世界みんなそう。
「うふふ、お久しぶり。何か騒いでたようだから心配したけどぉ、元気みたいね」
……はて、それで誰だこいつ。
「……はぁ」
気のない返事により会話が途切れる。
本当に誰だろう。
「……おい」
ん? あぁ、どしたのお姫様。人の脇腹をば肘でつんつんしおって。
「なんか言え」
いや、そんなこと言うたっても。
「……まさか先生、この人の事、忘れたとかじゃないですか?」
痛いとこ突くねシルバちゃん。ええそうですよその通りですよ。
「……ふっ」
鼻で笑うな。
しょうがないだろ、人の名前と顔面覚えるの苦手なんだから。
「ま、あの時のあたしとはだぁいぶ違うからね。じゃあ改めて自己紹介をしましょう」
そんな自分の鳥頭に嫌な顔一つせず、彼女はそう申告してくれた。
いやありがたい。本当、もう忘れないように努力するから。
「あたしはカノン。カノン・エヴィ・アルディノ・ジャコランタ。エンダルシア帝国四将の一人、知将“蕩け窯”のカノンとも言われているわ」
ローブを揺らし、胸元に手を当て笑顔で自己紹介するす彼女の姿は、正しく自分の記憶の、記憶の……んっ、ん~。
まってねぇ、えっと、えっと……カノン、エヴィ……ジャコ、ジャックランタン……あ! 思い出した!
「あの魔獣とやらになってた人か」
やたらハロウィンに晒されてそうな名前の人だ。間違いない。
……え? マジで?
茶番が長いのは茶番を考えるのが大好きだからなのだ
今後も続くぞ




