79・彼を信じよう
その提案を聞くと、そこにいるほとんどがバリスをぱちくりとした目で見つめだす。
「……兄様にそう言う事を提案されるとは」
「バリスに言われるとは、なんだこの敗北感は」
「たまに王子様って冷静よね」
「いつもこうならいいのじゃがな」
そして思い思いに己の気持ちを吐露するのであった。
「お前たち俺をなんだと思っているんだ」
「そう言う事は一度平時の行いを振り返ってから言ってください」
「う……」
どうやら妹のバッサリと切り捨てるような言葉に反論することができないようだ。
ユニークな顔をしてそっぽを向いている。
「ぶー」
そして最終的に唇を尖らせながらそう口で言う事で拗ねているアピールをし始めた。
周りの冷めた視線には気づかないようだ。
「……まぁ、拗ねてる兄様はほっといて話を進めよう。ナルミについてのわかってることについてだな――」
「ゼノア、エリザが、妹が冷たい」
「シルバ、取り立てろ」
「利子つけていいですか?」
「すまん調子乗った」
途端に真面目な顔になるあたり、どうやら彼はシルバに対してまったくとかなわないようである。
さて、そんな茶番はさておいて、彼らはやっと本題に入るのだった。
「とりあえず、わかってることから挙げていこう。何かあるか?」
その言葉に真っ先に答えたのは、借金取りの気を逸らしたい債務者であった。
「まずもって職業は格闘家とかその類だろうな。ぷろれすらーとかいう武術を使うといっていたし」
自身が食らった技と、先の戦闘での彼の動きを思い出して彼は言う。
「奴の普段の動きは素人臭いが、いざ戦闘が入るとあの動きだ。きっとそうに違いない」
が、それは直後にミミリィの言葉によって否定された。
「いえ、先生は己をブシといったので、格闘家ではないかと」
「ブシっていうと……あれか、サムライってやつか? 初めて聞いたぞ」
「いえ、確かにそう言いました。というかそう言われたために私は弟子入りを志願し、その流れで現在の指南役に落ち着たのです」
彼女は腕を組み、何やら唸るように己の言葉にうんうんと頷く。
「そういやそうだったな」
そしてその横でエリザが本気で忘れていたという顔をするのであった。
「姫様が忘れてたらダメでしょう」
途端、冷ややかなシルバの突っ込みが入る。
「いや……その前にあいつが自害しようとした印象の方が強すぎてな」
「え!? 姫様先生になにやったんですか!?」
「違う! 私が加害者であると決めつけるな! というか私は何も悪くない! お前目の前で見てただろう!」
「……頭ぶつけた記憶しかないです」
「あぁ、まぁ、そう言えばそうだったな……とにかく、あれは誤解から起こった悲劇だ! 私悪くない」
「どんなすれ違いでそうなったんですか?」
「……腹を切れと言ったら、本当に切りそうになった」
「は?」
「腹を切るのは栄誉ある自決方法なんだと。作法まであるそうだ。おかげでうかつな慣用句が使えん」
そう言いながら遠い眼をするエリザ。
そんな彼女の姿を見て、というよりも彼女の言葉を聞いてミミリィはどこかに引っかかるような、小さな違和感を覚えた。
それは何かを思い出しそうで思い出せない時のもどかしい感覚に近い、小さな違和感。
恐らく気にしないと決めたら次の瞬間には頭から消えるであろう弱い疑問を、なぜか彼女は捨てることができずその正体を探ろうと頭を回転させるのだった。
そしてそれはほどなく解決した。彼女の頭の中で、糸がつながったのだ。
「あ、そうだサムライだ」
「ん? サムライがどうしたか」
耳ざとく彼女のつぶやきに反応したのはエリザである。
彼女はどこか期待したような目で彼女を見る。
「少し引っかかったのですが、ちょっとだけ先生がこちらに来た理由に心当たりがありまして」
「ほう。言ってみろ」
エリザが促す。少しだけ、真剣な表情になる。
「いえ、先生は己をブシだといいました」
「あぁ」
「ブシの誇りをもって自決しようともしていました」
「していたな。よほどブシであることに誇りを持っていたんだろう」
「ええ。ブシとは特に己が仕える主に対する忠誠は厚く、誇り高い者たちと聞いています。己がブシであることこそがその存在のすべてである、といった旨の言葉をかつてセタが遺していたとも記憶しています」
「そうだな。ゼノアから耳に胼胝ができるほど聞いた」
かつての苦い思い出。長時間歴史の話を聞かされた記憶を思い出しながら、エリザは遠い眼をしてゼノアを眺める。
「そのブシという存在が、今は公的には存在しないことになってると先生は仰っていました」
が、直後に視線はミミリィに戻った。
「……そういえば、言っていたな」
彼女が弟子入りを志願した直後、彼は確かに言った。そして、そのうえで己が武士だとも。
「もしかしたら、ですけど先生は主を亡くした、いえ、故郷ごとすべてを失くした、という可能性もあります。故に一人さまよい、ここに流れ着いた。家族も友も、己の人生も何もかもを奪われてなかったことにさせられた、とはそういうことでは?」
「……なるほどな。そうなるとさしずめ己の存在意義への疑問は、一人生き残ってしまったが故の葛藤とか、か。あいつにいったい、何があったんだろうな」
エリザがつぶやき、想像をめぐらす。
彼の笑顔の仮面の下に抱える、悲劇について。
そうやって思慮にふける彼女を見つめながら、フィーが小さく手を挙げた。
「人間の、その中でも戦闘に特化してるとされるサムライがそんな全滅の憂き目にあうとは思わないんですが」
皆が顔を向ける。
その様子を見て、彼女は鼻を鳴らして言うのである。
「勇者様みたいな人がゴロゴロいた国が滅びたとなると、それは一大事です。災害であれ、人為的なモノであれ、あの『人間』が滅びたんですよ? 魔獣でも倒せなかった存在を滅ぼす何かがいるというのは、現実的ではありません」
「……それもそうだな」
そう言ってエリザは唇を尖らせる。
結局彼が何者かというきっかけを得ることはできなかった。いわば振り出しに戻ったのだ。
「いい線いってたと思うのだがなぁ」
ぼやきながら考える。
ではなぜ彼が一人旅に出ることになったのか。
「なぜ一人になったか、なぜ全てを捨てたのか……捨てた、ねぇ」
そうエリザはつぶやき考える。彼がここに来たその理由を。
「……わからん」
しかし結局それは妄想。想像の域を出ない空想の類。
考えたところで明確な答えが出るわけでもないものだ。
「……やっぱり聞くしかないか」
「別に聞かなくてもいいんじゃないですか?」
彼女のつぶやきに答えたのは、今まで黙って話を聞いていたムーである。
彼は壁にもたれながら、気だるげな目でエリザを見つめる。
「過去に何があろうと、先生は先生です。俺はそれでいいと思いますよ?」
「しかし……」
「誰にだって知られたくない過去の一つや二つありますよ。俺だって今まで何人の女性を口説いたか聞かれても、言いたくはないですし」
笑いながら彼は言う。
「でもきっといつか、先生の方から語ってくれるはずです。その時まで待ちましょう」
賛同するように数人が相槌を打っている。
「そうですよ。それにそれを言うなら姫様だって秘密を持っている。もちろんムーや私も、誰にも言いたくないことはある。しかしそれでも信頼しているからこそ仲間としてここにいるんです。そこで先生だけ秘密を持つのはいけないというのは、おかしな話だと思いますよ?」
そして続くシルバの言葉に、エリザはとうとうため息と共に手を挙げた。
「わかった、やめよう。ナルミについて邪推をするのはこれ以上はしない。無論、あいつに直接聞くことも、だ」
「きゃ!?」
降参だ、と続けてシルバを引っ張りながらベッドに転がる。
そして彼女の髪をいじくりながらただただ天井を仰ぐのだ。
もう邪推はしない。詮索も控える。そしてそのうえで彼を信じよう。
そう心の中で誓いながら。
さて、そんなこんなでしばらく話をしたのちに、エリザは己の馬車へと戻っていった。
そしてそこで見たものは――
「ふんふんふーん……うーん。赤が足りないですねぇ」
「……おい」
「ん? ……あらぁ。お、お早いお帰りで」
とても楽しそうな笑顔で床に転がる大柄な女性の顔に化粧を施すシャドの姿であった。
長い黒髪を揺らし、白と金を基調としたドレスに身を包んで眠るその姿は、どこかごつごつとして女性らしさを感じない、とても不気味なものであった。
スカートの先から伸びるその足にはすね毛がしっかりと生えており、その骨格、顔の形からもどこからどう見ても身長の高い男性のそれでしかない。
「……あなた、これ、もしかして」
低く。威嚇するような声でシルバが言う。
その目は蔑むような視線でシャドを見下している。
「あ、ははは……もうすこしお化粧をしたらしっかり女性らしくなるんですけれども……」
「やっぱり、あなた先生を……」
「……あは。こ、ここまで用意するのに結構かかったんですよ。特に黒髪のかつらなんてなかなかなくて……てへっ」
ごまかすように笑うシャドの姿を皆『やっぱりか』とでも言いたげな眼で眺めている。
「姫様」
「なんだ?」
「これの耳、ちぎっていいですか?」
「縛るだけにしろ」
「ま、まって! せめて完璧にお化粧だけでもさせ――」
「黙れ」
無論、シャドの末路はもはや語るべくも――
「……まぁ、それくらいならいいだろう」
「エリザちゃん!?」
「やった」
「ごめんなさいお姉ちゃん。ここまできたらちょっと見てみたい」
……それから全てが終わったころからしばらく。具体的にはごつい女装をした男が大柄でスレンダーな美女へと変身した直後から丸一日。
近衛隊は一人少ないメンバーでいつもの業務と天井に吊るされた罪人の世話をすることになるのであった。




