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77・斬魔欠月


 そんなこんなで今後の方針について彼ら彼女らが語り合うのを横目に、結局自分は本気でお昼寝した。というか目をつむったら気付いたら寝てたというのが正しいか。

 そして目を覚ますとそこはがらんどうな白い部屋。なんだこれは。

 首を回し、どこを見たところでただ真っ白な壁や床が見えるだけ。窓も扉も証明すらなく、それどころか壁と壁、壁と天井の境目すらもあいまいな、広いのか狭いのかの感覚すら麻痺しそうな不思議な部屋。というか白すぎてもう何が何だか。

 自分が果たしてどこからここに侵入したのか、またなぜ照明もないのに部屋や己の姿が見えるのか。正直疑問を上げたら枚挙に尽きない。

 が、過程や設定すっ飛ばして下手人当てるだけなら自分にもできるぞ。

「……おい、何の用だ神様様よ」

「ばれた?」

 花のような少女の声が鼓膜を震わす。振り返るとそこには金髪幼女なかわいらしく神秘的なくっそ忌々しい、自称神様な女の子がまるでいたずらを成功させた子供のような顔面をしながら立っていた。

「そんな訳でやってきました。神様です」

「帰れ」

 あーあ。せめてさー、今日さー、頑張ったんだからさー、最後の最後でこういうイベント起こさないでほしいんだよね。

 死にたくなった。

「死んじゃダメだよ。面白くない」

「うるせぇ心の声に反応すんな」

 割と、本気で。

「ぷぅ。つれないなぁ。私は君が私でいやらしい妄想をしていても、全くこれと言って気にしないよ? むしろウェルカム」

 黙れ。そう言うあざといことするな。つい妄想しちゃうだろ。

「もうそれでいいから帰ってよ」

「そうもいかない、というか君もそろそろ学ぼうよ。基本的に私との交信があるときは君にとっていいことがあるときなんだよ?」

 そんな真面目な顔されましても、自分は前科者を無条件で信用する程優しくはないんだよ?

「冗談」

「ほんとだって。よく考えてみなさい」

 そもそもこっちに来ることになった原因が何か考えてみなさい、と言ったら話がややこやしい事になるから言わない。

「まぁそれはいい。で、何しに来たのさ」

 さっさと要件聞いてさっさと寝る。それが一番被害の出ないやり方だ。

 今の自分は非常に疲れているのだ。アホはいなしてとっとと終わらそ。

「君一言多いよね」

 なにを言う。早見優。

「そうか? 最低限しか喋ってないが」

「心の声が、だよ」

 そこまで責任持てん。なら読むな、という話よ。

「……ま、いいわ。で、来た理由だけども、昔々の事ですが君に武器あげる言ったじゃん。いーのができたのよ」

 ……ん? そんな話あったっけ?

「あったよ。君がお風呂入ってる時に話した、霊域のボス倒してってクエスト出したとき」

 あったようななかったような……うん。

「忘れた」

「君がのぼせて川にずっこけた時の話だよ」

 ……あぁ。

「そんなこと忘れた」

「……ま、いいや。とりあえず君には神様が一から十まですべて手作りで作った素晴らしい武器を与えます」

 あー、うん。まぁ、もらえるのは貰っとこう。うん。

「そうですかありがとう」

「なに、感動薄いね。もっとこう、喜びはないの? 中二心くすぐられないの?」

 剣と魔法の世界に放り込まれたからね。多分くすぐられ慣れたんだよ。さっきだって動く鎧が仲間になったところだしね。

 そしてそもそもだ。

「だってスコップで事足りるし、今更さ」

「でもできることが多いには越したことはないでしょ」

 たしかにそうだね。まぁ、ここで拒否ってもいいことは――

「それに私が選んだ人間の装備品がスコップってかっこわるいじゃん」

 自分をアバターか何かと勘違いしとりゃせんかね。

「あーそうかい。じゃあもういいからさっさとよこせ」

「はいはい。これが君の新兵器だ」

 そう奴は楽しそうに言いながら指をぱちんと鳴らすとあら不思議。目の前に一本の長い、長い……なにこれ。

「どうさ。すごいだろう」

「すごいって、あなたこれ……」

 そこにあったのは漫画ゲームでおなじみの日本刀。黒い鞘に黒い握り、そして鈍色に輝く鍔と、それだけ見たら確かに中二心くすぐるものだろう。ただしそのサイズが頭おかしい。

 持ってみてわかる。全体で軽く見積もっても自分より30センチは長いんですが。

 あと重い。かなり重い。持てないことはないが、すごく重たく感じる。

「これ、なに」

「柄が四尺刀身三尺三寸、全長だいたい七尺三寸の大長巻さ」

 ……ん?

「長巻? 日本刀でなく? あと、センチで言って」

「うん。日本刀の亜種みたいなもので、短い方が刃の部分なの。薙刀にも似た性質のある日本刀、とでも覚えておけばいいわ。初心者でも扱いやすいとされてるの。センチで言うと約221センチかな」

「……へぇ」

 まぁそこらへんの分類はいいや。サラッと2メーター越えなのもどうでもいいや。おかしなサイズには変わらんしね。

「すごいでしょ」

「まぁ、すごいね。うん、素直にすごいと思うよ」

 そう言いながら自分は恭しくその長巻を床に――

「何やってるの?」

「素人がこんなの持ったら危ないじゃん」

「君のなんだから持ってなさい。というか抜いてみなさい」

 えー……まぁ、うん。実を言うとワクワクしないと言ったらウソになる。

 とりあえずお許しが出たので抜いてみよう。短い方が刃物部分だよね。

 ……なんか鞘に切れ目入ってるんだが。

「あ、それ抜刀用。刀身長いからね。鯉口はちゃんと嵌る設計だから安心なさい」

 どっかで聞いたことある設定だな。それどういう設計だよ。現実にあって機能するのか?

 あとこれって明らかに鞘が金属で――

「そうよ、金属よ。どうせこれ形状変化することないんだから問題ないわよ。いいからさっさと抜いてみなさい」

「ごめん、そう切れないで。今抜くから。……勝手に心読むなってーの」

 そうぼやきながらも自分はするりと刀を抜く。そこには鈍く輝く……うん、日本刀だ。

「すごいね」

 どうしようあんまり感動がない。いや一定以上の感動はあるけど、神様からもらった伝説の武器的な神々しさがない。

 正直昔マグロの解体ショーで使われてた鮪包丁の方が感動がある。

 と、自分が何とも言えない気持ちをしてる横で自称神様はニコニコしながら言うのである。

「ちなみに言うと、それは切ろうと思えばなんでも切る凄い奴さ」

 ほー。よくある設定何個目だろう。

「さて、こうして無事君にこの長巻が譲渡されたわけですが。ここで一つ君にはこの長巻に名前を付けてもらいます」

「……うん? 能力使えってこと?」

 適宜使ってけばいいじゃん。

「いや。本当にただ名前を付ける、猫にミケとつけるような感覚で。これはただの長巻ではなく、くどいようだけど神様が作った長巻だ。はっきり言おう、小さな世界一つ分くらいのエネルギーは持ってる」

 ……うっわ。

「暴走したりはないから安心して。で、そんなモノとの繋がりをしっかり結ぶためには『名前を付ける』というのは必要なことなのよ。それは君とそれとの絆を意味するものなのだから」

 ……わかるようなわからんような。ブラザー結ぶとHPが増えるみたいなそう言うノリか?

「とりあえず名前つけなさい」

 えー。

「えっとじゃあ、鮪包丁」

「ほう」

 ごめん適当言った。さすがにここは真面目に考えます。

「というのは冗談で――」

「いいじゃん、鮪包丁。それで決定」

 ……は? 何を言いだすのかこいつは。

「今からこいつは名刀、鮪包丁だ」

「待って待って、おかしいおかしい。さすがにそれはないでしょうが」

「君が言ったことでしょうが」

 身も蓋もない事実ですがねぇお嬢さん。

「そうだけども、自分そこまで深く考えていないというか……もうちょい考えたかったというか」

「いいこと教えてあげようか?」

 そう一言。奴は言いながら自分の目を見る。

 それは真剣で真摯な、しかしどこか悲しい目をしていた。

「……あるところに一人の女の子がいました。彼女はある日神様から一振りの、そう、今でいう薙刀を貰い、こういわれました。『その薙刀にあなたが名前を付けてあげなさい』と。そして、言われた通り女の子は名前を付けました……『カブトムシ』と」

「……は?」

「そしてこれがその薙刀、カブトムシです」

 言って奴が指を鳴らすと、その足元から黒い柄と銀色の刀身を持つ薙刀が生えてきた。

 そしてそれを手に奴はすごいドヤ顔を……うわ、殴りてぇ。そうだ、いつか腹パンしたると心に決めてたんだった。あとで殴る。

「私がこの悲しみを背負って今までいるというのに、君だけのうのうとまともな名前つけるなんて許せません。なのでその長巻は『鮪包丁』で決定です」

 私怨じゃないか。しかも逆恨みでとばっちりの。

「知るかボケ」

 自分の至って真面目な言葉に対し、奴は神妙な顔でじっと自分を眺める。そして、しばらくの沈黙の後、彼女は重たく口を開くのだ。

「……じゃあいいよ。別の案、どうぞ?」

 ……いや、ちょっとまってね。そうくるのは、いや、予想して然るべきだけども、なんというか、うん、待って。30秒待って。

 えと……あの、うん。そう!

「こ、黒刀・十六夜……とか」

「君それ一生持ち歩くんだけどもそれ口に出す勇気あるの?」

 ……言わないで。ちょっと、うん。

 ごめん、なんというか、むりくりカッコイイ名前ひりだそうとして、中途半端なナニカになって―― 

「正直、中二な設定とか名前とかって後から読み返したりすると頭抱えたくなるものなんだけど、それが人生に付きまとうんだよ? というか、うん。黒刀って部分、いる?」

 あぁぁぁぁぁ! やめろぉ!

「……もう、殺して」

「嫌だよ。もったいない」

 もったいないってあんた。

「ま、なんでもいいけどさ。じゃあどうする? 『黒刀・十六夜』と『鮪包丁』ではどっちがいい?」

 ……。

「鮪包丁の方がいいです」

「だよねー。やっぱり君はそっちを選ぶと思った。さすが私が見込んだ存在」

 嬉しそうに、自称神様は薙刀を手にクルクル回る。

 ……やっぱり? なんで?

「なんか、自分がそっちを選ぶことを知ってたような口ぶりだけど、そんなに自分わかりやすいの?」

 いや、確かに自分はわかりやすい性格だけどもさ。と思っていると、奴はピタリと足を止め、くるりと自分の顔を見る。

「それはね、わたしと君とがそっくりだからさ」

「そっくり?」

 自分ロリでも性格悪くもないですよ?

「そうね、具体的な話をすると……これはすごーく恥ずかしい話なんですが、この薙刀『カブトムシ』にはね、もう一つ候補があったの。その名も『斬魔欠月』」

 ……は?

「『斬魔欠月』」

 真顔やめぇや。

「まぁあとはお察し。同じように択を迫られ、同じように選択したの」

「カブトムシと斬魔欠月で?」

「いうな」

 やめろ。薙刀向けるな。怖い。

「そんな訳で、私と君はそっくりなのよ」

 いやな共通点だなぁ。

「というかそもそも、わたしとそっくりだから君を選んだの。だからそっくりで当然なのよ」

 ……その意図がよくわからんのだがなぁ。

 というかそうだ、思い出した。この際だし、気になってたことを聞いてしまおう。

 その方が多分すっきりする。

「今更な質問していい?」

「どうぞ?」

 奴は極めて笑顔な、まるでこれから自分が何を言わんとしているかを別て居るかのような顔で自分を見る。それがどこか、腹立たしい。

「……正味な話今自分は割とえげつないことに巻き込まれてるんだけどさ、はっきり教えて。自分はまさかこの世界を救う勇者様、とかそういう物じゃないよね? この世界が滅びの瀬戸際にあるとか、そう言うのじゃあないわよね?」

「んなわけないじゃん」

 笑顔を崩さず奴は言う。

「身も蓋もなく言わせてもらえば、私はこの世界がどうなろうとどーでもいい。本物の世界や神様という存在は基本的に目的がなければ不介入を貫くもの。そうなれば例えこの世界が、いえ、この世界に生きる知的生命体が滅びに向かおうとも、それは彼らの自己責任だ。神様は試練を与えない。しかし、同時に救いの手だって与えない。なぜならそれでは意味がないから」

 崩れることのない、張り付いた笑顔にどこか薄ら寒いものを感じる。

 目の前にいるこいつが、まるで人ではなく、人の形をした何かに変わった瞬間を目撃したような、そんな気持ちになってしまう。

「そ、れ、に。もし君に『この世界が滅びの瀬戸際です』なんて言ったら、なまじ力を手に入れてしまった君は絶対に無理と判断するまでそれを阻止しようと頑張っちゃうタイプでしょ? しかも最も効率の悪い方向で。一度関わったら抜け出せない。損な性格ってやーねー。好きよ、そう言うの」

 しかしそれも一瞬で、その言葉と共に先程までと同じく『人らしさ』を纏った自称神様へと戻っていった。

 なんだったんだ、いったい。

 ……いや、考えても意味のない事か。どうせ、今更だ。

 それよりは今、自分はこいつから情報を引き出すことの方が重要だ。

「ならなぜ自分があそこにいるのだ? 世界を救う訳でもなく、しかし盛大に首は突っ込んでいるように見えるんだけど。自分はあの世界の中では一体何のために存在しているんだ?」

 自分の言葉を聞いて、奴は不気味な笑顔を見せる。無機質で、無感情で、しかし悪だくみを考えているんだなという事はわかる。そんな訳のわからんねっとりとした表情だ。ぶっちゃけさっきと同じような顔面だ。。

 そしてそんな笑顔を微動だにさせず、奴はこれまた無機質な声で言うのである。

「それはまだ言えない。ただ、目的があって私たちは君たちを送った、という事は認識していてもらいたい」

 いや、そうかもしれないですけども。

「その目的が知りたいんだが」

「それは言えないさ。今の君はRPGゲームにおける、中盤くらいで仲間になる隠しキャラとか、追加DLCキャラとかでも思っててくれればいいわ。自由に、好きなイベントを起こしなさい」

 身も蓋もないたとえだな。

 と、言おうとしたが口が開かない。同時に手足も動かず、まるで息が詰まるような感覚に襲われる。

「まぁ実際あのお姫様ちゃんたちがやってることはほとんどRPGのそれみたいなものだから、あながち間違った例えじゃないわね。大体今は三面くらいかしら? ま、そんな訳で今日はお開き」

 パンッ、という乾いた音と同時に、霞む視線の向うで自称神様が手を叩きそう言っているのが見える。

「ちょっとくらっとするかもだけど、一過性のものだし我慢してね。鮪包丁が君の物へとなった瞬間だ。一つの世界がその魂に交わるんだし、多少のデメリットは受け入れなさい」

 その言葉と共に、確かに今まで持っていたはずの長巻、鮪包丁がフッと手の中から消失した。が、それを気にしている余裕は今の自分には全くない。

 視界は狭まり耳は籠り、平衡感覚がなくなるような感覚が自分を襲う。

 倒れるような、足が浮くような感覚。きっと自分は夢から覚めるのだろう。

 そして、耳に水が入ったような重たい空気の中、澄んだきれいな声がただはっきりと鼓膜を震わせる。

「さぁ、肉体へと戻るのだ。そして、もっと、私たちを楽しませなさい」

 ぼやける視界の真ん中で、不気味に口角を釣り上げ笑う不思議な少女の顔が映ったその直後、自分は真っ暗な闇へと呑まれていった。


「あ、待って待ってそうだ忘れてた!」

 と思った直後、何者かに胸倉をつかまれ再び白の世界へと戻された。

 しかし感覚はすべて元通りとはいかず、さっきの感覚が残り車酔いしたかのような気持ち悪い感覚が胸の中で渦巻いている。

「クエスト発生させるの忘れてた。新たなクエストは『悪魔に侵される彼女を救え』ということです。どんな手段であれボスを撃破する条件を満たしたらそれでオッケー。それじゃ、またねー」

 おいそれだけじゃわからねーよ。

 という言葉が出るより早く、奴はポイっと自分を投げ捨て、再び先程の感覚が……おい。

 短時間で何度も車酔いとか、割と本気でやめてほしい。というか洒落にならんぞ。


 そしてそのクエスト、悪魔に云々って……エロいのか?


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