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76・いつもあんな調子

「はい。実は、父上について、伺いたいことがありまして」

 神妙な面持ちでアニスさんは言う。

 そういやあなたあのエロガッバの娘さんだったね。しかも死んだと思っていたと。

 そら気にもなりますわな。

 とか思っていると、お姫様があきれ口調で口を開く。

「それについては教えたはずだ。お前の父親は生きている。今は捕囚の身ではあるが、きちんと生きているぞ」

「はい。それは承知しています。私が気になっているのは、別の事です」

 うん? 別の事? なんだろう。

「なんかありました?」

 正直心当たりがない。

「あの時あなたは父上に頼まれたと言った。報酬も貰ったと。それはいったい、どういう事なのでしょうか? 父上は何を頼み、支払ったのか。ただ単純に、そのことが気になっただけです」

 あー、そういえば、君が触手に絡まれてるときそんなことも言ったなぁ。

「親父さんに『娘を助けてくれ』って言われたのでね。ね、ゼノア」

「あぁ、そうだな。あの時彼はナルミに頭を下げて、頼んでいた」

「そういう訳よ」

 まぁあの時のオッサンを殴り飛ばしたいと思ったのは秘密だが。

「では、報酬とはいったい……」

 んー? ほうしゅー? ……あなたのスカートの中身です。とか言ったら最低だもんなー。

「……男が、父親がプライドかなぐり捨てたんだ。聞いてやらんほど外道じゃないんでね。それだけで今は十分さ」

「それは……」

「へぇ」

「ほう」

「ヒュー」

 ……順にアニスさん、お姫様、ゼノア、スゥ君の言葉、および口笛である。

 他にも周りにいるみんながそれぞれの短い感嘆詞を吐いていつの間にやら自分らを注視してるが……なんだろう。今、盛大に誤解が生じた気がする。苦し紛れと言い訳をしただけのはずなのになぁ。

「ナルミお前、かっこいいこと言うな」

 そう? でもイケメンに言われるとなんか複雑。

「でも転がってる状態で言うのはどうにも締まらないな」

 少し黙ろうか。

 そんな抗議の目をお姫様に向けようとしたそのと同時に、アニスさんがぼそりと小さくつぶやいた。

「……お前は、優しいな」

「はえ?」

「私はお前の命を狙いここにきた。そして実際にお前を殺そうとして、ここにいるすべての人を人質に取り、戦いの場に引きずり出した。そんな私に、手を差し伸べて助けてくれて……本当に、変な人だ」

 ……お、おう。

「そらどうも」

 なんというか、こういう感謝のされ方はなれていないせいかむずむずする。

 なんか恥ずかしい。いや、違う。こういう事言われたから恥ずかしいんじゃない。

 これ恥ずかしい事言うたから恥ずかしいんだ。顔面が煮えるように熱い。

 ……寝よ。

「あ、おい!」

 顔を隠すようにそのまま伏せる。

 が、アニスさんに揺すり起こされて……やめろー! 顔を上げさすなー!

「うなー!」

「せめて意味のある言葉を喋れ」

 あぁしかし何と言う事だ。

 現在血液の少ない自分はあっさりとアニスさんにひっくり返されてしまった。

 やめて、見ないで。今絶対顔面真っ赤だから、やめて。

「……どうしたナルミ。顔なんてかくして」

 お姫様も興味持たないで、ってこら! スゥ君テメェ!

「やめろー!」

「うわ、先生顔真っ赤」

「言うたっても! あんな恥ずかしい事人前で言うたからしゃーないべさ!」

「でも格好よかったじゃないか」

 黙れイケメン!

「自分そう言うキャラじゃないの! あーもう恥ずかしい! 全部血が足りなくて思考が単純化してるからだ!」

「つまりあれはまさしくお前の本心での言葉だったという事か」

 いい事言うねお姫様。今の自分を殺すにはなかなかに最適な言葉だと思うよ?

「そんなこと、そんな、うー! チクショウめゼノア! お前が血ぃ吸うから正常な判断つかないでああいう事言うてしまったんだからな! 絶対破産させてやるー!」

 あーもう! はなせー!

「……やばい。先生がかわいい」

 そう呟くのは自分の腕を抑えるスゥ君である。

 ……さぶいぼ!

「……いや、ごめんまじやめて。その、見た目アレでも男の子に言われるのはちょっち、うん」

「急に素に戻るな」

 お姫様の冷静な突っ込みだ。

 うむ。でもある意味では自分を正気に戻してくれたスゥ君には感謝を……。

「ごめん。マジ、放して」

「あ、はい」

 ……感謝しないでもない。

「な、なんか、さっきとはだいぶ、違うな」

「……ま、ナルミだからな。こういう奴さ、こいつは」

 若干引き気味のアニスさんに対してお姫様がそう答える。

 彼女は自分のナニを知っているのだろう。

「……それはそうとアニス。こちらからも少し、聞いてもいいか?」

 先程までのどこかおどけたような、ふざけたようなそれとは違う真面目な口ぶりで彼女は言う。

 あの、スイッチの切り替え……いや、話題が逸れるなら何でもいいわ。

「お前たちはなぜ、私たちに、いや、ナルミに対してあそこまでの憎しみを持っていたのだ?」

 あ、それ自分も気になる。

「父を殺された、と思っていたというのはわかる。しかし今は状況が状況だ。やらなきゃやられる。それはお前も理解しているはずだろう? もっと言えばあれは、あまりに憎しみが強すぎる。仇を討つにしてもあれは異常だった。お前も、その仲間たちもな」

 ……なんだろう。真面目にまじめな話してるのはわかるが、先程までの調子から一瞬で真面目モードになると違和感が。

 こういうスイッチの切り替えができないあたり自分はダメな人間なのかもわからんね。

 ……あとは、そうさね。

「……わからない。ただ覚えていることは何者かに、あなたが、父上を殺したと、そう聞かされた、いえ、刷り込まれたんだ。ただあなたへの憎しみを、根拠のない私怨を。見たことのない、若い女だった……ははっ、無様なものさ。誰かを護ると誓いながら、その心すらも侵される、まったく、これでは騎士としては落第ものだ」

 そんなお姫様の言葉に対しアニスさんはおどけ半分に自嘲気味の半笑いでそう答える。

 あぁそうか、精神操作か。

 そう言えばそんなことをアウラウネさんさんが言ってたようななかったような。

「若い女か……そいつについての情報は何かないか?」

「いえ、それは、初めて出会う、身なりのいい性だったとしか。その女については、そこも、申し訳ないが覚えていない。ただ女だったという事と、初めて会ったということ以外何も思い出せないんだ。記憶の中のその部分だけ、ぽっかりと穴が開いたように、黒く塗りつぶされたようになにも。ただ奴に出会ったそのときから確実に私の心のうちに、会ったこともない、見たことすらないはずのハセガワ様へのとめどない憎悪が沸いていたことは確かです」

 実に申し訳なさそうに彼女は言う。

 対してお姫様は、いやここにいる全員は苦い顔だ。

「チッ。厄介な……アニス、そいつは確実に『人』であったか?」

「ええ。それは確実に。前後の記憶をつなぎ合わせても魔獣のような悍ましさはなかったですし、言葉を交わしたという感覚が残ってた記憶があります」

 ……言い回しが遠回り過ぎて若干混乱した。

「……人の身で『精神操作』と『記憶編集』を同時に、しかも複数人に行使できる存在か。スゥ、現在できうる対策は何かないか?」

「精神防護を高めるアクセサリなら、簡単なのがいくつかあります。が、どれも魔獣の精神汚染に耐えた上でそれほどの精神攻撃を受けきれるかと言われたら疑問符が付きます。またポーションを作ろうにも材料が少ないです。認識阻害及び精神攻撃阻害の術式を組みそこを起点にするという事も可能ですが、それもどこまで耐えられるか」

「ネックは魔獣だな。どちらか片方、となれば対策をとれなくもないが……」

 やばいすごい真面目な話をしてる。

「フィーに護符を作成してもらうのはどうだ?」

「しかし数が数です。今から作ってもらうにしても、そこまで質のいいものを大量に作れるかどうか」

 あ、ゼノアとミミリィ隊長も参加し始めた。

 そしてその話し会いという光景は次第に一人二人と発言する者が増えていき、やがてここで黙っているのは自分ただ一人だけとなった。

「しかし彼女の症状からして、完全な精神の掌握と言うものはできないと私は思うのですが」

「ふむ、一理あるな。確かに自我を残したままというのは正気を取り戻すリスクを伴う。まさに今回のようにな」

「しかし逆に自我を残すことにメリットは何かあるのではないでしょうか? あえて残した可能性も」

「あるぞ。自我を亡失すると動きが単調になりやすい。自我を失くすということは精神的な駆け引きを放棄するということだ。人を相手にした戦いにおいて、それを放棄するという事はデメリットでしかない。ましてや強者との戦闘となるとなおさらだ」

「なるほど……確かにあの時カノン様はハセガワ様のデータを集めると仰った。そうなれば本能のままに動く獣よりも、そっちの方がより良いデータが取れるのかもしれない」

「ふむ……この切り口での考察では敵の力量を計れないか……では最悪のパターンを想定して対策を打つ方がいいな」

「となると?」

「最悪のパターンを考えると、司令塔となる私たちが一度に精神異常をかけられ前後不覚になることだ。そうなれば指示系統が混乱し、すべてが瓦解する」

「司令塔が自我の亡失、か……確かに最悪だわ」

「それもアニスたちをまとめて精神異常にするような強者だ。最悪の最悪、近衛含め私の周りの全員が掛けられる可能性だってある」

 ふあぁ……がんばれー。君たちの明日は君たちにかかってるのだ。

 という訳でもうすでに一仕事終えたはずの自分はもう寝る。

 おやす……あ、そうだ。

「ならさっそく手に入れたそこの鎧をつかうがいいさ」

 何の気なしに手をひらひらさせながら自分が言う。

 すると途端に、少しの間だけ静寂が流れる。

「……確かに。そうだ、リビングアーマーは精神干渉無効のスキルがある。その女に対する切り札になりえる」

 しょゆこと。さっきお姫様自身が言ってたことじゃないか。

 ま、これで最悪のパターンでも手札が尽きることはないだろう。

 それではあとは君たちでがんばってくれたまえ。

「なるほど。確実に動ける者がいるのならその者にポーションを使用してもらうなり魔法を使用してもらうなりすればいい、ということか。決して完ぺきではないが、敵の正体がわからぬ以上今とれる最適の解かもしれんな」

「そう褒めないでくださいな。照れる」

 正直そこまで深い事考えてなかったけどねー。

「そういうことだ。頼めるか?」

 金属が擦れる音がする。きっと紅色が頷いたか何かしたのだろう。

 いやはや、さっそく出番が来るとはいいことではないか。

「ふむ。とりあえずの対策は決まったな」

「いや、まだだ。確かに司令塔が潰れるという最悪の結果は回避できそうだが、それも万全ではない。それにもしも一般兵が集団で精神操作をされたらどうなるか」

「なるほど、そっちの対策も考えなければならないか」

「可能性は低いが、ないとは言い切れないからな」

 ……まぁ、頑張ってくれたまえ。

 とりあえず自分は今日の役目は終わったといっていいだろう。

 魔獣もたおし、女の子助けて、そんで今いい感じに方針決めるお手伝いもした。

 もうゴールしてもいいはずだ。という訳でおやすみ。自分はもう寝る。


 と、目をつむって壁の方に寝返りを打ったあたりでである。

「……ハセガワ様って、いつもあんな調子なんですか?」

「ん? 割とそうだな」

「……はぁ」

 ……なんで今自分はアニスさんにため息をつかれたんだろう。


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