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74・隠されたチカラ



「やめてください。お姫様、お願いだから」

 これはなんとしても阻止せねばなるまい。

 せっかく得体のしれない呪いの装備手放す大義名分手に入れたのに、それを解消されてはかなわん。

「冷静に考えて。ね? こいつは――」

「その代わり、お前はしばらく、具体的にはこの戦が終わるまで私の兵として働いてもらう。魔獣にも太刀打ちできるお前にとっては、そう悪い話ではないと思うが」

 お願い話聞いて!

「『ありがたい話だが、その鍛冶師の腕がどの程度のものか、それがわからねば乗る訳にはいかない』」

 あ、これ止まらん奴だ。

 ……いいや、もう。諦めて傍観してよ。

 そんで帰ったら近場に溶鉱炉ないかさがそ。

「ふっ、そうだな。スゥ、何かあるだろう?」

「そうですね、ではこれを」

 お姫様に命じられたスゥ君は、懐から一本のナイフを取り出し紅色に手渡す。

 鞘に収まっていたそれを紅色が抜くと、そこには青白い刃がありましたとさ。薄く発光しているようにも見えるその刃には複雑な文様が表面全体に刻まれており、刃先からはうっすら水がしたたっている。

 素人目でも魔術的な要素の強いものなのだという事がうかがい知れるね。ほぼ確実に水属性。

「『水の刃』という、その鍛冶師の創ったものです。水のエレメント結晶を素材とし、完全な水属性の魔術攻撃を可能とする特殊な武器。形のある水と言っていい代物。どうですか? そのレベルで、満足いただけますか?」

 スゥ君の言葉を聞きながら、紅色は指先で刃をなぞり、指についた水をじっと眺める。

 それから少しして、ナイフを鞘に納め元の持ち主へと手渡したと思うとおもむろにペンを執るのだ。

「『確かに、これほどまでの腕であるなら我も喜んでこの身を委ねよう。その取引、乗らせてもらう。我は使い手の物ではあるが、使い手が我を使えぬ以上、今ひと時のみ我は姫の剣となろう』」

「よし!」

 ホクホクした雰囲気の紅色と心から嬉しそうなお姫様。

 ふぅん。そんなにいいものだったのか。

 やはりモノを見る目がない人間には、ようけわからん世界である。

「ふふふふふ……」

 本当嬉しそうだなお姫様。なんか見ててこっちも嬉しくなるよ。

 だからそのまま所有権こっちに渡さないでね?

 ……でもなんでそこまでしてこいつを仲間にしたいんだろうか? 国が誇る最高の鍛冶師とか、お金もかかるんじゃないの?

 そんな大金叩いてまで引き入れる必要性……わからん。

「なんでお姫様はこいつを仲間に引き入れたいん? こいつ、すっごいあやしいじゃん」

 わからんことは素直に聞く。これが仕事をするうえで重要だってなんかで読んだ。

「ん? まぁリビングアーマーというだけである程度は信頼できる材料にもなる上、先程の……あぁそうか、お前はあっちにいたから気付かなかったんだな」

 そう言ってお姫様は自分のことを上から下までをまじまじと眺め、足元を見たあたりで何かを思い出したように目を逸らす。

 おいなんだその顔は。

「……そうか、だったのか」

「どしたん?」

 本当にどうしたんよお姫様。もしかして自分の足に何か――

「そうだな、簡単に言えばそいつに私たちは助けられたと言っていい」

 自分が足元を見ようとすると、お姫様は慌てたように早口で本題を口にする。

 なんだ、凄いあやしいんだが。何か自分に足元を見られたらいかれん理由でもあるのかな?

「無数の触手を一閃で切り伏せ、樹の魔獣を2体も屠った。正直こいつが居なければ死者がいないなんてことはなかったかもしれない」

 早口のままお姫様はまくしたてる。ほんとうにあやしい。

 でも、死者いなかったんだ。そいつはよかった。

 自分が壁にもたれかかりながら思っていると、お姫様は紅色の方に目を向け、苦い顔を浮かべだす。

「……いいから、それしまえ」

 なにを? という疑問が浮かぶのは当然だろう。

 自分が紅色に視線を移すと、ちょうど奴がは何かを書いた紙を床へと置く所であった。きっとろくでもない事が書いてあったのだろうな。

 ……なんだろう。すごく気になる。

「スゥ君。なんて書いてあったの?」

「姫もなかなかやるではないか、という旨が書かれていました。姫様は、あまり褒められ慣れていないので恥ずかしいんですよ」

 ……ほんとか? とてもそう言う顔にゃあ見えんかったぜ。

 そんな自分の胡乱げな表情を見てか、スゥ君は少しため息をついて、言葉を選ぶように説明をしてくれた。

「はぁ、そうですね。あれは、あの時姫様が使ったものは、あまり人に知られたくないものなのです。ですので、これ以上の深掘りは、ご遠慮ください」

 あまりにも真剣な瞳が自分を襲う。つまりは禁術とか、そういう方面のをつかったのか?

 ……いや、これ以上聞くのは無粋だろう。お姫様が知られたくないというのなら、それは知らなくてもいいものだ。わざわざ蛇のいる藪に突っ込む必要はないさ。

「わかった。これ以上この話に触れるのはやめましょう」

 自分がそう言うと、お姫様はあからさまに胸を撫で下ろす。

 そんなに知られたくない術があるのか。いったいどんなんだろうね。

 気にはなるが、気にしないでおこう。

 ……でもなんだろう。なーんか忘れてる気がする。

 ま、思い出せないという事はその程度という事さ。深く考えるのはやめよう。

 ……あ、でも別のこと思い出した。

「そう言えばさ、すっごい話が戻るけどもさ。お前、どうやってここまで来たの? もっといえばどうやって自分を見つけたの?」

 紅色に目を向け聞いてみる。考えてみたらさっき、まともに答えてもらってない。結局あれだと『お前を主にしたからここにいる』としか伝わらんからな。

 いや、広義で言えば答えてることになるけども、この場所にどうやってやって来たか、もっと言えばどうやって自分を見つけたのかがわからないのだ。

 ということで、紅色さんの応えやいかに。

「『話すと長くなりますが、よろしいですかな?』」

 どうやら答える気はあるみたいだ。

 それどころかこいつは、どこかうずうずとしてる様子から、凄く語りたくて仕方がないといったふうにも見える。

「全部書いてから提出するように」

 自分の号令と共に、奴は勢い勇んでペンを走らせる。みるみると紙は溢れる文字の黒に埋まり、余白がなくなれば即座に新たな紙へと手を伸ばす。

 そんな事を続けること数十分。奴の書いた作文の紙は18枚にも及んでいた。

 これでも要点だけかいつまんで書いたんだと。どんだけ書くんね。

 そしてその膨大な束はスゥ君へと手渡され、ここに朗読会が始まるのだ。

「えっと。『あの時、あの場所に置いて、我が荷物を忘れ、慌て急いで筆記具を手に戻ってくるとそこには我が魂たる剣が陽の光を――」


 で、その内容をまとめると、以下のようになる。


 街に侵入し自分らを探したよ。

 頭の四角い酔っぱらった男が似顔絵を見て自分の情報を教えてくれたよ。

 でもその時すでに自分らは戦争で街を出ていたので、頑張って走って追いかけたよ。

 暫くして自分らを見つけたが、戦争状態の自分らに突っ込んでっても返り討ちに会うだけなので我慢してついていったよ。ついでに自分らを観察して自分の主がお姫様だということを突き止めたよ。

 そしたらなにか変なのと戦い始めたので、とりあえずお姫様に加勢してお姫様の信用を得た後自分を助けて株を上げようとするも、いいところで返り討ちにあい今に至るよ。


 以上。

 ということですってよ奥さん。

 とりあえずあの台形頭は一回抹殺してやろうかと思いました。

 あ、補足として、魔法具店に入った理由は剣がなぜか格段に強くなったので、鑑定をしてもらうためだって。何の能力もないただのちょっと良い素材使っただけの剣だったのに、いつの間にか特殊な自己強化能力がついていたんだって。なんでだろうね。

 ……はい。

 そんな訳で、ここに来ましたと。

 いやぁ……ストーカーってこういうことを言うんだね。

「なかなか健気ではないか」

 しかもお姫様が気に入ってるからタチが悪い。外堀を埋めるな。

 しかしまぁ、もうここまで来たら無下にするのも面倒くさいな。

 というかはっきり言おう。考えるのが面倒くさくなった。

「……お姫様的にはさ、こいつの事信用できるの?」

「ん? あぁ、私はしている」

「理由は?」

「私を、私たちを助けてくれたからだ。それ以上の理由はない」

 それでいいのかお姫様。という自分の気持ちを感じたのだろう、彼女はにこやかに、しかしどこか妖しい笑顔を自分に向ける。

「しいて言うなら、私が気に入ったからだ。私はこれでも人を見る目はある方だと自負しているのでな」

 最近どっかで聞いたようなセリフ。

「んなこと言うても」

「それに、だ。こいつを信用しないというなら、お前も最初は同じだったろう?」

 ……そう言われりゃそうだね。まったく痛いところを突いてくる。

「……わかりました。信用しよう」

「決まりだな」

 こうして正式に紅色は自分たちの仲間になりましたとさ。

 いやぁ、紅色君が嬉しそうで何よりだよ。

「ふっふっふ。毒無効、精神干渉無効、肉体干渉無効、魔力干渉耐性、疲労無効……あと何があったかなぁ、リビングアーマーの特殊能力」

 ついでにお姫様も。

「確か不眠と温度耐性もありませんでしたっけ? ん? あぁ『心眼、魔力伝道特性、そして当然ながら核を壊されない限り不死の特性もある』ですって」

「素晴らしい。さすが錬金生物」

 ……聞かなかったことにしよう。


 そんなこんなで自分が再びお昼寝と決め込もうとしたところで、キィッと扉が開く音がした。

「……汚い。片付けろ」

 そして扉が閉じる音と同時にゼノアの低い声が鼓膜を震わす。

 そうだね。今よくよく考えたら絵の具を調合した器具が置いてあったり、大量の紙が置いてあったりで床がすごいことになって――

「まったく。ん? なんだこれは……『そういう姫こそあの影を操る秘術により多くの兵を護ったではないか。姫がいたからこそあの結果になったのだ。我一人では、このような結果にはならなかった』どういう意味だこれ」

 ……足元を見る。するとそこには本来あるはずの自分の影が存在しなかった。

 次いでお姫様の方を見る。動揺したような、いたずらがばれた子供のような顔でそっぽをむいている。

 そうだったね。ドッペルさん、帰ってきてなかったね。

 きっと今も忠実にお姫様の命令を遂行しているのだろうなぁ。

「……ドッペルさん。ハウス」

 その言葉と共にドッペルさんへつけていた能力を解除する。というかドッペルさんというものを削除する。

 するとどうだ、お姫様の足元にある影の一部がスルスルと自分の方へと戻ってくるではないか。そして自分の足元の、元あるべき位置へとおさまった、

 それを見てお姫様はこの世の終わりとでも言わんばかりの声を上げるのだ。

「あー! あー! 私のシャドウ!」

「自分のじゃ」

 というかシャドウっておまえ。勝手に名前つけるな。

「あぁ……せっかく私に隠されたチカラが解放されたかと思ったのに……」

 心底からの悲しそうな顔が胸に痛い。が、言ってることは中二病チック。

 でもそれが許される世界だから困るのよな。

「……やっぱり、ナルミのだったのか。おかしいと思ったんだ、いきなり私の背後に立って、私の命令を聞いて……はぁ……ゼーノーアー」

「ん? どうした?」


 無論そのあとゼノアがお姫様にいじめられたのはいうまでもない。


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