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73・一つ取引をしよう

 特に語ることもないので簡単に説明しよう。

 アウラウネさんの意識を刈り取り、BB弾を4発全部拾い、斧を引きずり仲間のもとへ戻った自分の第一声。

「下準備してきました。あの人今から丸一日目を覚ましませんよって、人に戻す魔法とかやったってあげてもらえない?」

 その後の皆さんの驚いたというかなんというか、こう『なに言っちゃってんのこの人』っていう顔はなかなかに見ものだったね。

 しかしそれを皆さんが理解した後が大変だった。

 まずアニスさんが泣いた。めっちゃ泣いた。引く程泣いた。そんで過呼吸起こして倒れた。

 そのあと王子様にどつかれた。できるんなら最初っからやれと。反論の余地がないからおとなしく叩かれといた。

 次いでシルバちゃんに無慈悲な宣告をされた。平たく言うと魔力が足らないかからかぶりつかせろと。文句言ったらアウラウネさんを元に戻すには彼女の力が必要なのだということで、結局いっぱい吸わるはめになった。

 それを見てゼノアが俺も頑張った吸わせろとか言ってきた。叩いといた。結局吸われた。

 その直後、元気になったシルバちゃん指示のもと大々的な魔法陣の展開が必要とのことで、その道のプロが呼ばれた。フィーさんが出てきた。意味が分からなかった。

 そして彼女は仕事モードの顔で自分に言うのだ。『貸し一つ』って。ヘアピン投げつけて黙らせたら嬉しそうな顔しおった。

 そんな事がありまして、外ではセコセコと魔法陣が作成され、アウラウネさんを復活させる儀式が行われているのでありましたとさ。

 とっぴんぱらりのぷぅ。どっとはらいでもいい。

 なお終わるのは夜になるとのことらしいので、今晩はここで野営することとなりました。正直一般の兵士さん達には悪いと思っている。

 だって蔦生えたりなんだりして、ここら一体割と穴ぼこだらけだもん。寝るの辛そう。

 ……ま、そんな訳で、割と今回の戦闘はいい感じに終わりそうな気配なんですよ。はい。

 今の自分の現状を除けばな。

 自分は今、馬車の隅っこで、ジャージ姿でゴロリンチョと転がっている。この昼寝は今回の功績を称えてのお姫様から頂いた正当な権利だ。文句は言わせない。

 というか休まなかったら貧血で死ぬ。割と真面目に。

 だから決してふてくされてるわけではないぞ。

 決して、決して体中に魔獣の体液を、つまりトマト汁をこべりつかせて帰って来た自分をお姫様が汚いもののように扱ったことに対してふてくされてるわけじゃないぞ。

 しかも王子様の水の精霊さんの力で合羽どころか服やら身体やらのあらゆるトマト汁を洗ってもらった後に正座させられて『お前、常識で考えろ。魔獣の体液を付けたまんま寄ってくるとか、気持ち悪いわ』って怒られたことを気にしてるわけじゃあ絶対ないぞ。

 ……まぁ、改めて考えると彼女の言い分もわかるけどさ。『野生動物倒しました。返り血体中に浴びて真っ赤で獣臭いけど倒しました。褒めて』って言われたら相手が誰であろうと自分だって怒るわ。

 くそう、今回は怒られないと思ったのになぁ。ジンクスかなぁ。

 と、ブー垂れながらのお昼寝を決め込む自分にである。

「ナルミ、こいつはなんだ?」

 我らが可憐なお姫様が甘えるような上目遣いで言うのだ。切り替えが早いというかなんというか。

 そしてそんな彼女が指さす先には、自分の横で片膝をついている出落ち担当の紅色の鎧騎士の姿があった。

 そう、何を隠そうお姫様、まさかまさかのこの紅色を気に入りやがったのだ。

「自分知らないっす」

 欲しけりゃあげる。自分いらない。今自分は木目をかぞえるのに忙しいんだ。

「でもこいつはお前の所有物だと言っているんだぞ」

 冗談。

「自分のじゃないです」

「でも最初に出てきたとき『我はハセガワナルミ殿の所有物である。故に貴殿らに助太刀しに馳せ参じた』って」

「こいつ喋らないっすよ」

 だって声帯ないもん。

「手紙を渡してきた」

 そう言ってお姫様が取り出すのは一枚の紙。そこにはなるほど、文字が書いてある。

 でも文字が書いてあってもなぁ。

「……自分はそんな意思疎通ができないものなんて知らないっす」

「筆談はできるぞ? なぁ?」

 お姫様の言葉を合図に、鎧騎士ががっちゃがっちゃと動く気配がする。

 仕方がないので身体ごと転がって反対を見ると、そこにはベッドに座っているお姫様と大きな背負い袋をあさる紅色の姿があった。

 ……あ、ちなみにこの部屋には現在テトラ君とスゥ君と、あと王子様の近衛の人が何人かいる。表の儀式にウチの隊の人が駆り出されてその間王子様の近衛がトレードされたんだと。この近衛トレードシステムは割とあることなんだとさ。

 ……王子様のとこの面子とトレードかぁ。なんだろう、平和になった後の悍ましい未来が見える。

 で、現在この馬車には8人の人が……あの、こうやって見るとさ、改めて見るとさ、これおかしいよね。

 自分転がってて、そのうえベッドも椅子も机も別にあってそれでもかつ大量の人が悠々と転がったりなんだりできるって、なかなかにすごい。

「……今更なこと聞いていいっすか?」

「ん? なんだ?」

 にこにこと、お姫様が反応する。

「この馬車、見た目に対して容量多すぎやしません?」

「うむ? それはだ、空間干渉の魔法陣が床下や壁の間、天井裏にあってだな、直接空間に作用して有効な空間を広くしているのだ」

 さも当然という雰囲気で言ってるが、なかなか凄い事だと思うぞそれ。魔法スゲーなおい。本格的に何でもできるじゃん。

 案外自分の、自称神様から与えられた能力よりも優秀なんじゃございませんか?

 と、やってるうちに紅色が何かを袋から取り出した。それはインクと羽ペン、あと少ししわしわになった紙の束である。若干茶色い、あれか、羊皮紙ってやつか? 自信ないけど。

 そして奴は手早くインクとペンでもって紙にさらさらと何かを書き記し、若干得意げな雰囲気を出しながらこちらに書いた文字を見せてくれるのだ。実に達筆な、恐らく筆記体というやつだね。

 ……で、ここで大きな壁があるのだが。

「おう、すまんな自分文字読めないんだ」

 だからさっき意思疎通できないって言ったんだよ。手紙書けてもこっちが読めないなら意味ないからな。

 ……あ、紙束落とした。よほどショックだったのかな?

「……一応言うが、ナルミは全く学がない訳じゃないぞ。こっちの字を知らないだけで、母国語でだったら読み書きはできる……はずだ」

 なんか不安になるフォローですな。

 そんなお姫様の言葉を聞いたからかそうでないのかはわからんが、奴は餌を喰らうアロワナのような勢いで再び背負い袋に手を突っ込み、ガサゴソと色々取り出した。

 緑の草、赤い木の実、茶色い種、白い石……おい、なんだこいつ。

「……こいつ何やってんすか?」

「知らん」

 そんな自分とお姫様とのやり取りも無視して、奴は色々と取り出していく。液体入りの小さな小瓶、黄色の粉……おい、なんだすり鉢にすりこぎ棒ってお前なにする気だ。というかこのラインナップだとやること一つしか思い浮かばんぞ。

「……薬でも作るんか?」

 自分がそう呟くと、奴はこちらへ顔を向けってチッチッチと指を振る。どうやら違うようだ。

 そして最後に、奴は汚らしく様々な色に汚れた木の板を取り出し脇に置いたと思うと、すり鉢に赤い木の実を放り込みゴリゴリと潰しだす。

 ちょっとすると満足したのか、出来上がった赤い粘着質の液体を木の板に移し、これまた汚れて汚らしい布巾ですり鉢を――

「なるほど、絵の具ですね」

 スゥ君の言葉に紅色は親指をグッと立てた。どうやら正解のようだ。

 すり鉢がキレイになると、今度は黄色い粉と小瓶の液体をそこに入れ、同じくゴリゴリと混ぜ合わせる。そして完成するのは鮮やかな黄色の絵の具である。これもまた木の板、つまりパレットに乗せすり鉢を拭く。

 ……ふむ。

「つまり文字が読めない自分の為に、絵でもって表現しようという心意気か」

 紅色が茶色い種をすり鉢に入れながら、今度は自分に親指を立てる。

 なるほどなるほど。確かに自分を探すために素晴らしくそっくりな似顔絵を配っていたものな。きっとお絵かきスキルは高いのだろう。

 それなら図とか絵とかで自分に意思を伝えるのもできなくはないかもしれない。悪くない考えだと思うよ。

 だがそれを踏まえてあえて言う。お前バカだろ。

「別にそんなことせんでも誰かに読み上げて貰えばいいのに」

 自分の素で純粋な感想である。自分以外は文字が読め、そしてお前以外は声が出るのだ。文字書いて、読んでもらって自分が答える。それでいいじゃん。

 そんな自分の心からの呟きに、紅色はすりこぎ棒の動きを止めてこちらを見る。

「……なにが言いたい」

 その言葉の直後、奴は羽ペンを掴み紙を拾って文字を書くとスゥ君を手招きし、その文字を見せるのだ。

「僕が読むの?」

 頷く紅色。良かったなスゥ君、気に入られたようだぞ。

「えっと『さすがは我が使い手。よくぞそのことに気が付いた。今後はこのような形で意思疎通を図りたい次第である』」

 そうか。よかったな。

 できれば意思疎通もなくこのまま消えてくれればうれしいのだが、まぁそれは今は置いておこう。というか今更ながら、なんでお前はここにいるんだ?

「じゃあ聞くが、お前はなぜここにいる?」

「『我は鎧であり剣である。猛き者にこそ使い振るわれることこそが我が使命であり悦びである。そして貴殿は我を降し、圧倒的なまでの力を見せ我が使い手としての資格を示した。故に我はここにいる』」

「……どういうことだ? 振るわれる? ただナルミの強さに惚れたから来たとか、よくあるそう言うだけじゃないのか?」

 お姫様が不思議そうな顔をする。あぁ、純粋だなぁ。

 でも自分はわかっちゃったのよ、こいつの意味が。

「つまり、自分にお前の中身になれと、お前を装備しろと言いたいのね?」

「『その通り』」

 ほぉらやっぱりぃ。

 やなこった。

「パス。お姫様それあげる」

 再び壁の方へ向かい半回転。さぁ昼寝と決め込もう。

「ナルミ、話が見えない。こいつはお前に仕えたいだけではないのか? でも装備って、どういうことだ?」

 言うたかてお姫様、そのまんま……あー、もしかして。

「そいつ、中身ないんですわ。兜を上にあげるとわかりますが、中身空っぽで歩いてるんです」

 知ってる事実だけを言い渡す。

 すると少しの沈黙の後、金属が擦れる音が聞こえてきた。その直後である。

「お、おぉ……リビングアーマーなんて初めて見た」

「案外わからないものですね」

 そんな感動したかのような声が響いてくる。

 ちょっと体を捻って見てみると、どこか得意げな雰囲気を醸している紅色と、その顔面をまじまじと凝視する皆さんの姿がそこにはあった。

 ……そんなに珍しいのか。

「あげるよ」

 じゃああげる。自分いらないから。

「いいのか? この世にそうない至高の品だぞ? あらゆる騎士、錬金術師が垂涎するような代物だぞ? この世で最も美しいゴーレムの一つとも言われる上位の錬金生物だぞ? 並の貴族がひと財産投げうっても手に入れられない貴重な存在だぞ?」

 そんな目を輝かされても。

「自分そのどれでもないし」

 というか尚更そんなもの持っていたらいずれその手の人たちに『私こそが持ち主にふさわしい、さぁそれをよこせ』的なイベントが発生するんでしょ? いるわけないじゃんそんなもの。

 それに一度手に入れたら最後、売ったり捨てたりしたらメリーさんの如く戻ってきそうだし。まさに呪いの装備だよ、

 だったらそんなものは王族権限で所持しといてくださいな、と思った矢先に紅色が急いだ様子でペンを滑らす。

「えと、『我は貴殿の物ではあるが、貴殿以外の物になるつもりはない』」

 んなこと言うたっても。

「そう言っても自分――」

「でも素朴な疑問なんですが、先生これに入るんですか?」

 スゥ君の決して大きくないその声は、なぜだろうか、よく響き、この場を沈黙たらしめるには充分だった。

「……ナルミ、立て」

「はい」

 お姫様の命令に従い起立ととと。

「おっと」

「あ、あぁ、ありがとスゥ君」

 支えられながらなんとか立ち上がる。うぅむ、やはり貧血、血が足らんか。

 そうやってふらつきながらも立ち会がった自分と同時に、誰もなにも言っていないのに鎧もその場に起立し自分の隣に移動する。

 するとどうだ、そこには頭一つ分以上の身長差が。

 思わず膝から崩れ落ちる紅色。かわいそうとは思わない。

 ……よくよく考えてみたら、こいつ身長差とかも詳しく記載した絵を配布してたのになぜ気が付かなかったのか。

 でもまぁこれで自分が狙われる心配もない。よかったよか――

「……なぁ、リビングアーマーよ。一つ取引をしよう」

 ……お姫様? なんかまたよからぬことを考えてはいませんか?

 なんか、そういう顔面してますが。

「お前に腕のいい、我が国が誇る最高の鍛冶師を紹介してやろう。そこでお前をナルミのサイズに合わせて調整すればいい。そうすればお前は、気兼ねなくナルミに装備してもらえるぞ」

 おい。お姫様お前、ふざけんなよ。

 ほらー、鎧が息を吹き返したように、希望を見出したかのような雰囲気でお姫様を見てるー。

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