70・仲間かー
「先生!!」
「ハセガワナルミィ!」
女の子二人の声が聞こえる。そんなに心配してくれてうれしいよ。
『あらあら? 見込み違いだったかしら? その子の実はどぉんなものでも溶かし腐らせるのよ。そんなものに不用意に近づいて……クスクス。まぁいいわ。あのお方には人間は取るに足らない存在で、あまぁい肉塊になりました、って報告すればそれでいいわ』
対してアウラウネさんの声は冷静でかつ冷淡なものだった。若干の嘲笑も入っている。
きっと自分に一撃見舞ったのがよほどうれしかったのだろう。それが一撃必殺ならなおさらだ。
……で、自分はというとだ。
「……甘い」
口に入った汁を舐めてのんきなことをいっているのでした。
いやだって衝撃言うたっても、所詮子犬がじゃれるそれより優しいものよ? あいつら人間様の頸部耐久力なんて微塵も考えんと飛びついてきよるからね。
そう思いながらペロリと口の周りを舌で拭う。甘くフルーティーな味が味蕾を刺激する。
これは、いうなれば……そうだ。昔居酒屋でオレンジジュースと間違って飲んだことがある。フレッシュなオレンジの爽やかな酸味とみずみずしいピーチのまろやかな甘みが絶妙にマッチしたカクテル、ファジーネーブルからアルコールを抜いたような、そんな味だ。
有体に言うとうまい。
……あ、誤解なきように言っておくが、自分は進んでアルコール飲んだりはしぃひんよ?
ファジーネーブル飲んだ時も、家族で居酒屋に行こうって流れになった時に間違って飲んだだけだもんで。誰も悪くない。
けどまぁ、オレンジジュースとピーチジュースで再現しようと努力はしたがな。
……はい。閑話休題閑話休題。
そんな事を思いながら、一人感動していたわけですよ。これおいしいって。
しかしそんな状態でただ突っ立ってるだけという訳にもいかず、とりあえず自分はポケットからタオル……ウェットティッシュのがいいな。それを取り出し顔とゴーグルを拭く。
さすがに美味しいとはいえ、粘つくのは勘弁だからね。
するとどうだ、視界には驚愕顔のアウラウネさんが。
『……なんで生きてるの? なんで溶けてないの?』
アウラウネさんの本気で困惑した声が聞こえてきた。
いや、そこ不思議がられても知らんがなとしか。
ただ、汁がかかった地面が何かグズグズになってるところを見ると、モノを溶かすというのはあながち嘘ではなさそうだ。
「人間溶かすならアルカリ薬品の方がいいって話ですよ奥さん」
とりあえず適当なこと言いながら首を拭く。やばいな、これ中のシャツに色移るんじゃないか?
とかやってる間にアウラウネさんの脚元からポコポコポコポコと大量の水色トマトが……うわ、トマト畑。
『まぁ、いいわ。一度で溶けないのなら、溶けるまで、たぁくさん食べさせてあげる。おいしいおいしい私の果実、存分に味わいなさい』
それが号令だったのだろうか、トマトたちはいっせいに自分に向かって寄ってくる。
なんか、こうやって見ると壮観ともホラーとも取れるな。
……さて、ところでこのトマトたち、なかなかに美味なトマトであった。そして今、手元には蔦を切るときつかったハサミがあってだな。
こうなりゃやることは一つですよ。
自分はトマトの群れの最前列に近寄り、とりあえず手ごろなトマトのトマト部分をチョキンと切り取り収穫する。
周りで何かが爆ぜてるが気にしてはいけない。ゴーグルのおかげで多少拭えばすぐに視界は確保できる。
さて、トマトを切り取ると、赤子部分は数回身悶えするように震えたかと思うとその場にへたりと倒れ込み、しおしおと枯れて動かなくなった。
そして手元に残ったのはみずみずしい水色のトマト。
しかし悲しきかな、周りのトマトたちはその半数がすでに自爆しており……まって。ちょっと待って。
スッごく基本的なことなんだけどさ。今自分トマトの収穫で頭がいっぱいになってたけど、そんなことしてる暇ないよね。
今一番の目標は、アウラウネさんをどうにかして拘束することだ。
なにをやってるんだ自分。危機感というものが欠如しとるん違うか。
……でもまぁ、ちょっとくらいいいか。
自分にトマト汁は効かない。そしてトマトは自爆して勝手に数を減らす。
なら、自爆を誘発しながら悠々と収穫するのも一つの手だな。
という事で収穫したトマトを影に放り込み、雨合羽のチャックを閉じてがっちり着込み、次なるトマトへと近づいた。
収穫する。爆ぜる。
収穫する。爆ぜる。
収穫する。爆ぜる。
そしてトマトを6個も手に入れた頃には一つもトマトがなくなっておりましたとさ。めでたしめでたし。
いやぁ、雨合羽とゴーグル着ててよかった。もう体中真っ青だよ。
「……もう終わり?」
左手で顔を拭き、右手でハサミをチョキチョキしながらアウラウネさんに聞く。
すると彼女は今までに見たことのない、恐怖したかのような顔で自分を見るのだ。
『あなた、いったいなんなの? 本当に、生き物なの?』
そこ疑われましても。
「生き物ですよ。で、アウラウネさん、提案があるのだが」
そう言いながら一歩前に出る。すると彼女は必死の形相で自分に蔦を伸ばしてくるのだ。
『来るなぁ!』
無数の蔦が一直線に自分に向かい、手やら脚やらに絡まってくる。
先程とは比べ物にならないほど多くの蔦が、自分の身体ありとあらゆるところに巻き付くのだ。それはもはや緑色のそう言う服を着ているように見えなくもない。
あ、これ大丈夫なん? 普通に喰らってしまったが、関節もぎっちぎちだし、これはどうなんだろう。
『ふ、は、はははははは! つぅかまえた。このままゆぅっくり締め上げて――』
「それは無理な話だな」
恐ろしげな声が彼女の言葉を遮り、ふわりと暖かい風が吹いたと思うと自分を拘束する全ての蔦がプツリと切れた。
同時に緋色の斬撃がアウラウネさんを襲う。
『な!?』
……うわ、片腕取れた。
ちょっと、これ、え、まって。いたそう。だ、大丈夫?
「俺たちがただ茫然と、仲間の死闘を傍観していただけと思うか?」
聞きなれた声がこだまするのに数瞬置いて、アウラウネさんの真上から青白い光柱が降り注ぐと同時に、花弁の上でいくつもの白い爆発と煙が立ち上がる。
するとそれらが当たったところからパキパキと白い氷が……寒い。いったいこれはどういうこった?
『ちぃ!? これは、身体が……くっ! いいわ、今は引いてあげ――』
「逃がしはしねぇよ」
そしてイケメンな声が響くのと同じくして、アウラウネさんの根元付近から小さな土まみれの幼女が生えてきて、親指立ててグッと……ん?
「……かんぺき」
お、おう。お前は王子様の……喋られたんか。
「この勝負、俺たちの勝ちだ」
イケメンの言葉の直後、轟音と共に地面から大量の金属の棘が突出しアウラウネさんの花弁を切り裂いた。というか串刺しになった。
ついでに宙に浮いた。こう、金属が柱になる形で。
そう、いわばウニの棘に花が突き刺さって乗ってる、みたいな。
あと先程凍ったところは刺さるというより粉砕されてて、凄く痛々しい。
『あぁぁぁぁぁぁぁ!!』
実に苦しそうな悲鳴である。もはやなにがなんだか。
『くそっ! でも、まだ、あなたたちごときにやられる私じゃないわよ!』
しかし彼女はまだあきらめてはいないようで、手を大きく上に掲げるとそこには円形の大きな紋章が浮かび上がる。
それは緑色の光を放ちながら、ざわめくように風を纏って渦巻いていく。多分最終奥義的ななにかだろう。
「ふぉふぉふぉ。お嬢さん、それはまかり通らん。諦めろ」
が、次の瞬間にはそんな聞きなれないしわがれた声とほぼ同時に、大きな大きな雷がアウラウネさんめがけて自分の後ろから……うっわぁ。悲鳴もあげねぇよ。紋章も吹き飛んでるし、えっぐ。
「よう。ご苦労さんナルミ」
イケメンな声が背中を叩く。見るといつのまにやら隣に立っている王子様が。
「若いのに肝の座った、天晴な青年じゃな。おかげで助かったわい」
そんで王子様のもう一つ向うには、えっと、あ、そうだ! 王子様の近衛のドワーフっぽいオッサンだ! いきなり出てくんな新キャラ! 執事服似合わんわ!
「全く、機転が利くというか無茶をするというか」
反対を見ると斧と鉈を持って困ったようにも、人をどう料理しようとするか考えてるようにもとれる表情をしたゼノアがいた。その奥にはあと若干にやけながら槍を構えるムー君も。
なんか、RPGっぽいの再びだね。中央にいる自分がまるで主人公みたいじゃないか。なんだこれ。そんで機転って、どゆこと?
「あれだけの知覚を持った魔獣相手にそのすべてを己に集中させ、絶妙のタイミングで捕まり油断を誘うパフォーマンス。感服させられます」
……え? ごめんムー君それどういう事ほんとどういう事?
いや、それよりも問題なのは、あれだ。あそこで宙に浮いてるアウラウネさんだ。
「……で、どうすんのあれ」
指さす先には息も絶え絶えなアウラウネさ……あ、生きてた。よかったよかった。
彼女は身体は凍りかけたり焦げたりしながら、上半身を大きく逸らせ、切り落とされた左腕からは緑色の体液を滴らせながら大きく胸を上下に揺らしてたわわな果実を晒している。
「あぁ、ここまで来たらもう問題ない」
それ自分の質問の答えになってないよ王子様。
と、思うと同時にゼノアが静かに口を開いた。
「これだけ弱らせ、拘束すればこいつを元に戻すだけの時間もあるだろう。大丈夫だ、あとは何とかなる」
……話が見えないんだが。
「しかしよくやるよな。あいつの意識をすべて己に集中させて、その隙に俺らにあいつを拘束させるなんて……普通あんな長時間粘れねぇぞ。しかしおかげで術式を組み、あいつを捕まえることができた。感謝するぜ、ナルミ。これで、あいつも救える」
……え?
どういうことですか王子様。
そう言おうと、口を開こうとした時である。
澄んだ鈴のような声が、自分たちの鼓膜を震わせたのは。
『そういう、こと。ニンゲンは、おとりで、本命はあなたたち。あなたたちが大技の術式を組んでる間、あたしの意識を、彼に集中させる。斃すならともかく、捕まえるともなれば難易度は格段に上がるのに、それを可能にする陽動作戦。ふふふ……すぅっかり騙されちゃった。打ち合わせもなく、よくそんなことできるわね』
……そんなことしてないです。
というか自分はそんなつもりは――
「ま、それが俺たちとこいつの、絆の力だ」
……パシッと肩を叩かれ横を見る。王子様が主人公のような顔をしてアウラウネさんを見つめていた。
そっかー、絆かー。
「仲間を信じることこそが、俺たちの強さだ」
反対を見る。そこにはやっぱり主人公みたいな表情をしているゼノアの姿が。
そっかー、仲間かー。
おいこれどこのRPGだ? 渦中にいるとすごく恥ずかしいんだが。
あと自分は見逃さなかったぞ。王子様、お前自分叩いた直後に急いで手、拭いたろ。トマト汁のせいだろうとは思うけど、ちょいと傷つくのよそう言うの。




