7・勇者様
自分がお姫様の下すなんかやれとのありがたいご命令により困っていると、後ろにいた爺が得意な事をやってみろってのたまいやがった。
助け舟のつもりだとしたら、こっちに来る前に沈没してるぞ。
そしてあれだ、人間、漠然とした注文ほど困るものはそうないだろう。晩御飯何が言いという問いに何でもいいと答えられたお母さんの気持ちがよくわかる。
「……わかりました」
しかしだからと言ってここで硬直しているわけにも行かず、自分はしぶしぶと動き出す。
とはいえ、何もパフォーマンスなんて考えていない訳で、はてさてどうしたものか……。
こう、やっぱ多少は見栄えがいいものが言いかね。こう、一目で不思議とわかってそれでいてそこそこカッコイイの……あー、考えるのがめんどくさい。
もうあれだ、なんも捻らないで変なもの出せばいいよね。無害ならさ。
「……F12」
そんな訳でイメージする。それはただ立ち上がり、そこにいるだけの自分の影。
しかし動きがないのもアレなので、少し不気味目にゆらゆらさせよう。こう、若干映像が荒いテレビみたいに。
「『蠢く影』」
ちなみに口に出して言う必要はなかった。後から思うと恥ずかしい。
「なななななななっ! なんだっ!こ れはっ!」
そしてそれからは話は早いもので超絶にビビる姫様と慌てたように周りの皆さんが構えだした。
おいおい、なぜそんな警戒する? 自分は何の害もないものを出したはずだぜ。
そう思い後ろを見ると、そこにはただ黒いだけの、自分より身長の高い不気味なノッポがユラユラと佇んでいた。
……あ、駄目だこれ怖いわ。というかあれだ、このゆらゆらが何かバグッたように見えて不安になる
というか二次元がこうやって立ってるだけってこんな気持ち悪いんだ。正気度が6面サイコロ一回分くらい減りそう。
へぇ……ん? あれ? て、ことは自分割と……あー。
やっちゃったゼ。
「……よーし、ごめんなさいマジ調子乗りました勘弁してください」
とりあえず全力で弁解をする作業を始めよう。もちろん、影には退場いただいて。
さぁとりあえずなんと説明し――
「ぶ」
……ぶ?
「あはははははは!!」
のうっ!?
な、なにが起こったお姫様!? いきなり大爆笑しおってからに!? なに、もしかして両手挙げるのがお姫様的に笑いのツボなの!?
……あ、いや違っぽいね。なんか自分とは別の、腰抜かしてる爺さんを指差してるし。
これ自分じゃなくあの爺さんを見て大爆笑してるんだ。なんかかわいそう。ホントまじ、すんません。
「ヒィー、ヒィー、……ゼ、ゼノア、識別器をもってきてくれ。ふー」
そしてしばらくして、笑いも収まったのか苦しそうにおなかを押さえながら彼女は示威分の後ろで立っているゼノアにそう言った。それって隊長のやる仕事なん?
で、そもそもその判別器とやらはいったいなんぞ?
***
判別器とは、その人の持つ属性や特性を示す特殊な魔法石である。バイお姫様。
これがこの数10分の間に判別器とやらについて聞き出す事のできた情報である。
これしか情報がその話の大半がそこで腰抜かしてるゾーンジーとかいう爺さんについての説明だったからである。そう、さっき彼女に指差されて大爆笑してた彼である。
宮廷魔術師らしいが、なんというかその……あれだね、このお姫様のせいで寿命が短くならん事を祈ろう。
あと『実際やった方が説明するよりわかりやすい』とのお言葉も頂いた。
くっそ、ゼノアはどっかいってるし回りはみんな警戒してるしこういうのを四面楚歌というのか。
そしてなんだかんだで時間が過ぎて、犬耳さんが持ってきたのは金色の台座に乗せられた一つの大きな水晶玉。その大きさ目測で直径60センチはありそうだ。
……え、このおっきな物を男とはいえたくましそうとはいえお前一人で持ってきたの? やっぱりここの人たちって化物なんじゃね?
「さぁナルミ! この中に髪を入れるのだ!!」
ほう、髪を入れるのか。この鉱物に。さすがに無理だろう。
どっからどう見ても水晶玉で穴なんか空いてないから入らないはずだ。いや、髪の毛サイズの極小の穴があるかもわからない……ないか。
「……無理だべ」
そう呟きながらも手櫛で髪を梳くとそこに残った毛を水晶玉に乗せてみる、どうせお姫様の言い間違いかなんかだろう。
しかし。
「……ん? んんっ!?」
入った、というか取り込まれた。乗っけた途端ヌルッて沈むような感じに。
うわキモい。中でゲル状何かが蠢いてる。髪の毛を中心に獲物に食らいつくドジョウみたいに。
キモい。
……で、入れたはいいが、だ。なんも変化がないが大丈夫なの?
いや、反応はしてるけど何かこう、もっと何かないの? この動き具合で属性がわかるの?
「んん? 反応せんぞ? 壊れたか?」
そう言いながらお姫様はテトテト判別器に近付き、玉ビシバシたたき出した。やっぱり反応してなかったんだ。
そしてやめなさいそんな壊れたプラズマテレビみたいに扱うの。
そんな事をやってるうちに自分はあることを思い出し、近くにいたゼノアに聞いてみた。
「……これ、魔法の才能とかそういうものについて調べるの?」
「ん? まぁ才能と言うか、魔力についてだな。それだけでは無いが、今はそう設定している」
ゼノアが答えて、確信を持った。
これ駄目なタイプや。
「あぁ、なら自分、魔法の才能ゼロと言われたから多分魔力が無いんだわな。そりゃないから反応するはずないな」
そう、自分の能力『名前をつけて保存』は魔力ではなく、もっと神懸かってるものらしいのだ。そして自分には絶対魔法を使うことができないとも言われている。
MP0である事は間違いないだろう。
「まて、魔力無しであんなことができるはずがないだろう!!」
おわ、ゼノアさん顔ちかいです。そして外野、ガヤガヤうるせぇ。
「いやだって、実際反応しなかったし、ねぇ」
「むぅ……。なら今度は特性審査だ」
そういいながら、いまだに判別器をいじめてる姫様を押しのけて――
「やめろ、壊れる。これは結構高いんだ」
「でも反応しないんだぞ。もう壊れてるんではないか?」
「それを今から確かめる。だから叩くな。高かったんだから」
……字面だけで見たらみみっちい会話をしながらゼノアが判別器をいじりはじめた。
「……よし、これでいい」
そう彼が設定を終わらせて少しすると、今度はなにか水晶の中身がどす黒く変化した。
中心にある髪の毛から渦巻くように、深く深く黒い渦は廻っていく。
なんだこれ自分は闇属性か何かか? だとしたらあの自称神様はやっぱり神様じゃなくて悪魔か、いいとこ邪神かなんかだろう。
それとも自分の心が穢れてるとか根性ひねてるとかお腹真っ黒とかそういうことを表してたりして。
……ねぇそろそろ誰かなんか言おうか。みんな水晶玉に釘付けだけどそろそろ何かコメントくれなきゃ自分とっても怖いんだけど。
そんな目を見開いたたり息呑んだり信じられないとでも言いたげな顔したりしないでさ。
何かこれめちゃんこマズイ事態に陥ってる気がするのは自分のきのせいかな? 逃げていい?
誰も動かず、自分が一人冷や汗を流している中、一番最初にアクションを起こしたのはいつの間にやら椅子に座って腰をいたわってたゾーンジーさんであった。
「まてまてまて、なんじゃこれは」
こっちが聞きたい。
そしてその越えに触発されたのか、お姫様がまるで油の切れたブリキの人形みたいにギギギと首を回してこちらを向い――
「お前、『勇者』なのか?」
……は?
え、ちょっとまってなにこれ何いってんのこの人。
「お前は『勇者』なのかと聞いている!」
「待て、話が見えない。まずその黒いのが何なのかを説明してくれないか」
焦ったようなお姫様の声に対して、つい強めの口調で返してしまう。
小さく怯んだ彼女を見て若干の罪悪感は湧くが、今はそれどころじゃない。
もしかしたらいま自分は13階段を昇り始めてるかもしれないんだ。多少の無礼など、気にしてられない。
「……これは、その者が持つ適性をあらわすものじゃ。騎士なら騎士の、王なら王の色の適性があり、それによりある程度の将来の方向性が決まってくる。これは髪や瞳の色といった属性を表すものとは違いより本質的なものを表すものじゃ」
彼は心底驚いていた調子で饒舌に続ける。
「これは主に内面の、心のあり方について表すものであるから、幼少期の教育により換わっていき、ある程度を過ぎた辺りから滲み出てくるのじゃよ。騎士としての精神を持っているか、王としての器を持っているかといった具合にな。そしてこの『黒』が暗示するものは『勇者』。その精神は『正義』と『誇り』、そして『忠義』じゃ」
なるほど、つまり自分の家は勇者を育てる教育をしてたんだな。ってなるかい!
そんなことよりこれはどうする!? 魔王の関係者の前に勇者が出てくるとなったらやっぱり首が――
「……しかしまさか本当に勇者が存在するとは、長生きはするもんじゃの。これは一度国賓として王都に招く必要があるかもしれんの」
ちょっとまて。いまなんかゾーンジーの爺さんがいい笑顔でほざいてたぞ。
え? 国賓って? もしかしてここは人間と戦争してない方の魔界だったり?
あ、考えてみたらこれ特性だから魔族的な方々も勇者になれる――だとしたら本当にいたってナニ。魔王がいるんなら勇者もいるんでないのRPG的に考えて。
やべぇわけわかんなくなってきた。
「本当にって、どういうこと?」
ついぞ口から出た自分の言葉。それに答えてくれたのは、意外な人物であった。
「いやナルミ、実は昔から『勇者』と呼ばれるものは少なからずいたが、その実彼らは周りからその功績を讃えられて呼ばれてるだけであり、勇者の『色』は持っていなかったのだよ。ただ過去に一人だけそれを持って者がいたなんてゆう話もあるが、それは伝説の種族であってもはや御伽噺の中の話だ。そもそも、その人物がいたかどうかも疑問視されてる。お伽話ではよく“黒い色を持ってして勇者が悪い魔獣をたおした”なんていうくだりはよくあるが、本当にそれを持った者がいたという正確な記録は残ってないからな。そもそも、お伽話でさえ勇「ゼノア、落ち着け」……すまん」
……姫様、慣れとんな。
とりあえず、ゼノアに地雷があることはわかった。あと話すと止まらなくなるのも。
「……あ、ちなみにその勇者もナルミと同じように黒か「落ち着け」……すまん」
……まぁいい。
と、そんなゼノアのおかげで逆に冷静になれたのか、お姫様が先程の呆然としたそれとは違う顔でこっちを向いた。そして心底ワクワクした声で発言した。
「で、お前はどこの貴族だ? それともはたまた王族か? どこから来て何をしに来た?」
は? なに言ってるのこの人。
そんな自分の気持ちを察したのか、彼女は早口で続けるのだ。
「その服も髪や肌も到底ただの旅人にしてはきれいで上質すぎる。それに何より普通の教育で『勇者』が出てくるとは思えない。『勇者』となる教育を受けられるとしたらそれなり以上の階級のはずだ。それに『勇者』が出てくる時はだいたい『悪い魔獣』や『悪い魔法使い』などが出てくるのが常だろう? おまえはどこの生まれでどんな悪を倒しにきたのだ!?」
空気が凍った。
いや貴族とか、まず自分は一般市民だからね。そもそも日本は民主主義だ。
そしてそんなことを考えてると、再び少しうるさくなった外野から小声で、ある会話が聞こえた。
曰く、『他国の王族の勇者に剣を向けたことになるんじゃねぇの?』とか『もしもこのまま怒りを買ったら戦争になるんじゃ……』とか。
うぉい!! どんな勘違いしてんのあんたら!? 通りでゼノア隊長の顔色が悪くなってるはずだよチクショウめ!!
そして日本にはこんな謎能力をもってるやつはいない! 自分が特殊なだけ! しかも後付だからもともとはなにもないからね!!
くっそ、即座にみなさんの勘違いを正さねば。
「いやまてまて!! みなさん違う! 勘違い! 自分はただの一般市民の超平凡なフツーの人間で、王族とかそんなたいそうなものでは…な……ぃ?」
まて、何故に空気が再凍結する。なにが「馬鹿な」だ、馬鹿は貴様の頭だ、じゃじゃ馬姫。貴様のせいでこんな空気になったんだぞコンチクショウ。
そもそも、自分の言葉に問題なぞ……
問題、問題…………
あ、自分人間ってカミングアウトしてるやん。
周りのお方々なんて、「なんでここに人間なんて生き物いんの?」って目でみてるし……
つか、もう音もない、誰も喋らない沈黙が重い。
『勇者』はまだ魔族的な方々にもなれる可能性があったからごまかしがきくと思ったが、これはだめだ。ごまかせない。
……やっぱり、打ち首?
魔族様の本拠地にのうのうと侵入してきた自分はもしや、私刑ののちに死刑にされてしまうのか!?
とか考えてると、姫様がとんでもないことをしでかした。
「とぅ!」
「のぅわっ!」
飛び付いてきたのだ、皆様の目の前で。それにより自分は押し倒された形になった。そして彼女は自分の腹の上で全力の笑みを見せながらすわっている。
そして、女性特有の甘い香りと柔らかな……てちがうわっ!
これ完璧に処刑ルートじゃん!
きっと『人間の分際で姫をたぶらかした罪で死刑!』とかいわれて首と胴体がサヨナラするんだ!
あ、でもその前にこのお姫様に至近距離で魔法打たれて頭は際する可能性もあるな。
やだ! まだ美味しいものいっぱい食べたいのに!!
と、すっかりネガティブゾーンを展開していた自分に予想斜め480度位上をいく言葉を姫様は発した。
自分の胸倉を掴んで。
くるちい。
「ナルミ! おまえは本当に人間なんだな!」
「はっはい!? そっ、そうです、人間でぶっ!!」
だから助けて! と言おうとして遮られる。姫様が自分の頭をめっちゃゆさぶってくれるからだ。なので最後は頭を打った。
「ならナルミ! 私の近衛となれ!」
「ご、あ? ……ハィ!?」
思わず叫んだ。
……自分の脳では処理が追い付きません。特に今は外殻にダメージ受けてますので。
と、ここで姫様が何を思ったか、いきなり手を離した。
ガンッ!! といい音があたりに響く。頭が落ちた、いい音だ。
悶絶は必死だね。
そして痛がってる自分に姫は
「す、すまん」
……ちゃんと謝罪できるんだな、こいつ。
「そんな事より、じゃあお前はバクフから来たんだな!? お前の出身国はブシの国バクフなんだな!?」
前言撤回。あやまれてねぇわこいつ。
そしてそれはどんな頓珍漢な勘違いだ、幕府は国じゃねぇよ。多分。
言いたいこととはわかるけどさ。
「いや、それどんだけ昔の話よ。江戸幕府ならだいぶ昔に消え去っとるわ。自分は日本から来た日本人」
「ニホン!? じゃあそれが今のバクフの国名なのか!?」
あーもう面倒くさいからそれで良いよ。
「そうだよ。幕府は無くなり今は日本国として国が――」
……あれ? 何でこいつ幕府とかブシとか知ってんの?
「おいりょ!?」
地獄の首ブンブン、再開。
今回はさっきより多めにぶつけております。痛い。
そしてそんな沈降動をするお姫様はテンションを上げて。
「ならやはりニホンとはバクフのことで、伝説の勇者であるセタソウゴは実在したのだな! そしておまえは伝説の勇者と同じ種族で同じ国から来たのだな!!」
まて、痛いからやめなさい。そろそろお兄さん身長縮むからやめなさい。
そして誰だセタソウゴって。そしてなんだ、伝説の種族って。
いろいろと疑問はあるが、とりあえず首とれそうだからやめて。質問もまともにできないから。
あぁ、駄目だこのままなら自分本当にだめだ、脳震盪になる。
そんな事を考えたのを最後に、自分の意識は一瞬で途切れた。
後から聞いた話しによると、自分はそのとき本当に脳震盪で気絶したらしい。そしてその報告と一緒にゼノアから聞いた話しをまとめると次のようになる。
一つ、セタソウゴとは約3000年前に世界を救った伝説の勇者で、勇者の色を有していたと言われる唯一の存在である。
二つ、彼はバクフというものに仕えていたらしく、それはそういう国のことではないかと一般に思われてる。
三つ、セタソウゴも魔力をもっておらず、みたこともない武器と不思議な技を使いこなしていたらしい。
四つ、彼は自分をこの世界にはない種族の『人間』という種族であると言ったらしい。
五つ、そして、自分は気絶している間に近衛隊に編入されてしまったらしい。拒否権はナシ。
以上の5点である。
かくして、自分こと長谷川鳴海は種族人間の職業が第三王女の近衛兵となったのだ。
一気にエリートだ。やったぜ。
……はぁ。