69・トマト
『くっ! なるほどね、これがあなたの考えって奴!? 人間とは違う方向で生物の気配が薄い、私の知覚の外にある見事な伏兵じゃないの!!』
ちゃいます。自分、こんなん知りません。
おい、紅色なんとか言えや。いや、そんな微妙な角度で振り向く、いや頷いても意味わからんから。おいこら剣構えるな。
『うふ、うふふふふ……面白くなってきたじゃない。いいわ、それなら私もちょおっとだけ、本気を出してあげる』
アウラウネさんが指を鳴らす。すると彼女の背後からこれまた大量の蔦が生えてきて、絡まり、まとまり、一匹の巨大な龍の姿へと変貌した。こう、ホヤみたいに地面から生えてる感じで。
『喰らい尽しなさい』
合図とともに龍は口を広げ、自分の方へと向かって来る。なかなかに迫力があるもんだ。
さすがにこれはなんとかせば、と思った矢先である。紅色が勇猛果敢に竜へ向かって駆けだした。
「ちょ! おまっ!」
自分が止めるより速く、奴は地を蹴り、そして……うん。
『な、そん、な……』
まさに驚愕、と言った顔でつぶやくアウラウネさん。ちょっとかわいそう。
……で、あぁ、龍ね。うん。
紅色の持つ刃が一瞬だけ、金色に近い光を放ったと思うと龍は上顎と下顎に分けられ、ついでに首も斬り落とされていました。
宙を舞い崩れ落ちる龍の残骸はこれまでの蔦同様に緑の汁を撒き散らしながら枯れ落ち、やがてはそのまま崩れていった。
いやぁ、なかなかにすごい光景だね。これが蔦だったからまだいいが、本物の龍ならビビッてて動けなかった自信がある。あと首落ちた時にグロテスクで吐いていた自信も。
なんにせよ、アウラウネさんの反応からなかなかにすごいことを紅色はやってくれたんでない? うん。
……で、その鎧はというと今自分の足元で倒れてるのだ。
なんねこいつ、龍の首と顎斬り落としたとおもったらそのまま落ちてきた上顎に激突しよってからに。
しかもアウラウネさん狙おうとしてか、下顎を足場にして思いっきり跳躍しての激突だから、すっごい衝撃だったんだろう。横回転しながら3バウンドして戻って来たわ。
正直自分が足で受け止めてなかったらもっと遠く行ってただろ。
はっきり言おう。間抜け極まりない。
「……大丈夫け?」
しかしまぁ、自分らの為にやってくれたことの結果だ。そこは評価してしかるべきであろう。
ということで、自分はしゃがんで声をかける。ついでに鎧の中身も確認を……うむ。相変わらず誰もいないな。
「無茶すんなよ? まぁあとでどっかの鍛冶屋連れてったるからな?」
そんな自分の言葉に返事をすることなく、グッと親指を立てるジェスチャーをしてくる。大丈夫、とでも言いたげだが、あのバウンドを見てそれを信じる者はいるのだろうか。
と、思うと同時に奴はその腕をぱたりと……結局討ち死にじゃねぇか! ギャグか! なめとんのか! なんだよこの出落ち染みたやられ方!
……まさかホントに死んでないよね? あ、いやもうこいつ死んでるんじゃ、いやいいや。考えんのは後にしよ。
あーもうまったく。とりあえずこいつもシルバちゃん達のところに置いといて、と。
『あら、使い捨て? 案外薄情なのね』
なんという人聞きの悪い。
「役目が終わったから労わってると言ってもらえないかな?」
というか勝手に特攻して自爆した野郎をこの状況でこれ以上どう扱えと。
『ま、なんでもいいわ。それよりも、邪魔はいなくなったわ。だからもうちょっと、あなたのデータが欲しいわね』
その言葉と共にアウラウネさんの根元から、ぼこぼこと何かが生えてきた。
それは……トマト? 大きな、水色をしたこぶし大のトマトが生った小さな植物である。それがぼこぼこ生えてくると、まるで這うように根っこが蠢き地面から勝手に抜け出して……おい、なんだこれは。
その様は頭にトマトが生えた赤子である。それが一体、太く丸々とした根っこが地面をハイハイしながら、トマトを揺らして近寄ってくる。
なんだこれは。すっごいシュールなんだが。
『さぁ、それはあたしの赤ちゃんよ。その子相手にあなたはどう反応するのかしら?』
ミルクでもあげればいいのかな?
……うん。とりあえず、だ。このお荷物たちをどうにかしよう。
そう思いながらチラリと三人に視線をやる。
鎧はいいとして、問題はメイドさんの方だ。
「二人とも、立てる?」
自分の言葉に反応して、アニスさんは若干危なげながらも両の足でしっかりと立ってくれた。
「ああ、もう大丈夫」
それは心強い。
対してシルバちゃんはと言うと、立とうと努力をしてはいるがまるで生まれたての小鹿である。どうにも力が入らないらしい。
「くっ、すみません……力が。私の事は捨て置いてください」
まぁ予想はついてた。アニスさんは腰が抜けただけで体力的には問題なかったが、君は全体力使って大技使ったものね。
そんな訳で応急処置だ。シルバちゃんに近づき、首を彼女の口の近くに持ってくる。
「え?」
「はよ吸い」
それだけで彼女は理解したのだろう。返事もせず自分の首にかぶりつき、その体液を吸い取っていく。
そして5秒くらいだろうか、彼女は首から口を放して礼を言う。
「ありがとうございます。でも、まだ回復には時間が」
「回復できないよかましだべ。アニスさん、この子の面倒頼んでいいか?」
「心得た」
いい返事だ。初対面時とは違い、今はある程度信頼関係を結べたようだね。
そんな訳で、自分はシルバちゃんを地面に座らせ……アニスさん、いつの間に斧を拾ってきたのやら。
「シルバと言ったな。一応、これも渡しておく」
しかもシルバちゃんの剣まで持ってきてくれる親切仕様。気配りのできる女子って素敵よ。
「しかし平気か? あれは、何をしてくるかわからん」
さらには自分に向けて心配そうに声をかけてくれる。ほんと、好感度爆上げですな。
「さぁね。なんとかなんべ」
しかしそれを無碍にするのが自分クオリティ。
もっと言葉を選びたかったが、生憎と語彙が乏しいのだ。と、自己弁護しながらトマトに近づく。
「……頼んだぞ、ハセガワナルミ」
「あいよ」
そんな訳で自分はそのトマトを……どうすんべ。
とりあえず近寄ってみる。すると足元でトマトが止まり――
ボンッ! と何かが爆ぜる音がした。
視界が青く染まり、甘い匂いがあたりを包む。
そして同時に、衝撃が自分の身体にぶつかった。




