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67・触手に改造

 女性の優しい、凛とした声が響いてくる。

 その直後、アニスさんの足元の土がもこもこと蠢き、中からアスパラガス……違うな、蔦だ。最初に彼女たちが自分らを威嚇するときに使った蔦。それが地面から生えてきた。

『まぁったくぅ、ちょぉっと正気に戻りかけちゃってぇ。死の恐怖がぁ、せぇっかくの精神操作を上回っちゃっのかしらねぇ……クスクス。まぁ、どぉっちでもいいけどぉ』

 そしてその蔦はスルスルとアニスさんの脚へと、白いロングソックスの上から巻き付いて……そういうゲームかな?

「え、あ、いや、やだ! やめて!」

 さらに当のアニスさんは上体を起こし、情けない声をあげながら必死に蔦を剥ぎ取ろうとするが、その努力もむなしく蔦は数を増やしより脚へと……だからそういうゲームなの?

「アニスちゃん!」

「副長! くそっ! 今行きま――」

『雑魚は黙ってなさい』

 声に反応して後ろを向くと、そこにはこちらに駆け寄ろうとするアニスさんのお仲間と、その目の前にまさに今無数の蔦で作られた壁が作られたところが目に入った。

「先生! この! 邪魔!」

「お嬢! 離れろ! さすがのお嬢でも一人じゃ無理だ!」

 そんでもってシルバちゃんと王子様の声が聞こえたのでそっちを見ると、そこにも無数の蔦が……あ、よく見たら自分とアニスさんを中心に、蔦に囲まれてるでやんす。

「嫌だ! わたしは、いやだ! こんな終わり方したくない! あんなふうになりたくない! やめて! 放して! いやぁぁぁ!」

 そしてアニスさんは未だに必死の形相で蔦を引きはがそうとしている。

 ……これは、さすがに手伝った方がいいか? なんか尋常じゃない。

『ふふふ、あなたはまだ負けていない。だっぁてここに生きているもの。だから怖がらなくていいの。全部私に委ねて。身も心も、人であることを捨てましょう?』

「やだ! やだやだやだ! 助けて! 助けて!」

「失礼。この蔦とりゃいいんけ?」

 目の前で助けを求められたらそれなりに応えるのが男ってもんです。と自分は言い訳しながら彼女のスカートをちょっと捲る。

 卑猥な目的じゃないぞ? 蔦がどこにあるか確認するためだ。きちんとむしり取るためだ。だから必要以上は捲らない。

 うむ。ガーターベルトって初めてこんなに近くで見た。かわいいな。

 ……はい。

『あらぁ? あらあらぁ? この子を助けるの? あなたを殺そうとしたのにぃ?』

 声が響く。心底から不思議そうな、それでいてバカにしたような声である。

 ま、言いたいことはわかるがね。

「この子の親父さんにも頼まれたし、この子自身も頼んできたからね。それに報酬ももらったもんで」

「ちち、うえ?」

 なおこの場合『報酬』と書いて『眼福』と読む。

 ということで自分はまず左脚の太ももにまで到達している蔦を掴んでだね。

『でも無駄よ。その子は人の力じゃ到底――』

「ヨイショ」

「あぎぃ!?」

 ……そりゃあ端っこ持って引っ張ったら締め上げられるよね。

「ごめんなさい、わざとじゃないんです。後で埋め合わせします」

 謝るがアニスさんは青い顔をして口をパクパクやっており、その言葉が届いているかもわからない。ほんとごめんなさい。

 しかしこうなるとどうしたら……あー。

『……人間の馬鹿力をなめてたわ。まぁさか引きはがせるなんて。でぇも、もう遅いわ。そこまで絡まった蔦はただ引っ張っただけじゃ取れないの。あとはゆぅっくり――』

「最初からこうやっとくんだったわ」

 ハサミを取り出し蔦の根元をチョキンと切る。ちょっと太いアスパラガス程度の太さの蔦はなんの抵抗もなく剪断され、内から緑色の液体を勢いよくあふれさせる。気持ち悪い。

 そして体液がこうも勢いよく出てくるからだろうか、脚に巻き付く蔦は切った端から萎れ干からび、やがては茶色く枯れていった。楽な仕様だ。

 ともすれば、あとは全部切っちゃいましょう。自分はチョキチョキチョッキンと蔦を切りつづけ、とうとう彼女を蔦という名の触手から救い出し……こら、生えてくるな。まったく。

 とうとうすべての蔦を退治できましたよ、っと。

 一部緑色に染まったソックスの上から枯れた蔦を払い落とし、呆然としているアニスさんの背中を軽く叩く。

「ほら、立ち」

 また絡まるぞ。そう言うのが好きなら止めはしないが。

「え? あ、は、はい」

 そしてアニスさんは立ち上がろうと――

「ご、ごめ、腰が」

 あう。まぁ触手に絡まれた女の子なんてこんなものか。

「まったく。というかあの蔦は君らのペットじゃなかったのかい? 最初は従えてるように見えたんだが」

 そう言って手を差し出すと、彼女はおずおずとそれを掴む。

「ち、違う。あれは『監視者』だ。わたしがあ、あなたときちんと戦うか、裏切らないかを監視する者だ。最初は、あなたと戦うために仕方がなくて、実際は私たちの方が……」

 あー、なるほどね。なんとなくわかった。つまり蔦の方が立場が上なのね。難儀なこって。

『あら、喋っちゃったぁ? 裏切り者ね。では速やかに処罰を』

 どこからか聞こえる声と共に、地面から再びアスパラガスくらいの太さの蔦が数本、アニスさんの脚へと襲い掛かる。

「ひ、いや!」

「あーはいはい。動くな」

 逃げようとするアニスさんをおさえ、再び根元からハサミで切る。相変わらず汚らしい汁だ。

 さて、では使い終わった刃物は危ないので尻ポケットにしまって……アニスさん。自分に縋り付かないで。というか押し付けないで。

『……やぁっぱりあなた、並桁外れたバケモノね。人間とはみぃんなこうなのかしら? どこまでも余裕であり、冷静でかつ豪胆で。外で騒ぐだけの雑兵とは訳が違う。うふふふふ、観察のしがいがあるわぁ』

 そんな声があたりに響く。いや、別に冷静でもなんでもなく、脳みそが処理落ちして考えるのを放棄してるのと、知識が乏しいから状況の深刻さを理解できないところがあります。

 ……あと、あれだ。蔦の壁の向うから悲鳴の一つでも聞こえたら深刻レベルは上がるけど、そう言うのもないあたり狙いは自分なのかなって。そうなれば自分もまぁ、余裕は持てる。

 で、今更ながらの話なんだが、あんた誰やね?

「まぁ評価するのはお好きにどうぞってところだけども、さっきから聞こえるあなたはいったいどちらさん?」

 質問しながらアニスさんに肩を貸して持ち上げる。

 聞いてなんだが答えは二の次。ひとまず必要なのはこの娘を安全なところに持ってくことだ。

『聞いたでしょう? あたしは監視者。この国すべてに根を張り、監視する。そして裏切り者を見つければ即座に処刑を行う者。罪人に種を植え、力を与え、生きた屍とする断罪者。今まであなた方が見てきた惨状、それもすべてあたしの仕業。ふふふ、どう? 恨んでもいいのよぉ?』

 ……物騒ですな。

 しかし国のすべてに根を張り、ねぇ。

「ふぅん。じゃあなんで自分らを早々に襲わなかった? 国のすべてを網羅してるなら、不意打ちくらい余裕だろうに」

 ま、答えてはくれないだろうけどな。自分の予想、何か目的があって襲わないか、本体の近くでなければ攻撃能力が弱いかのどちらかだ。前者なら言う訳ないし、後者であっても情報をこっちに渡す理由がない。

『ヒ、ミ、ツ』

 そらきた。

「そうかい。秘密のある女の子は好きだよ」

 あたりを見回す。しかし本当四方八方蔦だらけだね。もっと太いの使えばいいのに、アスパラガスの群生地じゃないんだか――

「焼き尽くせイフリータ! いまだ! いってこいお嬢!」

 ……背後のアスパラガスが王子様の言葉と共に爆ぜ飛んだ。それと同時に、小さな影がこちらへ向かって疾走してくる。

 それは見慣れた、うん。だからなんで君はそう危険地帯に突っ込んでくるのかねシルバちゃん。

 彼女はなにやら歌うように口ずさみながら全力でこの場の中心、つまり自分たちのところへとやってくると自分になんぞ目もくれず、剣を地面に突き刺した。

 そして、大きな声で叫ぶのである。

「八式干渉術曲第四章『浄化』!」

 するとどうだ、自分たちを中心として、その周囲からチリチリと青白い光が蛍のように宙を舞う。

 その次の瞬間には形容しがたい轟音と共に白とも青とも水色とも取れるような光があたり一帯を……は?

 ……それは数秒の出来事だったのだろう。しかし自分にはとても長く感じられた。

 光が治まり改めてあたりを見ると、そこには悠然と立っているシルバちゃんの後ろ姿と、自分たちが立っている一部の場所以外が10センチほど低くなった大地がありましたとさ。

 おい。なんだこの超展開。

「……ふぅ。とりあえず近場の魔獣は焼き払いました、ととと」

 シルバちゃんが自分の方に振り向こうとすると、彼女はどこか足元がおぼつかないのかバランスを崩して倒れそうになる。

「おっと」

 そこにイケメンな自分は手をさし伸ばし、彼女が倒れないように支えてやるのだ。

「えへへ、ありがとうございます」

 すると彼女はそう言いながら、自分の身体に抱き付くように体重を預けてくる。なんともいい笑顔をしながら。褒めて、とでも言いたげな顔をして。

 なので自分は彼女の頭を優しく撫でて――

「あ、せん……あだだだだだだ!」

 力を込めて指を食いこませる。自分はご立腹である。

「お、の、れ、は、ほんにどうしてそういう! 勝手に一人で突っ走らないようにって言ったべさ!」

 まったくもう。やっぱり性格は治らないものなのかな。

 と言うかピンチの時なら感謝もするが、まだ別段そう言うことになってないのに……切り札は最後までとっとけよ。

「で、でも! これは仕方がないんです! あの状況を打開できるのは私だけだったんです!」

 ほう? 言い訳か? まぁ聞くだけ聞こう。

「先程の魔術は属性のない、純粋な魔力の奔流です。普通の生物に対する攻撃力事態は低いですが、事性質の歪んだ存在、魔獣への効果は絶大で、いわば魔獣にとっては毒なのです。ですので、あの光を浴びた魔獣はその端から魔力を矯正され、内から崩壊していく、という事になります。例えここに本体がいなくとも。しかし制御が難しく、範囲も私を中心としたものでしか出せないのでここまで走って来たという訳です」

 ……うん。よくわからん。ただ、これだけの被害を出して低火力は無理あるぞ。

「そんな、業があるのか」

 しかしアニスさんはわかったようだ。なんか納得してる。

「ええ。これで確実に滅することができたはずです。ただ、これは少々力を使い過ぎるので……ははは、ちょっと、疲れました。せっかく先生から頂いた血液の瓶を三本も開けても、もうこのざまです」

 おいなんだそれ。自分聞いていないぞ。

「……いつ取った?」

「……あ。あ、いえ、えっと……寝てる間に」

 こいつは。

 ……まぁいい。どうせ吸われるのは同じだ。

 なんにせよ、自分のために行動してくれたのだからお礼の一つも言わんといかれんな。

「……今度から申告するように。まったくもう。でもまぁ、助けてくれてありがとうな」

「あ、は、はい! えへへ」

 かわいい笑顔じゃないの。

「で、みんなは?」

「あそこに」

 シルバちゃんが指さす方向を見ると蔦はなくなっており、ついでに先程の魔法の範囲外に逃げている自分らの軍隊がありましたとさ。用意のいいこって。

「あ、あなたのお仲間も回収しときましたよ? 皆、無事保護されました。危うく触手に改造されるところでしたけど」

「……すまない」

 シルバちゃんがアニスさんに言い、アニスさんがそう返す。

 そしてここで気が付いた。自分は今、かわいい女の子二人に密着されている、いわゆる両手に花の状態なのではないか。

 そう思うとどこか、うん。考えないどこ。

 さて、そんな訳でシルバちゃん曰く戦闘が終了したらしい、のだが……うーん。なんか、自分これ知ってる。

 たぶんまだ生きてる奴だ。

 そんな訳で、安心して駆け寄ろうとしているお姫様たちにストップをかけたいと思います。

「戻れお姫様! 警戒解くな! まだ終わっとらんぞ!」

『あら、ばれてた?』

 自分の言葉の直後である。女性の声と同時に、何かが地面から生えてきたのは。

 それは、大きな花だった。多分目測だが、直系5メートルはある大きな花。それがつぼみのような形で地面から出てきたと思うと、甘くかぐわしい匂いをまき散らしながら大きな花弁を広げていく。

 ラフレシアの如く地面に直に生えてるその花は実に鮮やかで、5枚の花びらは白と薄いピンクを基調とした美しいものだった。

 そして、その花の中心には銀色の長髪と葉緑素を蓄えてるかのような緑色の肌をした……すっぽんぽんの女性。花びらと同じ色をしたその目は優しく微笑んでいるが、白目がないので不気味である。それがなけりゃ美人さんだね。すっぽんぽんだが。

 すっぽんぽんだが。

 ……自分しってる、なんだっけ、花の魔物。アウラウネとか、そういうのだ。

 で、彼女は不敵に笑いながら、自分に向けて言うのである。

『やぁっぱり冷静でぇ、頭も冴えてる。そこにある有象無象とは格が違うわぁ。好きになっちゃいそう』

 いや、さすがにその目は不気味すぎるので好きになられるとこっちが困る。あと羞恥心がないのもマイナス点。

と、言ったら怒られるのかなぁ。

「美人さんにそう言われるとは、嬉しいねぇ」

 適当にいなそ。

『まぁお上手』

 おほほと笑われ、あははと笑う。

 さて……で、この自分にしがみついて震えている少女二人をどうすんべか。

「あ、あなたは、なんで……」

 ん? なんかアニスさんがアウラウネさんを見て驚愕してる。

 どうした、もしかしてこの人知ってるの?

「なんであなたが『監視者』へ、魔獣へと身を堕としているんですか! カノン様!」

 アニスさんのその叫びに、周囲はどよめきシルバちゃんでさえ息を呑む。

 その様を見て、カノンと呼ばれたアウラウネさんは満足そうに、そしてとっても邪悪な笑顔で微笑むのだ。


 ……で、誰やねそいつ。




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