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63・リボン付けたゴリラ

 戦闘が終わり、事後処理も落ち着いてきたある日。特にすることなくお姫様の警護という名の小間使いをしていた時だ。

 ゼノアが部屋に入ってきて、お姫様と二言三言話をすると、彼女は自分の名を呼んだ。

 そして言うには自分に会いたいという人物がおり、そいつに会って欲しいとのこと。話したいことがあるのだとか。

 そんな訳でゼノアに引っ張られ連れてこられたのがここ、所詮地下牢と呼ばれる場所である。石造りの壁と簡素なベッド、そして頑丈な格子で作らた粗末な檻がいくつか並んだ薄ら寒い部屋。

 それは捕らえた敵兵のうち位の高い人たちを捕らえる場所である。

 なお一般兵士たちは砦の裏に魔法陣で囲まれた場所でキャンプを形成しているのだ。

 そんな吹き曝しの場所よりもここは壁天井ともにしっかりしており、おまけに一人頭の面積が広くベッドもあり、涼しく快適だ。はっきり言って牢獄という名のVIPルーム。

 全く関係ない余談だが、見張りの兵士たちが引き攣った顔で異様に背筋を伸ばしていたのは多分自分の存在のせい。

 で、そこにいたのは見たことのある大きな姿。

 牢の一つに入った彼は自分たちに気が付くと、嬉しそうに声をかける。見かけによらず気品のある口調である。

「おぉ、来てくれたか。すまんなランドルフ殿、わざわざワシの願いを聞き入れてくれて」

 対してゼノアはこれまた聞きなれぬ敬語で返す。

「いえ、構いませんよ」

 お前、キャラじゃねぇな。

 さて、そんな彼らとは対称的に、自分は必死に悩むのだ。この人の名前なんだっけ、と。

 いえね、自分もさすがにこの人については覚えてるよ? なんか自分が突貫した時に決闘云々言ってたあのマッチョなおじ様でしょ?

 それは知ってるし、彼の名前が発音しにくいものもだという事も覚えてる。

 でもね、自分ねはっきり言ってね。人の顔面と名前覚えるのすっごい苦手なの。というか脳みそに傷ついてんじゃねってくらい興味ない事憶えれないの。

 しかもあの極限状態だ。名乗られたという情報しか頭に残らず、その具体的な内容がどっかにすっ飛んでったのだ。

 えーっと、なんだっけなぁ。確か、そう。

 ファミレス・ゴージャス。的な。そんな。名前。だった。気がする。

 ……はい。

 まぁいいや。

「で、なんか用ですか?」

 そう聞いて、床に座る彼と目線を合わせるように腰を曲げる。

 ……座高高いな。いや、まぁ普通に巨漢だからだろうけど。

「あぁ、いやな。貴殿に感謝の意を直接述べたくてな」

 かっかっかと、檻の向うで笑うなんちゃらさん。

 はて自分に感謝とな? 自分そんな感謝されることしとらんよ?

 あなたの部下を千切っては投げ、挙句あなたを不意打ちで沈めた卑怯者よ?

 ……あぁ、あれか。遠回りな嫌味ってやつかな?

 そーんな低俗な事を考えている矢先、目の前のなんちゃらさんはスッと片膝をついてだな。

「我はエンダルシア帝国四将が一人、ファミアル・コーデァ。こたびの戦におき我が兵の命を救っていただいたこと、それだけではなくその内に刻まれた呪縛さえも解き放ってくれたこと、心より感謝いたす」

 ……。

「タイム!」

「は?」

 左手を縦棒に、右手を横棒に見立てて『T』の字を作る。サッカーの基本的なジェスチャーだね。

 ……んなこたどーでもいい。とりあえずポカン顔のファミアルさんは放置して、ゼノアの襟首掴んで小声で話しかける。

「なぁなにこの状況」

「なにって、言葉通りだろ」

 いや、そんな呆れた声出さんといて。その言葉通りの意味が分からないんだから。

「自分がナニ感謝されることしたってーよ。それに呪縛やらなんやらって――」

「したさ。お前は」

 ……なに、ゼノアさん。そのウサギを嬲り殺しそうな優しい目つき。

「まぁあとは本人に聞け」

 そう言って彼は自分を引きはがすと元の位置へと押しやった。視線を下げるとそこには未だ片膝突いたファミアルさんが。

「もっと噛み砕いて言った方がいいですよ。こいつ、意外に察しが悪いので」

 ゼノアはちょっとふざけたように言いながら、自分の頭をポカリと軽く頭を叩く。なにをいう。物知らずなだけだ。

 あ、余計悪いか。

 しかしそんな自分らの様子に何ら不機嫌さを出すこともなく、ファミアルさんは少し考えてからこういった。

「ふむ……簡単に言うと生かして捕虜にしてくれた上に我らが持っていた魔獣をすべて殺してくれてありがとうという事だ。我らは皆、魔獣の穢れに侵されていた。狂っていたのだ。しかし一度魔獣から離れ、精霊の加護のもと穢れを払われると魔獣に対する畏れも消えた。我らに打たれた楔は消えたのだ」

 ……そうか。よくはわからんが魔獣を倒したから喜ばれた、という認識でいいんだね。そんな発狂してる風には見えなかったんだがなぁ。

 とりあえず理解はしたつもり。

「はい、わかりました」

 自分がそう言って立ち上がると、彼もまた同時に立ち上がる。そしてじっと自分の事を目を細めながら見つめ……なに?

「主は、かしこまったものが嫌いか?」

 まぁ、肩肘張るようなのは、ねぇ?

「え? うん」

「そうかそうか」

 なんでこの人こんなうれしそうなんだろうか。

「じゃあわかった。面倒だ、自由に話をさせてもらう」

 彼はそう言って豪快にベッドへと腰を降ろす。何かが危ない軋み方した音がした。

「ワシは一冒険者からのたたき上げで今の地位まできたが、そのせいかやはり固いのは苦手でな。話しくらいは気楽にしたいと思ってたところだ」

 がっはっはと笑うファミアルさん。

 おう、そうか。で、これどういった反応が正しいの?

「……少し、聞いていいか?」

「え? あ、はい」

 あ、不意打ちでなんか言われたから思わず応えたけど変なこと聞かれたらどうしよう。

「お前は、どうやって魔獣を屠ったのだ?」

 どこか憎しみの混ざったような、低く腹の底から響く声。きっと彼は自身の手でもって魔獣という存在を叩き潰したいのだろう。そう言う感情が隠すことなく浮かんでいる。

 ……神様の力です。ってのはアウトですよねぇ。こう、色々と。

「気合い」

 とりあえずごまかす。

 本気の殺意を込めて聞いてきたところ非常に申し訳ないですがな。

「……いや、それはないだろう」

 が、騙されてはくれない。呆れたように返してくる。

 気持ちはわかる。が、こっちも言えないことだってあるのです。宗教戦争引き起こしたくないし。

「正直自分の能力自体、自分自身が把握しきっていない。わかることは『魔力を伴わない概念的能力』的なことくらいで、説明がね、できないんですよ」

 適当にわかんない事だけ伝わればいい。

「……なるほどな。術式は知らなくても魔法陣は起動できるようなものか」

 そうそう。車の構造知らなくても動かすことができる。まさにオブジェクト指向。

「……武具を創造する概念ってなんだ?」

 ゼノちゃん黙って。

「わかった。いや、むしろ魔獣を屠れる法があるという事がわかっただけ収穫だ」

 前向きっすね。

 さて、そんな感じに和気藹々と話してたところで、ファミアルさんはゴホンとひとつ咳払い。

 そして真剣な眼差しで口を開く。それはどこか、まるで懇願するような、どこか必死さのあるものだった。

「……さて、悪いがここからがワシにとっての本題だ。一つ主に頼まれて欲しいことがあるのだ」

「は、はいなんでござんしょ」

 急激なその雰囲気の変化にどぎまぎしてしまい、思わず敬語の仮面が剥がれ落ちる。

 先程の殺意と憎悪に満ちたものとは違う、もっと重くて真摯な声で彼は言葉を続けていく。

「ワシにはな、娘が居るんだ」

 え? あ、はぁ。

「アニスと言ってな、気立ての良い娘なんだ。あいつは、我が国の姫のお側で働いていてな。近衛騎士というやつだ。だが、事が起きてからは城は魔獣の住処となり、ワシも姫のもとへ近づけず、娘と会う事もできなくなった。それ以来あいつが今は、何をやっているかさえ……」

 そこまで言うと彼はうなだれ、ついにはぽろぽろと男泣きをしてしまう。

 それは正しく子を想う父の涙であり、また娘を案じるが故の愛である。

 そして彼は転がるようにこちらに近づき、デカい顔を涙で濡らして格子にすがって懇願する。

「なぁ、頼む。アニスを、娘を、助けてやってくれ……父としてこの上なく恥ずかしい事を言っているのは理解している。しかしワシが恐れを抱く事しかできなかった魔獣をいともたやすく屠ったお前なら、あいつを助けてやれるやもしれん。お願いだ、もう一度あいつの笑顔が、笑っている姿が見たいだけなんだ……」

 ……これは、いや、うん。ちょっと精神にキますねこの光景。自分、大人の男が泣くのを見たのって浮気の果てに嫁に逃げられた近所のオッサン以来だよ。

 予想外に重い話でお兄さん困っちゃう。

 でもまぁ、確約はできないが、父が、いや男が恥を忍んでここまでするんだ。無下にするのは世間体にも精神衛生的にもよろしく――

「それにお前なら娘を嫁にやってもいい。ワシは常々思っていたんだ、娘を嫁にやるなら強い男でないといかんと。しかし魔獣を屠りワシを打ち倒したお前ならなんら異を唱えることはない。そのまま手籠めにしても一向にかまわん」

 ……。

「おばか」

「いたっ」

 格子の間に手を突っ込んで頭へチョップ。さっきの真面目な空気を返せ。

「こんの親父は訳わからんこと言い腐りおってからに」

「……やはり見ず知らずの娘を助けてほしいなど、聞き入れられないか。すまない、忘れてくれ」

 なに勝手に絶望してるんですかねこのオッサン。そっちじゃねぇんだよ。

「ちゃうわい。なーんでこんなところで娘さん嫁に出す算段立てとんじゃってー話ですよ」

「……ワシの娘じゃダメか?」

 いやだからねぇ。

「乳、でかいぞ?」

 はっ倒すぞ。

「乳がどうこうじゃなくて、そう言うのは本人同士が歩み寄っていった結果行き着く先でしょうに」

 なーんで自分は年上の、しかも娘が居るってことは既婚者にこんなこと諭すように言わなきゃならんのか。

 でもさすがに自分みたいなガキンチョに言われたら反省したのか、彼は少し沈黙し考える。

「でもかわいくて、ワシに似て元気な、乳のでかい良い娘だぞ?」

 しかし言う事はくだらない。黙れよ変態エロガッパ。

 将軍がこれなら、一回帝国滅ぼした方が世界が平和になるかもしれない。

「ワシの娘は乳がデカい。国の男に何人も求婚されるくらいにデカい」

 本気で滅ぼしたろうか。

「あんたの娘のアピールポイントは乳しかないんか」

 その言葉にハッとしたのか、彼は少しだけ考える。

 そして数秒、出した結論がこれだ。

「……強い」

 もうダメだこいつ。

 本当にぶん殴ってやろうか。と思った矢先、ゼノアが一歩前に出る。

 お、いったれいったれイケメン君。このエロおやじにガツンとだね。

「乳はデカけりゃいいってものじゃないだろう。小さくて可愛らしい乳だってある」

 あ、こいつもダメなタイプだった。もうヤダこの世界。

「……正直な、あいつも『弱い男は嫌いだ』といっていてな。求婚されるたびに決闘を行い、あいつを倒せたら結婚してやるといっては未だに一度も敗けたことがなくってな。何人かの貴族を粉砕し、もうどうしようもないかと思っていたところなのだ。わが娘ながら気が強くってな。元気に育ったと思う反面、今後相手がいないのではないかという心配もあってな。どうだ、悪くはない娘だと思うぞ」

 おうその説明のせいでお前の娘は今自分の脳内でリボン付けたゴリラになったぞ。どうしてくれる。

「知らんがな。とりあえず確約はできんができるだけ助けてやる。が、手籠め云々は聞かなかったことにする」

 そう一気に言い切って手を叩く。はい、やめやめ。もうこの話しは終わり。

 おっさんもいつの間にか男泣きスタイルから砕けた表情になってるしさ。

「そうか……わかった。まぁ本人を見たら気持ちも変わるだろう」

 黙ろうか。

「あーうん、気ぃ変わったら改めてあいさつしまーす」

 わざとらしいくらいの棒読みである。

 あーもう、しかしホントもう。

 なんでこう頑張らないかれん項目が増えるのかなチクショウ。


 ……いや、乳が目的ではなくてだね。



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