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62・修繕費

 自分が『王子様に呼ばれててね』と言うとムー君が『あぁ、それなら飛び降りてでも早くいった方がいいですね』と言う。

 そして敗北感に苛まれながら逃げるように窓から飛び降り、自分は王子様の後を追う。

 ただ、あれだ。危なかったね。

 飛び降り実行するまで着地時の衝撃だとかのことなーんも考えてなかったからね。寸でのところでなんとかなったけど。

 そんな訳で今自分の靴は『ふんわり落下の靴』という名前になり、落下スピードと衝撃を自由に抑制できる代物になっているのだー。

 ご都合主義ってホント便利。

 ということで、王子様のところにやってきたわけであります。彼の周りには数人のメイドや執事、そして精霊さんたちがふよふよと……熱くないの? そんなまんま炎な精霊さんに張り付かれて。

「……お嬢もそういう顔できるんだな。普段からそうしていればかわいいのに」

 で、ついてそうそう自分の背中に張り付いてる少女を口説き始めおった。頭の後ろで腕を組み、実に爽やかな笑顔をしながら。なお精霊さんたちは危機感を持ってか自分らの間に気持ちよって壁を作ろうとしている。

 こいつ顔面の造詣は一級品だからなぁ。どこか子供っぽいところもあるが、だからこそ絵になるところがある。

 でも思うんだが、シルバちゃんは今どんな顔してるの? 普段から美人さんだねーって思ってたんだけど、それよりさらにランク上がるの?

 しかもなんでこのタイミングで上がるの? 自分勘違いしちゃうよ?

 さて、それではそんなイケメンに褒められた、ワンランク上の顔をしている少女、シルバさんはどのような反応をするのでしょう。

「それ、普段は不細工ってことですか?」

 あ、その反応は予想外。いや、冷静に考えたら予想できて然るべき――無理だな。

 でもほら、王子様も予想外だったのかいたく慌てている。

「い、いやそうじゃ無くて、普段よりもって、やめ、こら離れろ」

 お前はなんで己のハーレムの中心地で他の女子を口説くのかな。精霊さんたちやっておしまい。

 しかしここでめげないのが王子様の王子様たる所以。彼はまとわりつく精霊さんたちを押しのけると、気を取り直してという感じにこちらに向き直る。

「ふぅ……とりあえずそういう意味じゃない。それだけは理解してくれ」

 いかにも苦し紛れ、という顔の王子様と、ハァとため息をつくシルバちゃん。耳に当たってくすぐったい。

「……そういうおべっかは借金返してからにしてください」

 そして彼女はもぞもぞと、背中に密着しながら吐き捨てた。無慈悲だなぁ。

 というか借金って、王子様? お前なにやらかしたの。

「……過去に何かあったの?」

 自分の質問に、彼女はつらつらとまるで練習したかのように語りだす。

「昔剣を砕かれました。かつて私が入手し使用していた『幻鏡の大剣』という物がありまして、一般には伝説の武器の一つと数えられるものなのですが、昔貸した時それに精霊の力を乗せようとして暴走し内側から剣の内部魔力の書き換えを行い、不安定な状態でさらに許容量を超える魔力を供給された剣は私の目の前で砕け散りました」

 ……。

「あと精霊が暴走して私の部屋が吹っ飛んだことが二回程。ねーウンディーネ、イフリータ。私の魔剣、美味しかった?」

 うわぁ……。

「で、それらの修繕費、いつになったら頂けますか?」

 きっといい笑顔なのだろう。目を逸らす王子様とそっぽ向く精霊たちに向けられたその声は、非常に朗らかなものだった。

 というか精霊、おい。おまえらもか。

 ……ねえ、これ自分の感想言っていい? というか言うね、うん。

「王子様、さすがにそりゃあいかんべさ」

 こりゃ擁護のしようがないわ。

「私としては修繕費用さえ用意して頂ければ機嫌が直るんですが」

 だとよ王子様。どうした? 凄い汗をおかきになって、嫌なことでもあり申したか。

「も、もう少し待ってほしい」

 あらら、王子様のポケットマネーではどうにもならないと。尚更何てことしたんですかあんたは。

「もうだいぶ待ってます」

 ……無慈悲だなぁ。

 そして借金持ちの王子様は必死に話題を逸らそうと媚びへつらうのであった。

「え、えっと、そう、そう! お嬢! そうだ、その上品な髪飾りはどうした? なかなか似合ってるが、どういう代物だ!?」

 その言葉に彼女は若干自分に絡めた腕の力を若干強め……そういやなんで今までおんぶしとるんやろ。さっさと降りればいいのに。

「……これはおにい、いえ先生からいただいたもので、防護能力のある髪飾りです」

 おい、今お兄様って、おい。ちくしょう、泣くぞ。そこ本人の前でゼノアと間違えるなよもう。

「そ、そうか。うん。いいセンスしているじゃないか」

「ありがとうございます」

 ……はい、会話終了。沈黙が流れる。

 あの空気の中で話題を逸らしたいんだったらもうちょっと粘れよ。

 で、結局なにがしたいんこいつ。なんで己から地雷原に突っ込んで死にかけてんの?

 そもそも自分をここに呼んだ意味な。

 ……とりあえず降ろそう。

「うん。シルバちゃん、降りようか」

 よっこいしょとその場にしゃがみ、彼女が降りやすい高さへと調節する。

 すると彼女は素直に足を地につけ――

「……や」

 ることなく少しだけ上に登り始めた。うん?

「やって、んなワガママ言わんと」

「ずっとこのままがいい」

 そう言って自分のうなじあたりへと顔を埋めるシルバちゃん。まるで駄々をこねる子供のようだ。本気で意味が分からんぞ。

「いや、でもね――」

「ワガママだって事はわかってます。けど、こういうの、久しぶりで……おねがいします」

 ……そうやってね、抱き付いてきてね、育ち盛りを押し付けるのは卑怯だと思うの。

 まったく、なにが久しぶりなんだかもう。

「わぁったよ。もうちょいだけよ」

 そう言って立ち上がり、身体を揺らして位置を調整する。まったく手のかかる娘だ。

「ん」

 なーに満足そうな声出してからに。

 なんだろう。でもこれ、キュンとはこないな。

 なんか、妹、というより親戚の子供に懐かれた感覚に近いわね。

 思い出される盆に母さんの実家に行ったときの記憶。身長の高い自分は親戚の子に肩車をせがまれるのだ。まさしくその時の気持ち。

「ほっほっほ。若いとはいいことじゃ」

「あのお嬢がねぇ……」

「シルバちゃんが誰かに甘えてるの見るの初めてかも」

 そして王子様の近衛という名のモブの皆様こんなろう。好き放題言いおってからに。

 でもやっぱりそう見える? やっぱさ、これってもしかしなくても――

「……あむ」

 ……あ、はいすいません。首の後ろでも血は吸えるんですね。存分に噛みついてください。調子に乗った自立移動式食糧庫は何も反抗いたしません。

 怒るぞ。

「……ん、おいし」

 怒るぞ。

 まったく、実害薄いからいいけどさぁ。むしろやわこいから……なし、なし。次。

 そんなこんなで本題に移ろう。なぁ王子様。何胸撫で下ろしてんだ。

「……で、何の用さ王子様」

「ん、あ、そうだ。いやな、お前にも穢れについてみてもらいたくてな」

 穢れ、ってあの?

「さっき見たです」

「近場で見ると感想が変わるさ」

 さきほどのへっぽこイケメンはどこへやら。真面目で凛々しいかっこいいイケメンになった王子様は、ついて来いと言って身を翻し、そのまますたすた歩いていく。

 そしてついた先は砦の外の、なんか地面がぐずぐずドロドロになってるところだった。地面に変な薬品大量にばら撒いて溶けかけたような、そんな感じ。緩い土地の水たまりにも似ている。

 そんな水たまりのようなモノが目の前にひとつ。そして遠くにもいくつかちらほらほと。

 小さいものでも2メートルはあるものから、大きいものなら10メートルはゆうに超える水たまり。雨上がりに土がむき出しの土地で見る光景に近い。

 そんな工事現場じゃよくある光景みたいな場所の前で、王子様は深刻な顔面をしながら口を開く。

「なぁナルミ。今更だが『穢れ』とはなにか知っているか?」

 まさか。精霊に弱いという情報以外何も知らないです。

「うんにゃ、全く知らんとです」

「そうか。見てくれ、これが『穢れ』の影響を受けた土地だ」

 そう言って彼が指し示すのは目の前の、前述の通りの土地である。

 はぁ、そうですか。その穢れとやらは水はけを悪くするのかね。

「ここのように『穢れ』を受けた土地は腐り爛れて、その後には草も生えない、人をも蝕む毒を吐き散らす死の土地になる。だから『穢れ』は早急に浄化する必要があるんだ」

 ここ最初っからぺんぺん草の数本しかないような荒地だったべさ。その発言に草生えるわ。

「これがあいつら、『魔獣』の遺す悍ましい災厄だ」

 そんな痛恨な顔されましても。

「それを自分に言ってどーすんのですか」

 そう自分が言うと彼はフッと自分に優しい笑みを向ける。それはまるで兄貴が弟を見守るときのそれである。

「人間にとって魔獣とは、もしかしたら取るに足らない存在かもしれない。でも俺たちにとっては存在するだけで脅威なのだ。それは最も恐ろしく倒錯的なもの。存在してはいけないものだ」

 ……お、あ、うん。はい。

 え、なにこの流れ。

「俺は何度も魔獣に侵された悲劇を見てきた。穢れに沈んだ村、狂気に陥った集落、生けるままに腐り落ちる人々。俺は、その誰も救えなかった。だからこそ俺は魔獣という存在を許せないし、なにも護れなかった俺自身も許すことはできない」

 後悔と自責からか、彼は目を伏せ奥歯を噛みしめる。強く握った拳は己の掌に爪を食いこませて跡が残る。

 そんな王子様の姿を見てか気持ちを感じてか、四人の精霊はそっと優しく彼に寄り添う。

 対して自分は意味が分からず間抜け面晒しながら女の子をおんぶしているというね。

 シルバちゃんでさえ雰囲気感じて自分に絡める腕の力を強くしたというのに、自分と来たらもう今なぜこんな話をされているのかという事がわからず絶賛混乱中である。王子様の後ろの方で真面目な顔してる近衛の皆様に申し訳がない。

「……聞くところによると今回のこの戦、裏で魔獣が絡んでいるそうじゃあないか。街では魔獣が蔓延り、民の平穏を脅かす。例えそれが他国のものであっても、俺はそれを許容することができない。これは完全な自己満足だ。むしろ私怨といってもいい。しかしだ、俺はあの国を救いたいんだ。そのためにナルミ、改めて言いたい。お前の力を貸してくれ」

 ……なにこの決意表明。なんで真面目な顔面しながら自分にそんな事言うんこいつ。なんでここで自分に協力仰ぐん? 

 というかなぜこんな、いかにも主人公が新たな仲間をパーティーに組み込む時に発生するムービーイベントみたいな流れが発生するのか。

 よくよく意味がわからんぞ。

 というか、うん。これに関しては、うん。

 今更。

「言われんでも協力は惜しまないですよ。あ、でもそっちの近衛になるのは勘弁を」

 というかここで逃げたらすっごい恥かしいじゃないですか。ねぇ?

 お姫様ともあんな話したし、何より逃げたら世間体に悪い。

 そんな訳で自分は自分の手が汚れない範囲でのお手伝いはさせてもらいますよ。

 ということで表面上は快諾すると、真剣な表情から一転ふたたび優しい笑顔を王子様は浮かべるのだ。

「ああ、今はそれでいい。お前が近くにいた方がエリザも安全だしな」

 こんのシスコンめ。いい笑顔しよってからに。

「……本当はこんなところには来させたくなかったのだがな」

 そして苦虫を噛み潰した顔。百面相か。

「……ま、そんなことはどうでもいい」

 王子様はそう、気を取り直したように手を叩く。その表情はいつもの自信に満ちたものに戻っていた。

 ……ほんとコロコロ変わるな。表情筋逞しそう。

 とか思っていると彼は四人の精霊さんたちの頭を一人ずつよしよしと撫でながら口を開いた。

「そんな事より、せっかくだし一度俺の力を見せてやろうとおもってな。ほら、行け」

 いや待って、自分お前えを敗かした記憶ない、毎回逃げてた。

 という言葉はついぞ出ず、王子様の掛け声と同時に精霊さんたちはフッとその場からいなくなる。文字通り消えるように。

「普通は『穢れ』を払うにはもっと大掛かりな術式が必要なんだがな。くくくっ、そうそうないぞ、上位の精霊が穢れを喰らう様を見られることなんて」

 まぁなんてニヒルな笑いなんでしょう。イケメンがそういう顔するとちょっと怖い。

 なーんて事を考える間もなく目の前ではいくつもの変化が起きていた。

 目の前の水たまりもどきはなにやら石とか土がぼこぼこ隆起するし、奥の方では水が溢れてきたり炎がチラついたり土埃が激しく舞ったり……うん。

「これが俺と、こいつらの力だ」

 それが合図なのかはわからんが、王子様の言葉の直後、ほぼ同時に各々変化があったところが大変なことになった。

 おっきな岩が出てきたり、竜巻が起きてるところもあれば渦巻く水の塊があるところもある。

 見覚えあるのでいえば火の玉だね。さっき上から見た通り巨大な火の玉が宙に浮いてる。

 まぁその各超常現象の共通点としては、そのどれもが内側に黒くてドロドロしたものを内包していることと、対応する属性の精霊さんたちがその近くを踊るように飛び回って……ごめん、嘘。

 土属性の彼女だけは岩から生えてる。こう、45度くらいの角度で。あと岩だから中身にドロドロがあるのか視認できなかった。うん。適当言ってごめん。

 ……まぁ、そんなわけでそのドロドロがきっといわゆる『穢れ』ってやつなんだなって思いました。

 そして彼女らがなにか力を籠めるような動作をすると、そのドロドロはだんだんと小さくなっていき、最後には溶けるようになくなっていきましたとさ。

「やはり何度見ても慣れないです。こわい」

 そんな声が耳元で聞こえた。同時により密着するように身を寄せてくる。

 ほんと、恐ろしいよこの無秩序な光景は。だって意味わからないもん。

 自分的に一番怖いのは岩だね。岩の質感そのままにぼこぼこと蠢く様子はなかなかに――

「穢れとは、魔獣とは、なんであんな、気の狂いそうなほどに悍ましいものがこの世にあるんでしょう」

 あ、そっち。

 そんなん知らんがな。

 という言葉を吐き出せる空気でもないので、グッと喉の奥へとしまい込む。かわりにちょいと身体を揺らして彼女の位置を上にあげる。こう、安心しな、気にするだけ無駄だからって意味を込めて。

 そんな事をやってると、王子様が決意を込めた顔面でかつ真面目な声色で言うのである、

「頼んだぞナルミ。必ず、彼の国を魔獣の手から救おうじゃないか」

 わぁかったから。その後ろの目に優しくない大惨事どうにかしてくれ。

「これ以上、無辜の人々が悲しまないようにな」

 わぁったから。


 さて、そんな事があったその直後。

 無事珍妙なイベントも終わり、シルバちゃんを素直に降ろした後で気付くのだ。

 はて、そういや魔獣とやらが最初に来た第一陣から今回の第二陣まで、だーいぶ期間が開いとったが、王子様が来たのは第二陣の後である。

 さてはて、第一陣では『穢れ』とやらは発生せんかったのだろうか?

 そんな疑問がふと浮かび、自分はシルバちゃんに聞こうとするのだ。

「シル――」

「そう言えば王子様。先日お渡しした『火竜の涙』はお役立ちいたしましたでしょうか」

「ん? あぁ、助かった。これで丁度作りたいものが――」

「今回のこれで今まで私が王子様にアイテムをお渡しし、対価として頂いた代金が『幻鏡の大剣』の修繕費を越したのですが、修繕費はいつになったら頂けるのでしょうか?」

「……あー、も、もう少し、な?」

 ……聞ける空気じゃねけな。

 ということでこの疑問をぐっと飲みこんでしまったわけですが、あれやね。自分記憶力が鶏以下だから、この疑問もすぐにどっかに消えちゃったの。

 そんでね、だーいぶ後で後悔するんだ。もっと魔獣について真面目に聞いておけばよかったって。

 ……いや、人死にとかが出るとかそう言うんじゃなくてね。うん。

 主に自分の精神衛生的に。


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