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61・飛び降り

 魔獣とは通常ありえない性質の魔力を持っている。

 摂理から外れ理を歪ませるその力は、あらゆる生命を狂わせ腐らせる。

 死してなおその地に良からぬ影響を及ぼすその様は所詮禍。禁忌の類。

 それが魔獣。悪魔の片鱗。

 そしてその魔獣の影響を受けた土地を正常に戻すには、長い年月をかけて自然に治るのを待つか、それとも精霊の力を借りる。『精霊使い』の力を使うしかない。

 ということで我が国が誇る『精霊使い』こと、王子さまに白羽の矢が立ったようなのである。

 と、屋上から部屋へ戻る途中シルバちゃんが窓の外でなんかやってる謎の集団を指さしながら教えてくれた。そういやお姫様も『兄様を連れてくるため云々~』とか言ってたな。このためか。

 そしてつまりあれが王子様。と、そのお付きということね。

 なーんでこう、王様のお子さんがこうやって前線に続々集まってくるのかね。

「……ほかに人員居なかったん?」

「最高位の精霊、しかも四大元素すべてと契約してる方はそういませんからね。ほら今も」

 彼女がそういうと同時くらいになんか黒く大きな玉が地面から生えてきた。

 ……お、なんか玉がぶるぶる震えて、あ、激しく燃えた。

 おーおー、燃えとる燃えとる。同時に燃料になってるのか黒い何かが溶けるように消えていく。

「ああやって『穢れ』を潰していくんです。精霊とは魔力の根源、生物とも無生物とも違う純粋な『意思ある魔力』です。故に『穢れ』を喰らいそれを正すことができるのです」

「へぇ、そうなんけ」

 うん。君当然のように故に~とか言ってるけど自分魔力云々の基礎知識すらありませんからね。その因果関係を理解することがまずできないのですよ。

 そもそも『精霊』はまぁあれだが『穢れ』云々とは何ぞやほいというね。

 でもまぁ話長くなりそうだしわかったような口きいて聞き流すとしよう。深追いは死を招く。狩りも格ゲーも人間性もそうだ。

 魔獣の『穢れ』は『精霊』に弱い。これでいいのだ。

 まぁこの知識すら脳内HDDからすぐ飛びそうだがね。何せテメェの所属する国の名前を未だに思い出せないという低スペック加減を晒してるからね。

「気になるなら近づいてみますか?」

「いや、いいよ。王子様に見つかったら面倒だし」

 はっはっはと笑いながら言う。しかしシルバちゃんは渋い顔だ。

「えっと、それに関してはもう遅いかと」

 ん? それってどういう事?

 と、言おうとする前にシルバちゃんの指さす方を見ると、そこにはなんか半透明の何かがいた。

 人型のように見えるそれは青く透き通り……あー、うん。女性型液体生物がそこにいた。

 所詮ウンディーネとかそこらへんやろ。蠢く鎧がいるんだ、そういうのがいても驚く要素はない。ビビりはしたがな。

 それよりこの手を振ってるねぇちゃんを見てると……あー、葛餅食べたくなってきた。

 そんなことを考えながら半透明ねぇちゃんをなめるように見てると、彼女はその手で股間と胸を隠して、まるで『いや~ん』とでも言いたげな表情を――ごめん向こう若干透けるから表情よくわかんねぇや。

 ただとりあえずブッ飛ばしたくなった。

 あとなんでこう自分の人生にはポコポコ新キャラが増えるのか。人の顔面覚えるの苦手や言うとるべさ。

「……シルバちゃん」

「……なんですか?」

 ああわかるよ君が不機嫌になるその気持ち。なんかむかついたよねこれ。

「帰るべ」

 特に留まる理由もないし、意味わからん現象が起こったら放置するに限る。ちゅーわけで帰る。

 そもそも自分には今、上司と同僚に疑われるという結構真剣に向き合わねばならん問題があるのだ。

 まぁだからと言って何をするでもないのだがな。

 という訳で自分は帰る。バイ。

「待て、ナルミ」

 しかし後ろから何かにつかまれてしまった。この耳に覚えのあるイケメンな声に嫌々ながら振り返ると……やーっぱりあんたよね王子様。飛べたもんねお前。

 横にものすごく燃えてる、かろうじて女性型とわかる人のカタチした何かを携えた王子様は、窓枠に腰掛けながら自分の肩を掴んでいる。

 そうまるでこのまま押したら真っ逆さまになるような……進行形で色々疑われてる状態でそんなことせんけどな。

 ……疑われとらんかったら? この後の展開がだいたい予想つくからね、してたかも。

「……なんすか?」

 あー自分でもわかるわ。すっごい嫌そうな声でた。

「……そんな声出すなよ」

 そう言いながら王子様はよいしょと窓枠から立ち上がる。ついでにドヤ顔する。

 こいつは一回己がどれだけヘイト稼いだか考えてみるべきだと思う。

「……近衛さん達置いてっていいんすか?」

「ちゃんとついてきてるだろう」

 んな訳あるか。お前飛んで……あー、窓枠にひげ面のおっさんが顎乗せてる。あ、手振った。ヤッホー。

「な?」

「そっすね」

 そこ誇っていいのか?

「それにこいつらもいるしな」

 言いながら奴は隣にいる燃焼系女子をなでなでする。表情は判らんがじつに嬉しそうだ。

 さらにそれと同時にウンディーネさんもするりと近寄り反対の腕へと寄り添い……なんだろう、あんま羨ましくない。しいて言うなら熱そう。

「……こいつらは俺の精霊だ。人工のものではない天然ものの、それも最上位に近い精霊だ。ここまで人に近く力ある精霊はそういない」

 なんか語りだした。

 あとなんか増えた。緑色したウンディーネさん亜種みたいなのが窓から入って来た。

 四大元素云々言うてたから多分これ風だろうな。なんだっけ風の精霊の名前って。ほんと自分って興味ない知識と人の顔面と名前の記憶は保持できんのな。病気かな?

「かわいいもんだろう」

「そうっすね」

 正直、うん。よくわからん。

「ちなみにもう一体いる。ほら、下を見てみろ」

 王子様に促されて下を見ると……あー、なんか、土に汚れて岩が張り付いた茶色い女の子が、泣きそうな顔しながら壁に張り付いてこっち見てる。あれなら素直にかわいいと思えるが……なにあの状況。

「……なにあれ」

「あいつは大地の精霊(ノーム)だからな。あそこからここまで登る手段がない」

 とか言ってる間にもノームちゃんが壁をよじ登ろうとして滑り落ちた。登る手段がないってアナタ。

「階段使えばいいのに」

「あいつはまだ子供だからな。まだあまり頭がよくないし魔力の使い方もうまくないから発現するといつも人型になってしまう。だがまぁ成長すればこいつらみたいな立派な精霊になるだろう」

 へぇ、じゃあ成長するここで照れてる三人みたいになるの。ふぅん。

 ……どうにかして豆柴の成長を止める方法はないかと考える人の気持ちがわかった気がする。

「……ちなみに魔力濃度高めたらこいつらもああいったより人に近い形になれるからな」

「え? まじで?」

 へぇ……なんで自分の考えわかったんだろう?

「まぁ全員に人型を維持されるとさすがに疲れるからやらないがな」

 そう王子様が言った所で横から呆れたようなシルバちゃんの声が響く。

「というか王子様は5回くらいそれで死にかけましたよね」

「あー……お嬢、その話はやめよう」

 たじたじと、決まりの悪い王子様に対してシルバちゃんがキッときつめの視線を送る。

「そうですか。とりあえずこれ以上精霊との契約は控えるようにしてくださいね。巻き込まれるのは嫌なので」

「……善処する」

「期待しておきます」

 ……過去になにがあったよ王子様。

 そしてこの二言三言でこの二人の力関係がはっきりした。この王子様シルバちゃんに弱いわ。

 とかやってると何か重たいものが壁にぶつかるような音と共に若干の衝撃が建物を小さく揺らす。震度2くらいかな?

「あ、あいつ……わかった、行くから!」

 そして窓の下を覗いてこんなこと言う王子様の様子から、多分これやったのノームの娘さんなんだろうな。

「ったく。まぁいい、ナルミ。ついでだ来い」

 なぜそうなる。

「遠慮しまーす」

「大事なことだ、お前にも見てほしい」

 王子様はただまっすぐ、真摯にその瞳をこちらに向ける。なにか決意したような、そう言う眼だ。

 トマト食べるときの友達の目と同じ『覚悟』を決めたものだ。

「……オッケ、わぁったよ」

 とりあえずいつもと違い何か重要なイベントっぽいからついていってやろう。

「あ、シルバちゃんも行く?」

 しかし生贄は多い方がいい。

「行きたいのは山々ですが、生憎と私は飛べないので」

 が、断られてしま……待って。

「誰が窓からダイブするってよ。普通に階段でおりるべさ」

 おっかしいなぁ。なんで『空を飛ぶ』って項目が第一に――

「え?」

 間抜けな声を出したのは窓枠に足をかけてこっちを見ている王子様である。

「飛ばないのか?」

 アホか。

「なぜ飛びますか」

「その方が早いじゃないか」

 あーそうね、なんにしても直線距離が最も近いものね。

 だがそれとこれとは話が違うべ。

「とりあえず先行ってるからな。早く降りて来いよ」

 王子様はそういうとさっさと手下引き連れ窓から飛び立ち降りて行った。これなら落としても意味なかったな。やっときゃよかった。

「……常識というものを知らんのかあのたくらんけ」

 窓を覗いてつい呟く。不敬罪? しらんがな。

 そしてこのまま帰っちゃおうかな、という考えがああ間をよぎったあたりでシルバちゃんに後ろから声をかけられた。

「……あ、えー、その……どうします? なんなら、えっと、私を、お、おんぶして飛び降りますか?」

 あー、そうね。うん。もうそれでいいや。

 なんかもう自分あっちの常識とこっちの常識照らし合わせるの疲れてきた。考えるのを放棄したともいう。

「そうすんべかな」

「そ、そうですよね、じゃあ階段で……うぇ?」

「ほれ、乗り」

 そう言いながらその場にしゃがみシルバちゃんが乗るのを促す。が、なかなか乗る気配がない。

 どうしたよ? いっつも朝夕人の首筋に歯型という過激なキスマークを量産しといて今更恥ずかしいとかか?

 ……ようけ考えたら別にシルバちゃんつれてく必要ないな。

 というかいい年こいておんぶとか、される方も恥ずかしいわな。うん、失礼した。

「すまんね、恥ずかしいだろうしやっぱり――」

「え、あ、待って! 乗る! 乗ります!!」

「おふっ!?」

 こう、あれよ。小柄とはいえ女の子とはいえ、人ひとりがいきなり飛び乗ってきたらさすがにバランスが。

 あと首から少し変な音がした。

「……痛い」

「あ、ご、ごめんなさい」

 いえね、そんな申し訳なさそうな声出さなくても大丈夫だけどね?

 ただな、お前はな、女子なんね。

 そうやってぎゅっと抱き付かれるとな、その、成長しかけの幸せ母性が背中に――

「……なにやってるんですか?」

 聞きなれた声が聞こえる。

 横を見ると、なんか微妙な顔で立ってるムー君の姿がだな。

「いま窓から飛び降りようとしててだね」

「階段使えばいいじゃないですか」

 ……いや、うん。

 ごもっともなんですけどね?


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