6・お姫様と黒い人
*out side*
ここ、トゥインバル王国の地方にある街、ノルフェスの城のとある一室にて。この国の第三王女であるエリザ・ルル・トゥインバルはいま――
「……暇。暇暇暇暇暇暇暇ひーーまーー!!」
ベッドの上でだらしなく転がって限りなく暇を持て余していた。
周りの者達は魔物だなんだとバタバタしていて相手にしてくれないく、せっかく嘔吐を離れて遊びに来たのに意味が無い。
そもそもこういう時はだいたいおもしろい事が起きているのだが……
「なぁ、城下に行って遊びたいんだが、だめか?」
「駄目です。頼みますから大人しくしていてください」
「ケチ!」
だいたいそんな時は、それに伴って彼女の護衛、ひいては彼女の行動規制が強化されるのであり、いつも以上に暇になるのだ。
そして姫がこんな状態の時に1番の被害を受けるのは… …
「頼みますから姫様、大人しくしていてください。ほら、シルバあげますから」
「ふぇ!? たいちょー!!」
第三王女近衛隊の新人隊員、シルバ・ランドルフである。次点で近衛隊隊長のミミリィ・スザルス。
紅い髪に紅い瞳の小さな隊員は、彼女の上司によってお姫様へと献上された。
ちなみにミミリィの方はというと、犬耳の生えた鈍い金色にも明るい土色にも似たい色の女性である。
「むぅ……シルバの着せ替えは飽きた! 外に行きたい!!」
そう言いながらも彼女はベッドの箸に腰掛けながら、シルバを抱えてそのそれなりに長い髪で三つ編みを作る。
ただ昔から、幼いころからエリザとともにいた所詮幼馴染であるシルバは慣れた物で文句を言えどもさほど句にはなっていないようだ。
「全く、何度も言ってますように、いま外は危険なじょ「それは草原の方であろう?なら逆の方で遊べばいいではないか。」
こうして今日も今日とて姫様のワガママ爆弾により近衛隊は疲弊していく。
しかしだからと言って外に出たら絶対にこの姫様は護衛の目を欺いて草原に行く。今までも何度もあったし、なにより彼女の顔がそれを隠しきれてない。
「……はぁ」
ミミリィの口から溜息一つ。そして諦めたように口を開く
「ゾーン様どうにかしてください」
「はっはっは。ミミリィ殿、頼みますからこれ以上この老いぼれをいじめないでくれませんか」
ミミリィに呼ばれたのは窓際で本を読む一人の老人。第三王女付家庭教師の宮廷魔術師、ゾーン・エルベルトである。通称ゾーン爺。
緑の瞳と短い白髪に長い白髭を蓄えたいかにも魔術師な出で立ちの老人である。
彼もまた、このエリザ姫の被害者の一人なのだ。最近はこの無尽蔵に近いパワフルさに振り回され、腰を痛め気味だ。
「姫様も、もう少しお淑やかになさらねば、王族として恥ずかしいですぞ」
「しかし好奇心を大事にしなさいといったのはゾーン爺だ」
「時と場合によります。何よりもまず、ご自身の安全を一番にお考えください」
「……じゃあシルバだけ連れてく」
「近衛隊全員おいていくつもりだったのですか?」
「……わかった、私ももう子供ではない。大人しく一人で読書でもしよう。だからみんな、もう下がってよいぞ」
「通じると思いますか?」
「ちぇ」
むくれるエリザ。そんなエリザとゾーン爺のやり取りを見て溜息をつくミミリィ。
一発叱ってやる必要があるな、というか一回怖い目見てもらった方が大人しくなるんじゃないか。とミミリィが口を開こうとしたそんな中、ゾーン爺が意外なことを言い出した。
「……わかりました。ならわしらは隣の部屋で待機しておりますのでなにかご用があればすぐに申し付け下さい」
「ちょ! ゾーン様!?」
ゾーンの言葉にミミリィが慌てるのに対し、エリザ姫はさっきの2倍くらい目を輝かせている。
そんな不安げなミミリィにゾーンは軽くウィンクすると、そのまま立ち上がり部屋を出る。ミミリィも心配そうな顔をしながらそれに続く。
「あ、シルバは置いていっていいぞ」
そんな言葉を背にし二人は部屋を後にして、扉を閉めた。
そして……
「ねわぁっ!ゾーン爺! 窓に硬化魔法をかけたな!!」
「ほっほっほ」
窓だけでなく、部屋全体にである。
「……なるほど、そういう」
「姫様程度では脱出でできまい。伊達に宮廷魔術師はやっておりませんでな。さて、後は扉に魔法をかけてやれば……」
そして邪魔者がいなくなり、窓も開かない部屋に姫様はシルバと二人でとり残された。
つまり、脱出の手立ても、外に出る為の交渉をするのに必要な相手もいないのだ。
全てはゾーン爺の計算通り。姫様はまんまと嵌められたのだ。
と、姫様からやっとこさ開放されたばかりのゾーン爺とミミリィの所に、一人の兵士がやってきた。
「ゾーン様、ゼノア隊長から連絡です」
そういいながら、碧い手の平サイズの魔石をわたす。これは通信石という、遠隔地から音声による意思疎通を行う魔法具である。
「うむ、ご苦労。あー、ゼノア、わしじゃ」
『ゾーン爺、突然だがあの光とカームルについての報告だ』
「ほぅ、もうわかったのか?」
『ああ、それらは両方一人の青年がやったことだった。ちなみに彼はいま我々とともに城に向かっている』
「ちょっとまて、連れてきたのか!? 危険ではないのか!?」
『大丈夫だ。だが彼は決して悪人ではない。それにカームルを単身で撃破する戦力を放置するという方が危険ではないか?』
「うぅむ……」
それもそうだが。ゼノアはあの若さでそれなり以上の地位を、家柄もあるがなにより実力を持ってして減殺の地位を手に入れたのだ。
そんな彼を、ゾーン爺自身認めているし信頼している。その彼がいうのだから大丈夫だとは思うのだが… …
「まぁお主が言うなら……でも、のぅ……」
やはり一抹の不安が残る。だがこんどはさらに驚愕な一言をゼノアは語った。
『それで実はその青年、ナルミというのだが、彼は実は……実は、黒髪に黒目なのだよ』
「…は?」
ありえない、と思った。
髪や目はその者の魔力や属性により変わってくる。水なら青、火なら赤という具合にだ。
それが黒、聞いたことがない。
昨今は髪を染める染料などもあるが、黒に染める意味が無い。
多くそれら染料は自らの属性を欺くためのものであり、そんな悪目立ちのする色に染めるのはよほどの理由があるかはたまた狂人か。
「……あ、ゾーン様……あーあ」
その呟きはミミリィのもの。諦めたような、落胆したような。
その声に反応して彼は後ろを振り向くと、そこには開け放たれた扉と仁王立ちしているエリザの姿が。
エリザから逃れて部屋からでてきたばかりであり、扉に魔法をあるいは鍵をかける前に通信が来たのが敗因だろう。
つまるところが。
「それは本当か!? ゼノア!!」
「うぉっ!」
大声で話してるところを姫様に聞かれてしまっただ。
「ぜひ見てみたい、私のところに連れてこい。」
「姫様!この者は得体も知れない、危険な者かも知れないのですよ!そんな事をして万が一があったら…」
「でもさっき、ゾーン爺自身がそいつを城に入れるのを容認したではないか。」
「うっ!」
痛い所をつかれ、何も言うことができない。
「それにゼノアが言うのだ、問題はなかろう。と、いう訳でゼノア、連れてこい。謁見の間で待ってる」
『は、はぁ……』
一気にまくし立てられ、つい流されてしまったゼノアが頷く。
それに満足したのかエリザは一方的に通信をぶった切る。
さぁ、どんな者がくるのだろう。そんな思いを胸に、彼女は普段着のドレスを脱ぎ散らかし正装に着替え、その者に会う用意をする。
多く、髪色は目の色は生まれつきだ。それぞれの特性に合わせた色だ。
ならば黒とは、一体なんなのだろうか。
未知、不思議、好奇心。それが彼女を突き動かす原動力だ。
そしてそんな彼女の目の前に不思議なものが手の届く所にあるかもしれない。そう思うだけでいても立ってもいられなかった。
そして『謁見の間』と呼ばれる部屋に着いた時には、先にゼノア以外の各隊隊長が待機していた。恐らくゾーンが報告を聞かせるのと、一応警戒のためによんだのだろう。
そして彼女に遅れてゾーンもきた。やはり年か、かなり息が切れており、辛そうに腰をさすっているいる。
ちなみに謁見の間は小さい体育館ほどしかなく、奥に少しきらびやかな玉座がいくつかある以外は質素である。
こうして準備を終えた彼女は今か今かと待ち続け、とうとうその人物と対面した。
その姿は聞いたとおり、黒い髪と、黒い瞳。他のものも彼の姿に一同が驚いていた。皆一応報告の概要は聞いてはいたが、いざ目にするまではやはり信じられないものである。
また彼のその格好も奇妙であり、上には肌着に下は丈夫そうな青いズボン、そして柔らかそうな靴と出で立ちである。ありきたりな姿ではあるが、その実見に点けてるものはどれも精巧で不思議な材質のものであると一目でわかる。
そこら辺の靴屋仕立て屋程度では、到底再現できないだろう。そこだけ見れば彼が放浪するどこかの貴族か王族かに見えなくも無い。
だが如何せん本人には一切覇気が足りないというか、ニコニコと気力のなさそうな顔をしているので貴族の身を捨て放浪するような根性のある人物とは思えない。
そんな彼を目の当たりにして以外と緊張しいな節のある姫様はしばらく硬直していたが、やがてこう切り出した。
「それではハセガワナルミとやら。まずは自己紹介をしよう。私はこのトゥインバル国の第三王女、エリザ・ルル・トゥインバルだ。さて、さっそくだがナルミとやら、お前は魔物の首をへし折ったと聞いたが、その時のことについて詳しく説明してはくれないか」
緊張からかまくし立てるように一気に言った。
対して彼、ナルミは少し困ったように表情を動かし――
「えっと、ですね……走ってくる猪の鼻先にこう、全力で下からアッパーをやったら折れて、ひっくり返っちゃいまして」
あっけらかんと、なんでもないようにそう言った。直後に『アハハハハ』とごまかすように笑い始める。
同時に周りの隊長達がざわめき始めた。それはそうだ、まるでこれでは魔法も何も使わなかったかのような口ぶりだ。
「そ、それは魔法とか使わずにか!?」
反射的に出たエリザの言葉。それは純粋な好奇心であった。
しかしこの言葉に対しナルミは眉間に皺を寄せると、考えるように黙りこくった。
「……F12」
「え?」
「『F12』又は『名前をつけて保存』それが自分の使った能力名です。……これは物や現象の性質を変えるもので、自分の拳の性質を、拳の『破壊力』と言う数値を跳ね上げただけです。これは魔法ではない、技術だ」
魔法ではなく、技術。
意を決したように言ったナルミの言葉は、ひどく自信に溢れていた。まるでそれが己の誇りであるかのように。
そしてそれはエリザの好奇心を大きくくすぐるのには充分なものであった。
「ほ、他に何ができる? 見せてくれないか?」
そう言いながら無意識に一歩近づくと、いつのまにやら近づいたミミリィが小さく、叫ぶように告げる。
「姫様! こんなところでそれをやらせるおつもりですか! 危険すぎます!!」
と、あくまで小声で。姫様はなるほど、と納得はしたが
「うむ。だがその為の近衛だろう」
と言って引こうとはしない。そのまま彼女は再び一歩前へと踏み出し、ナルミへ心からのお願いをする。
「……駄目か?」
「……まぁ、いいですよ」
ナルミは諦めたようにそう言って少し考える。それを見てしてやったりとエリザはは思い、ほくそ笑んだ。
そして彼は言葉を続けて、
「えっと、それじゃあ……何か要望ありますか?」
といってきた。
「要望って、まるでできない事などないような口ぶりだな。」
「まぁ、出来る範囲では」
「それはそうだろう。ではなにができる?」
「基本的になんでもできますが……」
押し問答である。
そこで今まで後ろの方で黙ってみていたゾーン爺が一言。
「ならば君が一番得意な事をやってみてくれないかの」
彼もまた何よりも好奇心を隠せずにいた。彼は一体魔法以外のどんなものを見せてくれるのか、それが気になって仕方がなかった。
そんな彼の一言にエリザは心の中で『よくやった、ゾーン爺!』と褒めたたえた。
対して言われた青年はというと、
「……わかりました」
少し考えた後に答えた。そして、
「……F12、『蠢く影』」
呟きと共に、彼の足元から何かが出てきた。いや、正確には違う。それは起き上がってきたのだ。
それはまさしく彼の『影』であった。
黒く深い、無貌の人型。揺らめき、ざわめき、蠢くそれはあまりに平面的でそれ故に不気味で見ていて不安になる。
「なななななななっ! なんだっ!こ れはっ!」
真っ先に動いたのはエリザだった。彼女の動揺しまくった声を聞いて、放心状態だった近衛の二人をはじめ周りの隊長達が一斉に構えた。
すると彼は一度周りを見渡した後、最後にじっと立ち上がっている自らの影を見つめだす。
数秒の沈黙。そしてすぐにナルミは影をもとに戻して両手を挙げ、敵意がないことを示した。
「……よーし、ごめんなさいマジ調子乗りました勘弁してください」
想定外。あんな非常識で訳のわからないものが出てくるなど誰が予想しただろうか。
あれほどの術をたった一言の呪文だけで発動させるのもそうだが、なにより、どの属性に分類すればいいかわからない。そもそも、影をあのように操る術なんて聞いたことが無い。
しかもこれが彼の”一番得意な事”なのである。
「……ゾー――」
ゾーン爺に何が起こったか聞こうと思ったが、その肝心のゾーン爺がその場で腰を抜かしてへたりこんでいた。
「ぶ、あはははははは!!」
それを見たエリザは、思わず爆笑してしまう。
さっきまで驚いていたとは思えない程に笑っている。
何たって、常に冷静沈着なゾーン爺が腰を抜かしているのだ。普段の彼からは絶対に想像できない姿である。
そして、彼女はしばらく呼吸ができないくらいに、腹筋がつりそうになるほどに笑い続けた。
対するゾーン爺、普段の賢者のような威厳のカケラもなく、哀れにも尻餅をついている。
娘にも孫にもついぞ知られる事のなかった幽霊が苦手という弱点が、こんな形で露呈する事になるなど誰が創造していただろう。
そして、落ち着いた所でエリザ姫が
「ヒィー、ヒィー、……ゼ、ゼノア、識別器をもってきてくれ。ふー」
苦しそうにそう言ったた。