58・分類アンデット
スゥ君の目に溜まった涙がそろそろ頬を伝って落ちそうになった頃、お姫様はどこからだしたか薄い書類の束を見ながら喋りだした。
「では、じゃあまず今回の損害だが、外壁とそこの壁に穴が開いただけで概ね軽微なモノですんだ」
「ゴメンナサイ」
それ自分がやりました。
しかし自分の謝罪をよそに、彼女はフフフと言った感じに笑いながらこう言ってくれた。
「別に気にするな、軽微と言ったろう。それにこちら側にもあちら側にも人的な被害はなかったんだ。それくらいさした問題ではない」
死人でなかったか! いや、それは結構!
よかったよかった、この年で人殺しにはなりたくないからね。
犯罪云々とかもそうだが精神衛生的によろしくない。
「それに壁ならもう直ったしな」
ほれ見てみろ、と言いながら彼女が穴の向こうを指差すと、そこには一部色が明るいものとなった壁が目に入った。
中々に大きく焼き消した気がするのだが、よく直せ――あぁ、魔法か。
自分が言うのもあれかもだが、やっぱ魔法って便利よね。
といった所ではたと気付く。ならこの壁も直しとけよ。
「……ならこの壁何で直さなかったんすか?」
「ナルミを起こして雷落とされるのをうちの兵が怖がってやってくれなかった」
……。
「魔獣を屠ってあの軍勢を一人で倒したんだからな」
……なるほど、ねぇ。人間とばれるとこうなるのか。いやそれだけではないけど。
「でも一応顔は隠しておけよ」
「ヤー」
全く、不便だな。
……ん? しかし今更だがそんな奇天烈生物人間に対して目の前のこいつらはなんでこんなに普通に接してられるんだろう?
ちょっと聞いてみようかな。とした所でお姫様が話題の路線を戻す。
「あとは……あ、そうだ。捕らえた敵兵はまだここにいる。大人数だから後ろに送れるだけの準備がないのが現状だ。あとお前が対峙したファミアル・コーデァがいただろう? あいつがお前を絶賛していたぞ。同時に猛将と聞いていたが、素直に情報を吐いてくれてびっくりしたとゼノアが言っていた」
何してんだあのおっさん。
「ついでに感謝するとも言ってたらしい」
……頭強く打ちすぎたかなぁ?
「それはどういうことで?」
「うむ。その事なんだがな……」
そう言うとエリザはなにやら険しい顔をして、真剣な眼差しでこちらを見据えてきた。
「実はな……帝国は今魔獣の被害に晒されているらしいのだ」
「……魔獣?」
「あぁ。魔獣が、帝都に蔓延り国の意にそぐわない者、邪魔になる者をむごたらしく食荒らしているらしいのだ」
……えっと、なんとコメントしたらよいのか。
「そしてあの大型魔獣の封じられた魔石が使用されはじめたのもそれと同時くらいらしい。それとここに来るために使った魔法陣も。ちなみにあれは案の定転送用の魔法陣なんだと。まぁ魔石にしろ魔法陣にしろ詳しくはまだわからないが、なんらかの関係はあるだろうな」
「そりゃ疑わなければ嘘でしょうに」
「あぁ。あとはこの戦いもそうだが、軍部は全て魔獣に『見られている』らしい。そして少しでも帝国に反する行為を行った場合、家族または本人が魔獣の餌となるとも言ってた」
……なるほどね。あの時の『見られている』という言葉はそういう意味で、無謀な突撃にはそんな裏があったのか。
そう考えるとあの敵兵さん達凄いよな。自らの命と家族の命とを天秤にかけて、皆揃って家族をとったんだから。
「あとは今までにない急激な食糧難と自然魔力の減衰だが……まぁ、これもそっちが絡んでるんだろうな。以上が今回入った情報だ。残念ながらファミアルも所詮『見られている』側の者だから、情報はさほどないのだそうだ」
ふぅん……。
「いくつか質問いいですか?」
「うむ」
「自然魔力とは? 枯渇するとどうなるんすか?」
魔力関係はぶっちゃけさっぱりわからんのだ。
「なかなかむつかしい質問だな」
「……そうなん?」
「ああ。まぁざっくばらんに説明したら自然魔力とはそこら辺を漂っている魔力で、土地や気候、そこにいる生き物の感情により性質がかわるものだ。私たち生物が内に秘める内包魔力とは対でありまた同じものとされており……ああ、魚にとっての水みたいなものだ。で、私たちが魔力を使う時はだいたい内包魔力を消費し、自然魔力を吸収し失った分を回収するのだが、自然魔力がなくなるとそれができない。つまり魔力を使えば使うだけ減っていくのだ」
……わかるような、わからんような。
つまり空気みたいに見えないけどそこにあるみたいなものなんかな?
で、魔法を使うと空気中の自然魔力を拾ってチャージすると。あ、わかった充電式電池がそこらにほっぽってあったとしても、勝手に充電される感じか。なるほど。
ん? てことはつまりこの世界のみんなはMP自動回復持ちか。薬草いらずじゃん。
……でも、MP切れた所で魔法使えないだけでないの? 自分が操作する白魔術師や僧侶はよくMP0まで、下手したら0になってもがんばるよ?
「……今更ながら魔力がなくなるとどうなるんだろう?」
「死ぬ。魔力とは生命の力そのものだ。枯渇すれば当然生命を維持できない」
……つまり自分は白魔術師と僧侶を何回も殺してたという訳か。
「だからそれがなくても生きていける人間は規格外なのだ。と言うか今の分類の仕方だと生物と言う分類にすら入らない」
……あー、もしや人間って分類アンデットと違うわよね?
「まぁそんな訳だ。自然魔力について詳しく説明するには本来なら魔力という概念について説明しなくてはいけないのだが……まぁ、しかたがないな。ちなみにさっき内包魔力を使ったら自然魔力で回復と言ったが、2つの魔力を同時に使ったり自然魔力だけで使う魔法もあったりとその限りではないから勘違いしないようにな」
わかりましたお姫様。
多分。
「他、聞きたいことなにかないか?」
他ね、えっと……あ、そうだ。
「あとは……あー、その彼らの話が本当なら負けた場合も彼らの家族が危ないんでないのじゃないですか? あと捕虜になって喋るのも帝国の意に反するもので、見られてる可能性も」
「見てる魔獣は帝国領までしか動けないらしいという話だ。ここはうちの国だから影響はないんだろう。家族については私にはわからんが……大丈夫なんじゃないか? そこまで気は回らなかった」
ぶっちゃけ聞いてない、ともエリザは言う。
そうか……なんか、これ戦争としたら一気にやりにくくなったんでないか?
他は……うん、とりあえず今はいいかな。思いつかないし。なんかあった気がするけど。
「現在思いつくのはこんくらいですか……あ、ごめんなさいあった。小型魔獣ってどんなんなのかというのと魔石とやらはどうなったのか」
「魔石はすべからくお前が壊した。小型魔獣についてはわからん。色々種類があるそうでな。話を聞くに触手のように長い脚がいくつもついているとか、鋏のようなもので刻みながらすするように肉を喰うとか。あとは直視してると狂いそうになるんだとか」
……さっぱりわからんが、とりあえず旧支配者みたいなものの可能性も考えておこう。対策は立てれないが。
あと壊した記憶ないんだが、衝撃波で吹き飛んだのかな?
「あと魔石についてもうひとつ。数はわからんがまだ在庫は確実にあると」
……なかなかにヘヴィですね。
これは、どうにかしないと魔獣を全部自分が相手しなくちゃならなくなるかもわからんね。
「……うん、とりあえずわかった。質問はもうないです」
「そうか、わかった」
お姫様はそう言うと机に書類を乱暴に置いて、その横のゲーム盤を一瞬見たかと思うと思い出したように再びこちらを向きこう口を開くのである。
「……まぁ一応情報については色々確認する必要があるし、まだ今後どうなっるかはわからないから保留だが……先に言っとく。絶対お前の手を借りることになるから、その時は頼む」
……そうなっちゃうよなぁ。
うん、しかたがないな。
「あいわかりました」
自分の言葉に満足したのか彼女は先程からの真面目な顔から一気に満面の笑みへと表情を和らげた。コロコロと忙しいやつめ。
「うむ、頼んだぞ」
「魔獣をあんなに倒せる先生がいれば、心強いですね」
あ、お帰りシルバちゃん。
そしてさよならスゥ君。耳がだいぶやばいことになってるね。きれいな玉結び。
「そうだな……正直ナルミが、というか人間がそこまで強いとは思わなかったからな」
「ええ、私もです。先生には悪いですがあれだけ大型の魔獣相手にあそこまで一方的に戦えるなんて、絵空事かと思ってましたからね」
あ、そうなん。
まぁ、冷静に考えたらそうなるよね。
……あ、そうだこの流れなら聞ける。
「ねぇ、一ついい?」
「ん? なんだ」
「なんですか?」
「いや、なんかきの……一昨日の戦闘で敵兵や味方の兵士さんの反応からして、人間って想像以上に警戒される種族だとわかったんだけどさ。なんで君らはフツーに接してんの?」
いや特別扱いして欲しいわけではないのだがね、と付け加えるように最後につけてから彼女らの顔を見る。
すると彼女らは一瞬ぱちくりした後お姫様は額に手をやって『しまった』と言いたげな表情をして、シルバちゃんは困ったような顔を――なに、この反応。
「……そういや伝えるのを忘れていた」
「ですね。まぁ、普段あまり会う事はないですからね」
「えっと……なにに?」
自分がそう言うと二人は同時にこちらへ眼を向け、そして口を揃えて同じ意味の言葉を吐き出した。
「人間とは違う伝説の種族だ」
「人間ではない伝説の種族です」
……うん?




