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57・どうせ後で死ぬ


 結論だけ先に言おう。自分は何事もなかったようにこの場を切り抜けた。

 というだけではわからないだろうからザックリとどんな事があったか見てみよう。とりあえずあの髭のおっさんのところからだ。

「我が名はエンダルシア帝国軍四将が一人! 剣将“潰し刃”のファミアル・コーデァである! 王国の幼き人間よ! 我が名においてここに決闘を申し込む! 主の名誉にかけてその名を名乗るがよい!!」

 震撼。そう表現するに相応しい怒声をこちらに向ける彼、コーデラ、違うコーデア、発音しにくい、ファミアルさんの目の前で、正直な所焦っていた。

 というのも、周りを過ぎ去っていく兵隊さんを止めなければという事で頭がいっぱいだった――のと同時に、決闘とやらを申し込まれたことによる焦りである。

 ……白状しよう。彼は名前と一緒に所属、役職果ては二つ名っぽいのを名乗って決闘を申し込んだ。となればそれは自分も国名と役職を名乗るのが筋であろうが――ごめん、お姫様。テンパって国名忘れた。トゥなんたらとしかでてこない。あと近衛隊の正式名称もどっかいった。

 さぁどうしよう。ちょっと、これは、洒落にならないかもわからんね。下手に名乗って間違った事言ったら目も当てられない。

 ……そんな訳でこの時の自分は全力で持ってしてごまかす事にした。

「さぁ! 人間よ名乗るがよぇあ!? ふべっ!!」

 突進、後の持ち上げバーニングハンマー。という名の無理やり持ち上げての脳天落とし。素人はこんなことしてはいけません。無論自分も含めて。

「ぐ、あ……く、卑怯な」

 そう言われるとチクリと来る。が、だからなんだ。

「ごめーんちゃい。でもアナタの娯楽に付き合って味方見捨てる訳には行きませんので」

「ふ、ふふ……見事だ。ぐふ」

 そんな自分の言葉を聞いた彼はそう最後に呟くと、地に伏せたまま力なく意識を手放した。何が見事かはわからん。

 で、目先の障害を排除したらば次の障害、つまりは後ろで団体行動している敵兵さんの撃退である。

 まぁ、とはいえやる事は決まっているんだがね。死なない程度に範囲攻撃で一掃だ。

 てなわけで自分はポケットから再びボールペンを一本取り出し、叫びながら空へ向かって投擲するのである。

「それっ! F12『拡散ブリューナク』っと!!」

 するとそれは空中で一瞬静止したかと思うと、クルリと彼らの方向へ照準を合わせて一直線に飛んでいった。そして同時にどこからともなく紫電が発生し、ボールペンを追うように――

「うぎゃぁ!!」

「あばぁ!!」

「ぎぶぁ!!」

 ……こりゃひどい。雨あられと雷が降り注ぐ様がこんなにひどいとは――まぁ、思ってたけどね。

 あと今更だが自分の中ではトライデントが水属性ならブリューナクは電気属性の攻撃である。まぁ今は誰も死なないようになってるから人に当たっても麻痺だけだがね。

 ……人に当たったら麻痺だけだが、人以外にはきっちり攻撃力はあるようで巻き添え食らった砦の壁は一部穴あきの黒コゲになってしまいましたとさ。ごめんなさい。あと一部味方兵士さんも盛大に巻き込んでしまい深く謝罪いたします。

 ごめーんちゃい。てへっ。


 はい。


 という具合に、サクサクサックリと敵さんを処理するように全てを終わらせ重たい身体を引きずりながら自分は部屋へと戻ってベッドイン。瓦礫だのなんだのも気にせずそのまま意識を手放したのだ。

 ちなみにだが、戻る間に自分は非常に居心地の悪い思いをした。というのも、味方の兵士さんに怖れられてというか、近づくと引くのよ彼ら。しかも遠巻きにヒソヒソやるしね。モーゼの十戒ここに見たり。このやろう。泣くぞ。

 ……で、そんな状態の自分を優しく微笑みながら出迎えてくれたのはゼノアであり、彼は周りの人たちのような怪奇現象を見たかのような目ではなく、いつも通りの優しい笑顔で『おかえり』と一言。いつも通りの優しい彼で出迎えてくれた。多分自分が女の子だったらフラグ立ってるね。

 ……でもゼノアさん、それは女の子に対して許されるものであるからして、男相手に真顔で『やっぱり眠いのか。じゃあ俺の膝枕で寝るか?』とか頓珍漢な事言うのはどうかと思う。

 あと自分にハグするのやめよう? その悪党が事件起こす直前にしてそうな顔面で腕広げるのやめよう? 傍目には獲物を狙う吸血鬼のそれだよ。

 いや、お姫様曰く寝心地がいいらしいとか、関係ないから。あなた、実は割とアホでしょ。

 ……話が逸れた。まぁそんなこんなで自分は穴の開いた部屋へと戻ると、埃にまみれたベッドへ身を預けてやっとこさ安定した睡眠時間を確保したのである。

 以上。こんなことがありましたとさ。


 そして現在。自分は朝日に照らされて健やかなる目覚めを体感していた。

 穴から差し込む陽の光と晴天時特有の風が実に爽やかだ。しかし自分の記憶では確か寝たのは朝だったはずだが、よもや丸一日寝たのではあるまいな。あとお腹すいた。

「あ、先生おはようございます」

「おお、おはようナルミ。やっと起きたか」

 目覚めた自分がそんな感想を抱きながら上半身を持ち上げると、横からそんな声をかけられた。見るとそこではお姫様とシルバちゃんとがいつか見たことあるボードゲームを机に広げ、対戦している所だった。

 ちなみにシルバちゃん以外の面子はスゥ君が部屋の隅っこで縮こまってるくらいで影も形も見当たらない。なんだ、もしかして彼は今更になって自分に怯えだしたのか?

「……スゥについては気にしなくていい。またテトラにちょっかいかけてああしているだけだ。いまは仕事だから助かってるが……まぁ、交代になったらどうなるか」

「姫様ぁ。どうかならないように助けてくださいぃ」

「自業自得だ。というかいい加減学習しろ。そろそろ耳がもげるぞ」

「うぅ……だってぇ」

 そう呻きながら耳を押さえて蹲るスゥ君。どうやらだいぶ前に見た耳を結ばれる罰は定番のものらしい。というかいったいなにをしたんよ君は。

 しかしそんな疑問を呈する間もなくさっさとエリザはこちらに別の話を振り、話の内容を切り替えてしまった。

「で、だ。ナルミ、お前が寝てた二日間の事について色々伝えておく事がある」

 ……二日間、という言葉には触れないでおこう。

 そして、その前に自分はやらなきゃならんことがある。

 冷静になって思った。うん、自分は多分今断頭台に首突っ込んでてもおかしくないんだよね。

「……いいけど、その前に一ついいですか?」

「……ん? なんだいきなり畏まって。別に構わんが」

 許しをもらった自分はそのままベッドから降りると、地面に正座し深々と頭を下げながら言葉を述べるのだ。

「申し訳ありませんでした」

 いやね、ほんとね、まじでね。お姫様相手に何やらかしてんのっていうね自分。

 しかも割と、いや完璧自己中心的な理由でお姫様に詰め寄ってからに。国民を背負ってるお姫様の負担を微塵も考えずに怒鳴り散らした自分……あー自己嫌悪。

 と、いうかだ。そもそもからして自分でも前から何度も言ってるように、要は自分は今住所不定無職無国籍だったところを拾われ今に至る。それは人間だったからだ。

 今まで自分は17年とちょっと生きてはいたが、それは向うの世界の話。こちらの世界での積み上げは全くもってゼロなのである。

 つまりだ、自分に『人間』であること以外の価値なんて今現在であるわけがない。

 前の世界の基準で考えたからいけないのよね。あせりすぎた。

 あっちにいた時の自分の居場所も、要は17年かけて積み上げたものなんだ。そこへ高々数か月もしないで収まらないからって切れるのは、ねぇ?

 それら総合的に考えて、自分が悪い。

「少々最近追いつめられてたとはいえ、非常に申し訳ない事をいたしました。申し訳ありませんでした」

 ほぼほぼ土下座ね、これ。

 だってなんだかんだ言って自分今、リストラという意味だけでなく物理的にクビが飛ぶかもわからんのだ。

 断言しよう。自分は権力に弱い。

 まぁもちろん本心から悪いことをしたという気持ちはあるが、それを加味してもやはりお姫様だからというのが強い。

 頭を下げて失うプライドより、お姫様に逆らったという事で失う世間体の方が怖い。

 てな訳で全身全霊の謝罪を彼女に向かってするのである。さたさて、どうなるか……。

「……あー、うん。あれは、私も悪かった。一日寝たら私も中々非常識なことしてたし――ごめん。それにお前にそんな過去があるとは思わなかった」

 彼女はそう言うと、申し訳なさそうな顔で頭を下げてきた。すると横からシルバちゃんが明るく機嫌のよい声でこう言った。

「これで仲直りですね! よかったですね姫様!!」

 ……ん~。これは仲直りに、なるのかな?

「姫様先生の事見ながら『有耶無耶にならないかな』とか言ってましたけど、やっぱりちゃんと謝ったほうがいいじゃないですか」

「お姉ちゃん! そういうこと言わないで!!」

 ……つまりお姫様もなんだかんだで自分と同じ気持ちだったと。なんか少しホッとした。

 あと、お姉ちゃんか。うん。

 といった事を考えながら目の前でじゃれる二人を頭を上げて見ていると、そのうちの片方、お姫様のほうがシルバちゃんのほっぺたを引っ張りながら顔を真っ赤にして叫ぶように言うのである、

「とにかくこの話は終わり! 水に流せ! いつもどーりに接すること!!」

「いひゃいでしゅぅ」

 なかなかに混沌とした光景である。

「わかりましたよお姫様」

 とりあえず終わったならこれ以上地面に座ってるのもアレなので、自分は立ち上がりベッドへ――

「……お前も、抱え込み過ぎるなよ」

「……んん?」

「何でもない!」

「お、おう」

 なんだかわからないけどわかった。

 そして本来の話題であるお姫様の伝えたい事を待っていたのだが……横からスゥ君がさらに場を混沌とするような言葉を放った。非常にイタズラっぽい笑みを浮べながら。

「あ、姫様顔真っ赤。もしかして先生を好きになってたりしますか?」

「シルバ、とっちめろ」

「はい。耳、もぎますね」

 お姫様が真顔になって号令をかけてからシルバちゃんがスゥ君を組み伏せて耳を引っ張るまで、二秒と時間はかからなかった。

 そしてそれにより彼の先程の笑みが途端に苦悶の表情へと変貌する。

 なるほど、これがフレンドリーを拗らせた、TPOをわきまえないものの末路か。

「ちょ! 嫌っ! 痛い! いたたたた! も、もげる! ほんとに取れる!!」

「……シルバ、本当にもぐなよ」

「え? あ、はい」

 なんで残念そうな顔するかな。

「そ、そうだよぅ、やめてよお姉ちゃん」

 お前はお前で何でわざわざ火事にタンクローリーで突っ込むような真似するのかな。

「ごめんねエリザちゃん。やっぱりもぐね」

 そしてシルバちゃん怖いです。

 あとこうやって見ると本当スゥ君って女の子にも見えるよな。涙目なとことか特に。ダブダブの男装とか実にあざとい。だが自分的には男の娘はそれだけでブラウザバックものだがね。

 なんか、気持ち的に、こうBLとかは否定はしないが、もうリアルで見たくない。だからもうあの格好はするなよ?

「シルバ。どうせ後で死ぬんだ、そのくらいにしておいてやれ」

 あとで死ぬってお前、表現。

「……チッ」

 舌打ちと共に離れるシルバちゃんの瞳は、いまだ狩るものの眼をしていた。

「た、助かった……」

 ホントに助かってんのか?

「ふん。スゥ、お前私だからこれで済むんだからな? 他の貴族なら首が飛ぶぞ。あと私がナルミをそういう対象に見ることは永遠にない」

 あ、なんかちょっとグサッっときた。真顔で表情筋全く動かさずに言われるから特に。

「うぅ……わかってますよぅ。わかった上での言葉ですぅ」

「なら言うな」

 ……ちょっとここで少し踏み込んでなぜ自分が対象外だと断言できるのかという理由を聞きたいが、この空気で聞くわけにはいかないね。

 あぁトラウマが思い出される。女子のグループに囲まれながら言われた言葉が。

『長谷川君ってどこまで行っても友達までで彼氏にはならないよね!』

『そうそう。悪くはないんだけど、なんかね』

『なんか……永遠の三枚目みたいな? あと子供っぽい』

『ははは! なっちゃんざまぁ!!』

 ちくしょう。たしかに自分は色々精神年齢低いような気はしてるけども。

 ……ちなみにフルボッコにされたのは自分だけではないので、本当に対象外だったわけではない、はず。

 とかなんとか勝手に考え落ち込んでいるうちに、ピシッと中身が切り替わったお姫様が仕切りなおすように声をかけてくれた。

「では、本題に戻るぞ。今回の被害とわかったことについてだ」

「……はい」

 ちなみに端っこでシルバちゃんがスゥ君の袖や裾を縛って転がしたのち、耳を縛ってるのが見えるが、気にしないことにした。


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