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55・あれが元凶


 はっきり言おう。ここ以降しばらく記憶がすごく曖昧になっている。

 それはひとえにイライラと、あとすっごく眠いという事に起因する。というかベッドに飛び込み一回意識が途切れたもの。

 つまりは半覚醒状態。いつもより本能の議席マシマシの状態だね。

「おいっ! エリザ! ナルミ! 大丈夫か!? 敵からの攻撃で砦の壁が……おい! どうした!?」

 そんな訳で直後、斧と鉈とを手に持って、ゼノアの兄貴がやってきた。そして放心状態のお姫様を揺さぶり頬を叩く。

「おい! エリザ! お前が指揮をとるんだろ! 正気に戻れエリザ! クソッ! あの魔獣の精神攻撃か!?」

 ごめんそれ自分の精神攻撃。

 しかしウトウトと思考力判断力共に大幅低下していた自分はこのときそんな冷静に物事を判断できるはずもなく、部屋の隅で震えているお姫様を見てギョッとするゼノアさんに向かい、あろうことか不機嫌さを全く隠さない声で接してしまったのだ。

 元凶のくせに図太いやつである。

「……ゼノアさんよ、あれはなんだ?」

「あれは、魔獣だ。あれが魔獣だ。今回俺らが倒すべき……くっそ! まだ召喚するのか!?」

 彼は懐から小瓶を出して、お姫様の口へ注ぎ入れる。多分ポーションか何かでしょう。お姫様がこれを頼りに徹夜していたから間違いない。

 と、やってるうちに最初に出た魔獣の後ろに、不思議な光を放つ巨大な魔法陣が浮き上がってきた。

 そしてそこから、また新たな魔獣がでてきている。

「……ギャァァァァ!」

 それは大きさは10メートル程の、まるで鶏のような灰色の鳥であった。

 しかしその足は五本であり顔の半分を占める巨大な緑の瞳は狂ったように日光を反射させ鈍い光を吐き散らしているという、おおよそ鶏とは似ても似つかないものである。

 そしてその声は感情を揺さぶり、直接心に恐怖を絶望を染込ませるような、そんな狂気の声であった

 らしいよ。あとから聞いた話。

「これは……まずい。量が多い」

 そうなんだ。へぇ、シルバちゃんがブッパして火葬すれば倒せるんでね? とか思ったがこの反応を見る限りそうでもなさそうだ。

 ……まぁ今そんなことどうでもいいんだけどもね。

 問題はあいつらが自分の睡眠の邪魔をしたという事だ。

「クソッ! いくぞ! あれを何とかしないと! とりあえず予定通りに行けばいいはずだ! ムー! ひとまず頼むぞ! 正気に戻れエリザ!!」

「あ、え、ああ」

 そう言って彼はお姫様を掴んで部屋を出ようとする。

 そうかそうか、ならばゼノアよ、あーとーはーまーかーせーたー。

 と、自分が意識を手放し再びベッドへ一人頭からダイブしようとした、その時である。再び巨大な、今度は耳をつんざく様な声が響いてきたのだ。

「ギャァァァァ!!」

「ゴガガガガガ!!」

 ええ、そうです。もう切れましたよ。というか破けました。堪忍袋の緒が切れるとか生易しいものではなく、堪忍袋その物がビリッといきました。

「う、る、せぇぇぇぇ!」

 そう怒りのまま心のままに叫びながら、自分は服の隙間の影に手を突っ込み、適当なボールペンを手に取り叫ぶ。

「F12『赤色ブリューナク』!!」

 怒りに任せ、空いた穴からぶん投げる。それはケルト神話における灼熱の槍。瞬間的に雷をその身に纏いて、まっすぐ骸骨の額へと突き刺さる。完治してない中二病の知識舐めるな。

 そしてそのままパァンという小意味いい音と共にそのしゃれこうべを粉砕玉砕大喝采。

 散る頭蓋。崩れ落ちるその他の骨。静まる戦場。

 そして怒り昂ぶる自分の心。

「はっはぁ! がしゃどくろ風情が調子のんなやクソッタレ!!」

 気持ちに任せて声を張る。ついでにやってはいけないジェスチャーもつけとく。もうなんか今日自分で自分がわからん。

 が、なんかイライラとその他テンションでもうどうでもいいや。

もはや脳みそなど必要ない。そう言わんばかりに反射的な行動である。考えも、能力も、そして何より行動も実に突発的で感情任せなものであった。

「ゲゲゲゲッ! ガァガガガ!!」

 そして自分の声と同時くらいになんかこちらに向かって叫びを挙げる大きな鶏。

 しかしもはや色々とタガの外れた自分にとって、そんな朝の風物詩には似てもに似つかないそのひねくれた声は実に不快であり、なんかこう……無性に腹立たしくなったのだ。

 この時の自分はすでに生命を土に還した罪悪感などなく、確実に目の前の鶏を悪と決め付けそれに従い行動していた。

 ……いや、結果正しかったんだがね? 平時だと飛び交う虫か食用意外で生き物殺すのはどうにも抵抗あるのよ。

「おっら! お前もじゃ鳥骨鶏が! 食用の癖に粋がんじゃねぇ! トサカにきたわ! 水炊きにすんぞゴラァ! F12『青色グングニル』!」

 先程と同じく、しかし今度は青色単色ボールペンを北欧神話における『必中の槍』である『グングニル』と名前を変えて力の限り投擲する。

 大きく振りかぶり、全力全開でぶん投げる。

 鶏さんさようなら。肉となれ。

「ゴ、ゴガガガガガガ!!」

 瞬間、はじける音と共にそんな壊れたオーディオみたいな音が響き、一拍おいて何か大きなものが倒れる音がした。

 そしてそれにより自分は仕事が終わったことを確信する。なにせ振りかぶってたからね、視線は当然足元さ。別に正気度喪失を狙って回避したわけではない。

 とまぁそれはさておき、自分が視線を上げるとそこには前のめりに倒れる鶏と。まるで時間が切り離されたように誰も動かない世界があった。

 もう寝ていい?

 とか考えてるうちに後ろから声をかけられる。我らが兄貴ゼノアである。

「ナ、ナルミ? あれはいったい……」

「あ? あれ?」

「その……今の攻撃は」

「ああ、槍だよ槍。ケルトと北欧のあれがあれしたあれだ。今作った。もとはボールペンだがな」

「……作った」

 おうともさ。いろんな漫画やゲームで出てくるからゼノアも名前くらい聞いたことあるべ?

 と、世界の違いとかそういうのがすっぽ抜けたことをこの時の自分は考えていたのである。

 そしてそのまま仕事は終わった、さぁ寝ようと眠たい目をこすりながらはたと気づいた。

 なんか遠くにいっぱい人が見えるのだ。しかも見慣れない動物に跨り、見たことない旗を掲げ、見知らない鎧を着込んでいる。

 いくら寝不足でもピンときたね。あれが元凶、敵さんなのだとここで始めて気が付いた。

「……なぁゼノアさんや、所であれ、敵かえ?」

 しかしもし間違っていたら事なので、一応お偉いさんに確認しとく。どんなときでも責任は取りたくないからね。

 すると返ってきたのは、実に予想どおりの言葉だった。

「あ、ああ……間違いなく、敵だ」

「そっかぁ……じゃああれ倒せば平和な睡眠時間がやってくるんだね?」

 この時の自分は、ナチュラル・ハイを差し引いても確かに調子に乗っていた。

 というか、どこまでも貪欲になっていたのだ。安定した安らぎに、睡眠というものに。

 だから、安定した睡眠を得るために自分が奴らを排除しようと考えたのは、至極当然なのだと自分は思う。思いたい。思わせてください。

 ……まぁそれはいい、が、

「おどれらぁ! よくも舐めた真似しくさってくれたなぁ! 一人残らずしょっぴいちゃるかんなぁ! 覚悟せぇや! 自分を叩き起こした事後悔しながら首洗っとけやぁ!!」

 この啖呵、これはいけない。

 怒りに任せた感情の咆哮。と言えば中二臭くて格好いいが、いやよくないか。むしろ悪化した。あいたたた。

 ……とりあえず自分はこの言葉を叫んだ途端、なぜだろうか頭からスーッと何かが抜けるような、頭蓋から背骨に沿うように冷たい何かが通るような感覚に襲われたのだ。

 そして直後、自分は眠気も疲れもイライラも吹っ飛び、平常の感覚を取り戻すと同時に一つの感情に支配された。


 ――うっわ自分なに言ってんの、自分。恥ずかしい。


 そう一瞬でも思ったが最後、感覚が澄み切り穴の向こうに見える全ての人たちがなにやらこちらを見てるのも理解できた。

 先程の冷たい何か、所詮羞恥心というものが身体を所狭しと駆け巡り、自分のひび割れガラスハートをユンポで潰すように容赦なく砕いていった。

 あぁ、やばい冷や汗がヤバイ。真夏の沖縄に修学旅行行った時でもここまで汗腺は緩くなかった。これ脱水症状起こすんでないか?

 今わかった、身に染みた。人間は確実に恥ずかしさで死ねる。睡魔よカムバック。いますぐ自分を夢の国へと、なんならドリームランド、ルルイエでもいい、全てを忘れさせて連れ去ってくれ。

 ……うん、わかってる。大丈夫、啖呵切った手前ここで引っ込んでしまうのは恥の上塗りと言うのはよくわかるから。

 ……引っ込み、つかないよなぁ。

 とりあえず、あそこの人たちを戦闘不能にすりゃぁ良いんだよね。さすがに殺すのは自分の健全な精神衛生に悪いので嫌だが、さてはてどうしたもの――

「ナルミ! 来るぞ!!」

 なにが? と思いながら自分が向う向くと、視界に二次元的で大きなものが引っかかった。

 見るとそこには空中に複雑怪奇な魔法陣が展開されており、その中心からは赤黒く大きな三本指の腕が一本突き出している。どうやらあの魔獣はまだ出てくる途中のようだ。

「……三色トライデント。とうっ!」

 とりあえずなんか危なそうなので先程と同じように三色ボールペンを取り出し、力の限り投擲する。その直後、腕ごと魔法陣を叩き割り、代わりに弾ける様な水を飛び散らして……ふむ。

 実際に海の神様ポセイドンがトライデントを投げるかどうかは別として、ちょっとだけこの能力についてわかった気がする。

 恐らくこの能力は自分の中で『こういうものだ』としたものの名前を付けたらそれがその通りになるのだろう。

 現に今のトライデントも、実際はもっと深い神話的エピソードがあるんだろうが、自分の中では『水属性の攻撃力が高い槍』として処理されているため、あそこで土を濡らしているのだろうと推察される。

 つまり、意味を示す直接的な名前をつけなくても名前それ自体に意味が内包されてればよい。『田中』という名前に『地対空ミサイル』という意味が内包されれば、そこらの消しゴムに『田中』と名付けるだけで地対空ミサイルの属性になる。的な?

 ……まぁ今は推論だけで行動している場合じゃないから保留にしとこう。

 あと自分は四分の一くらいの敵兵さんが濁流に飲まれていった様なんて見ていない。断じて知らない。記憶にございません。

 だから、という訳でもないが若干現実逃避気味に思考を戻そう。あの人たちをどう戦闘不能にしようかということだが――

「『マッキーブリューナク』っと」

 ……なんで敵さんはこうも魔獣を召還するんでしょうね。というかあんなにポンポンと出されたらもうありがたみがない。

 もしかして魔獣ってこっちの国が意固地になって使わないだけで世界的には戦争の主戦力なんじゃないかな? それか宗教関連のなにかがあるのか。

 まぁどちらにせよ、できればもう召還はやめてほしい。魔法陣見えるたびにボールペン投げてたらさすがに色々もったいないからね。まぁブリューナクなら自力で帰って来る気がしないでもないがね。

 と、実にせせこましい事を考えながら敵さんがごたごたと動いているのを眺めていると、ふと思い出して後ろを向く。

 すると予想どおりと言うべきか泣いてゼノアさんにすがり付いているお姫様の姿がそこにはあった。

 ……今更ながら、罪悪感が凄い。が、ちょっと今自分も引くに引けない。というか、冷静になり切れてない。

 でもなぁ、謝ったほうがいいよなぁ。

「……お姫様」

 自分が声をかけると彼女は一瞬ビクッと動いて、恐る恐るといった感じに自分を見てきた。

 ……いつも自信に満ちていた眼が力なく、泣きながら上目遣いでこちらを見ていると言うのは――いや、気にするな妄言だ。

「さっきは少々言い過ぎた。というより、うむ、なんというか、うん。言い訳はしない。すまなかった」

「……うぇ?」

 自尊心を保ちながら行える最大の謝罪である。

 正直自分も悪いとは思っているが、あっちも悪いという気持ちも強い。いまだ整理がついていないんだよ。

 ……まぁ、彼女も自分の心境を知らなかった故にこうなったんだ。どちらかと言えば自分が悪いのだろう。

「少々な、自分いろいろあって……平たく言うと自分探しをしているのかな? 居場所を探していたのさ。というのもまだ確定はしていないけど17年とちょっと、今まで自分の人生積み上げてたものがなくなってしまったようで、うーん、まぁ、虚無感? 喪失感? 友達家族自分の過去、そこらがなくなったという話でして。そんな悩みを抱えていたところでして。そこで最近みんな自分をやたら人間人間と持ち上げるから、うん。正直今でもなにがなんだかわからないし、自分の整理もつかないけど、自分は自分が自分たる存在価値を探していたんだと思う。人間、としての自分ではなく、長谷川鳴海としての自分のね。なんだろう、すごい言語化しにくい感情だなこれ」

 ……まぁこれはここでこれ以上話す内容ではあるまい。

「ま、という訳で今後、そうね、『人間』としてだけでなく、自分を『長谷川鳴海』という一人の人物として見てほしいな。無論お姫様だけでなく、他のみんなもね」

「……わかった。私も、ごめんなさい」

 ちょっとだけ安心したような、そんな顔でお姫様は言う。

 なんだ、かわいいところあるじゃん。

 ……で、あれだ。なーに語ってるんだろうね自分。恥ずかしい。

 というかよくよく考えてみたら、この状況って自分でもお姫様でなくあいつらが悪いんだよね?

 そうだ、全部あいつらが悪いんだ。うふ、うふふふふ。

「……よし、仲直りの印にちょっと八つ当たりしてくる」

「え? おいナルミ!!」

 おのれなんたら帝国! おまえのせいで自分の頭はネジが飛んでポンコツとなってしまったぞ! 許すまじ帝国!!

 と、そんな憎しみを胸に自分は味方の間を縫うように駆け抜け、敵の軍隊に単身突入していったのだ。


 そうね、今の自分の名前、というか属性は、そう。『無双』でいこう。かっこいい。


 ……なーにがかっこいいだ!

 あーもうマジなんたら帝国滅ぼす!


 あ、でも人殺しちゃうのは精神衛生的によろしくないから、『不殺』の属性もつけておこう。




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