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54・ちょっとやりすぎたか

 In side



 あのねあのね。自分ね、あのね、すっごい唐突なんだけどね。

 今もんのすごいイライラしてるの。

 無論、自分も理由なくイライラを募らせるほどアレな人間ではないので、これにはしっかり理由がある。

 曰く、敵側に魔獣がいるらしい。

 はて、魔獣とはなんぞや? 魔物とは違うのか、と思うだろう。

 自分もそう思い聞いてみたところ、皆『魔獣とは自然の摂理に反する怪物である』という答えを返してくれた。意味が分からん。

 なんか魔力が云々、ひずみがどーのと言ってたが、理解はできなかった。

 まぁそんな、訳わかめな化け物がこの砦に来るらしい。

 その怪物の強力さたるや、山一つの地形を変形させてしまう程のものなのだとか。

 そんな危ない生物に狙われたこの砦にいる皆さんは、なんかもう戦々恐々ピリピリしてる。

 命かかってるからね。仕方がないね。

 で、だ。そんな化け物を撃退するには入念な準備と下拵えとが必要なわけで、そのために皆さん東奔西走頑張ってるのだ。

 ここまではいい。理解できる。

 が、しかし。なぜ自分が寝る間も惜しんでこんなに働かなきゃならんのだ。

 いや、これは語弊があるな、具体的に言おう。三日間合計睡眠時間が0時間、ついでに一日ご飯は一食の生活だ。つまり現在三徹目だ。

 お腹すいた、眠い、疲れた。

 しかも二言目には『人間だから』『人間だろう』とかそんなニュアンスの言葉をかけられる。

 あーそうだよ自分は人間だよ。だがしかし超人ではないのだよ。

 確かに今は戦時中という緊急事態だ。 そしてお姫様も同じく徹夜記録を更新しながら全力で働いているのはよくわかる。だから自分も真面目に働きお姫様の手伝いをしている。

 が、しかしだ。ものには限度があるだろう。

 相手は山一つ変形させる化け物だ。それを撃退ともなれば、準備が必要なのも当然だ。

 で、それはいつ来るんだ? というか本当にそんな化け物居るのか?

 そもそもだ、自分はシルバちゃんに似たようなの食らってるから最初から何ともかんとも危機感が。

 そしてなにより、『人間』という単語を免罪符にしてるその根性が気に入らない。

 お姫様もいくら優秀とはいえまだ子供だ。責任に押しつぶされ自らを鑑みない行動をとってしまうのは仕方がないのかもしれない。

 だが理解と納得は違うんだ。わかる? 言いたいこと。

 人間人間人間、結局ゼノアやお姫様やその他みんなが求めているものは人間という便利な種族というのはよくわかった。

 自分は超人ではない。

 自分は兵器ではない。

 自分は食糧ではない。

 自分は自分だ。長谷川鳴海だ。

 そう思うと、現状の職場環境も合わさってイライラしてくるのだ。


 さらに言うと、シルバちゃんもそうだったが何であんな女の子が重責背負って頑張っていかなきゃならんのだ。大の大人がなんでそれを彼女に押し付けて平然としていられるのか。

 そしてなぜそれを奴は納得し受け入れているのか。

 人生経験浅いガキンチョが言ってもそれはただの耳心地のいい理想論かもしれないが、それでもやっぱり自分へ求めるものも含め、この国の奴らのそういう事まるっとひっくるめてイライラする。

 お姫様なんか見てみぃ。今の彼女の心の安らぎときたら、自分の見た限りではゼノアさんにひっつくかシルバちゃんの背中にのっかるかくらいしか見受けられないのだ。もっとなにかあるだろうに。

 ああいう女の子が苦しむさまは、見ていて精神衛生的にすごくよくないからやめてほしいの。


 と、言うような感情を隠すことなく暴言と共に吐露してついさっき自分はお姫様の控える部屋から出てきました。

 ……やっばい。これはちょっと言い過ぎたか?

 確かに自分は彼女に馬車馬の如く鞭を振るわれてはいるが、それは現状の異常性から仕方がないと理解はしている。

 そして彼女もまた己の身を削ってなんかやってるのも理解できる。回復魔法を己に重ねがけしながら雑務をこなすなんて並の根性じゃやっていけないだろう。

 それに徹夜は自分らだけではない。リム副隊長もスゥ君も目の下に隈作ってる。

 だからこそ、言ってしまった後の後悔が凄い。

 うっわほんと、何やってんの自分。

 国民の生活背負ってるお姫様にただの一兵卒がわかった口で何を偉そうな説教を……あぁぁぁぁ。

 ……いいや、寝よう。今の自分はもう疲れているのだ。

 この際だ、本当に寝てご飯食べてから万全の態勢でお姫様のサポートに回ろう。

 もうこうなったら引っ込みつかないし、うん。

 そんですべてが終わったら自分、お姫様に文句言うんだ。





***


 



 そしてその日の朝である。

「ナルミ! 起きろ! 朝だぞ!!」

「ウボッ!?」

 ガスッ! という小気味のいい音と共に何かが飛び乗ってきた。ついでに鳩尾に衝撃が走る。

 ちょ、おいさすがに人間とて鳩尾に人一人分の体重で肘鉄されたら痛いんだぞ。

 というか、なんだ、うん。

 殺す気かこのお姫様。

「うっほ! ほへっ! てっめこの!!」

 自分はそのままお姫様の首根っこをまるで猫のように掴んで横に放り投げる。

 そこには女の子に対する心遣いやお姫様への敬いなど一切ない、というかそんなもの肘鉄と共に吹っ飛んだわ。

「あわっ!?」

「おっと!!」

 華麗に空中を一回転したお姫様はそのまま近くにいたムー君へと受け止められ、難なく地面へ着地する。

 見るとお付きはムー君とテトラ君の二人だけのようだ。

「むぅ……こらナルミ! もっと丁重に扱え!!」

 んだとこら。

「あ? 寝てる人間に不意打ちくらわした野郎がどの口抜かすか」

「でも十分寝ただろう?」

「ほぉ、で、自分が寝て、どんくらい時間経った?」

「ん? まぁそうだな……そんな経ってない。が、陽が昇ったから起こした」

 しゃがんでベッドの端に顎を乗せながらあっけらかんと言うその顔は、疲労と寝不足でなんか大変なことになってるがそんなのどうでもいい。その一言でお前を心配する気持ちも塵と消えたわ。

 が、さすがに暴力はいけない。静まれ自分の右腕、拳を解くのだ。

 そう、彼女もつかれているんだ。思考能力が低下してるんだ。うん。

 そう己に言いながら自分は変な顔をしている彼女の頭に手を置いた。

「……まぁ、説明不足だった自分も悪いが朝まで起こすなと言ったのは最低条件であって朝になったら起こせと言う訳ではないぞ。あとお前加減しなさいよ? いきなり寝てる人の上に飛び乗るのは非常識です。人間だって痛いものは痛いんだ」

 相手は子供で自分より寝不足なのだ、多少の事は許してやろう、と内心で思いながらなるべく不機嫌さを悟られないよう言葉を選んで言ってやる。

 するとどうだ、言葉と共に優しく頭を撫でるとお姫様はは気持ちよさそうに目を細め、そしてそのまま少し小ばかにしたように口を開いた。

「なんだ、人間なのだからあれくらい大丈夫だろう」

 薄く笑いながらお姫様は言う。

 なんなのでしょうこの心に渦巻く黒いものは。

 しかし今ここでこれを爆発させてもアレなので、自分は適当に話題を変える。

「……そういえば他の面子は?」

「ん? あぁ、ミミリィとシルバは夜勤を行ったため今は身体を休めてるな。ちなみにシルバは休め休めうるさいから罰として寝てる間に髪で遊んできた。残り二人はその機動性と隠密性の高さからナルミが見つけたものの調査を行っている」

 ……あ、そ。まぁ今更だね、人間以外はきちっと休ますのは。

 ほんと、やめてほしい。そろそろ自分も幻覚見るぜ。

 ほら、いまだって扉の向うにシルバちゃんが覗いてるような幻覚が見える。顔は見えんが髪とメイド服の裾がちらちらしてるように見える。

「そう。自分にもきちっと睡眠を行う時間がほしいね」

 あ、つい嫌味が。

「ふふん。でも人間は丈夫だから大丈夫だろう?」

 ……。

「伝説の種族がこれくらいでへこたれるな。一部では神とも並び称される種族だろう? まったく、もうすぐ敵が来るんだ、そしたらお前の、人間の力が必要になる。それが終わったらゆっくり休め。それまでは働いてもらう」

 ……神とか、願い下げ。

 不愉快。

「しかしお前は細いな、そんなんだからすぐ疲れるんだぞ。ゼノアみたいに筋肉をつけろ」

 ……あ?

「それに人間でもヒョロ長いだけではダメだぞ。やはりナルミには筋肉が足りん。長いだけではむしろ弱く見えるぞ」

 うん。うん。

「お姫様、いや、うん、あれだ、うん」

「ん? どうしたナルミ」

「……そういうこと言うのいけないと思うよ?」

「ん~? だって事実じゃないか。 あ、でもナルミに肩車されたら高くて面白そうだな。折れそうな気もするけど」

 あ、もういいわ。

 なんかもう、いいわ。

 久々にキちゃったでやんす。

「……ねぇお姫様、君にとって、自分っていったい何かな?」

「……ん? どういうことだ?」

「そのままの意味さ。自分は、長谷川鳴海は君にとってどういう存在なのか、という質問さ。それを今はっきりさせたい」

 お姫様は頭にクエスチョンマークを数個浮かべた後、やっと意味を理解したようではっとした顔になった。

 同時に後ろの二人はなにか予想外というか、慌てたというか、面白い顔をしている。なんだこいつら。

「……なるほどそういうことか」

「ん? で、どうなの?」

 その言葉に、彼女は得意げな顔で――

「ふふふん。そうかそうか、ナルミはやっぱり」

「姫様、ちょっと」

「なんだムー、聞いてきたのはナルミの方だぞ」

「しかし……」

「しかしもなにもない!」

 ……いやいいから答えろよ。

「やっぱりナルミは私に惚れているのだ! 間違いない!!」

 ……あ?

「しかしなナルミ、わた――」

「ざっけんな!」

 怒りに任せて壁を殴る。いい感じに粉砕で来た。

 忌々しいくらい空が青い。

「おいいい加減にしろよ小娘。こっちが下手に出てればふざけたこと言いよってからに」

「はっ、え? え?」

「おちょくんのもいい加減にしぃや、お? そもそもMBIについて触れるなっつった直後秒速で素破抜いてくるったぁどういう了見だ? あ?」

 そのままの勢いでお姫様に近寄るが、しかしそれもすぐに駆け寄る近衛隊の二人に引きはがされてしまった。惜しい。

 あとから思うとこの二人の行動は確実に正しい行動だと思うがね。

「ちょ、先生!?」

「やめてください!!」

「ちょうどいいわ、君たちにも聞こうか。君たちにとって自分はいったい何なのだい?」

 言いながら、ベッドから立ち上がる。

 目の前にいるのはなぜか当惑している三人組。誰もが口を開かない。

 ……ああ、そうか質問が悪かったね。うん。

「……質問を変えよう。君たちにとって必要なのは『人間』? それとも『長谷川鳴海』という自分個人?」

 誰もが口を開かない。

「君らがいつも見ているのは『人間』なのか『自分』なのか。もし前者なのだとすればもしそうなれば、『長谷川鳴海』という人格は君らにとって価値があるものなのかい?」

「ち、違う!」

 最初に声を出したのはお姫様だった。彼女はすこしだけ怯えた色を残しながらも、まっすぐと自分を見据えてしっかりと言葉を紡ぐ。

「私にはナルミが必要なのだ! そこは間違いなく、疑う余地もない」

「そうか、なら『人間』という価値を差し引いた自分に、いったいどんな価値を君は見出したのだい?」

「それは、えっと……」

 はいダウト。

「耳心地のいいことばっかり言ってるんじゃないよお姫様よ。自分がここにいるのは人間だからだ。自分がお前の近くにいるのを認められたのも人間だからだ。そしてお前が価値を見出したのも人間というところだけだ」

「違う!」

「そうかい。じゃあ自分が人間ではなくどっかそこらへん転がってる一般的種族ならここにいることはできたのか? もうみんな気付いてるんだろう? 近衛隊の指南役云々とか言ってるが、自分がただのど素人だという事をさ。なぁ、そうだろう? つまりは人間だから適当におだててここに置いとけという事だ。体のいいアクセサリ。ここは人間ありきの居場所なんだろ? 誰も自分を見てなんていないさ」

 あ、やばいこれ、止まんない。

「そんな、そんなこと……」

「じゃあどんな価値が自分にあるって言うんだい?」

「そんな」

 涙腺に嫌な刺激が集まってくる。

「家族も友達も何もかも! 自分の人生すべてを奪われて17年間をなかったことにさせられて! それでこれか! なぁ! 自分は何なんだよ! 自分の価値っていったい何なんだよ!? お前らにとって自分は何なんだ!? 自分の居場所はどこなんだよ!!」

 ちょっとまって、これ違う、これ、これは関係ない。

 止まらない。

 涙と暴言が、とめどなく溢れてくる。

「う、ぁ」

「どうして自分なんだよ! 返せよ! 自分の人生! 自分の全部! それらすべてを投げ捨てて自分はいったい何なのさ! ここにいる意味は何なんだよ! ないんだろう!? お前らにとって自分は人間である以外の価値はないんだろう!?」

「ちが、ご、ごめんな……ぃ…グズッ」

「じゃあ違うならなんか言ってみろや! 何が神にも並び称されるだ! あんなもんと同一視してくれるな! 自分は! 自分だ! わかったか!!」

「先生、落ち着いてください」

 泣き、叫びながらお姫様に詰め寄る自分の前にムー君出て止めに入る。

 同時にテトラ君がお姫様ののもとへと駆け寄り背中を撫でながら慰めている。

「……あ?」

「落ち着いてください」

 言われて少しだけ冷静さを取り戻す。同時にお姫様の方を見ると。そこにいたのは泣いてる一人の小さな女の子。

 ……ちょっとやりすぎたか。

「……チッ。悪かった、ただ今はイライラしてる。これについてはあとで話すから今はどっかいけ」

 涙をぬぐい、ぶっきらぼうにそう答える。

 しかしいくらか冷静さを取り戻しはしたが、それでもイライラは収まらない。とりあえず寝よう。

 あーあ。やーねやーねこういうの。このガチギレしたら泣くクセどうにかならないのかね。

 とりあえず、全ては寝不足のせいだ。そう思ってないとやっていけん。 だからすまないお姫様。後できちんと謝るから今はお願いだ、冬眠中のリスみたいにゆっくりしっとり二度寝させてくださいお願いします。

 とか思っってベッドに倒れた、その時である。

「グ、ゴガァァァァァァ!!」

「敵襲ー!!」

 ……何とも言えない声が外から響く。同時に怒号。

 窓から望むと向うの遠くには白い骨。10メートルはあろうという巨大な骸骨が身をこちらを見ている。

 しかしこの巨大骸骨、只者ではない。

 ただ巨大なだけではなく背中には翼があったであろう骨格を備え、額にはぎょろりとした一つの目玉が根を張っている。あとはサイズを除き普通の骸骨と同じだが、まぁ、目玉の見た目がえぐい。

「ガァァァァァ!!」

 どうやら先程の奇声もこいつのようで、非常に耳触りのよろしくない叫びが鼓膜を震わす。

 しかもベッドがよくわからん粉やら破片やらでよごれてるし。

 イラッとくるね。

 なに、なんでこの世界はこんなに自分の神経かき乱すの得意なの?





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