50・ネガティヴ
楽しい楽しい連休が終わって6日が過ぎた。
戦闘訓練という名のルール無用組手を行ったり、王子様に追いかけられたり、吸血鬼にご飯にされたりといつも通りの日常を過ごしていました。
そんな、ある日のことでした。
「ナルミ、少し聞きたいんだが、戦争を回避する方法って何かないか?」
お姫様の部屋でリム副隊長と共に護衛業務、もとい詰将棋講座をしながら過ごしていると、ゼノアの兄さんがそんなことを言いながら入ってきました。
ちょっとごめん、フラグ回収早すぎと違いますか? あれから何日よ。
「しらないです」
「そうか」
自分の返答に対して彼は一言それだけ言うと、ツカツカとお姫様のベッドへ近寄りそのまま大の字に転がった。
……いくら仲いいと言ってもでもお姫様のベッドに男性が勝手に転がるのは大丈夫なんだろうか?
「……お前本当私の部屋では遠慮ないな」
「今更だろう」
大丈夫そうだね。
で、そんな事より聞き捨てならん単語が聞こえたんだが。
なに、戦争ってあの戦争? ドンパチやるタイプのアレ? キノコとタケノコでなく?
正直フラグはいくつかあったけどさ、いざそう言う単語が出てくると困るもんだね。
と、自分が困惑していると、自分よりもその話に食いついた奴がいた。
「やはり、悪化したのか」
それはこの国のお姫様であるお姫様。
まぁお姫様が自国が戦争するかもしれないという話に食いつかない方が嘘だよな。
「悪化というか、勝手に開戦をする雰囲気をあちらが出してるというか……」
「まぁ、今あっちは大変な事になってるらしいからな」
うん、エリザとゼノアさんで仲良くお話しはいいが……中身がわからん。
というか前情報が欲しいです。国名すらわからんからね。
「その国って、どんな国なん?」
「……どんな国、なぁ」
自分の質問に対してゼノアさんはそう言いながら頭を掻き、エリザは無言でその隣に座る。
なんだ、そんな説明が難しい国なのか?
「……エンダルシア帝国という、まぁ普通の国さ。少し前までは関係も良好で、交流もあった。ここより南にある、豚肉が名産の国だったんだが――」
「ここ半年でなぜか他国に対し強硬な姿勢をとるようになったんだ。軍備も強化して近隣諸国に圧力をかけてくるし……おかげで最近肉が高くてなかなか食えん」
ゼノアの説明にかぶせ、おどけたようにお姫様が言う。しかしその目は真剣だ。
しばしの沈黙の後、ゼノアが溜息とともに言葉を繋げる。
「……で、その国がだいぶ前に一方的に同盟を破棄し、うちとの国境付近に兵士を集めている事から、おそらく仕掛けてくるんだと思う。まぁそれでも様子からするに、しばらく間はあるようだがな」
だいぶ参っている様子である。まぁ、戦争ともなれば無理はないね。
なるべく回避したい、というのが彼の気持ちだろう。
そしてそれは、ここで飛車をいじっているお姫様も同じだ。
「そしてその原因だが……あちらの国の魔王が狂ったらしい。理不尽に税を上げ、無実の民を柱に吊るすという話だ。今までは良き施政者だったのだがな」
……なんか、大変だね。
でもわからんな、なぜ自分に対して戦争の回避方法なんてものを聞く?
「……状況はわかったけど、それ自分でなくて、もっと国の上の人と話し合った方がいくない?」
「うむ、それはそうなんだが……まぁ、何か知ってるのではないかなと」
「買いかぶりすぎやね。はい、そこに角置くとここに銀置かれて逃げられます」
「む、むぅ……」
しかし戦争ねぇ……嫌よ自分。
「……まぁ、前向きに考えればここでナルミがいろいろ功績を上げることで上級騎士、いや下手をすれば爵位を得ることもできるぞ」
おいおいおい。
「冗談だろお姫様よ」
「無論だ。起こらないに越したことはない」
そのプリンセスジョークは笑えないぞ。
「事が起こったら最悪私たち王族の首が柱に吊るされるからな」
……笑えないぞ。
「しかし実際起こるのはしようのない事だ。こちらが止めようにも、あっちが仕掛けてきたらもう止まりようがない。そうなったら、全力で潰すほかない。建国以来、そうやってきたんだ」
そしてゼノアはまたそういう暗い話をする。
「……ま、起こったら起こったで仕方がない。そうなったらナルミに功績をあげてもらって爵位なりなんなりを取ってもらった方が都合がいい。それに勝てば儲かるのは確かだしな」
ねぇお姫様、そういう開き直りは良くないと思うの。
「それに色々パターンを考えているが、最悪に最悪を重ねない限りこちらが負けることは現状ないだろう」
そしてその無駄な自信もな。
「……その理由は?」
「近隣国の地形や情勢、その他諸々相手の手札の7割は把握している。そして残りの3割は適時兄様が情報を仕入れてくる。これらと過去の情報を照らし合わせれば負けることはない。何事もまず情報が大事なのだよ」
おお、情報化の波がこの世界にも。
でもそういう慢心ってよくないと思うの。
というか、そもそもだ。
「それ同じく相手側もこちらの地形や情勢などの手札を持ってるんじゃないすか?」
「かもな。でもそれが有効活用される場面はこちらに攻め込んできた時くらいだ。こっちがあちらの土地を攻める分には何ら障害となりえない。ただ無論あちらの国に攻め入るのだからあちらに地の利があるのは確実だが、だからこその油断をつける。人の最大の弱点はなにかと言えば、それは固定概念。つまりは慣れであり怠慢でありそれ故の傲りなのだ。それを念頭に置けば、策はいくつか用意できる。あくまで通常の戦闘であれば、ではあるがな」
……うわ、なんかこいつ頭よさそうなこと言ってる。
「ま、問題としたらあちらの国が魔獣を手に入れた、とかいう噂があるくらいだな」
「あまりあまり信じたくはないがな……」
呟きながらゼノアがこちらを……なんだ、こっちゃ見んな。
そしてそれはフラグだぞ。
「……多分それ、その魔獣とかいうの相手持ってますよ」
「だよな……対策しとくか」
お姫様はそう言いながらため息ひとつ。そうか、ため息が必要な存在なのか魔獣って。
そして髪をいじりながら、気だるそうな声でつぶやいた。
「……しかしよく考えると、妙なタイミングだな」
ん? どうしたよお姫様。そんな真面目な顔でこっち見て。
「あっちの魔王が乱心したのだけではない。北の海の幽霊船、教会の不審な動き、惑いの森の異様な魔力反応、各地での魔物の狂暴化や魔獣の出現情報。そして人間、ナルミの出現。なにかタイミングが良すぎる」
……問題多過ぎね? しかも内容がテンプレすぎるというね。
そしてその文脈なら、あれだ。
「それは自分が裏で糸を引いてるといいたいんですかね?」
「いや、そうではないがなにか作為的なものを感じる。最悪、人間と同じ伝説級の種族があちらにいる可能性も考えられる」
その大元の犯人に心当たりはあるけどね。あいつならやりそう。
と、自分が憎々しいパツキンの笑顔を思い浮かべていると同時に、ゼノアがのっそりと起き上りながら口を開く。
「……まぁ、なんだかんだと言ってはいるが結局ナルミがいるからそこまで危機感を感じることはないがな」
「は?」
何を言うこいつは。
「それもそうだがな……しかしいい気がしないのは確かだ。過去三回のいざこざも、勝てたはいいが結局後味が悪いものだったしな」
うん待ってその話。
「えと、すこしいい? まず君たちは自分を買いかぶりすぎだ。自分そこまで有能でない」
「人間が何を言う」
「説得力がないぞ」
その宗教にも似た人間信仰何とかならんのかいそこのお二方。
「そもそもどの形態の魔術にも依らない能力を使ってる時点でな」
「空間転移とかをやっておきながら有能ではないというのはおかしいぞ。ほかにもヤテベオを一撃で葬ったり、賊相手に大立ち回りしたり色々したではないか」
あ、はい。
「本当、人間は面白い」
いや、そんなしみじみと言われてもねお姫様。自分はそもそも……あれ? 自分?
……あ、なんだろう、なんか今唐突に、うん。なんかこれ、気付いちゃいけないものに気付いちゃったかな?
いや、まさか。さすがにね。お姫様に限ってそんなこと……うん、考えないでおこう。
下手すると自分の存在意義そのものが消失しかねん。というか自分の自信が消失しかねん。
「……どうした、変な顔して」
「あ、いや……で、過去三回のいざこざというのはなに? 詳しく聞きたい」
そう、そんな事よりももしもこの国が頻繁に戦争起こる国だったら、怖くてやっていけない。
そこんとこはっきりさせなくては。
「ああそれはこの国の話ではなく、他国の戦争や反乱に巻き込まれた時の話だ。確か7年前と5年前と、3年前だな」
「あ、そうなの。よかった」
いや、あんま良くないけど。
「……まぁ厳密に言えばそれだけじゃないけどな」
そして何ぼそっと不審なこと言うとるのか。
「ちなみにすべて私は参謀の一人として参加した」
いや、そうは言うがなお姫様、君6年前ったら、えっと、今14だから……8歳?
「はぁ?」
そんな子供を使うって、頭おかしいんと違うか?
シルバちゃんしかりお姫様しかり色々基準がおかしい。
「ふん。参加したくて参加してたわけではない。特に最初は私とシルバ、あとゼノアと兄様は巻き込まれただけだ」
そう言ってむくれるお姫様をゼノアが撫でる。
「おかげで教会から聖騎士としての位を貰ったじゃないか。なあ、『机上の姫騎士』」
「その名で呼ぶな。気持ち悪い」
「痛い、こらやめろ」
「ふん。うるさい」
お姫様は少し不機嫌な声でそういうと、そのまま横にいるゼノアの肩をバシバシ叩く。ほんとこいつら仲いいね。
……しかしあれだな、この国問題多過ぎね? いや、この国自体には問題はなさげ、うん、ないという事にしとくけどもさ。なんというか、うん。
RPG的に言えばこれくらいイベント詰め込まれてた方が面白いんだろうけどさぁ。
……まさかとは思うが、ここがあいつの遊ぶゲームの中とか言わないよね?
あと、教会ってまさかあの自称女神さまを祀ってたりしないよね?
だとしたら絶対近寄らねぇ。というか宗教に係わりたくねぇ。
「……まぁ始まるとはいえまだ少しは間があるから、今はいいさ。そういう事があるというのを知っていてくれればな」
あ、お姫様からの猛攻終わった? というかイチャつくの終わった?
正直たまに思うんだ。リア充って爆発させても罪に問われないんではないかって。
……まぁ兄妹で戯れるそれに近いんだろうけどさぁ。
一番身近な女の子に保存食扱いされてる自分からしたら、ねぇ。
「そんな事より、少し気になることがあるのだが、聞いてもらえるか? これはナルミにとっても重要なことになるはずだ」
……そんないきなり真面目な空気出さなくてもいいじゃん。あなたの真面目な顔、ホント怖いんだから。
「……どうぞ」
「うむ。実はこちらに来てから人間、というかセタについて伝わる情報を簡単にまとめてみたのだ。それがこれだ」
そういう彼の瞳は子供のようにキラキラと輝き、純粋な眼差しをしながら一冊の紙束をこちらに見せる。
えっと……まあ確かにその話は気になるが、なんだろうこの危険な予感は。
自分の退化した本能が全力で警鐘を鳴らしてる。
「……あー、それじゃあ私は姉様の所に行って来る。ナルミ、ゼノアを任せた」
自分がゼノアさんの純粋な眼差しを受けてたじろいでいる内に、お姫様がそう言いながらベッドから離脱。さっさと将棋を回収し、自分を見捨ててドアへと向かう。
それと同時に、今まで空気だったリム副隊長も部屋を――
「がんばれナルミ君。とりあえず頷いていれば時は過ぎる。あとゼノア隊長の話で疑問があっても質問しない方がいいよ」
いやそんな事を耳打ちされても……というかやっぱりそういうことですよね?
誰か助けて!
……そして、部屋には自分とゼノアさんがただ二人。
彼は非常にいい笑顔をしながら言うのである。
「それじゃあまず一番古い話からいこうか」
「あ、お、おう?」
結局ゼノアの話が終わったのは、それから3時間も後の事だった。
しかもほとんど頭に入らずに聞き流してたというね。
とりあえず、ゼノア君の笑顔が見れただけで自分は良かったと思います。
でもごはん抜きはきついです。
……と、いい感じに話を終わらせられたらよかったのだが、うん。
実はというかやっぱりというか、この話を聞いて自分はちょっと思い知っちゃったわ。
ついでに言うとこっち来てから感じていた自分のイライラの原因の一端がわかった気がする。
いや、思い知ったというか目を逸らしていたのに気付いてしまったというか、その、なんだ、あれだ。
これってあれだ、お姫様やゼノア、近衛隊のみんなが求めてるのって、うん。
『長谷川鳴海』っていう個人ではなく、『人間』っていう種族なんだね。
『自分』という人格でなく、『人間』というフィルターありきで席が用意されていた。
ちょっと、この違いは現在絶賛孤独中の自分にはちょっと、うん。
はっきり言おうか、夜中悲しくて枕を涙で濡らしたわ。
だっていわばこれは、言い換えるならこうだもん。
この世界に自分を自分として必要としてくれる人は、誰もいないってことだもん。
人間であれば、それでいいってことなんだもん。
自分が必要なんではない。自分の今の立ち位置は人間という価値があって初めて成り立つものなのだ。
当然と言えば当然だ。当たり前のことだと思うだろう。
だが、生まれて今まで一から充まで十把一絡げに全てを失った人間にとって、この事実は割とくるものがある。
まぁ、だからといって、彼ら彼女らへの態度を変えたりはしないつもりだけどもね。
……うん、まぁ、ちょっと自信ないけど。
あと、あれだ。精神的に弱ってるからマイナス方向に考え過ぎる気があるのは自覚してる。
が、なかなかツラいぜぇ。
元の世界にもこっちの世界にも、自分個人の居場所がなくなったってーのは。
……まぁ、自意識過剰的なネガティヴシンキングだとは思うけどさ。
人は坂道転がると、そのまま落ちてくものなのだ。




