49・食欲に忠実な人
そんなこんながありまして。
バカな武器のバカな話をスルーして、自分たちはあのお店を後にした。
お金を払う段になったら二人の美人さんも平常に戻ったようで、シルバちゃんはしっかりとヘアピンを装備しながらニコニコしてるし、フィーさんは恨めしそうな顔面はどこへやら、またオークにいじめられるのが似合いそうな凛とした表情になっている。
そして特段問題もなく道を進み、通りを抜けて本日のメインであるミートパイのおいしいお店についたのだ。
そこは小奇麗な明るいお店。ちょっと古ぼけてはいるが昔ながらの喫茶店、という雰囲気のある上品な小さなお店。聞くとおばあちゃんが孫やその友達と一緒に切り盛りしているお店なんだとさ。
自分ら三人はそのお店の店内の、奥の方ちょっと隠れた席を陣取り、爬虫類的な尻尾と角とが生えたウェイトレスさんに注文をする。ほら、万一変な鎧に見つかったら事じゃん。ただシルバちゃん? 大剣を置く位置を『抜きやすいかどうか』で決めるのはやめようか。街中の、それも店内で暴れる気か?
そしてしばらく雑談の後、運ばれてきたのはカップに入ったお茶と手のひらより少し大きいサイズのはミートパイ。一口食べる。おいしい。
こんがりきつね色をした焼きたてパイの暖かな表面はカリカリパリパリで、濃厚なバターの香りとかすかな塩気が上品で、中身のジューシーで香り豊かなひき肉と絶妙にマッチしている。自己主張しすぎない香辛料もポイント高い。全体的に塩味を基調とし生地のバターと肉と香辛料の香りが互いに互いを邪魔しない。シンプルで、素朴で、それでいて気品の感じられるおいしさがある。そんなパイ。
はぁ……おいしい。幸せ。
「どうですか?」
今日の財布が聞いてくる。うむ、いい店を教えてくれた。
「凄いおいしい。ここ好き。ありがとう」
言葉がつたないのはご愛嬌。感動故だ。
そしてその言葉に嬉しそうに微笑むシルバちゃん。幸せそうな財布である。
しかし君、そんな顔してていいのかい? この店はミートパイの他にもチーズパイ、ポテトパイ、バターパイ、そしてデザートにアップルパイとピーチパイがあるらしいのだぞ?
つまりはようするにそういうこった。
サクッと大きく口を開け、残ったパイを放り込む。そして飲み込みメニューを開く。
「じゃあ次はチーズパイとバターパイいってみよう。あ、あと飲み物は水で。おねがいね」
なお読めはしないのでそのまま戻す。
「はい。すいませーん」
嬉々として店員さんを召喚するシルバちゃんを見て思う。遠慮せず注文しといてなんだが、彼女のお財布は本当に大丈夫なのだろうか? あと、若干フィーさんの視線がね? 痛い。
「勇者様? 年下の女の子に奢らせるのはどうかと思うわよ、男として」
わぁい。自分も君の立場ならそう思うよ。でもこれにはのっぴきならな、いや、うん。まぁ事情というかなんというか、そう、彼女との約束があるのだ。
という女々しい言い訳を自分がしようするよりも先に、シルバちゃんが口を開いた。
「いいんですよ。むしろ足りないくらいです」
「なんで?」
そんな簡素なフィーさんの問いに、シルバちゃんは若干困り顔。そしてちょっとあたりを見回し、近場に誰もいないのを確認すると顔を近づけ小声で答える。
「毎日人間の血液を無償で頂いてるんですよ? この世界で一つしかない甘露を毎日、私だけ。普通いくらお金積めばいいと思います?」
いや、君だけじゃないよ。お姫様とお兄様も、特にお兄様たるゼノアもほぼ日参でチウチウ吸ってるからな。
「あぁ、そりゃあパイの10や20じゃ釣り合わないわね」
そうなのか。つまり自分はゼノアとかにも色々請求できるのか。いいこと聞いたぜ今度ムチャぶりしよう。
「というか考えてみたらアナタ、それだけじゃなく髪飾りまで貰ってるし……ほんとにこんな店のパイだけじゃすまなそうね」
「……そう言えばそうよね。先生、どうしましょう?」
知らんがな。そんな困った顔されても深く考えてあげた訳とも違うし、そんなガラクタに見返りとかも求めとらんがな。
しいて言うなら目の前で女の子が傷つくのが見たくないだけっていう割と勝手な理由だからね? 自分、基本的に自分が中心で動いてるからね?
自分の行動原理はいかに健全な精神衛生状態でいられるか、だ。フェミニストの皮被ったエゴイストだからね? あ、この言い回しカッコイイ。
しかしそんなクズな気持ちを丸のまま吐露する訳にもいかないので、自分は何でもないように答えるのである。
「知らん」
しかし少しは考えてからモノ言おうかね、自分というやつは。
これじゃあ相手も困るでしょう?
「知らんって、勇者様ねぇ」
ほらぁ、フィーさんが呆れてる。
どうしよう。まぁ適当に言えばいいか。
「……自分は見返り欲しくてやってるわけじゃないの。好きでやってんの。だから何のお礼がいいですか、とか聞かれても、せいぜいこういうおいしいものが食べたいね、くらいしか言えないの」
嘘は言っていない。それだけ。
「ん。チーズパイとバターパイ」
とかやってるうちにウェイトレスさんがトコトコと近寄り、机の上にパイを置く。早くない?
「ずいぶん早いですね」
「さっき別の卓の注文間違えたあまり」
おい、飲食店。おい。正直か。
というか若干冷めてるんだが。
「腹に入ればどれも同じ」
彼女はそんな飲食店にあるまじき言葉だけ残し、サッササッサと消えていく。
味はいいけど店員に難ありかもしれない。
まぁおいしければなんでもいいや。
「という事で自分はこれだけで幸せなのです。……あ、あの店員さんお冷忘れてやがる」
そんな自分の言葉を聞いて、フィーさんは何か考えているのかちょっと難しい顔になる。
それと同時にシルバちゃんははっとした表情をすると、自分の方に手を伸ばす。
「あ、そうでした。先生、カップをお貸しください」
「ん? はい」
言われた通りからのカップを彼女に渡す。するとそれを受け取ったシルバちゃんは静かに目をつむり、そして――
「水よ」
その呟きと同時に、カップ内になみなみと水が満たされる。
「はい、どうぞ」
「あ、うん。はい。魔法って、というかやっぱり君ってすごいね」
割と本当に本心から凄いと思う。
だってもうこれだけで水問題解決じゃん。世の中の争いの7割は消えると思うよ?
「いえ、そんなこと。そ、その、純粋にただ水を錬成するだけなら対極の属性を得意とする私でもさほど難しくありませんので……」
彼女はてれてれとしながら前髪を撫でる。知らんがな。とは思うが、まぁそこを突っ込むのは無粋ってもんだ。
自分はカップを受け取り、努めて優しく彼女に言う。
「ありがとう」
「い、いえ。はい……」
自分の指が彼女の手にぶつかると彼女は真っ赤に……ねぇ、やっぱりこの反応ってさ、なんでか知らんがこいつ自分に――
「今使ったのって若干風の魔法入ってない?」
「え!? あ、えっと……そんな」
「失敗ってほどでもないけど、珍しいわね」
「うぅ……すみません」
……よくわかったねフィーさん。シルバちゃんも、素直に間違いを認めることはいいことだよ。
でもね、でもね。心底思うの。どっちでもいいよ。風なら所詮悪くて泡が入っただけでしょ?
という言葉は飲み込んで貰った水を口に含む。うん、塩素臭くはないが何だろう。
水なんだけど、なんだろうこの違和感。なんか、若干苦い。風のせいかな?
……まぁいい。気にしてはいけない。という事で口直しにチーズパイをパクリ。先程のミートパイの中にさらに濃厚でまろやかなプロセスチーズが入ったこの一品。ミートパイのおいしさそのままに、たくさん入ったアツアツのチーズが絡まり想像通りのおいしさだ。文句のつけようのないくらい想像通りで、良くも悪くも期待を裏切らない。想像の域は出ないが、しかし確実に普通のミートパイをリッチに仕立てることができる。決して変わり種ではない、ある種王道を往くそんなパイ。
うん、おいしい。
ただこれは、レンジが欲しくなるね。ちょいとチーズが固い。
……で、自分が幸せに浸ってるのに君はなに悪い顔してんのかなフィーさん。悪の女幹部役でもやるのかい?
「まぁそれは置いといて。で、勇者様。つまりあなたはおいしいものさえあれば私にもあの髪飾りをくれるってこと?」
あー、確かにあの言葉ならそうとれるかもしれないね。うん。
「信用ならないから無理。以上」
でも誰でもいいわけじゃないんだ、ごめんねー。ざまぁ。
「えー、良いでしょう? 今度おいしいお酒もってくるから」
「あ、自分お酒呑めないので」
まぁフィーさんそう意気消沈しないで、な? そのうち良いことあるって。ほら、いつかはこのシルバちゃんのようにいい笑顔を……なにその邪悪な笑顔。
「ふっ、人の弱みに付け込もうとしたからこうなるんですよ。因果は廻るって聞いたことありません?」
「む……そう言うこと言っちゃう? シルバだって勇者様の善意に付け込んで一方的に貰ってばっかりみたいなものじゃない」
「今はそうかもしれませんがきちんとコツコツ返しています。そもそも私はあなたのような卑怯な真似は致しません」
「でも朝判断力が鈍ってるときに襲うんでしょ? 似たようなもんじゃない」
君らさ、仲いいの? 悪いの? よくわからない。
でもどっちにしろ関わりたくないので自分はチーズパイの残りを平らげ、バターパイへと手を伸ばす。
齧るとそれは何の変哲もないただのパイ。中にはなにもなく、パッと見はただパイ生地だけのパイである。しかしその実他のパイとは比べ物にならないくらいに濃く香るバターの香り。断面を見るとなるほど、どうやったのかは知らんが間にたっぷり溶かしバターが入っている。生地に練り込まれたバターと溶かしバターが口の中で混ざり合い、ただひたすらに濃いバターの風味とかすかな塩味が支配する。人によってはくどいというかもしれない。ただ、こういうの、決して自分は嫌いではないよ。おいしい。
さて、そうなれば次はポテトパイを頼むかどうか。正直これ、何が出てくるか想像つかないんだよね。ポテトはわかる、パイもわかる。合わさったらマズいものにはならないというのもわかる。でも二つが合わさったのを学のない自分は未だ見たことがないし、芋って重いじゃん。この後のデザート二種を食べられるかな?
まぁ、食べてから考えよう。
という訳でシルバちゃ――
「そうなんですよ。テトラったらこの前も新人メイドが通った時に天井裏に隠れて」
「あの人のあれはもう病気だからねぇ。何年人前に出てないのかしら」
「どうなんでしょう……何せ私、彼が休日にどこかに存在しているところを見たことがないので。というか下手したら仕事中もどこいるかわかりませんからね」
「姿見せずに仕事するのは本当得意よね、あの人」
「まぁ一時期の、お茶を頼んだらティーカップが天井から降ってきたあの時期に比べたらだいぶましですけど」
「……あの時は多かったものねぇ」
本当に君ら仲いいの? 悪いの? どっちなのさ。
あとなにそのテトラ君の設定。対人恐怖症なのかな? にしては初対面の自分とも元気にお話ししていたしなぁ。
……まぁ、いいや。そんな事よりおかわりだ。
「シルバちゃんシルバちゃん。ポテトパイが食べたい」
「あ、はい。すいませーん」
君のそういう切り替えの早いのはいいことだと思うよ、自分。
「ほんと、良く食べるわよね」
何度目だろう、呆れた声のフィーさんである。自分でもそう思うが、それが自分だ。
「おいしいものはいっぱい食べたい。本能ですよ」
それに自分の近くにもっと本能に、食欲に忠実な人がいますからね。
ねぇシルバちゃん。
「……う? どうかしました?」
食糧庫に見つめられて不思議そうな顔をする彼女。対してフィーさんはなにか察したようだ。
「まぁ、確かにこれに比べたねぇ」
せやろ? 毎日だぜ。
嫌じゃあないけどもさ。
「う?」
かわいらしく小首を傾げるシルバちゃん。君のそう言うあざとい行動は天然なのか計算なのか。
まぁ、かわいいからいいや。
――そして、そんな愉快で平和な時間が過ぎていく。
女性陣が楽しげに語らい、自分は黙々とパイを食う。そんな若干疎外感はあるものの楽しい楽しい時間であった。
なおポテトパイはマッシュポテト入りのパイで美味しかった。チーズ入れた方がもっとおいしいと思った。アップルパイはアップルパイで美味しかったけどシナモンの利いたアップルパイになれてしまっている自分からすると、若干物足りなく感じた。
ピーチパイはノーコメント。自分の知ってるピーチと違う。ありゃ触感のないキュウリだ。
そんな感じでご飯も終わり。やることのなくなった自分らはあの鎧に見つかるのも嫌なので、そのまままっすぐお城へと戻っていった。
美人さん二人と平和にデートし、何事もなくお家に帰る。素晴らしいね。なんと平和な一日だろうか。
で、お城について暫くのことである。
「ねぇシルバ、ちょっといい?」
「え? あ、はい」
「あのね、勇者様にはあまり聞かれたくないことなんだけどね……」
後ろで二人がこそこそやってる。
まぁ、彼女らも女の子だ。男にゃ聞かれたくない話の一つや二つ――
「あの貰った兜落としたみたいなんだけど、しらない?」
おいオチ担当。