48・貸し一つ
「だよね、ごめんねそれじゃあ後で――」
「行ったわよ」
言葉と共にフィーさんが入って来た。逆光で顔が見えない。
「本当にあなたたちを探してたようね。こんなものまで用意して。『こいつらを見つけたら教えてくれ』って渡されたわ」
そう言って彼女はピラリとこちらになにかを向けるが、だから見えない。
「もういないんね?」
「ちゃんと私が追い払ったわよ」
偉そうな声がなんかむかつく。顔は見えんが。
「さよか、じゃあ出るべ」
自分はシルバちゃんの背中を軽く叩いて促すと、フィーさんの脇をすり抜け部屋を出る。おお、光があるって素晴らしい。
……変態が二振りブー垂れて文句言ってるのを除けばね。
『はぁ……いいじゃねぇか鍔ぜり合うくらい』
『なぁ? ちょーっと優しくなぞるだけでもいいのにな?』
『……やっべ、あの鎧にあの剣で優しーくなぞられるとか、こう、刀身がぞくぞくする』
『おい、おまえ、それ、やべえよ。あの鎧に柄を撫でられてエスコートされながらあの剣になぞられるとか……ちょっと待って穂先がやばいことになる』
『『もっかいきてくんないかなぁ』』
ほんとどうにかしようぜあいつら。
そんな悲惨なコントを観察していると、後ろからフィーさんが話しかけてきた。
「まったく、大変だったのよ? 私の服みてシルバとの関係をとーっても疑ってて」
そう愚痴るなよ、正直予想はできたろう?
「ま、そうなるわな。で、どう答えたん?」
「『お屋敷のメイド全員を把握しきれるわけないでしょ? そもそも私仕え始めたの最近だし、このデザインなら一般にも売ってるわよ。どこの屋敷のメイドかもわからないならなんにも言えないわ』って答えたわ。そしたら納得して帰ってった」
なるほど、自分のない頭ではツッコミが入れられない完璧な回答だ。
でもひとつ質問がありまーす。
「え? このメイド服ってよそで売っとるん? 仮にも護衛の制服よ?」
シルバちゃんの服をちょいちょいと摘まむ。一応王族に近しいとこに行くものなんだから、正直街角の服屋さんに売ってるレベルとは思えないんだが。
「私たちのはデザインは基本的に一般の者と同じですが、素材などが違います。軽く、強く、また様々な防護魔法を編み込んだものです。あとは独自で改造してる人もいますね」
自慢げにスカートをひらひらさせるフィーさん。やめろ、中身が出る。
「だから正直生半可な防具なんかよりずっといい防具なんですよ」
「そうなんだ」
なるほどなぁ。まぁそれ以上の感想が出る質問でもなかったから何とも言えんが。
「……ところでそれ、なんですか?」
丁度話が途切れたあたりでいままでジッと冷たい瞳でフィーさんを見ていたシルバちゃんが声を出す。指さす先にあるのはフィーさんの持つ2枚の紙である。
「え? さっき見せたじゃん」
「暗くて見えなかったです」
「そう? じゃあはい」
彼女が渡してくれたものを受け取るシルバちゃん。そしてそれをみるとそこには……うっわぁ。
「……画家か何かですか?」
「知らないけど、よくできてるわよね」
そこにはものすごく上手な自分とシルバちゃん、そしてムー君の姿が描かれていた。一枚は三人の顔をアップで描いたもの。ムー君のかっこいい顔も、シルバちゃんのかわいい顔も、そして自分の怪しげなゴーグル姿も全く精巧に描かれている。
もう一枚は鎧と自分ら三人の全身図を描いたものだ。どんな格好でどんな装備かという物から三人の身長差まで精巧に描かれている。鎧本人の簡素な絵も描かれてることからどれくらいの身長かは容易に見て取れるもので……これ、やばいんじゃね?
「こんなのが出回ったらすぐに自分らに行き着くん違う?」
「……遠からず。なので一度姫様も交えてきちんと対策を取りましょう」
そうだね、その方がいい。わざわざ配るくらいだ、量産することも可能なんだろうし、割と本気で警戒するべきだね。
「……で、私からも聞きたいことがあるんですが、それなんですか?」
「ん? どれ?」
「それ」
フィーさんの指が示す先は自分の右手、に掴まれたヘアピンである。あぁ、忘れてた。
「髪留め」
「そんなのこの店に置いてありました?」
「うんにゃ、自前のものさ」
という事で本来の目的であるシルバちゃんに一本進呈することとしましょう。
「そんなわけでほい、シルバちゃん」
「え?」
「お好きなの一本どうぞ」
三本を広げシルバちゃんに言う。すると彼女は目を見開き、口をパクパクと……そんな間抜けな顔は予想してなかった。
「え? わ、私、に?」
「さっきも言ったが君は危うすぎる。自分の精神衛生の為にも防御力をあげてもらいたいのでね」
あ、言ってて気づいた。このヘアピンまだなにも能力付けてない。えっとねぇ、そう、戦闘中発動するような、防御力を上げる能力。
えっと、F12『鉄壁防御』と。これでよい。
「これを装備すれば戦闘中はべらぼうに防御力が上がるはずだ。だけど過信はしないようにな。あくまで保険、及び自分の精神の安定のためだ。そこらへん勘違いせんようにな」
「え、あ、う……」
真っ赤になってあうあう言ってるシルバちゃん。はて、なぜそんな……あ。
そーいや昔シスターちゃんがなんか言ってた気がする。えっと、なんだっけ。
『女性はそのアクセサリーを身に着けることで常に愛する男性を想い、感じ、そしてぬくもりを得る。その場にいなくとも常に自身を見守り護ってくれる。『愛』を込めた守りのアクセサーは、正しくそういうものなのです』
なのです、なのです、なのです。つまり防御系はそういう愛情表現ともとれるのね。
面倒な文化よのぉ。若干恥ずかしくなってきた。
「べっつに君を好きとかそう言うんじゃないから、深ーく考えんでいいからな? ただの戦力増強と思ってくれた方がありがたい。で、どうする? 性能はどれも同じでデザインが違うだけだよ?」
思わず強い口調で言ってしまった。これではツンデレみたいじゃないか。
「あの、その……じ、じゃあこれを」
彼女はおずおずと、黒いヘアピンを手に取った。そしてそれをまるで大切なもののように胸に……ん?
「じゃあ私はこっち」
ひょいと、白いヘアピンがフィーさんの手によって奪われた。何をする。
「返せ」
「いやよ。きっといい装備なのでしょう?」
そう言う彼女は自信に満ち溢れた目をしている。まるでこれを貰えて当然かのような、そんな目を。
「だとしても、いやだからこそ無断拝借はいかん。返せ」
「貸し一つ」
にんまりと、ゴキゲンな笑顔で彼女は言う。
「さっき私は勇者様の要望通りあの人を追い払ったわ。これで貸し一つ。だからその貸しの分、この髪留めでチャラにしてあげる」
フラフラと髪留めを指で揺らしながら踊るように彼女は言う。
なるほどなるほど、ほんと最初のイメージとはえらくかけ離れたキャラになってるね君。仕事のオンオフがはっきりしてる人って好きよ?
だから仕事でのツケはきっちり返そうな?
あとシルバちゃん? 飛び掛からんとするのやめてくださらない? 顔怖いです。
……ま、まぁいい。こいつは抑えとけば問題ない。そんなわけで、ですよ。
「愉快なこと言ってるがそれは通らんぞ」
「あら? なんでですか? 理は私の方に――」
「今回の借りで先日の冤罪事件のツケ、アレをチャラにしたる。だから自分と君には現在貸し借りは存在しない」
……あ、真顔になった。言いたいことは理解できたようだ。
「……そんなのってあり?」
そして長い沈黙の後、彼女が悲しそうな顔と共に言ったのがこのセリフである。気持ちはわかるが忘れてる方が悪い。
しかし素直に返すのはいいことだと思うんだ自分。
まぁ世の中ってそう都合よくはいかないんだよ。諦めるんだな。ふっははははは!
あー、謎の優越感がやばい。フィーさんを出し抜いたことによる勝利感がやばい。
と、シルバちゃんに目的のものを渡しついでにフィーさんに一矢報いた気持ちになったところで一つの小さな影が近寄って来た。
その見慣れぬ影は興味津々と自分の手にある髪留めを……なにしとりますか店員さん。
これ以上自分の物語に登場人物を増やさないで頂きたい。
あと、帽子邪魔。脱げ。
「ふぅん……何の魔力も感じないのにね。そんな能力があるようには見えないけど」
……うん、予想するべきだった。こうなることは予想するべきだった。どないしよ。
「でも、彼女たちのセンセイであるあなたが言うのなら本当でしょう?」
うん……うん。どないしよ。彼女らの正体知ってる分、婆様より強いわこいつ。
「いくらなら売ってくれる?」
「……ざ、残念ながらこういうのはそうポンポン配るべきものではなくてですね」
しどろもどろになりながら、髪留めをそっとポケットに隠す。きっとこの娘もあの婆様のように自分を――
「そ。じゃあ気が向いたら売ってくださいな」
彼女はそう言うと己の所定の位置へと戻り、怪しげな薬品を混ぜ始める。なんなんだ一体。
そんな自分の視線に気づいたのか、彼女はこちらをチラリと見ると平然と自分に言うのである。
「他に何かいらない珍しいものがあったら買い取るわよ」
なるほど、今自分の気分を害するよりも今後の可能性をとったわけか。婆様より優秀なんでないかこの娘。
「商売人ね、君」
「蒐集家、と呼んでほしいわ」
さよか。まぁ無害ならなーんもこちらが係わることはございません。
「ま、期待にゃ応えられませんよって、すまないですわ」
「そ。でも一応言っとくけど私の店は物々交換も承っているわよ」
知らんがな。
「という訳で交換しない? 例えばそう、あれとかと」
そう言って彼女の指さす先には、先には……。
『お!? 俺ら!? てことはセンセイが使い手になったら俺らお城に行けるの!?』
『マジかよ! ならお城に行ったら伝説のあの子やあの子とも会えるのか!?』
『はいはーい! 俺『風切り』ちゃんに会いたいでーす! 風の一糸も纏わない彼女と剣として一度鍔迫り合いたいです!』
『俺は俺は! 『浸食の杖』ちゃんを浸食したい! 普段は遠くから魔法を撃ってくる杖ちゃんを横から一方的につんつんしたい!』
『『俺らお城に行きたーい!』』
……。
「いらないです」
「でしょうね」
だったら提案すんな。




