46・増殖
そんなミソッカスに言わなくても、と自分が彼女の言葉に返事するよりも先に反応したのは、先程までにこやかに自分の袖を引っ張ってたシルバちゃんである。笑顔なんだけど、目が笑ってなくてすごい怖い。
「先生、この方は?」
あ、これはゼノアの妹ですわ。てかなんでそんな怒ってんの君。
「あー、えっと、昨日、ス、シャドさんといるときに会った、露天商のおねーさんです」
「ふぅん……」
……すごく怖い。怖い。
とりあえず先程まで自分の袖を掴んでいた彼女の右手を掴んで抑える。剣の柄に伸びそうな気配があった。
「ひぁ!?」
しかしそんな自分の苦労なんてつゆ知らず、婆様は少し冷静になったのかゆっくりこちらを見まわし、先程より落ち着き払った声で言うのである。
「……よく見たら昨日のとは違う従者を連れてるな。もしや連れてきてもらった口か?」
「……よくご存じで」
「なるほどな。ここを知ってるとは、確かに『人の価値』を見る目はあるようだ」
おぉ、婆様の好感度が――
「『物の価値』を見る目はないようだがな」
……上がった、のか?
「……さっきから失礼ですね、あなた」
そしてシルバちゃんが婆様に敵意むき出しだぁ。前出ないように肩も掴んどこ。
あとフィーさん? 笑顔で立ってないで何とかして。
そんなこんなをしている自分とシルバちゃんを、婆様は上から下までなめるように見ながら口を開く。
「ずいぶん忠誠心の高い従者を持ってるな」
「かわいいでしょ?」
剣呑な婆様に対し、適当に返す。これ以上長引くと面倒なことに――
「か、かわっ……」
……ちょろい。そういう反応されると勘違いしちゃうから困るんだよなぁ。
しかしどうしようこの空気。とりあえず逃げるが吉か。
「つーこって自分らも店ん中入るから、またねおねーさん」
自分はそう言ってシルバちゃんを押しながら婆様の脇をすり抜けお店の中に――
「まぁ待て。少しお前に頼みたいことがある」
……えー。まさか止められるとは思わなかった。しかも服引っ張ってまでして。
「……『物の価値』がわからん奴に何用で」
「今回はそっちじゃない。お前の『人の価値』を見る目に、もっと言えば『価値ある者』が寄ってくるお前の特性に用がある」
うん? なんねそれ。
と、自分が言う暇もなく婆様は畳みかけるようにして言うのである。
「お前も知ってると思うがこの国に新しく、第三王女の近衛として入った『ナルミ』なる人物が来たのは知っているだろう?」
……うん?
「私もまだほとんど情報を持っていないが、聞くところによるとそいつはやたらと珍しい種族だそうじゃないか。リッチ、ジャバウォック、バジリスク、果ては人間やら神霊やらなんて馬鹿なことを言うやつもいる」
うん。うん?
「しかし珍しい種族なら、相応の何かを持ってるはずだ。リッチなら血を、ジャバウォックなら鱗を、バジリスクなら涙を。それらはどれも珍しく、また素材としても優秀だ。だから会いたいんだ。会って、交渉して、少しでも素材を分けてもらう。そういうルートを探している」
……あー、なるほど。理解はした。
つまり自分は素材扱いか。帰れ。
「それと自分とでなーんの関係が」
自分が吐き捨てるようにそう言うと、婆様はニヤリと笑って口を開く。
「お前は人を見る目があり、また地位もありそうでそれでいてそういう人物が周りに多いようだ」
「たった二回会っただけでようけわかりますねそんな事」
……だめだ、イライラする。
「お前は私が出会った誰とも雰囲気が違う。どこか現実離れしたような、そういう雰囲気がある。もっと言えば、お前の装備は今まで私は見たこともない珍しいものだ。どうせお前の事だ、つまりはそういう物を手に入れられるような特殊な、普通ではない人脈があるのだろう?」
現実離れとか普通ではないとか、ファンタジーの産物がなんようけいうな。
「だからお前ならその『ナルミ』という人物に繋がるツテがあるのではないか、と思ってな。これでも褒めてるんだぞ? 一応私も『人を見る目』はあると自負しているのでな、お前は私の眼鏡にかかったわけだ」
いらんわそんなフォロー。
さんざ貶しといてそいつがハイいいですよ素材あげますよ、とでもいうと思ってるんか?
「黙って聞いていましたが、要は乞食たかりの類ですよね。厚顔無恥も甚だしい」
うわぁい、シルバちゃんがお怒りだ。しかし自分も同じような気持ちだから彼女の言葉に対するコメントは何もない。
「……残念ながら紹介できるルートはないね」
「本当か? 別に直接紹介してくれなくてもいい。お前の信用にもかかわるからな。だからよく行く店やよく行く場所なんかの情報をくれればそれでいい。そうしたらあとは私が自分で何とかする。無論、報酬は弾むぞ」
ははは、帰れ。
「ないね」
あ、これはやらかしましたわ。と返事には自分でわかるくらいに不機嫌さがにじみ出ていた。
そしてそれを感じると急に冷静になるのね。たとえばこの婆様の中では自分とは会ったことがない事になってるんだから、そりゃあ外面以外の何を見るんよ、とか。あとそれなのに彼女にキレてる自分がひどくクズに見えてきたりとかね。
「……悪かった」
ほらぁ、婆様も自分の様子から本当に申し訳なさそうに――
「お前らに何があったかは知らんが、その、お前がナルミを嫌ってるのはよくわかった。これ以上は聞かん」
……うん、もうそれでいいや。
この婆様はあれだ、物を見る目はあっても人を見る目はないのかもわからん。
「……そういやおねーさん、なんかいいものあった?」
なんだか面倒くさくなった結果の露骨な話題の転換である。なお言った直後『うん、じゃあまたね』とでも言ってテキトーに別れりゃよかったのに、という後悔をしたのは秘密だ。
だがそんな投げやりな質問ではあったが、しかしどうして婆様は嬉しそうに口角を釣り上げる。
「ん? 気になるか? 仕方がないな、お前には見せてやらんこともない」
……いや別にいいです。と言える空気にはついぞならず、婆様は背負い袋から一つの兜を取り出した。それは金属製の、よくあるファンタジーゲームに出てくるフルフェイスの西洋兜である。
「……なんねこれ」
「モノを知らないお前に教えてやろう」
喧嘩売っとんのか。こちとらこの吸血娘止めるのに大変なんだぞ。なんで自分の事貶されて切れるのか意味が分からんが。
……いや、まさか、うん。ないよね。考えないどこ。
「これは『増殖の兜』というものだ。簡単に言うとこれにはある種の錬金術的な術式がけられており、そこに内包されてる魔力と同質、同量の魔力を供給しこうやって振ると……ふっ」
婆様がそう言いながら兜を振ると、ポコンッ、という音と共に金属兜から分裂するように全く同じ金属兜が生み出された。正直キモイと思いました。
「このように、全く同じ物質、構造の兜が生成される。さすがにオリジナルではないと増殖はできないが、ただの防具としてみるならそこそこいいものだ。下手に能力がついていない分好きに加工もできるし、汎用性は高い」
「はぁ……」
婆様の説明を聞きながら、コロコロと落ちて転がる兜を見ながら思うのである。質量保存の法則どこ行った。
あ、こらフィーさん。何があるかわからないんだから拾わない。ばっちいからポイしなさい。
「もっと言えばこの『増殖』シリーズはこれだけではなく鎧や鉄靴など、フルセットが存在している。これらがあれば元値もかからず、安価で性能のいい防具を売ることもできるし手軽に魔防具を作ることができる……なにより、溶かせばそのまま鋼鉄としても売ることができる。つまり儲かる」
全く興味ない自分の気持ちをよそに、婆様は気持ちよく今後のヴィジョンを語りだす。
……いい笑顔ですこと。女性は常に笑顔が一番。だからそのままこっち寄らないでね。
「……そう、売れるのだ。しかし、まだ全てそろっていない。だから現状使えて素材としてだけだがな」
婆様は最後にそう、実に残念そうな顔で言うとおおもとの兜を背負い袋に詰め込み、そしてやっと歩みを進める。
「すまんな、長話に付き合わせてしまって。まぁ、『増殖』シリーズを見つけたら押さえておいてくれ。今度会った時にいい値段で買わせてもらう。あとその兜はやる。効果はないがいい兜だ、それを見て勉強すると言い」
そしてその言葉を残して自分たちが来たのと同じ路地裏へと――
「そうだ、忘れる所だった。お前昨日のアレ、絶対ケーキにかけて食べるとかするなよ? 絶対だからな」
「帰れ」
婆様はそれだけ言うと路地裏へと姿を消した。
まったくもう、最後まで失礼な奴だな。
「……最後まで失礼な方でしたね」
どうやらシルバちゃんも同じ気持ちだったらしく、非常に苦々しい言葉と表情とを路地の方へと吐き出した。
「……というか人の事をさんざバカにしといて、いざ目の前に近衛の制服着ている私たちがいるのには全く気付かないあたり、あの人もお察しですね」
……シルバちゃんのディスりが加速する。そして直後、彼女は自分の方へと顔を向け……ん? どした。
「ちなみにですけど、『増殖のガントレット』なら私持ってますよ」
なんと?
「え? ほんと?」
「はい、今は素材精製用に副隊長に預けていますが」
「そんなけったいなもの、どこで手に入れたんね」
「昔拾いまして」
わぁいい笑顔。手甲がそんなそこらに落ちてるわけないべ……あ、そうだこいつ遺跡探索のプロだという話だ。なら落ちてるな、ファンタジー的に考えて。
「……このことは秘密にしておこう」
「そうですね。あの方には悪いですけど、早い者勝ちです」
だったらも少し申し訳なさそうな顔しなさい。ざまぁとでも言いたげな顔しないでさ。性格悪く見えるよ。多分自分も同じように表情筋動かしてるから人のこと言えないけど。これは人を見る目グループの勝利といっていいんじゃ――
「勇者様勇者様」
「うん?」
「似合う?」
呼ばれて振り向くと、そこにはさっきの兜を被ったフィーさんが。
……オチつけないでいいから。