44・美女な二人
「そう言えばあっちはどうだった? 結構長い間いたでしょ」
「屋敷から姫様が抜け出そうとして大変でした」
「あー、ということはシルバも」
「行きたくもない散歩に首輪を引っ張られる犬の気持ちがよくわかりましたよ」
「……まぁ、うちの王子さまみたいに一人で出歩かないだけましだけどもね」
「でもゾーン様がいてくれたおかげでいつもより抜け出す回数はだいぶ減りました。今度王子様の部屋にもかけてもらいますか? 固定化魔法」
「前に一回やったのよねぇ……精霊使いって本当迷惑」
そんなほほえましい会話をしている二人のメイドさんの後ろを、自分はとぼとぼついて歩く。
お前ら仲いいな。いや、シルバちゃんはフィーさんを若干警戒してるが、少なくともフィーさん側は友好的だ。
ほんと、美人二人が一緒に歩くと華があっていいね。かわいらしく微笑むシルバちゃんと凛々しく笑うフィーさん。しかもメイド服だ。目の保養になる。
若干シルバちゃんの笑みが引き攣ってる気がするが。とっととどっかいけオーラが出てる気がするが。
……そしてそんな美女な二人が並んで歩いてると、当然世の男どもは注目するわけで。
「……おいアレ、あの二人」
「ん? うぉ、ありゃシルバ・ランドルフとフィリア・リディムじゃねぇか」
「なんであの二人がこんなところに」
「俺、初めて見た……」
「ど、どうする? 声かけてみるか?」
「いや、俺らじゃあ無理だろう」
なんやねんお前ら。有名人じゃねぇか。あとフィーって名前は愛称だったのね。
ちなみにそんな注目の的の後ろをとぼとぼついていくタッパのでかい変なかっこした男は当然注目されること間違いなしで、自分もいろいろ言われてるよ?
主に嫉妬の念が籠ったものだがね。昨日のスゥ君とシスター連れて歩いてた時よりひでぇや。
朝飯食ってるときなんかもっとひどかったからね。『あの二人と一緒に飯食ってる不審者は誰だ』っていう視線がすっごいからね。久し振りだよ、ご飯の味まともにわからなかったのは。
「……そもそもなぜ朝からあんなところへ?」
「暇だったから」
「まさか本気で先生をそっちに引き込もうとしてるわけじゃ……」
「さぁ? 思ってもみなかったわー」
「……相も変わらず意地の悪い」
「そう言わないでよ。一応これでも気を使ってあなたの食事の間ずーっと待ってたんだから」
「……まぁ、それはありがとうござ――ん? 待って、という事はまさかあなた最初っから」
「まさか。こっちに引き抜くために待っていたとか、そういう事じゃないわよ」
「この……隠す気ないですね」
「さあ?」
……あ、二人の会話がちょっとやばい方向にシフトしてる。止めなきゃ止めな――
「うぅ……先生は私たちの仲間です! そっちには渡しません!」
おい、やめろ張り付くな巻き込むな。お前は一度自分に向けられる嫉妬の眼差しを考えてから行動しろ。
「愛されてるわねぇ」
「そりゃどうも」
凛々しくニヤリと笑いながらフィーさんが言う。そういう食糧庫への嫌味は良くないと思います。おとなしく次のシーンでゴブリンあたりにいじめられてろ。
「……ま、引き抜くために来たっていうのは間違ってはいないけどね」
そしてそう言いながら、彼女はやれやれと肩をすくめつつ歩みを――
「ダメです!」
わぁかったからシルバちゃん。腕にしがみつくな。
「そういきらないでよ。なにも全部持ってこうとかは考えてないから」
「自分は半分にはならんぞ」
なにせここは魔法世界だ。物理的に半分こして置いておこうとか言っても不思議じゃない。
そんな自分の言葉に対し、フィーさんは口角を釣り上げて言うのである。
「まさか、デュラハンじゃあるまいし首だけもいで身体を貰う、みたいなことなんて言わないわよ」
あ、いるのそういう種族。
「ただ私はたまーに勇者様をこちらに貸してもらおうかなって提案しに来たの。何日かに一回、王子様をぶちのめす数時間だけ」
……。
「それで王子様が入院してしばらく動けなくなれば御の字よ」
……おい王子様、お前どんだけヘイト貯めこんでるんよ。これ、いつか後ろから刺されるぞ。
「これで私たちは楽になり、あなたたちも勇者様を失わない。誰も損しない名案じゃない?」
フィーさんはパチンと指を鳴らし、笑顔とドヤ顔が混ざった表情で自分を見る。
それに対して至極平静で極めて冷静な声で、シルバちゃんが言うのである。
「……それって王子様がその何日かに一回の日の為に余計他の日に頑張るんじゃ。一時期あった『特訓』とかいうのと同じ結果になりません?」
……その言葉にドヤ笑顔のままフィーさんが固まる。いや、気持ちはわかるが。
そして数秒硬直していた彼女はフッと平時の凛々しい顔に戻り、真面目な顔でこういうのだ。
「……ふっ。やはり勇者様にはこちらの隊に永続的に所属してもらう必要がありそうね」
あ、だめだこの人もすごくアホの娘の臭いがする。
「ダメです!」
そして自分認定アホの娘予備軍第一位のシルバちゃんがまたもや自分の腕を――だーから、視線。
「ま、今はいいわ。また新しい案を考えましょ。それより、ここ曲がるわよ」
「うん?」
そう言いながらフィーさんが入っていくのは現在いる大通りから逸れた細い横道。とりあえず後をついていくと、彼女は右に左にジグザグと道を曲がって……おい、大丈夫なんかこれ。
完全に裏路地へと入ったことで四方を建物に囲まれ、しかもお天道さんもまだ背が低いからか朝なのに少し薄暗い。
「……道合ってんの? これ」
「合ってますよ。ちょっと複雑なので、最初は不安だと思いますけどもう少しでちゃんとつきます」
言って自分を導くように袖を引っ張るシルバちゃん。実に平和な笑顔である。
だがね、そうは言うがねシルバちゃんや。これあれだろ? 気付いたらならず者たちに囲まれていましたー、とかそういうイベントがありそうな雰囲気なんだけどこれ。そんなんあっても自分こんなとこで女の子二人逃がせるほど器用じゃないかんな?
それにしてもなんでこんな入り組んでるんだろうか。あれか? 建物が先にあって後から道を作ったってやつか? なんで道路から先に作らないんだろうね。
というかこんな路地裏の奥の奥のもっと奥って、商売する気あるんだろうか?
それともあれか? 魔道具店とかそういう類のものって、こうやって隠さなきゃならんとか言う決まりがあったりするんだろうか?
確かにファンタジーものではよくあるけどさ。主人公が道に迷ってたまたま見つけて凄い武器を~、とか。ただ実際やられると客の視点から言ったらめっさ迷惑だよね。隠れ家的居酒屋とか、無料地図アプリが使えないガラケー民には特に迷惑。
「ついたわ」
そんな事を考えているうちに、いつの間にか立ち止まっていたフィーさんの声が聞こえてきた。気付けば自分たちは若干開けた土地の、小洒落た小さな木製の家の前に立っていた。
赤い屋根と大きな窓が特徴的なその家には……はははっ、看板読めねぇや。
しかし不思議だ。どうやってここに来たのか全く分からん。方向音痴の気はないはずなんだがね、自分。
「なんでこんなところに居を構えてるのやら……」
「貴重な品や危険な品なども取り扱ってますので、あまり人目にはつきたくないそうですよ。だから知ってる人もあまりいない。それでもたまに『不適切な客』は来るそうですが。まぁその分いいものや珍しいものは多いですけどね」
つい零れた言葉をシルバちゃんが拾ってくれた。なるほどそう言う理由なのね。
……なんとなーく理由はわかった。が、でもここ城下の街中よな? その危険な品がこんな閉ざされた場所で暴走なり爆発なりでもしたら大変じゃない? ガソスタが住宅街の路地裏にあるようなものじゃないよね?
「……これここでこの店爆発したりしないよね?」
「え? えっとー……爆発はまだ、ない、はずです」
おいシルバちゃん。おい。なんだ今の微妙な返事は。爆発はってお前。目ぇ逸らすな。
「それって――」
「まぁそんな事より、こんなところでまごまごしてても仕方がないですし早く入りましょう」
「あっ!」
あ、おいフィーさん待て! 割とこれ『そんな事』の一言で済ますことができない内容だと思うの!
という事でいざ店に入ろうとしているフィーさんを止めようと手を伸ばした、その時である。ギィ、っと扉がきしみながら開き中から誰か出てきた。
それは最近見たことのある顔……顔?
顔は見たことねぇな、うん。
「ふぅむ。暫く来ない間になかなかなかなか……ん? げっ! なんでお前が!」
「あー、うん。おはよーございます。若干気持ちはわかるがそんな顔面しないでください」
そこには露天商の婆様があの格好に大きな鞄を背負いながら、すっごい嬉しそうに口元ゆがめながら立っていたのだ。
「なんでお前がここにいる!? お前みたいな奴には一番縁がない店だろう!」
婆様は焦ったように、店を指さしながら自分に叫ぶ。
……あんたの中で自分はいったいどう認識されてるのか、一度腹割って話し合いたいね。なんなら拳でもいいぞ?