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42・将棋


「何か面白いものが欲しい」

 楽しいお買い物から一転、メンタルの弱い自分はお昼を境にテンションがダダ下がりとなりもはや何も考えることなく城へと帰って来た。

 でもまぁ自分が抱えてる紙袋に入ったお芋の揚げたのとか鶏肉の焼いたのとかを見れば割と楽しんでたのはわかるだろう。露店っていいよね、テンションは下がってたが割とエンジョイはした。

 そんなものと鍋とかを抱えながら、自分はスゥ君進言のもとお姫様のお部屋へと戻って来たのであった。なんでだろうね。

 そして扉を開けて真っ先に見たのはベッドの上に転がる死体が……シルバちゃんが転がってるならわかる。まぁまたいじくりまわされたのね、とすぐに理解できる。

 だが、うん。ミミリィ隊長もそうか、人形枠か。

 そして哀れな犠牲者を作り上げたであろうお姫様が真っ先にしてきたのが先の要求である。

「……漠然としすぎやありませんかね?」

 言いながらミミリィ隊長の姿をまじまじと見る。髪をリボンで縛られおさげにされたミミリィ隊長がうつぶせで死んだように転がっている。

 なんだろう、シルバちゃんの時もだが美人なメイドさんが転がってるってのに色気が全く感じない。というか通り越して悲壮感が。

 これ、彼女らの為にもお姫様には着せ替え人形あたりを与えた方がよさそうな気がしてきた。

「……後そのドーナツも欲しい」

 ほんと、お姫様は自由だよね。

「……はい」

「一番大きいのな」

 ……抜け目のない。自分は手に持っていた一番小さなサーターアンダギーのようなドーナツを袋に戻し――

「よいしょ」

「……一つだけですからね?」

 袋ごととられた。ほんと無慈悲。

「で、とりあえず私も何か欲しい。面白いものが」

 結局漠然としたままじゃないか。あと袋を返せ。

 あ、こら二つ目行くな。

「その『面白い』の内容を教えていただかないことには」

「む。まぁ、そうだな……」

 お姫様から袋を奪い返すと、彼女はむっとしながらもドーナツを口に放り込みながら少しだけ考える。

 そして、何か思いついたのか指を舐めつつどこか挑発的な目で……なんね。

「そうだ、ナルミ。お前、チェスはできるか?」

「無理です」

 駒の動きもわからんよって。というかこの世界にもチェスが――なんねこれ。

「私はこれが得意でな」

 そう言いながらお姫様が机の上に用意されている盤をトントンと叩く。その上には見たこともない駒がいくつも転がっている。

 あーそうかい。自分の翻訳機能の中に該当するものがないからこれがチェスって扱いね。そういや市場でも到底鶏とは言えない色した生物を鶏として売ってたしね。これ本格的にあいつから賜った翻訳機能に頼らず自前で勉強した方がいい気がしてきた。

なお鶏肉は美味しかった。もうひと串食べよう。

「そっすか」

「うごっ!?」

 鶏肉っていいよな。牛肉とは違う旨味がある。まぁこの鳥はどこか淡白な味をしているが、このレモンのような香りがする香辛料と実によく合う。好きよこれ。

「しかしだ、最近私は悩みを持っている」

 はぁ……も一本。

「そっすか」

「いま私の周りにミミリィとリム以外にいい勝負ができる者がいない」

 冷めてはいるが、自分は冷めた焼き鳥というのもまた味があるものだと思っている。

「そっすか」

「そのミミリィもこと『攻め』に関してはてんで弱い。守りは堅いが守ることのみに注力しすぎているからこちらが負けることはない」

「そっすか」

 炭火で焼いた出来立ての鶏肉はとろけた脂と肉汁とが絡まった肉としての最大限の『旨味』が詰まった代物だ。

「リムはリムでどこか抜けてるというか、詰めが甘いというかな」

「そっすか」

「ははは、耳に痛い」

 しかし冷めた鶏肉は過度な脂が落ち、よりあっさりと旨味の凝縮されてるような気がする。

 ……やっぱり電子レンジが欲しいなぁ。

「また同じ相手とやると戦術もある程度確立化され、ある意味ではもはや私たちの中では成熟したと言っても過言ではない」

「そっすか」

「……おまえ、ちゃんと聞いてるのか?」

 なにを失礼な。

「要するに身内でやるチェスに飽きたんですよね? とりあえず言えることはリム副隊長は適度に手を抜いてるだけなんじゃないかなと」

「いや、そんなことないよ」

 ビクッとした。若干身体が跳ねた。気付けばお姫様の近くには見慣れた笑顔の副隊長が。

「び、びっくらこいた~。いたんですかリム副隊長」

「ひどくない?」

 んなこと言うたかて。

「だって存在感なかったんですもの」

「……割と目の前で色々やってたよ?」

「え? たとえば?」

「そうだね……」

 そう言いながら彼はベッドの上で転がる己の嫁さんのスカートを捲ろうと――

「うごっ!?」

 ……そら蹴られますわ。良かったみてなくて。というかミミリィ隊長、起きてません? あと、そもそもなんで寝てるんだろう。

「……ということとか」

「……そっすか」

 頬をさするリム副隊長を見ながら思うのである。こうはなるまい。

「誤解してるようだけど、最初は捲れてたのを直そうと――」

「そんな事より、話を戻そう」

 そんなこんなをやってる間にいつのまにやらお姫様はチェスの駒をキレイに揃え、偉そうに椅子に座っていた。でもこの流れはリム副隊長がかわいそうじゃないですかね?

 まぁスルー安定ですが。

「……自分はできませんからね」

 なお自分は元の世界の駒の動きすら怪しい。しかるによってこんなのできる筈がなかろうて。

「そこはあまり期待していない」

 ……あ、なんだろう、そう言われるとそれはそれで複雑。

「今私が欲しいのは、チェスに代わるボードゲームだ。先程お前が言った通り、有体に言えば飽きたのだ。だから新たな戦術を組み立てられる、頭を使うボードゲームが欲しいのだ」

 ……ふーん。ここで真っ先に麻雀を思いつく自分はだいぶ毒されてる。まぁ麻雀は色々説明が面倒だし今回はパスで。こんど叩き込んでやろう。

 と、も、す、れ、ばっ、と。

「ん」

「なんだこれ?」

「将棋」

 自分が取り出したのは折り畳み式の木でできたちゃちい将棋盤と心持ちしっかりとした木箱に入った将棋の駒。うちのじいちゃんが昔置いてったものだ。

「ほぉ……どういうものだ?」

「ルールとしてはまずこれ、王を取ったら勝ち。そんで取った相手の駒を持ち駒として使えるのと、敵陣地に入ったら強化される駒があるってことかな」

「ほう」

 あ、お姫様の目が光った。

「もっと詳しく教えてくれないか」

「あ、はい。では――」

 自分は一つ一つの駒を手に取り、懇切丁寧に動きやルールなどを彼女に教える。

 いやぁ、変なもの欲しがられる苦労に比べたらこのくらい全然良識の範囲内ですよ。苦労のうちに入りませんって。

 そうしてノリノリで教えてあげると、お姫様は真剣に聞き入りまた要領よく呑み込んでいく。教え甲斐のあるいい生徒だこと。普段からこれなら自分の好感度もうなぎ上りだろうに。

「なかなかおもしろそうだな」

 どうやら将棋はお姫様のお眼鏡にかなったようで、上機嫌に香車を転がす。

「それはよかった」

「特に取った駒を再利用できるというのははじめてだ。こいつらはよほど人望のない指導者なんだろうな」

 くっくっくと笑いながら玉を弾いて王に当てる。おはじきじゃないんだから。

「ま、現実はこんなに簡単に寝返ってはくれませんがね」

「あぁそうだ。人はこうも簡単に寝返りはしないな」

 言って彼女は飛車を手に取りまじまじと眺め――

「……人は簡単には寝返らない。しかし、この戦は誰も死なない」

 ……うん? どうした、声のトーンがすごく下がったのだが。あと逆説の意味がようけわからんのだが。

「兵を倒したとしてそれは生き、また命を持って立ち上がる。そこに階級など関係なく、全てが生き残り全てが動く。この盤の上で、一つとして命は失われないんだ」

 ……え、なにこれ。

「しかし現実は違う。敵も味方も殺し殺され、決して生き返らない。戦とはそういう物だ」

 おうお子ちゃまが戦語るなし。お兄さんかっこ仮が歴オタならお前はもしや軍オタか?

「……なぁナルミ、私は思うのだ」

「はぁ」

 いきなり話振らんといて。困る。

「こいつらが『成る』ことで強くなるのは、もしかしたらただ勝つ為だけではないのかもしれない」

 言いながら彼女はこちらに向けていた飛車を回し、赤字で塗られた龍王の字を自分に見せる。

 その駒のむこうに覗く瞳は真剣で真摯なまっすぐとしたものである。

「もしかしたら、それは生かすための、敵も味方も関係なく、全てを生かす為の力を得るのではないかと思うのだ」

 ……えっと、それは、ル、ルールだからでは。

「……どうしたら現実でもこういう、『誰も死なない戦』ができるようになるんだろうな?」

 お姫様の口からこぼれたその問いはしかし自分に問いかけているのではなく、彼女が自身に問いているような、そんな空気を纏っていた。重くて暗いその声は、聞いてるこちらの心が苦しくなる。

「……お姫様」

 ……いや、違う。これは、これは……この流れについていけなくて反応に困ってるときの心苦しさだ。

 え、本気で意味わからない。いや、辛うじてお姫様が駒と自国の兵士を重ねてしまってこうなってるというのはなんとなくわかるよ?

 でもね、でもね。これ何が地雷かわからないの。どう発言すれば正解なのか、もっと言えばこの空気で沈黙したとして果たしてそれが金なのかすらわからないの。

 えっと……そうそうだ。じいちゃんが飽きたって言って残していった詰将棋の本がある! このボロッボロの本を見せてやれば……いや、お姫様は日本語読めねぇよ。そ、れ以前に、別に不機嫌じゃねぇからご機嫌取る理由もないんだよ。

 ……どうすんべ。

「……所詮、理想論か」

 そうだ、気の利いたかっこいい事言ってやろう。ゲーム漫画小説の類みたいな。

 とすればまずトチらないように脳内シミュレートをだな。そうだな、えっと……そう『考えても――

「……まぁ、何にせよだ。理想論は理想論であると認識しておくべきものだ。戦となれば人は死ぬ、ならば敵よりも味方を救おうとするのが正解だろう。お前も俺もその手の届く範囲でしか守れないんだ。それ以上を欲張ると、それはその腕で抱えていた最も大切なものも失ってしまう」

「……リアリストめ」

「理想は俺の代わりにお前が追ってくれるからな」

 ……扉の横の壁にもたれるように、ゼノアの兄ちゃんが立っている。お姫様の言葉に妖しい笑顔を浮かべ肩をすくめながらこちらを見ている。

 こいつ、いつからいた。

「……理想論だとはわかっている。守れない者がいるというのも理解している。だが――」

「もっと何か、全てを救える方法があるかもしれない、だろ? ま、お前はそのまま理想を抱いてくれればいい。いざとなれば俺がお前の代わり零れたものを救ってやる。もちろん、お前ごとな」

 黙れイケメン。

「……ふん、当たり前だ」

 お姫様はそう言いながらそっぽを向いて……あー、なんだろこれ。悲しくなってきた。

 まるであれだな、主人公のイベントを間近で見ている仲間の気持ち――あ、これはそれの丸のままか。

 なにかムカつくから焼き鳥食べちゃお。

 ……というかあれだな。この流れ、なんかど直球で『この世界で今から大変なことが起こるよ』っていうフラグにしか見えないのだが、どうしたもんだろう。

 もしそうなら、自分は本格的にそういう目的でここに来たと考えた方がよいのだろうか?

 ……ねぇな。

「先生は、どうお思いで?」

「うん?」

 声の方向を見るとそこにはメイド服の見慣れぬ――おいスゥ君、とっとと着替えろ。というかまだいたの。

「……問いが漠然としとるが、理想と現実云々の、誰も死なない戦がどうだこうだって話でええのんけ?」

「そうですね」

 うん。さっき考えてた内容吹っ飛んだから時間が欲しいかな。

 だからお前ら注目すんな。

 えっと、えっとね……あー、そうね。思い出した。

「……しらん」

「しらんって」

 そう呆れるなお姫様。さっきから考えてた内容をすべて集約した言葉がこれなんだから。

「それの答えが出たらそれは稀代の軍師か頭のおかしい変な人ですよ。なんにせよ、それができたら歴史に名前が残りますよ」

 言って最後の焼き鳥をもぐりんちょ。おいし。

「そうだけども……」

「ま、自分に言えることはですよ。ゼノアと同じであまり欲張ってすべてを守ろうとしない方がいいですよってのと、己の力量を把握しなさいって感じですね。あと己の天秤か。大切なものは明確に。二兎負うものは一兎をも得ずですわ。本当に大切なものを失うことにはならないようにしましょうね」

 ……まぁ、何もせんでも大切なもの失うこともあるんですがねー。言ってて鬱になって来た。

 だんだんムカついてきたな。ドーナツも食べてしまおう。

「……本当に大切なもの、か」

 お姫様はそうつぶやくと、将棋の駒をもてあそびながらたそがれる。同時にゼノアも対面に座り、これは何だと駒を取る。

 そこから二人は楽しそうに、お姫様は覚えたての将棋を教えゼノアがにこやかにそれを聞く。顔面の恐ろしさ云々はあるが、美男美女がこうやっているさまはなかなかに絵になるものである。

 まぁ、だいぶ話は戻るが、自分がなんでここにいるかとかは今は全くわからないし、願わくばこういう平和な毎日がいつまでも続けばいいな、とそれっぽい事考えとく。

 その方が精神衛生的によろしいしな。

 ……あ、ドーナツもなくなった。悲しいなぁ。



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