41・チープで陳腐
……なんだっけなぁ。あの、なんたら亭。西方神話のアレで有名なアレをモチーフにしたとかいう名前の、ちょっとお高い飲食店。明け方の猫とかそんなん。そこで自分とシャドさん、そしてシスターは遅めの昼食をとっていた。
はずだったのだがねぇ。
「結局、このパーティーには色香が足りないんですよ」
「あんたとこいつで充分勝手に振りまいてるじゃない。発情シスターと露出格闘家でお腹いっぱいよ」
「うーん、でも何かが足りないんですよね」
「確かに、一部分が足りない面子がいるな」
「あ? 私の何が足りないって変態乳バンド。喧嘩なら買うわよ?」
「……あなたたちのパーティはアピールしすぎてむしろ色気がなくなってるのだと思いますが。ほら、脂っこい食べ物ってむしろ食欲なくなるじゃないですか。同じですよ」
「確かに。あとこの盛りの付いたオス猿がついてるのも問題ね」
「それ俺の事か? こいつらと一緒はさすがにひどくないか?」
「そうだぞ。この前の稼ぎを全部娼館に突っ込んだこいつと私をいっしょにするな」
「全部じゃない。決して全部じゃないぞ」
「まぁ毎日貧相魔術師見てたらそういう所に行きたくなるのも――」
「表出なさい。消し炭と氷像好きな方選ばしてあげる」
この始末である。
思いがけず合流してしまったムー君のお友達グループに巻き込まれ、先程までとは一転、非常に騒がしく……いや、あのシスター一人で充分騒がしかったか。
……まぁ、一気に人数が増えたことで大量の席を占拠してしまう結果となってしまったことは、店には悪いと思ってる。
ついでに言えば鍋とか服とか、買ったものを置くためにさらに席を占拠してしまったことは本当に申し訳ないと思っている。いっぱい食べるから許して。
いや、自分もこれを影にしまってコンパクトにしようとしたさ。でもシャドさんが人前でそういう変な術を使うなって言うんだもの。しようがないじゃないか。
あ、そうそう。そのシャドさんもあっちのグループで親しげに話してるよ。自分を放置して。
……そう、自分を放置して。
彼は今、まるで昔なじみと話をするように、ごく自然と彼らの中になじんでいる。
ろくでもなくどうでもない会話に笑い、愉しみ語り合う。
なんだろうね。こう、何とも言えない精神衛生的によろしくない、イライラにも似たドロドロしたこの気持ちは。
……いや、理由はわかってるんだがね?
友達っていいな、羨ましいな、寂しいな。という感情でござる。
もっと言えば羨望及び嫉妬。お前ら自分が失ったもの目の前で振りかざすのやめろやこらって気持ち。
ま、とはいえほんの小さなものですが。
本当、こういう負の感情は精神衛生的に非常によろしくない。抱くこともそうだが、その直後の今みたいな冷静になった瞬間の自己嫌悪が半端なく嫌いだ。
……こういう時はおいしいものを食べて気を紛らわそう。
「……あ、店員さん。ナツマメパンとステーキちょうだい。ほいこれお金」
ちなみにこの二つ以外のメニューは知らん。
「はーい。……しかしお客さん、もしかして同業屋さん?」
お金を受け取った猫耳ウェイトレスは物珍しそうに鍋を……こら、叩くな。へこむ。
「うんにゃ、食べ物屋さんとかじゃないんですわ」
「でもこのお鍋何人分? うちのお鍋と同じくらいあるよ? なにに使うの?」
正直言おうか。調子乗って買い過ぎた。真面目な話、こんな大きなのいらないと思うんだ。
というか言う程自分料理好きくないし。
「……まぁ、たしなむ程度にお料理はしますしね」
「へぇ……確かお客さんって、今噂の異邦の方ですよね? あの、回復する方のお姫様のお仲間の」
意味は分かるが、その分類はどうなんだろうね。
「まぁ、そうなりますわな」
今更だが考えてみたらあのお姫様って実は三女なんだよね。上二人って今どこいるんだろう。
「ふぅん……じゃ、ちょっと待っててね」
なんとも意味深な顔をしながらウェイトレスさんはバックヤードへと消えていった。なんなのだいったい。
「でもなんだかんだ言って、お前はムーからもらったペンダントを後生大事に持ってるよな」
「な!? い、今あいつは関係ないでしょ!?」
「……ホントなんで兄貴はこれに気付かないかな」
「ムーさんは鈍感ですからね」
「全くです。というかなぜご本人はあそこまで己が女性に人気がないと思えるんでしょうか」
「あれでも一応英雄なのですから、もっと自信を持ってもいいと思うのですがね」
今明かされる驚愕の事実。ムー君は英雄だった。
……まぁ、自分みたいにレアモンスターじゃないのなら、何かしらすごいことやらかしたからお姫様の護衛なんて大任任されてるんだろうね。ちょっとは予想はできた。
というかあいつやっぱり主人公じゃないか。鈍感系主人公とか、現実では相当レアもの――
「それを言うなら俺も一緒に一度は世界を救ったんだぜ? 邪竜を倒したんだぜ? もっとモテていいだろう」
……それは予想してなかった。え? なにそれ世界ってお前。
というか台形、お前そんな強かったん? ごめんキャラ的になんかあればすぐ死にそうとか心の底で思ってた。
「あの時はほとんどムーと劇団の方々がやっててあんたは裏方だったでしょう」
そう言いながら魔女っ娘は憐憫の眼差しを台形に向ける。
「しかも一番激戦地から遠いところにいたしな」
追い打ちをかけるように痴女が鼻で笑う。
「あの時何回『死にたくない』って言ってましたっけ?」
そしてトドメを刺すようにシスターが言う。
うん、なんとなくこいつの立ち位置がわかった。
「待て! でも俺が最後の砦になっていなかったら被害はもっと出ていたはずだ!」
「それを言うならわたくしたちもおんなじですわ」
「その中でもお前は一番後ろだったしな」
「というか魔術師である私よりも後ろにいてよく言うわ」
あぁ、自分の中の台形の株がどんどん暴落していく。
「それはお前が兄貴を追って前に出ようとしたからだろうが!!」
「それは! 関係ないでしょ!」
「もっと言えばそれでお前が引き連れてきた敵を倒したの俺だからな!?」
ついでに魔術師ちゃんも暴落していく。一番中身まともだと思ったんだがな。
「ちがっ! だってそれはこいつらだって!」
「後衛が前に出たら一緒に出るのが前衛だろう」
「結果良い囮になって事が好転しましたけどね」
このパーティーダメかもわからんね。
しかし、世界の危機ねぇ。
……チョーっとだけ考えてたんだけどさ、自分がここに来た理由。
もしかしてこの世界に何か大きな危機が起きてるとか、そういうのじゃないだろうね。
だって考えてみなさいな。不思議で強力な力を持った別世界の人間が、主人公設定のついた様な集団に拾われる。
まるで、それこそ、チープで陳腐な手垢まみれの設定だけども、別世界の勇者のそれではないか。
自分は何か、そういう使命をあのクソ女神から託されたのではないだろうか。
この世界の命運を左右するような、そういう、正しく神託のような何かを。
だからこそ自分は家族を友達を故郷を捨てさせられたのではないか、見ず知らずの人々を救い、全く知らない土地を護るために呼び出されたのではないか。
目の前で楽しそうに笑い合う彼らのような人々の笑顔を守る、そのためにここに来たのではないか。
そんな思いが心によぎり、目の前で平和に談笑する彼らを見ながら思うのである。
知るかクソが。自分の知らんとこで勝手に滅びろ。




