40・金物屋
露店の婆様に微妙な顔で見送られた後も、本当にシスターは自分たちの買い物についてきた。
目当てのものを手に入れたからだろうか、やたら上機嫌でニコニコしながらシャドさんと女子トークをしながらついてきた。
傍目から見ると美女な二人を引き連れる自分はまさに今両手に花状態。ガチでたまに道行く男性の視線が痛く感じる。
……しかしその実、片や女装、片や変態。当事者としては非常に居心地が悪い。
これならシルバちゃんを叩き起こして連れてった方が幾分か精神衛生的によかったかもしれん。血でもやっときゃ自分のいう事聞きそうだからね、あいつなら。
そんな二人を引き連れて自分は露店を覗いたり、屋台で色々つまんだり、服屋さんで女子コーディネートの被害者にされたり大変だった。
おかげで予定外に高価な服を手に入れてしまった。なんだよ闇虫の絹の服とか。聞いたことないわ。魔法に対する耐性とか、日常生活で求められるかってーの。
……本当は普通の服ください、って言いたかったんだけどねぇ。この二人に連れられてきた服屋さんが特殊効果付きの服とか鎧とか、そういうの専門の服屋さんだったからしかたなかったんだよ。
そんなこんなを乗り越えて自分は現在シスターに連れられて大通りから少し外れた位置にある金物屋さんへとやって来た。無論目的は鍋とかフライパンとかを買うためだ。
棚にかかってる斧とか剣とかは……うん、見なかったことにしよ。看板に鍛冶屋ってあるらしいけど、うん、しらん。
自分はただ無心で鍋やらフライパンやらを――あー、さすがにアルミニウムのフライパンとかはないんか。鉄はちゃんと世話すりゃいいけど、気ぃ抜くと錆びて使えんくなるしなぁ。まぁ育てるのもありか。おっきいのと小さいのと……何個買おうかな。
「お師匠様はお料理とかなさるんですか?」
自分がフライパン片手に悩んでいると、シスターが無駄に近づいてなんか言ってきた。とりあえず一歩離れる。
ちなみにシャドさんは自分の後ろで鍋を抱えて待機している。見た目女性でも中身は男だ。荷物持ちくらいいいだろう。
10Lオーバーの寸胴はじめ、大量の鍋類は辛いとは思うが、自分は知らん。
「まぁ、一時期これでお金稼いでたことあるくらいには」
「え? そうなのですか?」
「そうだったんですか?」
シスターとシャドさんがふたり揃って『まぁ意外』といった顔で驚愕する。
実はそうなんですよお二人とも。といっても個人経営の喫茶店でアルバイトしてただけだがな。お金と店長のまかないが目的でやってたようなもんだ。
ちなみに経緯としてはちょくちょくメニューのレシピを聞いたりしてたら、『それじゃあここで働けよ』って言われたのがきっかけです。今思うと迷惑な客だったが、店長夫妻からしたら料理を気に入ってくれるいい子、と感じていたようですっごくかわいがってもらってた。
あと友達やその家族がよく利用してお金を落としてくれるようになったとかで、そういう意味でも良くしてくれた。特に部活仲間関連が……いや、あれはいいや。
「へぇ……旦那様ってもとは料理人だったんですね」
まぁものすごく広義で言えばだけど。
「ま、ね」
でもちょっと見栄を張りたいから否定はしない。嘘はついてないし。
「どういうお料理を作られていたのですか?」
「ピラフ、カレー、パスタ、オムレツオムライス……いろいろだね」
正直どっちかって―と創作料理に片足突っ込んでたからね。喫茶店の癖に月一で和洋中節操なくメニューが入れ替わるもん。あと真面目な話たまに地雷があった。それをメニューに出すのを止めるのも自分の仕事。
……店長夫妻をみてるとアレンジャーな嫁は絶対持ってはならないという事が学べてすごくためになったね。正直あれにブレーキかけれない旦那さんは気が弱すぎると思いました。
まぁ喫茶店のコンセプトが奥さんの『私の考えた最強の料理』を出すお店だからしようがないっちゃしようがないんかもわからんがね。本人も腕は悪くないからとびぬけておかしいものはたまにしか出ないし。
ただ抹茶フルーツカレーはないと思いました。甘くて苦くて辛いって、あれはもうだめだ。なぜあの人は唐突に舌が馬鹿になるのか。そして匂いをよく嗅がずにグリーンカレーと思って口にした自分のバカ。
そう自分が過去の文字通り苦かった思い出を思い出していると、シャドさんがポツンと呟いた。
「意外と器用なんですね」
意外とは余計です。
「……まぁ、お料理したり楽器演奏できる程度には器用なつもりだよ」
ただしセンスは問わん。
そして演奏できる楽器も……うん、何も言わん。
「まぁ、楽器まで扱えるのですか。やはり見た目のとおり教養も知性も備えているようで、素敵ですわ。素敵な憧れの殿方と共に夕日の見えるバルコニーで音楽を奏でながら愛の歌を紡ぎ、星が瞬くころにそっと抱き寄せなられ、真心のこもった贈り物を手渡される。それに対してわたくしは運命の方の暖かさを感じながら永遠の愛を誓い、微笑み眠りゆく黄昏と暖かく見守る月の明かりのなか、優しく広がる夕闇の中そっと唇を重ね……素晴らしいですわ!」
なんか変なスイッチ入ってる人がいるー。
「こいつはホントどうにかならんのか」
「ははは……」
いまだ妄想の世界から帰還できないシスターを見ながら、自分とシャドさんはとても微妙な気持ちになった。見た目美人なのになんねこの残念さんは。
……まぁ、いいや。とりあえず買い物の続きしよ。
鍋は手に入れた、フライパンも、お玉フライ返しもゲットした。あーとーはー……包丁とまな板だな。
「ねぇシャドさん、包丁ってどこ?」
「調理用のものならこちらに……でも包丁、というか刃物の類ならリムロス様に頼めばいいものがもらえますよ」
え? リム副隊長?
「そうなん?」
「ええ、あの方は色々あるので」
へぇ、そうなんだ。ますますうさん臭さが上がったな。裏で何か悪いことしとるん違うか?
「ところでいま旦那様はどのような包丁をお持ちなんですか?」
「うん? あー、今持ってる包丁は二本ともろくなもんじゃないよ」
今持ってるのはキャンプ用の安くてがっさい文化包丁と100均にあるようなちゃっちいフルーツナイフの二本だけ。
どちらも物置の奥にしまい込んでいたもので、正直普段使いには到底使えん。
最後に使ったのは多分去年の夏のバーベキュー。
「へー」
「そんな目で見てもみせんぞ」
「……そうですか」
見せたらまた取られそうだからな。
しかしそうなるとあとは……圧力鍋なかったし、あとはまな板くらいしか買うものがないから、もうここには用はないかな。
あ、漉し布も欲しい。
「そうだ、旦那様」
「ん? どしたん?」
そんなことを考えてると、シャドさんが――
「ちなみに人斬り包丁ならあそこの壁にありますよ」
「……自分が欲しいのは調理用のものです」
あんな鯨包丁よりでかいの買いませんよ。
「……かっこいいのに」
「お前の趣味はようわからん」
こいつは自分にいったい何をさせたいのだ?




