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4・お誘い

正直後半いらないかもとは思った

「……一度、うちに来るか?」

「は?」

 恥を忍んで、恐怖に耐えながら発した言葉の返答は、予想の遥か上を行くものだった。

「一度うちに来ないか? 招待しよう」

 実に真摯な目で、小動物を愛でる飢えた虎のような目でこちらを見ながらもう一度言う。こえぇよ。

 と言うか待って、理解がおっつかない。何で自分みたいな不審者連れて帰るの? いやそりゃ人の生活圏内に連れてって貰えりゃとても嬉しいけどさ。

 どこの世界に野原の真ん中でスコップ抱えながら歩く不審者をお持ち帰る軍隊がいるってよ。この世界にはいるってか? やかましいわ。

 と言うかそもそも『ここはどこ?』って質問に『うちに来るか』ってアンサーは……いや、『なぜここに来た』って問いに『ここはどこ?』って答えてはぐらかした自分も大概だけどさぁ。

 ……と、不信感を抱きはすれここでこの誘いに乗らないと言う選択肢は現在の自分にはないのである。だってここで見捨てられたら自分は野垂れて死ぬのが目に見えるから。

「……ふむ。いいんすか?」

「あぁ、問題ないだろう。ただの冒険者なら街にもたくさんいるし、風貌が変わってるだけで拒否するのは筋が通らないだろ」

 いや、その理論はおかしくないか? 冒険者がいるから招待するって――

「それに今回の件について正式に非礼を詫びたいしな」

 あ、運送言う事なら納得できるが。それを早くいいなさいよ。

「……なら、お願いします」

 そんな訳でここで断っても野垂れ死ぬ運命しかない自分は彼のお誘い対し、こういう答えを出すしかない。

 というか、まぁ悪い奴じゃなさそうだし。顔以外。

「決まりだな。で、時に少しお願いがあるのだが聞いてくれないか?」

 ……ねぇ、この流れってアレだよね。契約書にサインしてから金額提示するみたいな、そんな流れに似てる。

 RPGでよくある、無理な命令をされると言うあの――

「俺の友達になってくれないか?」

「……」

 いま自分はどんな顔しているんだろう。

 少なくとも目の前のお兄さんは顔を赤らめて下向いてもじもじしてる。やめろ、

 その顔でそれは怖い。それでなくとも怖いのに、そのどっかのギャルゲヒロインがやりそうな行動をその顔でするのをやめろ。

 というか別に友達になるくらいいいけどさ。どこにこの流れに行き着く要因があった?

「……いいっすけども」

 今後もずっと友達が続く保証はないけどな。

 もっとも、よほどでない限りこっちから裏切る気はないが。罪悪感は精神衛生的に悪いからね。

「本当か!?」

 そしてパァッと花が開くような……あー、うん。

 なんだこいつ。何でこいつ不審者と友達になって喜んでんの?

「そういえばまだ名前を言っていなかったな。俺はゼノア・ランドルフ。ゼノア、または気軽にズィとでも呼んでくれ。敬語とかもいい」

「じゃあ自分は、鳴海とでも気軽に呼んでくださいな」

 なっちゃん、なっくん、なる、等等のあだ名はあるが、まぁ伝える必要もあるまい。

 こうして自分らは固く握手を交わし、ズィ……えぇい発音しづらい! ゼノアにとっても怖い顔で睨まれた。なぜだ。

「……どうかしました?」

「敬語」

「……は?」

「敬語はいい、と言ったはずだ」

 そう言って少しむくれながら怒るゼノアは……はぁ、これ女の子だったらなぁ。

「……わかった、敬語はやめよう」

「あぁ! そうしてくれ!!」

 実に凶悪で嬉しそうな顔だ。しかし純粋で、きっと心優しいんだろう。

 多分顔がもう少しまろやかなら自分もこんなに怖がらなかったのに。きっとこの人人生損してるね。

 そして、よくよく見たら君の後ろの兵隊さん達が非常にポカンとしてる。というか理解がおっつかないのかざわざわやってるが大丈夫かい?

 『隊長なに言ってんの』『友達? アレと?』『でもカームル殺したらしいぜ』『うん、で、あれ黒いよね……いやまさか』『でもあれ……本物? いややっぱり、そうなの? それとも俺が狂ってんのか?』とかなんとか。失敬な。

 考えてみたらアレだよね、何でここまで彼らがここに来たかは知らないが――まぁ今は仮に先程のカームルとかいう猪の討伐を目的として――完全武装で隊列組んでこんななにもないとこまでやってきて、やった事が隊長のお友達をひとり作ること。しかも不審者。

 自分が部下だったらちょっと転職考えるレベルだよ。

 そんな事を考えている間にゼノアはすくっとその場に立ってこちらを見る。

「それでは、よろしくなナルミ」

 ゼノアはそうニカッと笑い手を差し出してきた。恐らく握手かなんかのつもりだろう。しかしイケメンだな、怖いけど。後犬歯長いな。

 そんな事を考えながら、自分は彼と握手をする。とても大きな、暖かい手だった。

「こちらこそ、よろしく」

 こうして経緯はよくわからないが、自分にこの世界始めての友人ができたのであった。


 ……ちなみに本来はもっと警戒するべきだと思うのだが、こう簡単に彼と友人になった理由として割と汚い下心があった。

 だってこう、彼見るからに偉い人、軍の若きエリート的立場の人でしょ?

 だったらここでコネ作っとけば、いざとなったら軍に入れてもらって食いっぱぐれないようにできそうでしょ。

 それにもしかしたら炊事班とかの危険の少なそうな所にねじ込んでもらえそうじゃん。


 打算と期待と自己保身が自分の原動力です。

 俗にこれを最低という。真似するなよ。




*out side*




 何だこいつは。そこにいる誰もがそう感じた。

 そこにいたのは一人の少年だった。 

 それはまさしく黒だった。髪も瞳も、漆黒だった。

 髪も瞳もただ黒く、異様な風貌の少年は草原の中の、なぜかこの広大な平原でただ一人だけで歩いていた。肌着に青いズボン、そして片手にスコップを抱えて。

 服装も持ち物も、そして何よりその色が、何より彼らにとって不気味だった。

 見たことのない黒い色。吸い込まれるような夜の色。それを見て誰もが考えた。ありえない。きっと髪を染めているのだろう。

 そう思いもう一度よく見ると、彼はニコリと微笑んだ。最初はこちらの呼びかけに面食らったような顔になりはしたが、物怖じするでも戸惑うでもなく、ただ優しく笑いかけてきた。

 100を越す軍隊に武器を突きつけられてなお、余裕を持った笑みを、優しさの篭った微笑を向けてくる。まるで彼ら軍隊など意にも返していないかのような。

 彼らにとって不思議な少年の微笑みは、未知の恐怖を、そしてどこか狂気めいたもの感じさせるのには充分だった。

 だからだろうか。彼らの中の本能が、理解の外のなにかに警鐘を鳴らしたのは。『何かがおかしい』と。彼が未知の、『理解できないなにか』であると感じたのは。

 中には彼が『ただの狂人』であろうと願い、決めつけ、野次を飛ばすものもいた。が、それもまた目の前の少年がカームルを殺したという事実を知って口を噤む。

  この軍隊を率いるゼノアもまたその例に漏れず未知の少年を危険視し、警戒しながら話しかけた。

 しかし彼は存外素直に、拍子抜けするほど大人しい。警戒していたゼノア自身が肩透かしを食らったような気分になるほどに。

 そしてその途中で、部下に耳打ちされた言葉が引っかかる。

「あの、隊長、実は現場に行く途中にもいくつか、戦闘の跡が残っていた所があったんですが、死体が何にも無かったんです。 なので私には彼が無駄な殺生をしない、そんなに危険な者には感じられないんですけど……見た目はアレですが」

 だからどうした。いつもならそう切り捨てるような内容も、今回ばかりは無視できない。

 何故なら彼は、焦っていたのだ。

 カームルを一撃で粉砕する力をもつ者が、自分達の護るべき街へとむかっていたことに。

 しかし、冷静に考えみると、ここからならあの街が1番近い。

 ここを超えたなら、そこを目指して次の旅の準備をするのが道理。 荷物知識ももなく服装や外見が奇怪ではあるが、ここにいるという事は冒険者や旅人などに準ずるものなのだろう。そうでなければこんな何もないところにいるはずが無い。

 しかし同時に解せないことがある。

「…何故だ」

 それが疑問となり自然と口からでた。

「えーと……、何故、とは?」

「何故カームルを殺した?」

 そう、何故カームルだけ殺し、他の魔物は殺さなかったのか。

 聞く限りでは、魔物に遭遇はしたのだろう。 しかし、カームル以外は殺さなかった。

 それが不思議だった。

「……襲われたから返り討ちにしただけです。やらなきゃやられた。問題あります? あなた達だって敵が来たら反撃するでしょう? 同じっすよ同じ」

 不機嫌そうに彼は言う。だがそこまで気を悪くしたわけではなく、ただ子供が拗ねているだけのような感じにゼノアは見えた。

 それを見て、本当に彼は警戒する必要があるのかと疑問に思う。

 そして、それを確かめるように、今一番聞きたい事を質問した。

「……なら、なぜだ」

「は?」

「ならなぜ私達を撃退しない? 明らかに私達は敵意を持って貴様に対峙している、命の危機に直面している。なぜ攻撃しない?」

 部下からの悲鳴にも似た声が聞えるが、関係ない。

 ゼノアは外野を無視して目の前の彼を見つめる。

「だって言葉通じるじゃん。こうやってお話して解決したらだめなん?」

 そして、最終的に彼から出てきた言葉はあまりに拍子抜けするものだった。不思議なものを見るような顔で、至極当然のことを当然に言うような口調で。

 それはそうだ、彼とて人だ。相手が悪人ならいざ知らず、話し合いで解決できるのなら何も悪いことをしていないのなら話し合いで解決しようとする事のなにが問題あるのだろうか。

 未知との遭遇、そして圧倒的な暴力の片鱗をに触れたことによる焦りで己の目が曇ってしまった事をゼノアは内心自覚し、そして再び冷静になって考える。

 彼の風貌は非常に特殊だ。その髪も瞳も、格好もどれをとっても不思議なものだ。神秘的と言ってもいい程不思議な姿。

 そしてゼノアは考える。若干の打算と期待を含ませながら、今度は歩み寄るように話を進めた。

 表向きは彼の友になるために。本当の理由は彼を目の届く範囲においておくために。

 いくら友好的とはいえカームルを単身撃破するともなればそれだけで危険なのだ。それを武力で押さえ込まなくてもどうにかできるならばそれに越した事は無い。

 なにより、うまくいけばこちらの陣営に引き込める。見た目はアレだが、戦闘力で言えば優秀なのだろうし。

 そう考えて、頭を振る。本当にそうだろうか?

 本当は本当に、この少年と友人になりたいのではないか?

 見るからに不思議で、奇妙で、しかしどこか素朴なこの飄々とした少年に、どこか惹きつけられているのではないか。

 そこまで考え、考えるのを放棄する。

 どちらでもいい、どっちであろうとやる事に変わりは無い。なら答えを出すのは後でもできる。

 それからはとんとん拍子に話が進み、結果彼ナルミはゼノアと友になり、街へと行く事に決定した。

「それでは、よろしくなナルミ」

「こちらこそ、よろしく」

 彼と硬く握手を交わした時、何か期待のようなものがゼノアの胸にこみ上げた。


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