38・空気感
なんだこれ。
「あ、これすごい。属性付与の術式が四つもついてる」
なんだこれ。
「そうだろ? この剣は禁域の塔の錬金武器の一つだ。そうお目にかかれるものじゃねぇ」
なんだこれ。
「へぇ……しかも軽い」
なんだこれ。
「軽くて誰でも簡単に扱える。そしてこの属性付与だ。どんな非力でもこれさえあれば何とかなる」
なんだこれ。
自分は今城下の、大通りから少しだけ逸れたところにある『露店市』と呼ばれるところに来ている。狭い路地にいろんな人が露店を広げている、まぁ文字通りの場所ですな。
なぜこんなところに、と言えば連れのスゥ君。今目の前で紋章の刻まれた一振りの剣を眺めている彼が『掘り出し物があったりするんですよー』とか言いながらここに入っていったからだ。
……うん、そう、彼、彼、うん。
自分の目の前にいるのは、そう、スゥ君らしいのだ。うん。
「良いわねこれ。私もちょっと欲しいかも」
「お、いいねお嬢ちゃん。どうだ? 買わないかい? 今が買いだぜ」
……メイド服着て水色の短髪を揺らしながら露店のおっさんと話しているウサ耳の人物は、どっからどーみてもかわいい可愛い女の子だ。
一人称まで変わりおって、なんでこいつは、ほんと、ほんっと……。
「でも今私お金ないしなぁ……」
「今買わないと次あるって保証はないぜ。何なら連れの兄ちゃんに頼んでみたらどうだ?」
「ねぇ旦那様おね――」
「カッター没収するぞ」
誰が旦那様だテメェこれ以上自分を混乱させるな。
しかし、なぜこんなことになったのか……は、実はちゃんとした、うん、まぁ、理由はあるらしい。
スゥ君もあれなんだって、正体をあまり大っぴらにしたくない人種らしいよ。詳しくは知らない。
……真面目な話、自分はただの趣味だと睨んでいる。化粧とかかつらとか、ガチすっぎるもん。
ついでにこの時の名前は『シャド』らしい。さらにに言うと職業は『お姫様とちょっとだけ仲がいいただのメイド』らしい。意味わからん。
「ダメだって。仕方ない、今回は縁がなかったってことで、ごめんなさい」
「チッ。んだよクソが」
露店のおっさん手のひら返し早すぎ。そんなんじゃリピーターつかんぞ。
……ん? どしたおっさん、そんなにこの女装野郎をまじまじ見て。
「……じゃあ嬢ちゃん、俺とイイコトしたら安く売ってやるが、どうだ?」
……うわぁ。
いや、うんその発言もうわぁなんだけどどっちかって―とむさいおっさんが絡んだBLを想像してしまって……ないわぁ。
そしてこんなこと想像してしまう自分が……あぁ、毒されてるんだなぁって。
「え? いや別に無いなら無いでもいいし」
そしてスゥ……いやシャドちゃんの無慈悲なぶった切り。
「そう言うなって、な? そこの細い兄ちゃんなんかよりよっぽどいいから」
……あ? 今なんつったこのハゲ。千切るぞ。
「残念ながら私そういう軽い人って嫌いなの。じゃあまたね、お兄さん。行きましょう、旦那様」
「あ、ちょ」
自分が何か行動する前にシャドちゃん……ちゃんづけは無理だな。シャドさんに手を引かれてその場を離れる。おい放せ女装野郎。
「めぼしいものはなかったですね」
「あ、そう」
真面目な話自分はここ来るつもりなかったから何があるのかすら把握していないから、なんともコメントがしずらいんですよ。
「……というかあれで禁域の塔の遺産って、さすがに無理があるわよ」
「へぇ、そうなんだ」
「興味なさそうですね」
「うん」
いやね、確かに『お、剣だ。凄いな』という感想は持ったがね? 正直興味云々以前に魔法のアイテムとかよくわからんし、素人が刃物持つのは危ないでしょ。
「……ま、いいです。それより何かいいものありましたか?」
「いんにゃなにも」
「物欲ってものがないんですか?」
なぜそこまで言われなならんのか。
そもそも、自分はこんなところに来たいなんて言っていないんだ。
「あんなス」
「シャドです」
……面倒な。
「……シャドさんや。自分は前いったよーに武器だ何だなんて欲しくないの。今欲しいのは服とかの日常使うもの。あとは鍋とかフライパンとかがほしいんだ。自分が求めるのは剣ではない。包丁――」
「あ! あれ!!」
自分の言葉を遮って、彼は近くの露店、黒フードに身を包んだ妖しい婆様が小瓶やらアクセサリーやらをごたごたと並べてるお店へとかけていった。
……おい、ウサ耳変態野郎。人の話最後まで聞こうか。マジで没収すんぞ。
「これ、まさか月光花の蜜? 本物?」
「ほう、あんさん良い眼をしている」
「月光花の蜜は輝きが違うからね。この色、粘り、咽るような甘ったるい匂い……」
「ああ、本物さ」
「――違う。これ、ただの月光花の蜜じゃない」
「ほぉ……良く気付く」
「内包されてる魔力がおかしい。こんなの見たこと無い。まさかこれって――」
「そうさ、ただの月光花の蜜じゃあない。月のない夜にだけ銀色の花を咲かせる、新月の花のものだ」
「それっ……さ、触っても?」
「存分に見るとい」
言いながら彼が持ちあげた小瓶には、濃い琥珀色の粘性の高い液体が入っている。
何か感動しているようだが、果たして自分は置いてけぼりで何がそんなにいいかはさっぱりだ。
まぁハチミツに似ておいしそうだとは思うがな。
あと君凄いね。その瓶どう見ても密閉されてるのに、ようけ匂いがわかるものだ。
「で、なにこれ」
「……希少な植物、月光花の蜜です。新月の月光花の蜜……凄い、溶け入っている魔力の量が桁外れ」
よほどいいものなのだろう。自分の事を適当にあしらいながら彼は恍惚と言った表情で小瓶を眺めてうっとりしている。
そんなにおいしいんだろうか?
「なんでこんな希少なものがここに?」
「あぁ、いろんなツテでね」
「……あなた、何者?」
「ただの行商人さ」
しばし二人はその場で見合い、無言の時間が流れていく。なんだこれ。
「……これ、いくら?」
「あんたはこれの正体に気付いた。あたしゃそういう物の価値がわかってるやつが大好きだ。だからまけにまけて一本金貨一枚にしてやろう」
……通貨価値がわからんから自分なんもコメントできない。
あ、でも実は自分金貨20枚くらい持ってるんだ。あの謎樹木倒した報酬と文字通り根こそぎ剥ぎ取った分を売ったので。
「1本、いや、2本……ちょっと待って、少し考えさせて」
「ああ、いいさ。ただ悩んでる間に買われてもわたしに何も言わないでおくれよ? さっきこれを見て飛び出していった女の子がいたんだが、もしかしたら」
「……そう言われると、いや、でも」
「ちなみにまだ5本ある」
このお買い物っていったい誰が行きたいって言ったんだろうね?
まぁいいや。それよりもきになるのは、だ。
「……ねぇシャドさんや」
「え? あ、はいなんですか?」
「これおいしいの?」
「「は?」」
あ、シャドさん婆様と声が被った。
「……おい、あんたの連れはいったいなんだ。あの話を聞いててこれの価値ってものを理解できていないのか?」
ひどい言い草だ。
「いや、あはは……ちょっと、天然なところがありまして」
あれ、味方がいない?
「それにしてもだ。見てくれはいいのに、どこのボンボンだいまったく。こういうのが財産を食い潰して家を没落させるんだ」
なにこの言われよう。
「……ち、ちなみに言いますけどこれは希少な魔法薬の材料でして、強力な惚れ薬、媚薬の類にもなりますし生命力や魔力の回復、身体能力の増強、魔法力の強化など、非常に効果が高く汎用性の高い素材になります。美味しいかどうかというのは、まぁ、すごい甘くて濃厚な味、らしいですよ」
ありがとうよシャドさん。二人の攻撃のせいで最後以外あんま頭に入らなかったが。
……回復薬で、甘いんでしょ? ちょっと食べてみたい。
幸いお金はある。シャドさんが悩むくらい買う価値もある。なら買っても問題ないだろう。
しかも値引かれているときたもんだ。『割引』とか『半額』とか言った言葉に弱い自分にとってはまさに、といった感じだ。
そんな訳で自分は懐から金貨を五枚取り出し小瓶の横へポンとおく。
「金貨五枚。五つ貰えるかなお姉さん」
リップサービスは文字通りサービスだ。取っておけ。
「……あんたには売らん」
なんだとババア。
「物の価値のわからん奴にあたしゃ買ってほしくない。そしてあんたは物の価値がわからない、見る目のない輩だ。信用に値しない」
そう言ってそっぽ向いた婆様の姿は、これがあと60年若かったらかわいいと思えそうな姿だった。顔見えないけど。
……しかし売ってもらえないとなると、あれよ。余計欲しくなるよね。自分も何回『数量限定』の言葉に踊らされてケーキを買ったか。
しかし困ったな。ものを見る目がないのは事実だから、この婆様に認めてもらうのは無理そうだしなぁ……。
あー、うん。はったりかますか。
「自分物を見る目はないけど、人を見る目はあるつもりだけど?」
「だからどうした」
「自分が認めた人物がほれ込んだ物を自分が買う。自分にできないことをやってもらう。料理ができないからお金を払って作ってもらう。力がないからお願いをして運んでもらう。それと何ら違わないさ。なら自分がこれを買っても別段問題はないと思うのだが」
意味わからんむちゃくちゃ理論だが、ニュアンスは伝われ。
自分の言葉を聞くと婆様はこちらを向き、自分の目をじっと見つめてくる……ような気がする。
正直期フードで目が隠れてるからよう見えない。
……しかし雨合羽ゴーグルと黒フードババアが見つめ合うって、結構凄い光景よね。
「……ふん、いいだろう持ってきな」
婆様はそういうとしわがれた手で金貨を回収し、小瓶を5つこちらに寄せる。
意外とデレるの早かったな。
そう思いながら小瓶を回収すると、婆様がなんか口を開く。
「確かに、お前は人を見る目はありそうだな。その年でわたしの魅力に気付くのはそういない」
「……」
ノーコメントで。社交辞令に過剰反応しないようにねお姉さん。
こういうのを流すときって笑顔ってホントいい武器だよね。
「じゃ、またなんかあればよろしくねー。行こうかシャドさん」
「はい」
「また来るといい。こんどはふっかけてやろう」
婆様もなかなか言うもんだ。
そんな訳で自分は小瓶を懐にしまいながら、シャドさんを引き連れてとりあえず大通りの方へと――
「お金! 持ってきました! さっきの! 月光花の蜜を!!」
「……少し遅かったね。今売れちまったよ」
「え? そ、そんな……ほ、ホントにもうないんですの? 一つも?」
「ああ、全部持ってかれちまった」
……うっわー、なんか面倒くさい光景が後ろで繰り広げられてるであろうことが容易に想像つくんだが。
しかもなんか、どっかで聞いたことある声だし。どこだかは忘れたが。
……自分は何も知らない。さっさとどっかへ――
「どうしても欲しいならそこの二人組と交渉しな。あたしゃもう知らん」
ばばあぁ! なにやってんだこら!!
そう思うと同時だろうか、すごい速さで誰かが自分たちの前に出てきたのは。
それは何とも女性らしさを強調した、しかし露出の少ない修道女の格好をした女性。その手には二冊の本が握られていて、相当走ったのだろう。肩で息をしている。
あれだ、そう、最近会った。ムー君の知り合いのエロ本持って居酒屋突入してきたシスターだ。
「ちょっとそこの――あら、あなたは」
そしてこちらが気付いたという事は向うも気付いた訳で。あー面倒。
この人と最初会った時、なんか本能が警鐘を鳴らした気がし――
「まさかシャドさん? お久しぶりですわね」
「あら、シェリオさん? お久しぶりです」
……あーそう、今日はなんかハブられるというか、空気感漂う一日なのね。




